お疲れさまでした日本選手団 バンクーバーオリンピックお久しぶりです。1ヶ月ぶりの更新です(^^;最近本当に忙しくて、全くと言っていいほど余裕がありません。それこそ、ブログに書きたいネタばかり溜まっていて、悩ましい限りです。でも、バンクーバーオリンピックはちょこちょこと見てましたよ。なんといっても4年に一度の冬の祭典ですからね。 個人的には開会式が結構印象に残っていたりします。聖火が灯る前の壮大なショーと言える演出もさる事ながら、個人的に大好きなカナディアンシンガーの歌声を聴く事が出来たからです。 それこそ、ブライアン・アダムスと、ネリー・ファータドがデュエットで歌うだなんて想像した事などありませんでした。 ブライアンは私が中学生位の頃に結構聞いていたシンガーの1人。アルバム「レックレス」のアナログレコードは今でも持ってますよ。(姉から貰った、シングル「HEAVEN」も確かまだ書棚にあるはず)。容姿としては、彼も流石に年を取ったなあ〜と思いつつ、今でも声が若い事に驚いてしまいました。 また、ネリー・ファータドは美人さんだとは思ってましたが、あんなセクシーなタイトドレスで歌っていたので、最初は彼女だとは認識できなかった程でしたw私は彼女の「I'm like a Bird」が結構お気に入りです。 さらに嬉しかったのは、久々にサラ・マクラクランの歌う姿を見れた事。その美しい容姿と歌声を我々に届けてくれたおかげで、開会式だけで大満足してしまった私です(^^; それにしても、毎度の事ながら、日本人選手が出場しない競技に関しては、本当に殆ど報道されないものですねえ。それこそ、女子のフィギュアとか、カーリングばっかり報道されてたように思うんですけど・・・ そりゃあ、メダル争いをしている日本人選手は応援したいですし、皆さん華のある演技や、綺麗どころを見たいっていうのは、よく判る話です(^^:) 私自身も、フィギュアスケートの男女6選手の演技には、釘付けにならざるを得なかったわけですし。 それに、仮に全ての競技を朝から晩まで完全報道されても、それを見る時間が持てない現実もあったりします・・・ とはいえ、一部の民放では、非公開の練習風景を盗撮して締め出しを食らった局もあるくらいですし、あまり選手に対する報道が過熱すると、かえって邪魔になったりプレッシャーを余計に与えかねないんではないかと懸念してしまいます。 さらにメダルが取れなかったりすると、それはそれで執拗に心境を聞こうと追い掛け回されて辛い思いをする選手も居たりするわけで。 その反面、せっかく日本代表になっても殆ど取上げてもらえない選手も居たりするわけで。 ホント、もうすこし報道のあり方って考えた方が良いのではないかって思いますよね(って何時もの事ですけどね・・・) それこそ「人類の祭典」として、国内外の枠を取り払い、記録や限界に挑む超人達の、過酷なトレーニングや、メンタルコントロール能力の凄さとか、新たに更新された記録の凄さをもっと伝える報道があっても良いように思うんですけどね。 夏季の陸上系オリンピックとは異なり、冬季はその競技内容が我々の日常性とかけ離れた種目が多いので、よりいっそう、そうした情報を伝える事の重要性があるように思うんですけど。 そうしたドキュメンタリーを放送しているのは、やはりNHKだけといった感じでしたね。(そのNHKですら、ミラクルボディーを放送していたに留まっていたくらいですもんねえ・・・)視聴率が生命線の民放の事情もわからないではないですが、もう少し幅の広い取上げ方があっても良いように思えました。 そんなオリンピックも既に今日・・・いや、日付変わって昨日で終わってしまったんですよね・・・ああ、17日間がなんと短い事か。
本当に「日本選手団の皆さんお疲れさまでした。」と伝えたいですね。 選手達が渾身の想いで戦い、美しく舞う姿は、多くの感動を齎してくれたと思います。 確かに金メダルを獲得できなかった事は残念だと感じる種目が無かったわけではありません。目指した目標に届かなかった事で、悔しい思いをしている選手も少なからずいるのだろうと思います。悔し涙を流す姿に、こちらの心まで締め付けられる思いをしました。 でも、メダル争いや、入賞圏内に入れずとも、苦しい練習を重ね、世界の舞台に立っているという存在がいるというだけで、勇気を分けてもらえたように思えます。 気が早いもので、次のオリンピックへ話題は移ろうとしているようですが、まずは選手団の皆さんに、疲れた身体と心を休めてもらいたいですね。 |
