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■ 2013年上半期に見た映画 その4 アニメーション 2013年の上半期において、新旧を問わずに見た映画の感想を纏めてUPします。この記事はその3からの続きです。また、上半期の映画の感想はこの記事で終了となります。(順不同・ネタバレ一部ありです。) ■ おおかみこどもの雨と雪 細田守監督の新作です。個人的に「サマーウオーズ」はイマイチだったのですが、凄く出来の良かった「時をかける少女」の例もあるので、この作品も見てみる事にしました。さて、その感想なのですが、簡単に表現するのは難しいものがあるなぁ・・・と感じました。凄く良かった点と、釈然としなかった点が綯い交ぜになってしまったからです。 映像に関しては本当に見事でした。本当に素晴らしいと感じました。アニメーションとしての動きもそうですし、背景美術も一級のものだったと思います。特に雨と雪が雪の中を疾走するシーンは、実写でも、ましてやフルCGでも映し出す事が難しいと思える躍動感と、映像美を見事に表現していると感じましたそれこそ、私が始めてMTBでフィールドを駆け抜けた時の感動を思い起こさせてくれる程のものであり、その臨場感は本当に素晴らしかったと思います。また、キャラクターが一瞬にして狼になったり、人になったりするシーンにアニメとしての上手さというか、巧みさも感じましたし、嵐が来る時の学校の雰囲気の表現なども凄く雰囲気があったと思います。 しかしながら、シナリオの展開に疑問を感じる部分があったのです。特に「雨」がとる行動に対する周りの反応が腑に落ちなかったといいますか・・・。たしかに現実社会においても、集団生活に馴染まない子供は沢山存在しています。また、そうした子供達は環境が変わる事で活動的になったり、自立心が旺盛になる事もあるとは思います。なので、「雨」自身がとったアクションに関しては理解出来るというか、共感できる部分はあるのです。 とはいえ一般社会の目線で考えると・・・。彼は唯でさえ学校に行っておらず、そのまま失踪してしまったわけですよね?しかも、何時戻って来るか判らない・・・。いや、もう2度と戻ってこない別れとなったかもしれないわけで・・・。あの後、母親である「花」や姉の「雪」は、周りの人に彼の行方の事をどのように説明すればいいのでしょう?「あの子は長い、長い旅に出ました・・・。でもきっと元気にやってます。」って感じなんでしょうかねえ・・・。で、周りがそれを受け入れる事が出来るのでしょうか?(村の人達はともかく、学校・行政側はそうはいかないのでは。) それに、「雨」の事が心配だからといって、山の経験の少ない「花」が、あれだけの嵐の中を捜索に向かうという展開もちょっと無理があるというか、ラストシーンを作り出すためのこじ付け的にも思えたり・・・。それこそ普通に考えれば「花」の方が遭難して可笑しく無いわけで。(案の定、話の中でもそんな感じになってましたが。)どうしてもれらの事が気になってしまい、ラストシーンで気持ちよく感動に浸りきる事が出来ませんでした。 とはいえ、この作品が持っている独特の雰囲気は決して嫌なものではありませんでした。寧ろ、凄く丁寧な作りに好感を持ちました。この監督さんの次回作があった時は、また見てみたいと思います。 ■ ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q 3.33 思っていたよりも新劇場版の2が気に入ったので、期待しながら本作を見てみました。しかしながら、私にはどうも受け入れ辛い作品でした。 前の序の終わりのシーンから、いきなり話が飛びすぎていて、最初は一体何が何だかって感じだったわけです。 ホント「ぽかーん」とした感じで眺めるしか出来なかった部分が大半だったのです。 その理不尽で意味不明な状況は、主人公のシンジも同様であるといった感じで話が展開されるのですが、映画の後半になるまで状況説明がされないので、凄くストレスが溜まりました。しかも、その説明がなされても、依然としてスッキリとしない部分が多かったりするわけで。 確かに人という存在は、善を信じて行った行為でも、その通りに事が運ばない事はあります。それどころか、その行動が他者を巻き込み、不幸を齎す事もあるでしょう。とはいえ、何も此処まで極端な展開をする必要は無かったように思うんですけどねえ・・・。特にミサトの態度が理解出来ないといいますか。結果として、それらのキャラクター達の行動に全く感情移入できず、面白みを感じる事が出来ませんでした。 しかも、今回登場した巨大な宇宙船モドキは一体何なのでしょうか?あんなモノを登場させる必要性は何処にあったのでしょうか?