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■ ジャン・フォートリエ展 / 豊田市美術館 ■ 豊田市美術館HP ■ 2014年7月20日[日]−9月15日[月・祝] 豊田市美術館における館内設備のリニューアル工事の前に開催された展覧会です。まだ感想を掲載出来ていなかったので、遅ればせながらUPします。 ■ 感想 この方の作品を評価するのは、私には難しい・・・。そう感じた展覧会でした。 そもそも、私はこの方の事を良く知らず、正直なところあまり興味を持っていませんでした。それでも訪れたのは、同館が設備リニューアル工事を行うために1年間休館する事が予定されており、この展覧会が休館前の最後の展覧会だったからです。また、興味が無い作家さんであっても、美術館などで直接拝見すると、色々な発見を得たり、心を動かされる事もあるため、そうした体験が出来れば・・・と期待したからです。 しかし、先にも述べたように、どうも私の肌には合わない作家さんでした。というか、この人が訴えたいもの、追求したいものに、なんともいえない違和感のようなものを感じたくらいでした。 この方は、第二次大戦の戦時下においてドイツ軍の人質となり、悲惨な運命を辿った人達の悲惨な人生を表した「人質」と呼ばれる連作が有名だそうですね。たしかに、それらの作品はショッキングな要素が含まれており、インパクトがあったと思います。暴力により、左半分が丸ごと失われた頭部。今まで生あるものであった人間が、命を失っただけでなく、単なる肉の塊でしかなくなってしまう。人としての人権、尊厳を無視をされた、あまりに無意味で、虚しい状況。「人質」の連作には、そうした戦争が齎す、人間の狂気と惨劇が表されていたように思います。 でも、その後に生み出される作品は何なのでしょう?戦争の悲惨さを伝え、その行為に対する怒りをモチベーションに、表現活動を続けてゆくのかと思いきや、アンフォメルという「表現」を追及する道へ方向が向かいだすんですよね・・・。まあ、抽象的な造詣によって、心の内面を表す事に興味を覚え、それにはまってしまったという事なのかもしれませんが・・・。でも、それによって表される世界は、本当に何を表したいのか、サッパリ判らないものになってしまっているようにしか感じられませんでした。それこそ、後期の作品を見て、鑑賞する人は何をもって評価していたのだろう?と疑問にすら感じたほどです。 そうした事は、館内で上映されていたインタビュー映像を見ても感じました。それこそ、彼自身も自身がキャンバスに描いているものが何なのか、自身で理解していないというか、明確な意図をもって全てをコントロールして作品を生み出しているような感じには感じられませんでした。というか、「自分はトップランナーだ。新たな表現を生み出す先駆者でなければならない。」という自己意識が強くなりすぎて、メッセージ性や内発的なモチベーションよりも、「誰も見たことの無い表現を生み出す事」のみが優先され、その部分でしか自分の存在意義を示す事が出来なくなってしまっているように感じたといいますか・・・。それこそ、下手に「人質」シリーズが世間に受け入れられてしまったために、勘違いして、方向性が可笑しくなってしまった人にすら見えてしまいました・・・。 そんなわけで、残念ながら私の心には響かない展覧会でした・・・。 |
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■ 荒木経惟 往生写集 - 顔・空景・道 / 豊田市美術館 ■ 豊田市美術館公式HP ■ 2014年4月22日[火]-6月29日[日] 今年の10月、地元にある豊田市美術館が館内施設のリニューアル工事を終え、1年ぶりに運営が再開されました。そのリニューアルオープンの展覧会に選ばれたのは、同館で人気の高い「ソフィ・カル」。ようやく、盲目の人の全作品を見れるだけでなく、新作なども展示されると聞いた私は、込み具合が少し落ち着くであろう11月後半に訪れてきました。 そうした事もあり、久々に美術展の感想を書こうと思うのですが、1年以上前に同館で行われたアラーキーの展覧会に関する感想を、未だにブログに掲載出来ていなかったので、そちらの方からUPしたいと思います。 ■ 感想 この人の写真は独特ですね。いや、その存在、生き方が独特な方というべきなのでしょうか。 