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■ 2013年下半期から2017年の年始にかけて見たアニメ作品 その3



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2013年下半期から2017年の年始の間において観なおした、少々古いアニメ作品の感想をまとめて書こうと思います。OSTの出来が良かったガンダムUCという作品を観たのを切っ掛けに「そういえば、以前見たアニメにもOSTが良かった作品があったなぁ」と思いおこす事があり、それら古い作品を久々に観なおしてみようと思ったわけです。



■ クラッシャージョウ

先日の記事にも書きましたが、私は初代のガンダムが好きでした。また、ガンダムのキャラクターデザインを手掛けた安彦良和氏の絵も好きでした。それが切っ掛けで、安彦氏が挿絵を描いた高千穂遥のSF小説「クラッシャージョウ」も子供の頃に読んだりしていました。

そのため、ガンダムの次にクラッシャージョウも劇場アニメ化されると知った時は嬉しかった事を覚えています。しかもシナリオは高千穂氏による書き下ろし。キャラクターデザインはもとより、映画の総監督を安彦氏が手がける事となったわけですから、期待せずにいられなかった事を覚えています。

ちなみに本作はサウンドトラックの出来が良いのです。それこそ交響組曲にアレンジしたバージョンのものは重厚感に溢れていて、とてもアニメのために書かれたスコアだとは思えぬほどの完成度があったわけです。そんな事を思い出したので、ちょっと本作を観なおししてみようと思ったわけです。

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正直なところ、改めて今の時代の目線で見るとそんなに高い評価を出せる作品ではないのかもしれませんね・・・。ただ単に主人公たちをカッコよく見せるだけの、エンターテイメント系スペースオペラなので仕方の無いはなしかもしれません。その主人公キャラやメカの動きや演出も古臭さの方が目についてしまったくらいでした。

でもね、キャララクターの作画そのもののクオリティは当時としてはかなり高いレベルのものがあったと改めて思いました。それこそ、安彦氏が一番脂の乗ってた時期の絵が動いているのを見れるのは、今となっては貴重な事となってしまったと言えるのかもしれません。

それに安っぽいスペースオペラとはいえど、話はそれなりにまとまった形で終わるので、観ていてストレスを感じる事はないですしね。でもそれは、小説家である高千穂氏がシナリオを手掛けていたからなのでしょうけどね。それこそ後に作られた安彦氏オリジナル作品のアリオンとか巨人ゴーグともなると、シナリオ展開がグダグダで見てられなかったですし・・・。

そうやって考えると、安彦氏は画やデザインは天才的であっても、シナリオ作りはそんなに得意な方ではないのかもしれませんね。



■ 銀河英雄伝説 外伝 わが征くは星の大海

正直なところ、私は銀河英雄伝説の事は全く詳しく知りません。しかし、この外伝(単体での劇場公開作品)は気に入っています。それこそ何年か毎に急に見たくなる事があります。それは本作がかなりクオリティの高い作品だと感じているからです。

本作は僅か60分という短い作品なのですが、対立する2つの勢力と、両者の間の無益な戦いの中に身を投じる士官や兵士達の様々な運命やしがらみが見事に描かれており、見ごたえがあると感じるのです。作画のクオリティも素晴らしんですよね。それこそ宣伝ポスターに描かれているような、高いクオリティの作画が最初から最後までずっと保たれているだけでなく、ちゃんと動くんですよ。(1シーンの止め絵だけ気合を入れて描かれているってわけではないのです。これは当時のアニメ製作現場としては相当大変な事だったと思います。)

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また、本作のサウンドトラックは既存のクラッシック音楽から用いられているのですが、その選曲が素晴らしいのです。曲とタイミングを合わせて演出されているからとはいえ、その相性たるや驚嘆するほどの見事さなわけです。それを全て手描きの時代にやっていたのですから頭が下がります。

また、登場人物たちのセリフ回しも素晴らしく、いちいちカッコよくて印象に残るんですよね。しかもそれを演じる声優陣の抑えた演技も素晴らしいわけで。本作はSF好きの男性のみならず、2次元のイイオトコ好きの女性達をも夢中にさせたと聞きますが、それも納得というものです。

とはいえ、改めて本作を冷静に観てみると、作中で用いられている戦術は「無謀な奇策」ばかりなんですよね。(まあ、あくまで雰囲気を楽しむべき作品なので、そうした粗探しをする必要などないのかもしれませんけど。)それに、原作小説を全てこのクオリティで映像化する事はかなわなかったようですね。後に制作されたOVAもちょっとだけ見た事があったのですが、正直いってシナリオも作画も酷い有様で、最初の数本で見るのを止めてしまいました(^^;



■ ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日-

本作は横山光輝原作の「ジャイアントロボ」を原作としつつ、ロボットと主人公の名前以外は、キャラクター・設定・シナリオなどのほぼ全てがオリジナルというOVA作品です。

