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■ 生誕100年 ジャクソン・ポロック展 ■ 会期:2011年11月11日-2012年1月22日 ■ 愛知県美術館HP ■ 展覧会公式HP 「アクションペインティングの草分け。」 「画面上に中心となる構成物を置く事なく、絵画というものを成立させた男。」 そのように紹介される事の多い、アメリカン・モダンアート界の巨人の一人であるジャクソン・ポロック。彼の生誕100周年を記念した美術展が愛知県美術館で開催されていたので見に行ってきました。 (といっても、実は今年の初頭の話です。遅ればせながら、その頃から溜まっている美術ネタをようやく書けそうです(^^;) ちなみに今回の企画展は、愛知県美術館の学芸員の方が、長年に渡りポロックを研究し続けて来た事により実現したものだそうです。その展示内容は、世界中から借り受けて来た作品の質・量のみならず、展示構成に至るまで充実したものがあり、非常に見応えがあるものでした。 ■ 感想 意識的な無意識から生み出される世界。彼の作品を目の前にした時、それは単なるカオスなどではなく、あたかも無音の中の不協和音から生み出されるシンフォニーが繰り広げられているように感じました。そう、彼の作品は、正に様々なリズムと波長の渦。そしてポロックに対しては、混沌の渦の中で作品を束ねる指揮者であるかのような印象を持ったのです。 それこそ、それらの作品は決して暴力的なものではありませんでした。アクションペインティングという言葉から、ついつい感情の赴くままに絵具を叩きつけているかのようなイメージを抱いてしまいますが、決してその限りではなかったのです。寧ろ、その筆跡はあくまで静かに筆の代りとなる棒を走らせた事によるもの。その軌跡は無軌道でありながら躍動感があり、自我を払拭した無意識の中においても同居しうる色彩感覚によって緻密なまでにバランスが取られたものであったのです。 それは正に、オートマティスムを絵画の世界で行っているようなもの。それこそ彼はシュルレアリスト達の影響を受けていた事を公言していたようです。また、話によると彼は、ダビッド・シケイロスなどのメキシコ系のアーティストや、インディアン達の画風にも影響を受けていたそうです。ちなみに私は、ジョアン・ミロや、カンディンスキーの作品よりもポロックの作品に音楽性(リズム感や、押し寄せるうねり)を感じました。 とはいえ、何よりも彼の心を揺さぶっていたのは、ピカソであったのだそうです。それこそ何か新しい表現を試みようとしても、その多くは既にピカソが手掛けており、「くそっ、あいつが全部やっちまった!」と言っていたのだとか。それこそ、ピカソはキュビズムをはじめとする様々な表現様式を次々と生み出していただけでなく、それに固執する事なく、常に変化しつづけてきた「生ける伝説」のような存在。それに対し、日々努力を重ねていながらもチャンスを手にする事が出来ない若き日のポロックが居たわけです。その状況に対してポロックは、一方的に強烈なまでの嫉妬とコンプレックスを感じていたようなのです。 その苦悩の果てに、やや偶然性を伴いながらも生み出したのが、彼が用いた「ポーリング」や「ドリッピング」などの技法、そして「オールオーヴァー」な画面構成であったのだそうです。それは「美しさ」や「精神の内面性」などを追求する姿勢ではなく、「新しい表現」への渇望によって生み出されたものであったわけです。(彼自身もそのように言っています。)故に、「彼の絵を見ても、何を描いているのか判らない。どんな主義主張が込められているのか理解出来ない。」という人が居ても何ら可笑しな話ではないと思います。というか、実際にそうした主義主張など作品には込められていないわけですから。 しかし、油ののった彼が描いた作品の線は、実に生きいきしていました。正に線が生気を帯び、走っているような感じだったのです。そして、様々な色が重ねられる事で生み出される色彩にも、高度なバランス感覚が感じられたのです。そう、正に「考えるな・・・感じろ」の世界。そんな言葉にならない表現でありながら、目の前に立っていると不思議と心地良かったりしました。 それこそ、印刷物を通して彼の作品を見るのと、実物を目の前にするのとでは随分と印象が違います。作品の大きさから来る迫力が違うのは勿論、彼がポーリングやドリッピングした凹凸感が生々しい軌跡を追っていると、彼の制作行為そのものを追体験しているような感じに捕らわれるのです。そう、子供の頃に絵を描いているとき、ついつい夢中になって無心で絵に向っていた時のような感覚といったら良いでしょうか。なんと言うか、絵の中に浸っているような感覚であったわけです。 それこそ、彼は 「私は絵の中にいるとき、自分がなにをしているのかを意識しない。」 と語ったと伝えられますが、正にその没入感覚を共有しているような感じでした。私は今まで多くの画家の作品を目にしてきましたが、こうした感覚を持ったのは初めての事であり、非常に興味深く見る事が出来ました。 |
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