しかも、それを離陸させるための時間が非常に長いのも理解出来ませんでした。これらの改変は、次回作へのフラグという事になるのでしょうか? そういえば、本作の監督は3.11の大地震の惨劇に大変ショックを受け、本作の制作途中にシナリオを大幅に書き換えたという噂を耳にしました。私ではその影響がどの部分に影響しているのか判りませんが、このような展開は監督自ら見せたい世界だったのでしょうか?私は別にコアなエヴァのファンではありませんが、次回作でなんとか綺麗に話をまとめてもらいたいものだと感じました。 ■ ベルセルク 黄金時代 Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ 私は以前、ベルセルクのコミック(原作)を購入し、愛読していた時期があります。しかしそれは過去の話。今現在は全て売り払ってしまってます。また、フォローしてないので原作の最近の状態は知りません。 というのも、物語の中に「魔法」が登場し、「甲冑」が変形するようになってしまった辺りから、話の雰囲気が可笑しくなってきているように感じたからです。それこそ「生き延びるだけでも必死」だった頃の緊迫感や、「狂気」とも言える独特のダークな雰囲気が失われ、興味が薄らいでしまったのです。実際、作者も物語りの収拾の仕方が判らなくなってきているのではないでしょうか?(画はどんとん上手くなっているのですけどね。) それでも尚、話の前半にあたる「黄金時代」のパートは今でも素晴らしいと思います。ホント、凄く良く出来た物語だったわけですよ。 そんな「黄金時代」の部分を映画化したのが本作なわけです。ちなみにベルセルクはTVの深夜枠で一度アニメ化されてますよね。私は過去にそのTV版も拝見しています。そこで、この映画はコミック、TV版と見比べて鑑賞するという事になったのですが・・・。 この映画化は失敗だったんじゃないか?と感じました。画は凄く綺麗です。でも迫力が感じられないのです。多分、線が細すぎるのです。しかもキャラクター造詣(ボディ)そのものも細身に描かれているので華奢に見えてしまうんです。(つまり、ただ綺麗なだけなのですよ。) そのくせ動きは異様に滑らかなんですよね。これって、3Dでモデリングしたキャラクターを多用しているのでしょうか?(確証はありませんが、そう思わせるような映像だったのです。)ひょっとしたら、そうした作り方でも問題の無い作品も世の中には沢山あるのでしょう。しかしベルセルクのように泥臭く、迫力や誇張感が必要な作品には、このような作り方は適さないのではないかと感じました。 しかも声優もダメダメだったんですよね。特に主人公のガッツとグリフィスの声量が全然無いのが気になって仕方がありませんでした。ホント、声の線が弱くて迫力が全く無いのです。それこそ大半のキャラクターはTV版のキャスティングで問題無かったと思うのですが、何故変える必要があったのでしょう? そういえば、映画のオープニングシーンにおいて、黄金時代以降のシーンがコラージュされてましたね。ひょっとして続編を製作する予定でもあるのでしょうか。今のままの作り方なら、無理に作らない方が良いのではないかと感じました。 ■ 009 RE:CYBORG この映画も物凄く映像が綺麗な作品でした。ホント、上記の3作もそうですが、最近のアニメ作品は映像が綺麗ですよね。しかし、この映画もシナリオに疑問を感じずにはいられませんでした。 物語の舞台は現代。シリアス路線で話が進むのかと思いきや・・・。結局「彼」とは何だったのでしょう?なんとなくの雰囲気でそれらしいものの存在を匂わせようとしているのは判るのですが、不明瞭である事に変わりはなかったと思います。しかし、その「彼」の存在がストーリーの要であったため、話全体に説得力が感じられなかったわけです。 まあ、原作漫画やTVアニメ版においても、神話の世界に絡むような展開があったようなので、本作においても「神」や「天使」のような存在を扱う事は可笑しな話ではないのかもしれません。しかし、舞台となる世界をリアルにすればする程、その存在の描き方に無理が生じてしまっているのではないかと感じました。 それこそ、009と002が生き残ってるって展開に違和感があっただけでなく、どのように戻ってきたのか一切描かれていなかったため、あまりに唐突で、違和感のあるラストとしてしか感じられませんでした。ホント、画は物凄く綺麗だったんですけどねえ・・・。 ■ ゴルゴ13 凄く古いアニメ映画です。ようやく今の時代において見る事が出来たので感想を書いてみたいと思います。ちなみに私は、そんなにゴルゴの原作は読めていません。