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正直言って、クセの強い作品です。古臭さを感じさせるロボットのデザイン。幼さ故の純粋さを強く出すあまり、観てる者にもどかしさやいらだちを感じさせてしまう主人公。ギャグ漫画かと言っても差し支えない異常な誇張感が伴うサブキャラクター達の演出。シリーズ後半になるにつれて低下してしまう作画のクオリティ。こじつけの強い強引なシナリオ。完全に回収され無かった伏線。最後まで残る謎。(結局BFって何者だったのさ。)

そうした要素が沢山あるため、誰にでもオススメ出来る作品だとは思いません。寧ろ、受け入れる事が出来ない人の方が多い作品かもしれません。実際、私もこのロボットやキャラクター達のデザインが好きなのかと聞かれたら返答に困ります。(十傑集の衝撃のアルベルトや、神行太保・戴宗の兄貴などに関しては本当にカッコイイと思ってますけどね。)

しかし、OVAの第1話の出来だけは物凄いクオリティがあるのだけは保証できます。物凄く滑らかかつスピーディに動きまわるキャラクター。これでもかという程の重量感を見せるロボットの動き。それらが、物凄く出来の良いOSTと相まって、観るものを圧倒するのです。ほんと、オープニングからヤラレてしまいます。

それというのも本作のオリジナルサウンドトラックは、驚く事にワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団のフルオーケストラによって演奏されているという豪勢なものとなっているからです。ワルシャワフィルにしてみれば外貨獲得目的だったのかもしれませんが、よくぞまあこうしたアニメ作品に関するオーダーを受け入れてくれてくれたと思います。



その4へ続きます。





■ 2013年下半期から2017年の年始にかけて見たアニメ作品 その2



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2013年下半期から2017年の年始にかけて見たアニメ作品の感想をまとめて書こうと思います。今回の記事ではガンダムのOVAとTVシリーズの話を取り上げようと思います。



■ 機動戦士ガンダムUC episode 1〜7


SF・アクション小説作家の福井晴敏氏が原作のガンダム作品です。OVAとしてepisode7まで制作され、劇場公開もされたそうです。この作品、OVAリリースのCMがTVで結構な回数流れていたんですよね。そのせいもあって、「こんな作品が今の時代でも作られてるのか」と興味を持ちました。

ちなみに私は最初のガンダム(1stと言われるやつ)は、子供の頃に本放送で見た事があるクチです。映画館にも行きました。当時はアニメ雑誌まで買った事もあります。そのため、初期のガンダムは結構詳しく知ってます。でも、後に出てきた沢山のシリーズの事はそんなに詳しく判りません。シリーズ化が進むにつれ、画もストーリーも初代のものからどんどんかけ離れていったんですよね。それこそ、アムロやシャアが出ないとなると、興味が無くなっていったといいますか。

しかしながら、このUCのTVCMをみたら、金髪+マスク+赤い服の謎の男が出てるじゃないですか。しかも声はあの「シャア」と同じ人。「これは一体どういう事だろう?」と興味を持ったわけですよ。しかもTV地上波放送の深夜枠で、ep1と2が特別に放送されるとの事。作品に対する予備知識など全くなかったものの、試しに見てみようと思ったわけです。

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そうしたら、思いのほかep1と2の出来が良かったんですよ。最近のアニメは画が本当に綺麗ですね。モビルスーツ(ロボット)も昔の感覚では追いつけないほど良く動くので驚いてしまいました。また、サウンドトラックの出来が素晴らしかったのも印象的でした。一部のシーンでは、そのOSTの効果も相まって異常なほどの盛り上がりを見せてくれたわけです。そして、ep1や2でこの出来栄えならば、この後の話も見てみようと思ったわけです。

勿論、ストーリーも興味深い部分がありました。本作は歴代のガンダム作品で最重要と言ってもよいキーワードである「ニュータイプ」の事について、色々な論議が展開される作品だったからです。

ニュータイプは過去の富野作品において「直観力や洞察力に優れ、他人と理解しあえる人=戦争などしなくてよい人」と説明される事もあった特殊な能力。しかしながら、作中で出てくるニュータイプ能力を持った人達は、その殆どが戦場におけるエスパーのような形で能力を発揮しており、大きな矛盾点が存在していたわけです。結果として、その能力については、原作者である富野監督ですら上手に説明できていなかっと言っても過言ではないでしょうか。

それをガンダムの大ファンであった小説家がオリジナルストーリーとして本作の原作小説を書きおろし、「ニュータイプとは・・・」と、延々と説明するわけですよ。それ故、どのような形でオリジナルの作品群と辻褄を合わせたり、一般のファンを納得させるのだろうと、興味を持ったわけです。

でも、面白く感じたのはep3くらいまででした・・・。その後は最後にどういう形でこの話にケリをつけるのかを見届けるために、惰性で見たような感じだったかもしれません。

