2005年にイギリスのBBC、ロシアのチャンネルワン、アメリカのナショナル ジオグラフィック チャンネル、ドイツのNDRによって共同制作されたドキュメンタリードラマ。全4話/(1話60分/計240分)
第1話「ロケット開発」(Race For Rockets)
第2話「衛星開発」(Race For Satellites)
第3話「有人宇宙飛行」(Race For Survival)
第4話「月面着陸」(Race For The Moon)
宇宙を飛び立つ―それは長い間夢物語に過ぎなかった。しかしその夢を実現するためにすべての情報をかたむけた二人の科学者がいた。宇宙を飛び立つ―それは長い間夢物語に過ぎなかった。しかしその夢を実現するためにすべての情熱をかたむけた二人の科学者がいた。ひとりはセルゲイ・コロリョフ。強制収容所からソビエトの宇宙開発のため釈放された。彼のライバルはヴェルナー・フォン・ブラウン。先見の明を持った宇宙のパイオニアだが、ナチ党員という過去を背負っていた。二大国の争いに巻き込まれていく二人の夢…二人は技術の限界にしばられることなく未来を描いていた。人類史上最大の挑戦 ― 勝者はどちらかひとり…。
■ wikipedia:宇宙へ 〜冷戦と二人の天才〜
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Space Race 宇宙へ 〜冷戦と二人の天才〜
既にご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、今年2009年は 世界天文年間だそうです。イタリアの科学者ガリレオ・ガリレイが初めて望遠鏡を夜空に向けた1609年から、400年経過した節目の年だからだとか。そういえばアポロの月面着陸の成功からも40年が経過したた事を記念して、映画 「THE MOON」も公開されていますね。去年は JAXAによる月面周回衛星 かぐやによる月面のハイビジョン映像が話題に上りましたし、今月21日にはH2Aロケットによる温暖化効果ガス観測衛星 いぶきの打ち上げも計画されています。相乗りの小型衛星として大阪府東大阪市の中小メーカーによる 「まいど1号」も搭載される予定ですし、何かと宇宙関連の話題の多い年になりそうです。
さて、そのような人類の宇宙への扉は、類まれな2人の天才科学者の存在無くては開かれる事は無かったという事を伝えてくれるのが、このドキュメンタリードラマ『Space Race 宇宙へ』です。以前にNHKで放送された事もあり、ご存知の方も多い海外ドラマでは。その際は残念ながらタイミングを逃してしまっていたのですが、先日ようやくにして拝見する機会を得ました。
若くして有能なロケット技師であったが、スターリン体制によるこの粛清にあい、強制収容所送りとなる。8年間の過酷な生活によって、心身共にボロボロになりながらも生き延び、敵国ドイツから鹵獲したV2ロケットの解析を担当。その事から、彼は当時から、ライバルとなるフォンブラウンの存在は熟知していた。その後、独自の研究開発を積み重ね、世界初の中距離弾道ミサイルR5・長距離弾道ミサイルR7の開発に成功する。
1957年には世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功。そして1961年には、人類初の有人宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンを乗せたボストークの打ち上げを成功させた。更に有人月旅行を目指すが、開発資金の苦しさゆえ新型の大型ロケットエンジンの開発を進める事が出来なかった。そのため、コントロールの難しいクラスターエンジンのN-1は、4度の打ち上げに失敗。結果として月面着陸はアメリカに先を越されてしまう事となる。1966年、ガンの手術中に心臓停止し、死去。国葬で送られ、赤の広場の壁にソ連の歴代要人と並んで葬られた。
貴族の血筋に生まれ、経済的に恵まれた環境で知識を蓄えてきた若き天才ヴェルナー・フォン・ブラウン。彼は大戦下において、ロケット技術者としての立場と引き換えに、ナチ党員となり、かの有名なV2ロケットを開発。ドイツの敗戦が決定的となると、口封じのために殺害されるのを恐れ、ロケット技術を携えてアメリカに投降。自らの宇宙旅行への夢の実現の為に、TVメディアをも利用したPRも行い、世論を巻き込みつつ研究開発を行ってゆく。
凄いですよね。有名なこの2人の事は既に何度も見聞きしてはいますが、人類最大の国家競争が、2人の天才によって推し進められていたという事実に改めて敬服してしまいます。その二人の知性、技術力がいかにずば抜けていたという事もさる事ながら、己の身の安全、保身、理想を追求する為には、そなりふりかまわぬ行動力に驚かされてしまうというべきでしょうか。それこそ、国の威信を賭けて、政府は彼等技術者を利用していたわけですが、彼等もまた、そのような国家の後ろ盾や、資金を利用していたとも言えるわけで。特にフォンブラウンに至っては、そのプレゼンテーション能力や、ネゴシエーション能力もあって、技術者としての顔だけでなく、野心家というか、策士としても相当に有能であった事が伺えます。むしろそうしたプロデューサー的な能力や、マネジメント能力等も備わっていなければ、これだけのプロジェクトの中心人物とは成り得る事は出来ないものなのかもしれませんね。
無論、コロリョフもそうした面が無かったわけではないようです。当初のソビエトはあくまで核を敵国に撃ちこめる大陸間弾道弾の開発にのみ関心があり、宇宙開発には全くと言って良い程関心が無かったのだとか。しかし、アメリカが世界初の人工衛星の打ち上げを計画している事を西側の新聞で知ったコロリョフは、ソビエトがアメリカに先駆けて世界最初の人工衛星を打ち上げることの意義をフフシチョフ書記長に直接進言し、人工衛星の打ち上げにこぎ着けたのだそうです。
そのような、コロリョフが宇宙開発事業に着手出来たのは、フォンブラウンのV2ロケットの脅威があっての事。また、フォンブラウンにとっても、巨額な開発資金が必要となるアポロ計画を推し進める事が出来たのは、コロリョフ等によるスプートニクやボストーク等の成功を覆す必要性から認められたものとも言えます。正に、互いの存在無くては、短期間にこれだけの偉業が成される事は無かったのかもしれませんね。
しかし、そのコロリョフの存在はトップシークレットであったため、生前は西側おろか、国民にも知らされていなかったのだとか。それこそ、フォンブラウンが彼の名を正式に知ったのは、彼の死後の事であったのだそうです。こうした点に当時の国家体制の差を感じずにはいられませんね。ちなみに彼の設計した R-7はその後も仕様変更などを重ね、2008年現在でも運用され、1500回以上の打ち上げに成功しており、文句なしに世界で一番安全なロケットだと言われているそうです。
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