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先日、プロテニスプレイヤーの杉山愛選手が引退してしまいましたね。私はそんなにテニスには詳しいワケではないのですが、毎年ウインブルドン選手権の時期になると、いつもNHKにチャンネルを合せてました。特に愛ちゃんの出る試合は、良く見ていたように思います。 正直な話、彼女は他の有名プレイヤーに比べて、背も高くなく身体的な能力が秀でていたタイプではないと思います。サービスがずば抜けて早いとか、何かしらのスキルが突出しているタイプのプレイヤーでもなかったかと思います。それに失礼ながら、いかにも日本人的な、ちょっとずんぐりしているタイプの体型で、モデルとしても活躍するシャラポワのような今時のプレイヤーに比べたら、本当に世代の違いを感じさせるくらいですし・・・。でも、それだからこそ、ある意味強い親近感を感じる部分もあったのではないかと思います。それこそ、その小さな体であるにも関わらず、粘り強く丁寧なプレーで世界の競合と張り合ってきたんですよね。ホント、彼女の試合は頻繁にラリーが続く事があって、そのタフな精神力とスタミナに驚かされる事が多かったように思います。それに彼女の見せる「愛ちゃんスマイル」が凄く爽やかで、見ていて気持ちが良かったんですよね。 そんな彼女も先日の東レPPOを最後に引退してしまいました。体力・精神力の限界であると判断したからだとか・・・。まだまだ現役で活躍できるのに、何か他の理由でもあったのだろうか?と思いきや、PPOのシングルスの最終戦で、体調を崩してのまさかの途中棄権・・・。本当に、今までの現役生活で、限界に来ていたのかもしれませんね・・・。しかし、定評あるダブルスにおいては、準優勝!前半は押していたのに、途中から巻き返されてしまったのが残念でもありますが、ここに来ての準優勝は、本当に立派であったのではないかと思います。 これからあの「愛ちゃんスマイル」がコートの上で見れないのは非常に残念な気持ちもありますが、ひとまずは疲れた体を休めてもらいたいですね。本当にお疲れさまでした。
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2008年8月8日北京オリンピックが開幕しましたね。いかにも中国らしいマスゲームやワイヤーアクション、そして壮大な花火が印象的な開会式でした。特に花火はこれまで見た事が無いほどの鮮やかさであったと思います。 しかし、いかんせん4時間は長いw 翌日の朝から試合をする選手などにとっては、コンディション維持の面でストレスにすらなるのではないかと、心配になってしまう程。これだけ長時間だと、TVで見ているだけでも辛くて、私は全部を通して見ていられませんでした^^; まあ、数々のワイヤーアクションや、宙吊りの点火のシーンは凄いと思いましたが、ランナーが持つ聖火が何度も消えそうに見えて心配だったりしました。 また、テロ対策の為に敷かれた厳戒態勢も気になるところでした。開会式終了後に国賓が退場するまでのおおよそ2時間の間、観客は席の移動すら認められないという噂も耳にしました。中国国民にとっては、国家創設以来の一大イベントであり、国際的な近代国家として威信をかけたものであるのは分かります。とはいえ、貧富の差の拡大する中国において、地方の貧しい農民がこの模様を見て、同じ国の出来事として誇れるものなのでしょうか。それこそ、チベットや、ウイグル地区の問題などはどうなってるのでしょう。四川大地震で活躍した少年がどうのこうの・・・という演出がされていましたが、違和感も感じてしまいました。それこそ、中国国内における翌日のTV報道では、国連総会なみの多数の国賓を中国が招いたとして、開会式の様子よりも胡錦濤主席が各国の首脳と対応する様子の方がメインで報道されていたのだとか・・・。中国がオリンピックを開催する目的は、結局のところ、そうした目的なんでしょうかねえ。 