その昔、床屋さんや中華屋さんに立ち寄った時に、巻数がが飛び飛びの状態で置かれているのを読んだ程度です(^^: 実にゴルゴらしいような、それでいてゴルゴらしく無いような話でした。クールでダークなハードボイルドの雰囲気は結構表現出来ていたのではないかと思います。さらに、かなりHで過激なシーンも多くてびっくりしました。(この作品は子供は見ちゃいけませんw) しかし、シナリオにちょっと疑問を感じてしまいました。映画として見ごたえのあるシーンを盛り込むために、派手なストーリー展開をする必要があると考えたのかもしれませんが、、ちょっと話が大きくなり過ぎだったように思いました。そもそも物語の中でゴルゴが「殺しの依頼」を受けたターゲットはたった2人しかいないはずなのに、巻き添えになっている人が何人いるのやら・・・。またゴルゴの敵となる存在の非常さや異常さを表すためとはいえ、大切な息子の嫁であった女性をあのような扱いにしてしまうという展開もやりすぎだったのではないかと感じました。 それでも尚、この映画は原作を尊重し、その雰囲気を何とかアニメで表現しようと腐心しているのがビシバシと伝わって来ました。原作の「さいとうたかお」も、この作品を気に入っているとの話を聞いた事がありますが、それも納得といった感じでした。 |
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■ 2012年に見た映画 (主に旧作&TVを含む) その8 アニメ この記事は映画の書庫に掲載していた記事その7からの続きです。 今回8つにおよんだ2012年に見た映画関連の纏めの記事も、ひとまずこの記事でラストとしたいと思います。実のところ未だ記事に出来てない作品もありますが、これだけ連続して映画関連の話題ばかり一気に書いていると、少々疲れてしまいまして・・・(^^; ■ トイ・ストーリー3 シリーズの1・2を見て気に入っていたので本作も見てみる事に。 本作も良い作品でしたね。とはいえ、これまでの作品とはちょっと異なってましたね。どのように作品が盛り上がろうと、最後に別れが待っていたからでしょうか・・・。 確かに思春期になるにつれて、趣向性や価値観が変化する事がありますよね。小さな時に好きだったものや、遊んでいた玩具が、妙に子供っぽく見える事もあったりするわけです。それに他に大人になる過程で、自分の行動範囲や見識が広がると、過去に親しんできた物に対する興味や関心が薄れていき、いつの間にか忘れてしまったりする事もあるわけで。 実際、私も様々な玩具を、手狭になってゆく部屋の大掃除とかに併せて処分してしまう事がありました。それでも、特にお気に入りだったものは押入れに仕舞っていたりもしましたが、そのうち親戚の子にあげたりして本当に一個も残らなくなってゆくわけですよね・・・。 しかし、ふとした時に「ちょっとは残しておけば良かったな・・・。」って、思い返す事もあったりします。(別にそれで遊びたいというわけではなく、当時の思い出の品のような物が本当に全く手元に残っていない事に対する妙な寂しさのようなものを感じてしまう事があったりもするわけで。)こういうのは、玩具に限らず、本とかレコード、服なんかにも似たような事が言えるのかもしれませんね。 そんな感じの、ちょっと切ない思い出を、呼び覚ましてくれる良い作品でした。 ■ ウォーリー 全くといっていい程予備知識を持たず見た作品です。それどころか殆ど期待も抱かないで見た作品です。だって主役のロボットが全然かっこよくも、可愛くも思えなかったのです・・・。しかしながら、私は思いっきりヤラレテしまいました。 恥ずかしながら、このガンタンクもどきクンと、空飛ぶ白いクリオネもどきサンが繰りなす物語のおかげで、目頭が熱くなってしまいました。(^^; 一部ご都合主義的な部分が無かったわけではないのですが、流石はピクサー作品だと思いました。個人的には、トイストーリー3より楽しめました。ネタバレしたくないので、これ以上細かい事を書きませんが、凄く良かったです。 追伸) 国産の某有名ロボットアニメの最終話に出てくる 「足は付いてない・・・」 「あんなの飾りです!偉い人にはそれがわからんのですよ。」 という台詞がありますが、それは本作の主役達のデザインにも通じる名言であると改めて思い知らされましたw ■ 時をかける少女 この作品も、全くといっていい程予備知識を持たず、そんなに期待しないで見た作品です。というか、いまどきの国産アニメの絵柄を私が受け入れられるのか少々心配しながら見たくらいです。さらに、何でこの時代に「時をかける少女」という古い題材を用いるのだろう?と、訝しがりながら見たくらいです・・・。 それでも見ようと思ったのは、国内のみならず、海外を含めて物凄く沢山の賞を受賞した良作との評判を耳にしていたからです。