それこそ「ニュータイプとはなんたるものぞ」という定義づけのために、登場人物たちが幾度も長い台詞回しをするので、すごく会話が不自然に見えるんですよね。そして本作で定義づけられるニュータイプ論というものは、私が子供の頃に見たアニメ雑誌などで議論されていたものの範疇を超えるようなものでもなかったわけで・・・。

それに本作に対して興味を抱く切っ掛けとなった、「マスクをした赤い服の男の正体」とか、作品中に出てくる「ラプラスの箱」という謎の存在の正体が段々判ってくると「なんだ、その程度の謎なのか」といった感じになってしまい興味が薄らいでしまったわけです。しかも最後の決戦シーンは期待外れであっただけでなく、エヴァンゲリオンのATフィールドのようなオカルト的バリアーのようなものまで出てきたので、正直いってゲンナリしてしまったくらいでした。

(個人的には、「ラプラスの箱」の正体が、ミノフスキー粒子を完全無効化させてしまう新技術とかだったりすると面白くなるのに・・・と思ったりしたんですけどねぇ。)



■ 機動戦士ガンダム THE ORIGIN Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ


この作品は所謂1stガンダムのキャラクターデザイン、作画監督を務めた安彦良和氏による1stリメイクコミックをアニメ化したものです。現在、そのコミックにおける若きシャアの物語を舞台としたアニメ映画が3作されており、今後も続編(番外編)が作られる予定があるとの事。上記のUCと違い、初代TVシリーズを手掛けた主要人物が手掛けた話なわけです。しかもシャアが主人公なわけですから、気にならないわけがありません。しかしながら
、正直言って、私にはイマイチな作品でした・・・。

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このアニメの原作となるコミックを描いた安彦氏は、作画・動画といったアニメに関する高い技量と、キャラクターデザインなどに関する抜群のセンスを持ち、多くのファンを引き付けてきた人物。ファンはもとより、アニメの制作現場の世界でも「天才」と評されてきた人であるわけです。

しかしながら、安彦氏はガンダムのみならず、アニメの仕事そのものが好きではなかったと公言してきた事でも知られています。それは、集団で仕事をするのが苦痛であったため、アニメの仕事に馴染む事が出来なかったからなのだそうです。それこそ、人に指示されるのも、指示をするのも苦手な性格なのだとか。寧ろそんな性格なのに集団作業のアニメの世界で仕事をしてこれたものだと自分自身で感じてきたくらいなのだそうです。そのため、アニメ界から離れ、一人で仕事をする漫画家になる道を選んだのだそうです。

しかし、漫画家の道に進んでも「ガンダムのキャラクターデザインを描いた人」として紹介されてしまう事に悩んできたのだそうです。さらに安彦氏は、原作TVシリーズの制作中に大病を患い、作品の後半の話数の作画監督を手掛ける事が出来なかったそうですよね。それで、ここまで語り継がれる事となったガンダムに中途半端な形でしか関われていなかった事を気にしてきた部分もあったのだとか。そこで、アニメの製作会社のサンライズから、初代ガンダムのコミック化を持ち掛けられた際、渋々でありながら承諾したと聞いています。

そうした話が示すように、安彦氏はガンダムに対して深い思い入れがあったわけではないようなのです。それこそ、コミック化する際に、改めてTVシリーズを見たり、関連情報を収集した事によって「自分が手掛けたガンダムという話は、実はこんな話だったんだ」という事をはじめて認識できたといった事を言われていたようなのです・・・。

そうした経緯で成されたコミック化であり、アニメ化であったためか、安彦氏のオリジンに登場するキャラクターたちの性格・行動・言動などに対して違和感を感じる事が凄く多かったように感じました。それこそ、「こんな台詞はシャアが言うとは思えない」とか「アムロには内向的な面はあったけど、ここまでナヨナヨした性格ではない」と感じる事が多かったわけです。また、他のキャラクター達も違和感を感じる事が多かったため、全く感情移入できませんでした。

しかもアニメ THE ORIGINの1話は、主人公であるはずのキャスバル(シャア)よりハモンの方ばかり目立ってて「クラウレ・ハモンの大冒険」といった感じになってるのも違和感が強かったです。さらに第2話、3話に登場する青年のシャアなんて、まるでサイコパス。利用できるものは利用し、不要な存在は容赦なく消すなんて、単なる殺人鬼にしか見えませんでした。

特別な環境の元に生まれ、周りの大人の都合で不遇な生活に落とし込まれ、心に深い傷を負ってしまったが故に心を閉ざし、自らの運命を生き抜くために仮面をつけ、クールに装いながら生きるしかなくなった男の悲しき性というものが丁寧に描かれる事を期待していたんですけどねえ・・・。

そうしたTHE ORIGINのシナリオ展開は1stの監督である富野氏や、当時のシナリオライターの方々は一切関わっていないのだそうですね。そのためか、富野監督も、「あれ(THE ORIGIN)は(自分の考えている)ガンダムじゃない」といった事を述べているようで・・・。富野氏がそう言いたくなるのも判る気がしました。