また、残念な事に、ロシアとグルジアが戦争状態に突入したという報道がされています。無論、世界各地での未解決の紛争も数多くあるわけで・・・平和と友好の象徴のオリンピック。それは名ばかりのものなのでしょうかね。 ちなみにNHKの開会式の中継において、ゲストの谷村新司氏が「中国国民は、このオリンピックが中国の力を世界に見せ付ける国威発揚の場というよりも、世界にはこれだけ多くの国と、多くの人種の人がいるという事実を知る切欠にして欲しい。そして中国はその仲間の1つであるという認識を持って、世界各国と共に生きていく意識、外に対して開かれた意識を掴んでもらいたい。」といったニュアンスの事を言っていましたが、正にそのとおりであると強く思いました。 ある意味、これは国内のオリンピック報道においても言える事。いつも感じるのですが、日本の報道は、国内選手にのみ焦点を当てすぎなような気がします。それこそ、メダルだの、色だのプレッシャーばかり掛けているようにしか見えないと言うか・・・。なんだか、日本人も視野というか、了見が狭く見えるんですよね。無論、国内選手の活躍は見たいのですが、オリンピックは、国や選手の競い合いだけでなく、人類という種がどれだけのパフォーマンスを秘めているのか?という可能性を表現する場であると思うのです。そうした意味で、各国のの選手の凄さや、マイナーながらも興味深い競技を、もっとフィーチャーした報道があっても良いと思うのですが・・・。(そんな中、NHKスペシャルの「ミラクルボディー」は各国の一流選手を追った数少ない番組で、大変興味深いものがありました) まあ、各国の選手はこうした煩わしさにとらわれる事なくベストを尽くしてもらい、新たな世界を切り開いていっていただきたいものです。 |
イチロー / プロフェッショナル 仕事の流儀先日、ブルース・リー関連の記事を書いていた時、私はイチローの事を思い出していました。実はイチローはブルース・リーを激しくリスペクトしており、大リーガーとしては細身にすら見える体でありながらも、ブルース・リーの肉体であるかのように鍛えられているとも聞きます。それこそ、共に孤高の存在として世間から認知されている存在で、高みを望む姿勢は近いものがあるのかもしれません。そこで、正月に放送されたプロフェッショナルを見返してみる事に。■ 拘り
毎日同じカレーを食べ、同じトレーニングを行い、同じバットを使う。他人のバットやグローブに触れて、自分の感覚が狂う事を極端に嫌う。毎日同じ事を行う。イチローは、毎日同じである事に拘る。それは武道等における所作のように、一定の行動をとる事で自然と精神と統一させていく感覚があるらしい。 ■ 自分流 多くの選手がヤマを張ってバットを振る中、イチローは敢えて難しいボールを狙って打つ。甘い玉を狙うのではなく、敢えてピッチャーの決め球を打ち返す事を喜びとする。その存在は特異であり、試合後のジャーナリストとの会見においても馴れ合いはない。クールで人を寄せ付けない、全身に緊張感を漂わせた孤高の存在と認識されている。 しかし、彼にしてみれば、ユニフォームを着ている自分は、違う自分に変身出来る時間であるという。普段の自分は、もっと砕けて喜怒哀楽を表に出す性格であり、その様子を知った人からは、「人間らしくていい」という意見もあれば、「そんな姿は見たくなかった」とも思われているケースもあるだろうという。また、毎日奥さんの作るカレーを好んで食べるような行動は、好きなモノにまっしぐらであるからだと言う。それこそ好きなものばかり食べて、食生活における意識的な健康管理を特別には行っていないという。それは練習にも通じ、やりたいと思う練習だけしているのだという。無論、コーチ等に他のやり方を薦められて全く聴かないという訳ではない。1回は試してみるが、自分には合わななったという事らしい。 「それこそ自分流を貫くには、自分自身への客観的な自己評価の基準が誰よりも厳しいものでなければならない。客観的な評価とは、結果を残す事であり、それを言葉でもきちんと説明出来る事である。それはある意味もっとも厳しい生き方でもある。しかし、組織の言いなりになっているだけでは、自分で自分の可能性を潰してしまう可能性もある。それを自分がやれているとは言い切れないが、目指している部分でもある。」