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■ 勘八牧場の跡地周辺を歩く その1 先日、地元にある勘八牧場の跡地周辺を歩いてきました。この場所は廃止されて暫く時が経過しているためか、ネットで地図検索しても、場所やルートが明確に表示されない場所です。そのため、以前この場所に訪れようと試みた時は場所が判らず、間違えて別の牧場に行ってしまった事があります。しかし今回は無事にこの場所に辿りつく事が出来ました。そんなわけで、これから数回に分けて、この周辺を歩いた時に写した写真をUPしたいと思います。(注・写真は撮影順に掲載しているわけではありません。) 無事にこの場所に来れた・・・と言っても、実は今回も場所が判りづらくて、結構迷ってしまいました・・・(^^; それこそ、この場所には車で行けるのですが、今回もその道が判らず、少々遠い所に車を停め、この牧場の横を通る東海自然歩道を利用してテクテク歩き、この場所を探り当てたという有様だったのです。まあ、そのおかげで道中にある勘八山の山頂も登れたので良しとしたいところです・・・と言ってもその山は展望が全くないだけでなく、高さも166mしかない超ローカルな山でしたけどねw (そのため、その山の写真の掲載は無しです。) 牧場は廃止されていたため、牛の姿は全くありませんでした。その代わりといっては何なのですが、NPOが跡地を利用して畑を耕しているようでした。また、その土地を自家農園を楽しみたい一般の方にも貸し出しているようです。私は牧場に朝の7時半頃に到着していたと思うのですが、それら農作業に従事されている方々も調度その時間帯に訪れ出していたようで、思っていたよりも人が多く居ました。失礼ながら、もっと寂れてしまっているのではないかと思っていたのですが、農作業の機械のエンジン音が遠くから延々と聞えてくる程で、すっかり農場として生まれ変わっているようでした。 でも、牧場を抜けて通る砂利道の脇には、今もベンチが残っていたりしました。牛が飼われていた時には、観光客などが、この場所からその姿を見ていたのでしょうね・・・。 |
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2012年10月23日
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■ 水族館をつくる / 安部義孝 動物園関連の本を数冊読んだ私は、水族館に関する本も読んでみる事にしました。著者の安部氏は、上野動物園水族館、葛西臨海水族園、アクアマリンふくしまなどの飼育員・園長として業務に従事した人物。本書は、そうした施設の運営・設立の様子を通じて、水族館の実態と、これからの課題などを記したものとなっていました。 ■ 感想 水族館という存在は、いきものを展示するという意味では動物園と近い存在ですよね。しかし、運営・設備管理を行うにあたり、大きく異なる部分があるようでした。それは「大量の水」の存在です。水族館だから当り前の話ではあるのですが、この水を管理するというのは、かなり気をつかうものであるようです。 というのも、飼育する生物達が出す排泄物によって、常に水が汚れてしまうからだそうです。そして、それらが蓄積され科学変化するとアンモニアなどの毒素が増加。それらの影響で、いとも簡単に生物達が死んでしまうのだそうでうす。無論、水に含まれる酸素濃度も重要なファクター。それら有害物質を取り除いたり、酸素を補充する装置を設置する方法として、全水槽を一つの大型装置で処理する方法と、個別の水槽に設置する方法があるのだそうです。 ちなみに、水質管理に関する装置類は、水槽ごとに個別のものの方が、飼育生物の理想的な環境(微妙な水質の違い・水温など)のコントロールがし易いそうですが、全ての施設でそのような状態になっているとは限らないそうです。というのも、コストや設置スペースなどの問題があり、建設段階から理想的な状況にしておかないと、後から手直しをしたり、改善する事が難しいからのようです。 また、水を大量に蓄えた重い水槽を沢山設置するという事は、建物自体にも負荷を与える部分が多く、一般的な建物よりも老朽化が早くなりがちであるようでした。水族館の入場料は動物園よりも高い所が多いのですが、こうした設備投資に費用が掛かる点に理由があるのかもしれませんね。 そのように、様々な気遣いを行っていても、水族館においても「生物の死」というものはついてまわるようでした。例えば、狭い空間が故に、壁やアクリル板にぶつかって死んでしまうとか・・・。本来であれば異なる生息域に住んでいるはずの生物達と同じ居住空間に閉じ込められてしまうため、見知らぬ生物の挙動に驚き、(本来は危険の無い生物から)逃げ回ろうとして壁などにぶつかって死んでしまうとか・・・。館内の照明の切り替えに驚いて壁などにぶつかって死んでしまうとか・・・。魚というものが、我々が想像する以上にデリケートな生物であるだけでなく、水族館のように囲まれた世界が、彼らにとってどれだけ異世界であるのか伝わって来る話ですね・・・。(っていうか、それだけぶつかりやすい種が居るなら、何も無理に飼わなくても良かろうに・・・って思います。) ちなみに、水族館を運営する上で抱える悩みは、それだけではないようです。水族館では「イルカ」、「ラッコ」、「女性飼育員による餌付け」が3種の神器と呼ばれ、それらに関する展示やイベントには多くの観客が訪れるのだとか。それは悪いではないものの、その反面として、それ以外の展示に目を向けてもらえなくなる傾向があるのだそうです。そのため、著者が関わった葛西臨海水族館では、それらの生物の展示は行わず、展示スペースを世界の七つの海を再現する事に注力し、成功したのだとか。現代の日本は、ネットやメディアが発達し、交通手段も豊富になっています。そうした時代においては、他施設との差別化を図り、集客を向上させる必要性が高くなっているため、こうした展示の工夫が重要度を増すであろうとの事でした。 また、本書を読んでいて興味深かった話はこれだけではありませんでした。何やら、併設するレストランで今見たばかりの魚などのメニューがあると、「残酷」、「可愛そう」などと非難を浴びてしまうのだそうです。まあ、そうした感情が湧いてくるのも全く判らないわけではありませんが、それに対して観客が文句を言うのもどうなのだろうとも感じたりしました。 寧ろ私は、普通に魚介類のメニューに出す事の方が重要なのではないかと感じる部分があったりします。というのも、私たち人間は、魚のみならず、牛・豚・鳥・野菜に至るまで他のいきものを食べて生きている動物であり、こうした場所だから敢えてそうした現実を考える良い機会になるのではないかと感じる部分があるからです。それこそ日本は海に囲まれた海洋国家であり、長きに渡り海産物の資源に支えられてきた国である事を再認識し、彼らの存在に感謝する良い機会になるのではないかと感じたりするのです。また、築地などの魚市場のツアーを見た後で、魚介類を食べるのが残酷だなんて言う人はいませんよね?なので、この場所でのみ、「可愛そう」というのも変な気もするわけです。 そうはい自分で言いつつも、牧場などで牛を見た後で焼肉を食べる気になるかというと、ちょっと抵抗感があったりするかもしれません・・・。うむ〜こうした感情は何なのでしょうね。やはり、見た目が可愛いとか、我々に近い哺乳類かどうかとかいう点を無意識に感じてしまっているのでしょうかねえ・・・。(自分でも良く判りません・・・。) 動物園と水族園の違いなどを改めて考えてみようと思って手にとった本書でしたが、最後には人と食との関係や、異なる種に対して抱く感情の違いなどに関して色々と考えさせられてしまいました。 |

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