また、安彦氏はキャラクターの描き方も変わってしまいましたね。以前は強弱のメリハリが強く、滑らかで生き生きとした線で描いていたのに、最近の画でシャーペンで描いたのかと思えるような、同じような線になってしまいました。しかもキャラクターの表情も、異常にきつく見えたり、神経質に見える事が増えてしまい、なんだか悲しくなってしまいました。

さらにシャアの声にも違和感を感じずにいられませんでした。声優はオリジナルキャストである池田秀一氏が演じています。しかしながら、池田氏は現在67歳。無理に若々しい声を出そうとするあまり、弱弱しい声のシャアになってしまってるシーンが多くて馴染めませんでした。残念ながら本作に対してはこうした違和感ばかり感じてしまったため、、今の時代に映像化する必要があったのだろうか?とすら思ってしまいました。



■ 機動戦士ガンダム サンダーボルト 1.2.3.4


もうガンダム作品はお腹イッパイだからイイや・・・。と思っていたのですが、とある情報を切っ掛けにこの作品も見てみる事にしました。それというのも、このサンダーボルトというアニメは、太田垣康男が手掛けたコミックが原作だと耳にしたからです。

太田氏はハードでリアルな設定がウリのSFコミック「ムーンライトマイル」の作者として知られる人です。そのような人が、自身オリジナル作品のムーンライトマイルを休載し、いままで遠ざけてきたはずのガンダムのようなエンターテイメント系のロボットSF世界を描いていると知って驚いたわけです。そして、そのようなコミックがOVAになったと聞いたので、試しに見てみようと思ったわけです。

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では、本作はどのような印象の作品だったかというと「非常に濃い」作品であったと思います。絵柄も演出もハードボイルドを意識しているだけでなく、ジャズ系のサウンドでGBMが構成されており、かなり気合を入れて作られているのが伝わってきました。

また、登場するモビルスーツもザクやドムといった馴染みの深いものを現代的にアレンジしているものが多く、中年となった往年のファン層を強く意識した作品作りをしているようでした。

でも・・・でもね・・・「リユース・サイコ・デバイス」ってなんですか・・・。切断されてしまった四肢の神経をモビルスーツに直接つないだら、とんでもなく反応速度が高くなるってなんですか・・・。なんだかそういう設定はBMIというより、エヴァとか攻殻っぽい印象でちょっと安っぽい感じでした。それに、「ガンダムっていったい何号機まであるんですか・・・。」そりゃ連邦側の主人公が乗る機体がジムでは様にならないのかもしれませんけど、やりたい放題後付け設定しすぎな気もしました・・・。



■ ターンAガンダム

これだけ最近のガンダム作品を一気に見たのだから、本当に本当にもうガンダム作品はお腹イッパイ。もう見る事は当分ないだろう・・・。と思っていました。

しかしながら、このターンAガンダムは原作者である富野監督が手掛けたガンダムシリーズの集大成といえるTVアニメであるとの事。多くの人からこの作品は見ておいた方が良いという話を聞き、惰性で見る事にしました。(近年、レコンギスタというTVシリーズも作られたそうですね。あちらは駄作なので見る必要は無いとの話がもっぱらのようで・・・。)

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で、その感想なのですが・・・はっきり言って歴代のガンダムの事なんてほとんど関係の無い話でした。でも、悪い物語ではなかったかもしれません。

それこそターンAという名の主人公ロボットのデザインはガンダムらしさなんて皆無なわけです。それどころかヒゲが付いてるんですよ、ヒゲが!いくらなんでもロボットにヒゲは可笑しいでしょ!(何故わざわざシド・ミード氏に依頼する必要があったのか理解できません。)

でもね、本作を観続ける事によって、そうした事なんかどうでも良くなってしまいました。だいたい本作の戦闘シーンは非常にアッサリしていて、ロボットのプラモデルを売る気すらないのではないかという感じなわけです。「ニュータイプ」だなんてヤヤッコシイ話も全く出てこないんですよ

それこそ、富野氏はそうした「ギミックなどもうどうでもいい。むしろ、新しい物語を創造したい。ロボットだの、キャラクターだのの設定に凝って、そうしたものに振り回されてどんどんヲタク化してゆくファンを増やしてしまうより、普通の子供たちに対して、普通に楽しめる良い物語を届けてみたい。」いとう想いが強くなったのかもしれませんね。

そんな思いによって生み出されたせいか、SFロボットの物語というより「ナウシカ」や「ハウスの世界名作劇場」の世界に、時折「イデオン」の群像劇を足したような雰囲気が漂っていた不思議な作品となっていました。でも本作はイデオンのような悲劇で終わるのではなく、大団円を迎えるんですよね。この終わり方は良い意味で富野監督らしくなく、多くのアニメファンが評価するのも頷けました。