と言う。 そんな完璧主義者のイチローは、同じDVD(例:白い巨塔)を繰り返して見る。(それこそ彼は財前五郎の欲望に忠実な生き方をリスペクトしていると、他の番組で答えていた事がある程。)もしくは弓子夫人が薦めてくる(面白いであろつという太鼓判がついた)DVDしか見ない。それこそ、気に入った女の子が居ても、自分から声を掛ける事はない。相手から好きだという感情を表してくれないと、自分も好きだといえない。(しかし、狙ったものは離さない)そうしたモノには保証が欲しい。といった、ずるいタイプの人間でもあると自ら言う。 ■ 過去のイチローを捨てる そのような拘りをもったイチローには、一つの流儀がある。それは過去のプレースタイルを捨てるという事だという。「自分が過去持っていた形を思い返してみると、よくあれで打てたなって今もそう思う。これ終わりが無いんですよ今のところは。今回のものはそうじゃないかなって淡い期待を抱いている。」 2007年のイチローは、バッターボックスでの立ち位置を変えた。これまでより、30cmベースから離れて立つようになった。これは、弓子夫人の一言が切欠だった。「純粋にみているので、弓子なんかは素人ですから。要は何かの違いに気付いてくれるんですよね純粋に。で、言ったのがね、ちょっと離れてみたら景色変わるんじゃないの。って言ったんですよ」「目に見えない部分というものは、今の僕にはかなり大きな部分を占めている。これからの課題はそこである。目に見える所にあればそれ程難しくない。見えないから難しい」 イチローは人並み外れた技術と反射神経を持つため、とんでもない悪球ですらバットを振ってしまう事がある。そして、これが仇になってしまう。重圧が掛かる状況であればある程、その制御が利かなくなる。「ダメだ。これ手を出したらダメだっていって手を出す事がイケナイ。これが無くせるんじゃないかっていう事なんです。この感覚を得れば、今までの技術なんか必要ない。無駄な技術を駆使する必要すらない。普通に打てると思った球を打ちに行けばヒットが出る。」その為の感覚を掴もうとしているのだという。 ■ 重圧との闘い それこそイチローは、「自分は重圧に弱いですよ」という。「精神っていうのは限界がある。(連続200本安打等の成績を残して来た事から)プレッシャーを乗り越えているように見えるかもしれない。でも越えているわけではなかった。だからこそ、今年はソコをテーマにした。それが来たらそれから逃げないと。」 「だからもう賭けようと。170安打になった時点でキタキタキターみたいな感じ。」 171!172!と、あえて強くイメージを意識したという。それこそファンからの期待、重圧に応えられる段階(レベル)にようやく来たと感じているという。 「プレッシャーを避けて他に意識をそらして達成した200本と、敢えて向かって獲得した200本とでは重みが違う」 「しかし、達成感があるというわけではない。その先というものも殆ど見えていない。見えないから挑む事が出来る。もがいて苦しんでいるからこそ光が見えて来ると信じている」 とはいえ、満足をしてはいけないというわけではない。むしろ満足を重ねるべきだ。でないと人間のやる気など起きるものではない。何かを達成しても、自分はマダマダだと戒める風潮があるが、それは自分を苦しめるだけだ。という。 「なにかを達成したら、大きな満足をしたらいい。でも満足した後でまた何かが出てくるものだ。」 実際、イチローは自分自身をムチャクチャ満足人間だという。逆に 「次に進むためにも満足をしたい」 という。 ■ その先にあるもの しかし、シーズンが終わった時点で、僅差で首位打者となる事は出来なかった。その事が決定的になった時、イチローはグラウンドで涙を浮かべていた。 「以前の僕であれば、自分との戦いに挑んでいただけだった。それが、人と戦えるレベルに来たと思っている。だから勝ちたかった。」 「生涯をかけて追い求めた結果というものは、何かあるかもしれない。でも、多分無いと思っている。無い方に近い。でもチョッとぼんやりとでも見たいなあと思っている。」 無いかも知れないのに頑張れるのは何故ですか?との問いに対し、イチローはこう答えた。 「あるかもしれないから。」 「4割やりたいですね。