大変失礼な事を申し上げるのをお許しいただきたいのですが、正直なところ、テクニック的に上手いとか、ずば抜けたセンスがあるような方ではないように思います。また、写真集を買って、自宅で眺めたいと思うような作品を残しているようなタイプでもないと思います。実際、美しく綺麗な写真とかって、殆ど撮ってませんよね? 実際、アラーキー自身も言っていますが、彼の写真は「私小説」的というか、ものすごくプライベートな感じのモノローグ写真に見えます。その時に感じたもの、写したいと思ったものに、素直にカメラを向けているだけといいますか・・・。 (それどころか、近年撮影されたアートチックな作品群は、何をどう評価してよいのか、私なんぞではサッパリ判らないものも少なくなかったり・・・。寧ろ近年の作品では、自宅から近所の風景の移り変わりを撮った写真の方が、共感しかすかったりするわけで・・・。) でも、美術館などの展覧会で、一部の作品を見ると、見入ってしまう事があるんですよね。深く心が揺さぶられてしまう事があるのです。特に、自身の初の写真集であり、愛妻・陽子さんとの新婚旅行の様子を記録した「センチメンタルな旅」。その陽子さんとの永遠の別れを記録した「冬の旅」。愛猫であるチロの写真・・・。それらを見せられると、心が揺さぶられます。 とはいえ、被写体そのものに興味を抱くという感じではないんですよね。というか、「アラーキー自身が、その時、何を感じていたのか」という部分に、強く共感を抱いてしまうわけです。特に、陽子さんの病状を知ってから撮影された写真を、時系列的に見せられると、猛烈に胸が痛くなるわけです。それこそ、何気ない写真、陽子さんの姿すら映っていない写真であっても、その時に感じた哀しみと虚しさが、写真を通して伝わって来るのです。そう、撮影する側の心が映りこんでいる写真があるんですよね・・・。 自らの人生において、最も大切な存在に死が近づこうとする。しかし、それを誰も止める事は出来ない。泣いてもすがっても、どうする事も出来ない。ならば、すこしでもその姿を残しておきたい。他人から不謹慎と言われようとも、その姿を目に焼き付けておきたい。死を受け入れる云々というのではなく、その時の自分には、それしか出来ないのだ・・・。 そんな、人としてのやるせなさと、写真家としての業がそこに見えてくるのです。そして、その感情は、自然と私自身の心の内にも向けられる事になるのです。 ちなみに、私は未婚ゆえ、アラーキーのように妻と呼べる存在はいません。それ故、私にとってもっとも大切な人は、私を産んでくれた母と言えるのかもしれません。子供の頃、小児喘息を患った事がある私は、母に連れられて何度も病院へ通いました。また、私の父は、非常に我侭で自己中心的な性格をしており、母に散々迷惑をかけ、苦労をさせてきました。そんな暮らしをしてきたせいもあり、既に年老いた母は、白髪やしわが増え、物忘れも酷くなっています。体力も衰え、心なしか背も小さくなってしまったように感じます。哀しいかな、もう何十年も生きてゆける事はないのかもしれません。 仮にその日が来てしまったら、私は何を思うのだろう。母に何を伝えてあげられるのだろう。アラーキーの写真を見ていると、ついついそういう事が頭を過ぎって、胸が締め付けられるのです。私は、そのような母を思の事を思ううと、少しでもその姿を写真に残しておいてあげたい気持ちが湧いてくる事があります。しかし、我が家には、家族で写真を取り合う習慣は皆無です。かしこまってカメラを向けるのは、互いに気恥ずかしさが生じてしまい、未だに出来ないでいます。ひょっとしたら、このままでは写真を撮れないでその日を迎えてしまう事になるのかもしれません。 そう思うと、人として何といわれようと、自らの思いに忠実で、素直にカメラを向ける事の出来る、アラーキーという人が羨ましく感じます。その生き方が、素直に羨ましく、凄く魅力的に感じたりするのです。ひょっとしたら、彼の写真のファンは、写真はもとより、そうした彼の生き方をリスペクトしている人が多いのかもしれませんね。 そんなアラーキーも、近年においてガンを発病し、今度は自身の余生というものを見つめざるを得ない状況になっているようで・・・。色々な不安、葛藤を抱えていらっしゃる部分もあるのかもしれませんが、少しでも長く生きて、活動を続けていっていただきたいものです。 |