でも物語は色々と込み入っていて、決して単純明快じゃないんですよね。それに、製作費の予算を十分確保できなかったのか、全体を通して作画のレベルが低かったのが気になりました。(戦闘シーンの盛り上がりが欠けたのは、そこに一つの理由があるような・・・。)という事で、監督の思いとは裏腹に、大人にはある程度ウケても、今の時代の子供たちにウケる作品とはならなかったようですね(^^;



その3へ続きます




■ 2013年下半期から2017年の年始にかけて見たアニメ作品 その1



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映画やアニメなどを見た感想を、久々にブログで纏めて書こうと思います。

ちなみに前回まとめてアニメの感想を書いたのが2013年の7月だったので、およそ3年半ぶりになってしまってますね。(映画の方は2014年5月以来なので2年半ですか)

この間においても、以前ほどのペースではないものの新旧を問わず映画やアニメ作品を見ていました。特にアニメは劇場作品のみならず、TV放送された作品も久々に見たりしていました。(といっても、一部の作品に偏ってますが。)そこで、何時もは洋画から感想を書いていましたが、今回はアニメから書いてみようと思います。



■ かぐや姫の物語

日本のアニメーション界における巨匠の一人、高畑勲監督の作品です。鉛筆で描いた繊細で柔らかな線がそのままの動いているような美しい映像の作品でした。しかも人物のみならず、背景もそうした作風を用いて統一感を出しているんですよね。その拘りようは、個人のアニメーション作家が長い歳月をかけて生み出した手描きアニメ作品に近いものがあったと思います。それを集団作業で行い、長編アニメとして完成させてしまっているのですから凄いものです。

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そうした映像を作り上げる事が出来たのは、アニメの現場におけるコンピューター化が進んだ部分が大きいのでしょうね。それこそ昔のようにセルにペンでトレースするような作業をする事なく、アニメーターが描いた線をそのままコンピューターに取り込み、画像の作成・加工・編集が可能になってるわけですから。

とはいえ、その制作にあたっては、構想から完成までに8年、50億円もの製作費が掛かってしまったそうですね。また、物語は古くから伝わる「竹取物語」をベースとしており、特に新鮮味があるものではありませんでした。それゆえ物凄い労力と費用を投じたわりに、世間の反応は思わしいものではなかったようですね。

まあ、今日においてこうした伝統文化や芸術的要素の強い作品を作り出す事が出来なければ、商業主義が強まる一方の日本において、将来においてそのチャンスは巡ってくる事はないだろうという思いで制作された面があったのかもしれません。

そうした意味でいうと、「現代のアニメ技術が成し遂げた一つの頂点」と言えるのかもしれませんが、それこそ、スタジオジブリや高畑氏の知名度や実績なしでは完成に至るどころか、企画さえ通りにくい内容だったようにも感じました。



■ 風立ちぬ

こちらも日本のアニメーション界における巨匠の一人、宮崎駿監督の作品です。そういえば、公開当時に宮崎監督最後の作品とのふれこみで宣伝されてましたね。しかし数日前に流れたニュースによると、その宮崎氏は再び長編アニメを手掛ける可能性があるそうで・・・。私も昔ほど宮崎氏の作品に思い入れを抱く事がなくなったので、監督の判断に対してどうのこうの言うつもりはありませんが、宮崎氏の周りにいる人は色々と振り回されて大変なのではないかと想像してしまいます・・・。まあ、そんな話はとりあえず置いておいて、この作品の感想を書こうと思います。

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正直言って、スッキリしない作品だと感じました。戦時中、否応なく戦闘機の開発に取り組まなければならなくなった主人公の苦悩を描こうとしているのは判ります。「でも、その行為に対する後悔・反省・懺悔は明確に表したくない。」という意思も同時に強く働いているように感じました。そのため、何をメッセージとして伝えたいのかハッキリしない作品になってしまっているように感じたのです。

それこそ物語は第二次世界大戦の最中の出来事。開発した戦闘機による戦闘の被害・死傷者などの描写があっても可笑しくないのに、そうしたシーンは描かれていませんでした。また、本人が軍事利用される飛行機の設計に携わっている事に関して悩んでいる素振りを見せる事はあっても、その苦悩を明確に吐露するシーンや、戦死者たちに弔いの言葉を語るシーンなどもなかったと思います。ならば、自らの夢を果たさんとするあめり、際愛の人との暮らしすら疎かにしてしまう主人公の業の深さを描いているかというと、そういう雰囲気の作品でもなかったように思います。

それは、実在した人物をモデルとしている部分があり、その人の人生を勝手に批判する事などできないという思いが宮崎監督に働いたからなのでしょうか。そのためなのか、物語のラストをどのようにまとめたら良いのか判断が付かぬまま、作品を世に送り出してしまったかのようにすら感じました。