僕、引退する年にやりたいですね。夢は50歳で4割り打って辞める。これは最高ですよね。」 「腹が出たら辞める。腹が出てもやれるスポーツは限られている。野球はそれにあたるが、それは許せない。凄く嫌。」 2008年のシーズンに向けて、イチローは2007年に掴んだ感覚で挑んで行くという。 「つかみかけていた感覚というのは、具体的な技術ではなかったと今の僕は思っている。打席の中の景色感覚が今までのものとは違っていた。ようやくスタートを切れた感じ」 ■ イチローにとってプロフェッショナルとは 「ファンを圧倒し、選手を圧倒し、圧倒的な結果を残す、という事です。」 凄い男ですね。本当にスーパースターであると思います。男の美学を追求しているといえます。しかし、その美学というものは、あくまで自分自身の美学であるというのがいやったらしいまでに伝わって来ます。ホント、なんとエゴイスティックな男であろうかと思います。 そのエゴはともすれば、近寄りがたい雰囲気を醸し出すだけでなく、周りの者を威圧し、不快感すら感じさせる場合もあるかもしれません。それこそ、WBSの時のリーダーシップが異様というか、違和感を覚えた程。(あれもまた、プロだからこそ、リーダー役を敢えて演じていたとも受け取れます。また、それだけの役割をすべきポジションに自分は来たと感じているという事なのかもしれませんが。)しかし、その強烈なまでのエゴというか、自意識があるからこそ、自分を高みに上げる原動力となっている事を改めて感じさせられました。 そんなイチローは普段の自分とユニフォームを着ている自分は違うように語っていました。たしかにTVに映し出された自宅での彼の様子には、クールな印象はないかもしれません。彼にとってみれば、「理想の野球選手」を目指しているだけであり、プロとしてオンステージ上にいる限り、その美学を貫きたいという意識が強烈なまでに強いのでしょうね。(逆に、普段の姿とユニフォーム姿での違いは、そのスイッチが入っているか入っていないかだけの違いであり、失礼な表現かもしれませんが、根っこの部分は、エゴイストというよりも、非常にワガママな野球好きのガキと言っても差し支えないのかもしれません。)逆にそれ(完全にスイッチを入れる事)が出来ぬ者など、恥ずかしくてとてもプロと名乗れないという意識なのでしょうね。 そういう意識は誰にもあるものだと思います。でも、その価値観のレベルが常人とはかけ離れる程の高い位置にある(また、それだけの努力を重ねて来た)というのが凄いわけですよね。それこそ、ようやく人と戦えるレベルに来たと思っていると述べた事に驚きを隠せません。 それにしても意外だったのが、イチローは自分自身をムチャクチャ満足人間だと述べた点。なる程、世の中には自分をマダマダだと戒める風潮がありますが、それは自分を苦しめるだけというのは面白い意見ですよね。モチベーションをセルフコントロールする上で、とても健全な考え方なのかもしれませんね。 さて、2008年度のシーズンはどのようなプレーを見せてくれるのでしょうか。今からとても楽しみです。 |
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「Y'S GEAR Racing」(ワイズギア・レーシング)から今シーズン、全日本選手権JSB1000クラスに参戦していた阿部 典史(あべ のりふみ/32歳)選手が、10月7日午後6時20分頃、神奈川県川崎市で二輪車を運転中交通事故にあい、午後8時50分頃治療先の病院で亡くなりました。 阿部選手は1993年史上最年少で全日本最高峰500ccクラスのチャンピオンを獲得。翌年94年も全日本スーパーバイク選手権に参戦していましたが、シーズン途中にヤマハに移籍、同時に世界選手権500ccクラスに参戦。1995年からフル参戦を開始し、優勝3回、2位4回、3位10回などと活躍。今年は全日本選手権に復帰して活躍するほか、7月の鈴鹿8時間耐久レースに初参戦。国内外モータースポーツ振興を牽引する人材として多くのファンから親しまれていました。 