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■ 愛岐トンネル群と定光寺周辺を歩く ■ 愛岐トンネル群保存再生委員会 ■ 定光寺 約1週間程前になりますが、愛岐トンネル群と定光寺の紅葉を見に出かけてきました。 愛岐トンネル群というのは、愛知と岐阜の県境:JR定光寺駅周辺にある、旧国鉄の古いトンネル群の事です。1900年に作られ、新トンネルが作られた1966年まで利用。廃線となってから40年以上の間、放置状態になっていたものだそうです。現在は保存委員会等の手によって、調査・保存などが行われるようになり、秋の紅葉シーズンなどにおいて、期間限定で一般公開もされているそうです。また、最寄り駅の名前の由来となっている、定光寺というお寺の紅葉もなかなか綺麗だという噂を聞いた事があったので、一度訪れてみたいと思っていたわけです。 こんな風に写真を撮る目的で外出するのは久しぶりです。しかし、当日の天気は曇りがち。さらに、寒気の訪れが遅いせいか、紅葉の色づきもイマイチでした。 残念な事は重なるもので、私はその日に色々と所用が重なっていたのです。そのため、トンネル群の一般開放が終了する午後3時間際に現地へ訪れるという状況でした。そのため、現地を歩いて僅かな時間しか経ってないのに、スタッフの方による「今日の開放は終了します。皆さんお帰りください~」との声が聞こえてきてしまったのです。 にも関わらず、そんな時間帯でも現地では凄い人だかり・・・。皆さん、ほとんど動こうとしないんですよね(苦笑)それこそ昔は線路があったであろう散策道は道が狭く、人の往来すら大変な有様だったのです。そのため、国鉄の過去の遺産を感慨深く見学したり、ゆっくりと被写体を探して、気に入った撮影ポジションを確保する・・・という事がほとんど出来ませんでした。それこそ、肝心のトンネルの写真をまともに撮れなかったのが残念でした。 そこで、気分を変えようと定光寺まで歩いていったのですが、そこも人の山。私同様、トンネル群を見学した人が、こちらも訪れていたようです。とはいえ、こちらでは見学時間に制限はありません。そこで、人が少し引くのを待っていたら、いつの間にか日が傾き、こんな暗い光景になってしまいました。 それでも、私が現地を離れた17頃でも、まだ多くの方がお寺周辺をうろついていたんですよね。皆さんも、私同様に消化不良というか、物足りなさを感じていて、立ち去りがたい思いをされていたのかもしれませんね(苦笑) 注)写真は撮影順で掲載してはおりません。 |
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■ 愛知牧場 2015 このところ暑い日が続いていますね。先月の後半には、まるで夏であるかのように暑い日もあったりしたので、今年の夏はとんでもない猛暑が続いてしまうのではないかと、今から憂いています。 とはいえ、梅雨のようにジメジメしてるのはもっと嫌だったりします。そこで、天気の良い今のうちに外の気持ちの良い空気を吸っておこうと、久々に愛知牧場へ行ってきました。 この日は晴天に恵まれただけでなく、けっこう強い風も吹いてくれていたので、最近の暑さも気にならず、気持ちよく牧場内を歩く事ができました。 でも、この観光牧場で飼われている動物達は、日増しに強くなってゆく日差しを避けようとしているのか、影のあるところに身を寄せようとしている者が多かったように感じました。掲載した写真のヒツジなどは、冬の間に伸びた毛を刈られたばかりのようだったので、寧ろ日がさしてないと寒いくらいなのではないかと思ったりしたんですけどねえ。 それにしても、動物はかわいいですね。おもいっきり癒されました。それに、牧場で売ってるジェラートも凄くおいしかったです。 |
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■ 春の到来 - A STROLL AROUND MY HOME TOWN 47 私の地元でも、ようやく桜が咲きました。個人的な感覚でいうと、例年よりも少し遅めの感じです。そのおかげで新年度・新学期に満開の桜を楽しむ事が出来た方も多いようですね。私も、空いた時間を利用して、近所を散歩しながら写真を撮ってきました。 ちなみにこの写真は平日の空いた時間に撮影してきたものです。おかげさまで、この日は天気に恵まれ、Tシャツで歩いていても、じっとりと汗をかいてしまうほどでした。この暖かな天気と、桜の花に誘われて、ミツバチが飛んでいるのを何度も見かけました。春の訪れは、私のみならず、彼らにとっても嬉しい事のようですね。 |