まあ、当時の事を実際に知る人達からすれば、戦争中の苦しみや悲しみを口に出す事は今でも憚られる思いがあるのかもしれません。誰もがそうした自己矛盾を抱えながら当時を生き、これからも背負って生きてゆくしかないという事なのかもしれません。しかし、そうした事が明確に伝わってくる部分が少なかったように思います。主人公の心が見えにくい作品、作者のメッセージが見えにくい作品だと感じてしまいました。



■ 思い出のマーニー

ジョーン・G・ロビンソンの児童文学をスタジオジブリがアニメ化した作品です。同スタジオのアリエッティを手掛けた米林宏昌氏が監督を務めています。心に傷を負い、周りの人と打ち解ける事が出来ず、常に孤立してしまっている一人の少女。その少女が療養のために訪れた場所で体験する、不思議な出来事の話でした。

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ちなみに上記の高畑氏や宮崎氏は本作の制作には一切携わっていないとの事。そうした理由もあってか、上記の作品ほどは話題にはならなかったと思います。また、本作を見た人も賛否が別れるようですね。人によっては「スタジオジブリ作品らしさがない」という方もいらっしゃるようで。

でも、私は本作は凄く良い作品だと感じました。寧ろ、ジブリ近年の作品では久々にまともな作品だと思った程です。というか、ジブリ作品として云々ではなく、一つの映画として良作だと感じました。

たしかに主人公は、他のジブリ作品のように喜怒哀楽が激しいわけではなく、大地を駆け巡ったり、空を飛んだりする事はありません。飛行機・銃・剣・魔法といったギミックが出てくる事が無いだけでなく、人では抗う事の出来ない大自然の驚異が表現されているわけでもありません。(過去において、私もジブリ作品にそうした要素を求めていた時期があったのも事実です。)

でも、私は本作においてはそうした要素を無理に押し込もうとしなかったのが、かえって良かったのではないかと思います。生真面目な監督さんだからこそ、誠実に作品に向き合い、原作を活かし、わざとらしい不自然な演出を加える事なく、2人の登場人物を丁寧に描き切る事に全力を傾ける事ができたのではないかと感じたわけです。

まず好印象だったのはシナリオです。多分、原作となった児童文学そのものが非常に優れたものだからなのでしょうが、様々な伏線がきちんと回収されており、凄く良く出来た物語だと感心しました。そして、非日常的な出来事が生じた理由についても、素直に受け入れる事が出来るものでした。アニメ化に際して変に余分な要素をつぎ足す事なく、上手に日本を舞台にした現代劇にアレンジする事が出来ている事にも関心しました。それこそ、アリエッティの時に比べて、作品全体の纏め方が凄く良くなっているように感じました。

また、2人の少女の心理描写を丁寧に行っていたのも良かったと思います。2人は心に傷を負っている部分があるため、どうしても演出は重く地味になってしまう部分があるのは仕方のない事。寧ろ2人の人間性や背負ってきた悲しみや孤独を丁寧に描いたからこそ、周りの人との溝が次第に溶けてゆく様子が心地よく感じられました。それこそ見ている私の心も次第に癒され、最後には思わず目に涙が浮かんできてしまった程でした。

ともすれば、この米林監督はジブリを牽引してきた上記2人の監督のような作家性を、今のところ持ち得ていないかもしれません。でも、そうした作家性の有無だけが監督の評価、手掛けた作品の評価に繋がるものでもないという事を認識させられました。そういう意味でいうと、銀河鉄道999の映画を手掛けた「りんたろう」氏や、あしたのジョー、エースをねらえ!などを手掛けた「出崎統」氏の姿勢に通じる部分もあるのかもしれませんね。(作風は全く違うものの、原作を尊重し、誠実に向き合って作品作りを行う点に共通性があると感じたのです。)

しかも米林氏は、現在においては制作部が解体されたジブリを退社し、現在は自身が立ち上げた「スタジオポノック」で新作アニメを制作しているとの事。ジブリを離れた事によって後ろ盾を失った分、寧ろ伸び伸びと自身のやりたかった事、試したかった事にチャレンジできる環境に身を置く事が出来たとも言えます。そのような米林氏は、今後どのような作品を作るのか注目してゆきたいと思います。



■ バケモノの子

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細田守監督の作品ですね。この方の作品を観るのはこれで4作目でしょうか。正直言って、ちょっと期待外れでした。画は丁寧、動きも凄い。有名俳優が主人公クラスの声をあてていても違和感が無い。凄く真面目に作品作りをしてるのも伝わってきます。だけどなぜかワクワクしてこなかったのです。

映像の中では盛り上がってたり、手に汗握るような派手な活劇が繰り広げられても、見ているこちらはちょっと置いてけぼりを食らっているような感じだったような・・・。和風とはいえファンタジーの要素が強い舞台と、現代のリアルな世界をリンクさせるのはなか難しいものがあるのかなぁとも感じました。