実際に拝見すると、その評価の高さは物凄く理解出来るものでした。いやはや、本当に食わず嫌いをしていてはいけませんね(^^; ロボットアニメや、萌え系アニメなどのヲタク文化が全盛の今の時代において、これだけセンシティブな青春ドラマをアニメで表現しきれるのかと、良い意味で驚かされました。日本のアニメもまだまだ捨てたものではありませんね。 ストーリーも、「時をかける少女」というタイトルは付いているものの、物語の舞台設定などを拝借しているだけで、ストーリーはほぼオリジナルと言って良いものでしたね。そして、そのシナリオもまた秀逸と言って良いものでした。若い頃において、誰もが感じる淡く、純粋な思い。その気持ちをぶつける事の出来ない苛立ち、不安、そして切なさを思い出させてくれる物語でした。未見の方にはオススメしたいです。 ■ サマーウォーズ 上記の「時をかける少女」と同じ監督による作品との事で拝見しました。 「時をかける少女」の出来があまりに良かったため、期待値を上げ過ぎてしまってたのかもしれませんが、私にとっては思った程・・・という感じでした。なんというか、物語の後半において、空からトンデモナイモノが降ってくるのを阻止する展開になってから、話を広げすぎに感じたというか、話が飛躍しすぎに感じられてしまったというか・・・。 また、第3のメインキャラと言えると言える「おばあちゃん」を魅力を描こうとしていたのは悪くないですし、理解出来る部分も沢山あったものの、そのおかげで主人公と、その相手となる少女との関係がちょっと希薄というか、誰が主人公の話なのか、ストーリーの芯がちょっとボケてしまったように思いました。 ■ パーフェクトブルー ”ちょっと古い作品ではあるものの、作画のクオリティが物凄く高いとのと、アニメでは珍しいサイコ・サスペンス系の作品”であるとの話を耳にしたので見てみる事に・・・。ちなみに本作は、国内でR-15指定。海外では殆どの国でR-18指定にされている作品だそうです。 確かに、評判どおり画のクオリティは高いものを感じました。また、日常のリアルな都市生活などを丁寧に描いている事に対し、感心した部分もあります。でも、シナリオに関しては、あまり面白みを感じられませんでした。(サスペンスとしての深みや、怖さなどはあまり感じられませんでした。)そもそも無理にアニメでやる必要性が感じられないシナリオだったといいますか・・・。また、子供が興味を持ちやすいアニメという媒体において、あんなに酷い女性暴行シーンを描く必要性は無かったように思いました。 ■ パプリカ 上記のパーフェクトブルーと同じ、今敏監督の作品との事。さらに作画のクオリティが高いとの話で見てみましたが・・・。 評判どおり、確かに作画は凄いです。よくもまあ、ここまで丁寧に描いていると関心しました。でも、この作品もシナリオに面白みが感じられなかったんですよね。そもそも何を伝えたい作品なのか良く判らなかったといいますか。(若くして亡くなられてしまった監督さんに対して、死人に泥を塗るようで申し訳ないのですが・・・。) それこそ、作中でカギとなる「DCミニ」って装置に全然リアリティが感じられず、SFの舞台設定そのものに疑問を感じてしまったくらいでして。それは、監督やシナリオライターの技量云々ではなく、筒井康隆の原作からしてそういうものなのかもしれませんが、どこに面白みを感じるべきなのかサッパリ判りませんでした。 ■ 東京マグニチュード8.0 本作は「映画」ではないのですが、この記事においてピックアップしておきたいと思います。 これは2009年にフジテレビ地上波の深夜枠で放送された全11話のTVアニメ。東京でM8.0の地震が発生したらどのような事が起きるのか、主人公たる小さな女の子(姉)と弟の2人におこる災難を中心に、出来るだけリアルに描こうと試みた作品でした。私は東日本大震災が発生した後で本作の噂を知り、見てみる事にしました。 まず、震災をテーマにしたこのようなアニメが製作されていた事に驚きました。しかも深夜枠とはいえ、TVシリーズとして放送されていたんですよね。かといってアフターマーケットを狙った変な萌え要素とか、アクションなどの派手な要素も無く、意外なまでに真面目な作風の作品でした。ある意味、物凄くフジテレビらしくない作品だと思います。(寧ろ、ストーリー展開がリアルすぎて、NHKでも物言いが入りそうだと感じた程です。) では、肝心の内容はというと・・・とにかく暗いです。そして物凄くイライラしました。まず、主人公の女の子がとにかくダメダメなのです。目の前で起きる様々な災害に対する恐怖。両親と会えない不安。さらには空腹などに悩まされながら、弟を守らなければならないという責任。