阿部 典史選手のプロフィール 出 身/ 東京都 生年月日/ 1975年9月7日 2007年の所属チーム/ Y'S GEAR Racing(ワイズギア・レーシング) 主な成績 1993年:全日本選手権GP500 チャンピオン 1994年:世界選手権GP500 デビュー 1995年:世界選手権GP500 ランキング 9位 1996年:世界選手権GP500 ランキング 5位 (日本GP優勝) 1997年:世界選手権GP500 ランキング 7位 1998年:世界選手権GP500 ランキング 6位 1999年:世界選手権GP500 ランキング 6位 (リオGP優勝) 2000年:世界選手権GP500 ランキング 8位 (日本GP優勝) 2001年:世界選手権GP500 ランキング 7位 2002年:世界選手権MotoGP ランキング 6位 2003年:世界選手権MotoGP ランキング 16位(スポット参戦) 2004年:世界選手権MotoGP ランキング 13位 2005年:世界選手権スーパーバイク ランキング 13位 2006年:世界選手権スーパーバイク ランキング 13位 2007年:全日本選手権JSB1000ランキング3位(第6戦終了時) NORICK,The Racing Star YAMAHA Wikipedia 阿部典史 ロードレース世界選手権 NORICK 阿部 典史 選手よ永遠なれただただ残念でなりません。若くして、また一人の世界的ライダーがこの世を去ってしまいました。しかもサーキットではなく、一般路上での交通違反者による事故に巻き込まれてのものというのが、残念でなりません。 私はGP500という、当時世界最高峰のバイクレースが好きで、テレビ東京や、NHK衛星で放映されている頃は毎週のように見ていました。レースの最高峰という意味では、F-1や、WRCといった存在もあるわけですが、マシン対人間の比重からすれば判るように、操る人間の技量がもっとも影響するモータースポーツは、バイクだと思っています。それこそ、時速300kmオーバーの世界を、その身をさらして挑んでいく勇気は、常軌を逸しているといえる程。また、マシン自体が、他のモータースポーツと違いコンパクトであり、それこサーキットにおけるライン取りの豊富さから、常に熱いバトルが繰り広げられるのも魅力だったのです。そんな憧れの世界で走る、SUZUKIのK.シュワンツ、HONDAのM.ドウーハンといった、世界トップライダーの熱いバトルをこの目で見たいと、それこそ94年、95年、02年の鈴鹿グランプリを現地に見に行っていた程でした。 そんな94年の鈴鹿、予選2日目の雨のヘアピンで、テールを滑らせながらも、明らかに他のライダーよりもかっとんだ走りを見せるライダーがいたのです。それは常にTVで観るような有名ワークスバイクのライダーではありませんでした。赤いカラーリングに、緑色のゼッケンのバイク。それが、ワイルドカードとして、この日本GPのみにスポット参戦していた、阿部典史でした。彼の走りは荒削りで、ウエット路面では、見ていて危なっかしく感じる程。しかし観るからに他のライダーよりも早く、そして魅力的だったのです。雨の中での2次予選の結果は3位。 最終的にはドライコンディションだった金曜日の予選初日のタイムによって順位が決まり、決勝スタート7位のグリッドを獲得。決勝はどうなるか?単なるフロックか?どうせ、決勝がドライにでもなれば、常連のトップライダーに逃げ切られるのではないか?しかし、いくら慣れている地元の鈴鹿、しかも雨というコンディションとはいえ、世界のトップライダーに対し、サテライトチームから参戦の若きスポットライダーが、2次予選3位という結果だけでも凄いのではないか?と、レースを共に観にきた友人と、熱く夜中まで語り合いました。 そして決勝。コンディションはドライ。このコンディションでは、パーマネントライダーによるトップ争いで終始してしまうのかもしれない。そういう予想もあったかと思います。しかし阿部は、我々の予想以上のライディングを見せてくれたのです。正に当時のトップ中のトップである、SUZUKIのK.シュワンツ、HONDAのM.ドウーハン、に喰らいついた走りを見せるのです。本来なら、プレッシャーに押しつぶされたり、トップライダーのブロックに阻まれるもの。瞬間的に1位についていただけでも凄いというのに、そのペースは一向に衰える事なく、終盤まで抜きつぬ抜かれつのデッドヒートは続くのです。 