その2へ続きます。



蜘蛛の糸



■ 蜘蛛の糸




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■ 会期:2016.10.15-12.25
■ 豊田市美術館公式HP




昨年の12月において、豊田市美術館で開催されていた特別展へ訪れました。

「蜘蛛の糸」と名付けられたこの展覧会では、時に妖しく時に不気味な存在として扱われてきた蜘蛛と、その蜘蛛によって作り出された不思議な力を持った糸などをテーマやモチーフとした描いた絵画や造形作品が展示されていました。その中で印象に残った作品や、写真撮影可能であった作品の一部を紹介してみたいと思います。

※ 今回の展覧会は、一部作品のみ写真撮影が許可されていました。



■ 夢のあと / 塩田千春 / 2016年


私の好きな現代アートの作家、塩田千春のインスタレーションが展示されていました。豊田市美術館で最も大きな第一展示室(床面積:288.10m2 天井高:9.6m)に張り巡らされた無数の黒い糸と、その糸によって宙に浮かぶように吊るされた10着の白いドレスによって構成された作品です。ドレスを着ていた人達(または、着る事となる人達)を取り囲む、様々なしがらみ・宿命・圧力・因果のようなものを連想してしまいますね。

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正直なところ、素材やモチーフは彼女の作品に今まで何度も使われてきたものであり、特に目立った目新しさはなかったかもしれません。でも、それだけに(良い意味で)いかにも塩田千春らしい作品だったと思います。というか、こうした構成要素の作品を見ただけで「塩田千春の作品だ」と直感させてしまうのは、ある意味凄い事ですよね。草間彌生の水玉のように、作風が個人に定着しているのを感じます。

また、この作品は、ドレスを囲むようなかたちで部屋の隅に空間が設けられており、その中を歩きながら作品を見学する事が可能になっていました。それは、糸で囲まれた通路を歩くかたちになるため、ドレスと同様に異空間の中に入り込んだかのような感覚も味わう事が出来ました。



■ 虫魚画巻 / 小茂田青樹 / 1931年

非常に緻密で繊細、かつ色彩感覚に優れていた夭折の画家である小茂田青樹。一巻の長い巻物で様々な虫や魚を描いた虫魚画巻は小茂田氏の代表作の一つです。

その巻物は、一定の区間ごとに描かれているモチーフが異なり、その対象に合わせて色彩・技法もガラリと変化しています。非常に色鮮やかで幻想的なものもあれば、モノクロで非常に地味なものもあり、その表現手法の多彩さに関心するだけでなく、それぞれの手法が非常に高度で巧みなものである事から、そのセンスと技術の凄さに感心せずにいられませんでした。

ちなみにこの作品の一部は、東京の国立近代美術館で拝見した事があります。今回、東京で拝見しきれていなかった部分を、運よく拝見する事が出来たのが嬉しかったです。

※ 画像はありません。



■ 雷神-09 / 戸谷成雄 / 2009年

得体の知れないオブジェです。作品名は雷神と名付けられていますが、どの部分に雷を感じてよいのかは、私では分かりません。展覧会のテーマである「蜘蛛の糸」との関連性もよく判りません。でも、非常に大きな作品であったため、インパクトはありました。

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正直なところ、植樹を行う前の樹木(木の幹と根っこ)を連想してしまうといいますか。その根っこのようなモジャモジャしてる部分が糸の塊で、そこから細長い糸が伸びているかのようなイメージを抱く事が出来る・・・という感じでしょうか?



■ 空相-布と石 / 関根伸夫 / 1973年

これは、別館である「高橋節郎館」の方で展示されていた作品の一部をクローズアップで撮影したものです。

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キャンバスに貼られた布をロープで括った作品なのですが、見ようによっては、シワの部分が、蜘蛛の巣?のようなイメージを持つことが出来るかもしれませんね・・・。



■ 悲劇の誕生 / 小泉明郎 / 2013年

これは、BMWテイト・ライブ・パフォーマンス・ルーム(世界中の人に同時公開されるオンラインライブパフォーマンス。BMWがスポンサー)の様子を録画したものを、同館の展示室においてスクリーン上映したものだそうです。

とある男性がニーチェの「悲劇の誕生」という本を音読しようとするも、何故かその背後の暗闇から伸び出てくる無数の手足(その手足の主たちの顔は全く見えない)によって、阻止されてしまう様子が延々と映し出される、理不尽極まりない映像作品でした。

その謎の手足の動きは、最初はちょっとだけ本を引っ張ったりする程度の冗談めいたものでした。コントなどに出てくるユーモラスさを感じるくらいのものだったわけです。しかしながら、妨害行為は次第にエスカレートしてゆきます。テーブルを大きな音で叩いたり、音読する男のメガネを取り上げたり、その男の頬を殴ったり、力づくで本を取り上げてページを引き裂いたりと、かなり暴力的なものとなってゆくのです。

