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2005年 / 日本 / 122分 原作:荻原浩 監督:堤幸彦 出演:渡辺謙 / 樋口可南子 / 坂口憲二 / 吹石一恵 / 水川あさみ / 袴田吉彦 / 及川光博 / 渡辺えり子 / 田辺誠一 / 他 公式サイト 明日の記憶久々のブログ。書きたい記事は色々あるのですが、記憶の有る内に邦画の感想から・・・。そう、正に記憶というものをテーマにした作品です。地上波でやっていたので、これ幸いと拝見しました。 何時ものようにネタバレありの感想です。 記憶。人というものは全てを記憶する事は出来ない。全てを正しく把握し、覚え続ける事は出来ない。価値のあるもの、都合の良い事を意識して・又は無意識に取捨選択して暮らしている。それこそ、覚え間違いもあれば、記憶の捏造すらありうるもの。 しかし、そんなアヤフヤな部分があろうとも、記憶こそが産まれてからずっと蓄積されてきたものであり、思考、性格をも左右し、その人たらんとするもの。 記憶こそが他者との交流の証であり、生きてきた証であり、社会における自分の存在意義であり、愛すべき者との絆でもある。 その絆が一方的に予期せぬ形で失われる。コミュニケーションはバランスを失い、従来の関係を保つ事が困難を極める。記憶を残そうと、記録を残しても、その記録をした事すら思い出せなくなる・・・。記憶に残らないとすれば、新たな行為へのモチベーション等起こりえない。それどころか、大切な思いですら失ってしまう。自分が自分で無くなっていってしまう。それは恐怖と呼べる世界。それは社会からの隔絶を意味し、生きる意味すら見失わさせる。 仮にこの映画で取り扱っている『若年性』でなくとも、記憶が失われていくアルツハイマー病に関わるという事は、同様の意味を成すのかもしれません。 病を患った本人に対し、『病に負けるな。ガンバレ』と声を掛けようにも、本人の努力でどうこうなる世界ではなく、そうした献身的な行為すら、いずれ忘れ去られてしまうのかもしれない世界。本人だけでなく、看病する側がしっかりと覚えていればいる程、共に味わう隔絶感。何も産まない。ただ失うのを待つだけの世界。ただ死を待つだけの世界とすら受け止めかねない世界。 それでも尚、支えざるを得ない。支えるとは何だろう。献身とは何だろう。見返りを求めずに尽くすとは何だろう。正にそのよりどころこそ、それまでに築いてきた人間関係=『記憶』。しかし、その献身を相手に訴えても、理解し、共感出来るだけの『記憶』すら失われるとなると、非常にやるせないものがありました。 記憶を失う本人はもとより、献身的に支える妻の姿が観ていて辛かったです。映画のラストでは、今までの関係が破綻してしまっても、出逢ったままの2人が持つ本来的な人間性は変わらず、今も深い所で繋がっているとしたいのでしょうね。たしかに映画としてはそうした救いが欲しい。私もあれ以上、あの2人の関係が救いようの無い状態になどなって欲しくはない。それこそ人と人が惹かれあう本質はそうそう変わるものではあって欲しくはない。そう思います。逆に映画としてはよくもあそこまで描いたとも思います。 しかし、現実はあのような綺麗な部分などこれっぽっちもないものかもしれない。そんな気すらしてしまう自分もいます。
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