SUZUKAはもうお祭り騒ぎ。彼の走りがその視野に入ってくる度に観客は大歓声!!!それこそ、視野に入っていなくても、バイクの排気音と共に、歓声がサーキットを駆け巡る様子で、彼がどこをどう走っているのか手にとるように判る程。今までHONDA.YAMAHA.SUZUKI,KAWASAKIという4大メーカーがGPでそのトップの座を競う事があろうと、日本人ライダーが世界トップレベルのライダー達とここまでデットヒートを繰り広げる姿など、めったに見られるものではありませんでした。それこそ、マシンは日本製であるというのに。GP250、GP125クラスであれば、日本人も好成績を収めながらも、GP500ではその成績を維持できないというジレンマに、日本人のレースファンは煮え切らないものを感じていたのです。GP500で日本人がトップ争いをする姿を見たい。日本人が優勝する姿を見たい。我々の長年の想いが、彼の走りによって爆発しているかのようでした。 そして迎えた残り4周。タイムを広げようと逃げ切りを図る、トップのシュワンツ。その後を追うも、シュワンツに追いつけず、守りの走りをしているかのようにも見えるドウーハン。そのドウーハンを抜きたくも抜ききれない阿部。しかし阿部はドウーハンをついに抜き、再び2位に浮上!!その瞬間、歓声はさらに爆発するのです。 しかしその荒削りなライディングから想像するに、タイヤはもうボロボロのはず。もう無理をするな。2位だけでも凄い結果だ。誰もがそう思っていたはずです。しかし、日本人レースファンとしては、この先を観てみたい。可能なら、GP500デビューレースで、この熱いライディングを見せるライダーが優勝する瞬間をみてみたい。この男を勝たせてあげたい。誰もがこうも思っていたはずです。 しかし残り3週目、1コーナーのダートに突っ込んでいく彼の姿がありました。その瞬間、ファンによる悲鳴にも似た歓声が1コーナーにこだましていました。そう、コースアウトとなったのです。彼の94年の鈴鹿GPはこれで終わったのです。結果はノーポイント。DNFです。 しかし、その強烈な走りは日本人どころか、世界中のレースファンの心を捉えたのです。結果を手にする事はできなくとも、最後まで引かずに攻めの走りをした彼のライディングに、ファンは拍手を送ったのです。それこそ、この走りが以前の世界チャンピョンであるW.レイニーの目にとまり、結果として彼はシーズン途中からYAMAHAへ移籍し、GP500の正式なワークスライダーとなったのです。以降の活躍は、上記のリストを見ていただければ判るかと思いますが、正にトップレベルのもの。日本のみならず、世界でもNORICKの愛称で呼ばれた彼。GP参戦11年間で7回のワールドチャンピオンを獲得した天才ライダー、バレンティーノ・ロッシが若き頃、この阿部の勇姿に憧れ自らを「ろっしふみ」と名乗ったエピソードも有名ですよね。それこそ、96年の鈴鹿では、GPでの初優勝をしています。もうね、この瞬間はTVにかじりついていて、涙がでそうなくらい嬉しかったのです。友人にも電話を掛けて喜びを分かち合った程です。 そんな彼も、GPの世界からは身を引き、日本でのスーパーバイクへ参戦するものの、TVでの露出は減ってしまっていたかと思います。それこそ、GP自体のTV放送も減ってしまい、残念ながら最近の状況を詳しく把握できていませんでした。ところが先日の日本もでぎGPでの放送の際、解説者として登場していました。久々に彼の明るく元気な姿をみて、往年の時代を懐かしく思っていたところだというのに・・・。 このような痛ましい事故が起きてしまって、非常に残念です。レースの世界ではなく、こうした人為的ミスで命を失ったというのが残念で仕方ありません。オフロードバイクで身に着けた、上半身を起こした彼独特の走りをもう見れないのかと思うと、残念で残念でなりません。奥さん、子供さんもさぞ辛かろうと思います。本当に残念で、残念で仕方ありません。 せめて天国で大ちゃんと仲良く走ってほしい・・・そう思わずにいられません。今日は彼の告別式の日です。彼のご冥福をお祈りいたします。
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