次第に「なぜ、この謎の手足はその行為を妨害するのか」「何故この男はここまでの妨害を受けながらも本を読もうとするのか」という疑問がわいてきます。それほどまでに、ニーチェの書物を読む事は尊い事なのか。人が人として生きる上で、本を読むという事はかけがえない事だと伝えたいのだろうか?と思ったりするわけです。

しかし、明確な回答が得られないどころか、その妨害行為はかなりハードなものへとエスカレートしてゆくので、疑問を感じる状態を通り過ぎて、「不快感」や「恐怖感」のみが募ってゆくのです。しかも最後には、本を読んでいた男性は、謎の手足によって背後の暗闇に引きずり込まれてしまうかたちで作品の上映は終了してしまいました。まるで不可解なホラーでも見ているかのようです。にも拘わらず、強く印象に残ってしまう作品でした。

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■ 全体に対する感想

「蜘蛛」というと、グロテスクな外観や、変わった習性があったりするため、毛嫌いする人も多い生き物。そうした一風変わった生物を美術の世界の括りで取り扱った展覧会だったわけですが、私は楽しく拝見する事ができました。

(ちなみに私個人は、蜘蛛の事はそんなに嫌いではありません。彼らは木々の生い茂る森だけでなく、水の中を含む色々な場所に生息し、糸を使って空を飛んだりできるので、凄いと感じてるくらいです。)

それこそ、上記に紹介しきれなかった作品においても、面白かったものや興味深かったものは幾つもありました。江戸時代の工芸作品、芥川龍之介によるの児童向け短編小説「蜘蛛の糸」と、その影響を受けた映像作品やからくり時計、現代アート作品に至るまで、非常に幅広いジャンルの作品が展示されていました。ともすれば、「蜘蛛の糸」とは関連性を見いだせない作品もなかったわけではありませんが、アートの表現の幅の広さを感じる事は出来たのではないかと思います。

それにしても、この美術館で塩田千春のインスタレーション作品を見れたのは嬉しかったですね。私は2008年に国立国際美術館でこの方の個展を見て以来、塩田作品のファンだったからです。それこそ、同館のアンケートに対し、この方の個展を開催してほしいと何度も書いてきたくらいです。それゆえに、これだけ大きな作品を見る事が出来たのは嬉しかったです。もしも可能ならば、今度は全ての展示室を使用した個展を開いて欲しいですね。









■ アルバレス・ブラボ写真展 −メキシコ、静かなる光と時



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■ 会期:2016.11.3-12.18
■ 名古屋市美術館公式HP




名古屋市科学館でチームラボアイランドの特別展を見た私は、名古屋市美術館で開催されていた同展覧会にも足を運んでみました。

メキシコで壁画運動を行っていたディエゴ・リベラ、ダビッド・アルファロ・シケイロスやフリーダ・カーロなどとの同時代を生きた写真家マヌエル・アルバレス・ブラボ (1902-2002)。約70年に及ぶ彼の仕事ぶりを紹介する、国内最大規模の回顧展だそうです。



■ 感想

非常に静かな写真を撮る人だと感じました。

政治的な激しいメッセージが込められた壁画運動が真っ盛りの中、その運動の中心人物達と言われる人達と交流があり、彼らのポートレートを撮ったりする間柄であったほどなのに、このアルバレス・ブラボの写真には、そうした激しいメッセージ性は皆無でした。あくまでも、自信の美的感覚に基づいたテーマに沿って、丹念に構図を考察し、丁寧に撮影した風景・人物写真が多かったのです。

それは、庶民生活の中で偶発的な出来事を偶然捉える事が出来たスナップ写真とは異なる世界でした。また、ほんの一瞬の撮影タイミングが訪れるのを、同じ場所で延々待ち続けて撮られたものなのだろうか?という思いを抱いた写真も見られました。というか、撮影モデルに対して細かくポーズを指定して撮ったのではないかとすら感じるような、あまりにも出来過ぎた構図の写真も見受けられたように思います。

勿論、それが悪いわけではありません。しかし、当時の時代を今に伝えるドキュメンタリー性を感じるような写真は少なかったのは、少々残念に感じました。(この写真家さんの事を良く知らずに、そうした写真を勝手に期待して訪れた私が悪いわけですが。)また、前衛的な表現を狙った現代アート作品のようなものが多く見受けられたのは意外でした。

何故彼は、そのような丁寧な写真(言い換えれば、作ったかのように構図を狙って撮った写真)を撮る事を心がけていたのでしょうね。もしかしたら、それはカメラはもとよりフィルムですら貴重な時代・環境による影響もあったのかもしれませんね。大切な機材、大切なフィルムを使って撮るのであるからこそ、欧米の前衛芸術に負けない志を抱いて、センスのある「芸術作品」を撮りたい。という思いが何処かにあったのかもしれませんね。







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