そうした状況があるとはいえ、見ているこちらまでストレスを感じてしまう程でした。それは一種の反面教師となるよう、敢えて意図されたものだったのかもしれませんが、最後まで見る気力が失せてしまいそうになる程でした。 その反面、弟が持つ天性の明るさや素直さが救いになってくれる部分もあったのですが、あんな展開になってしまうなんて・・・。 同様のストレスや無常さというのは、実際の多くの被災者の方も感じていらっしゃる事なのでしょうね。そうした要素を表現出来ているという意味では、一定の評価を与える事の出来る意欲的な作品だと言えると思います。(しかも、大震災前の製作ですしね。)また、教育の場でも活用出来る部分が沢山ある作品だと思います。でも、見ているだけで疲弊してしまうような作品でもありました。 ■ 借りぐらしのアリエッティ 昔のようにジブリ作品の最新作を追いかける事が無くなってしまった私ですが、同アニメスタジオにおいて新人監督が作品を手掛けたとの事だったので、地上波放送された際に拝見してみました。 いかにもジブリっぽい画、動きの作品でした。でも、宮崎駿の画や演出作品の雰囲気とは明らかに違いましたね。まあ、ジブリだからとはいえ、見る側の方が何でも宮崎氏のイメージに結びつけるのも良くない事かもしれませんけどね。(ちなみに私は、個人的な趣向性を抜いた状態でジブリで最も優れたアニメを選ぶとすると、高畑監督の「火垂るの墓」がそれに値するなのではないかと思っています。) 本作はワクワクするような冒険活劇でないだけでなく、ターゲットを子供に特定していない事もあるのかもしれませんが、非常に大人しい作りだったと思います。無論、それが悪いというわけではありませんが、落ち着いた雰囲気の大人のファンタジー作品だったかというと、それもまた微妙といいますか。 結局、物語の展開として盛り上がる要素が希薄で、アリエッティと少年との出会いを通じて何を伝えたかったのかが、ちょっと不鮮明だったように感じられました。それ故、話を多少でもドラマチックにしなければと思ったのかもしれませんが、あの使用人のおばあさんがとった行動に違和感を感じずにいられなかったといいますか・・・。(あの上品な主人公の母親が、あのような行動をとるような使用人を雇うとはとても思えなかったのです。) 無論、物理的な大きさや、種としての存在を超えた心の通じ合いや、淡い恋心を描きたかったのだろうと思います。しかしそれが希薄だったように思うのです。それこそ、あのラストの展開では、「きっとまた会える時が来る・・・」という期待感は殆ど感じられないといいますか・・・。この出会いは、本当に「淡い思い出」すぎて、本来であれば、映画のシナリオとして弱すぎるように感じられてしまったというか・・・。しかも、あわただしい引越し劇で幕を閉じてしまったように見えて、ちょっと残念な感じがしてしまいました。 |
この記事は、最近見た映画 その2 からの続きです。 先日ようやくにして、トイ・ストーリーの1と2、そしてモンスターズ・インクなどを見ました。今まで、ディズニーものやピクサーものにあまり関心を持てていなかった私ですが、以前、Mr.インクレディブルを見てかなり気に入ってしまい、何かの機会があったら他のCGアニメも見てみようと思ったわけです。そんなわけで、トイ・ストーリー3が上映されるという話を聞いて、なんとなく1から見てみようかと思ったわけです。するとこれが結構面白かったりして。いやはや、毛嫌いしてはイケマセンね。
記事は、最近見たドラマへ続きます。記事の保存場所は、「ドラマ」の書庫へ移ります。 |
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■ 発表期間:2006年11月- 2008年5月 話数:全6+1話 ■ 監督:森田修平 ■ アニメーション制作:サンライズ ■ 楽曲提供:宇多田ヒカル「This Is Love」 ■ FREEDOM公式HP ■ wikipedia FREEDOM PROJECT FREEDOM日清のカップヌードルのタイアップアニメーションという事で、TVCMを通じてこのアニメを見た事がある方も多いのでは。実は各巻がリリースされる度に、Yahoo!動画で短期間だけ無料で見れるサービスがあったんですよね。私はそのサービスを利用していたのですが、最終巻に関しては無料サービスはしないので、自分でお金出してみてね。って展開だったのです。そんなわけで、ついついシリーズ全話を目にする事が遅れてしまいました。つい先日ようやくにして見終える事ができたので、ネタバレありの感想を述べてみたいかと。 あのCMの見た目のまんま、「未来の月の世界に住む若者が、見た事の無い地球に憧れ、その地を目指す物語」だったりしました。無論、そこには愛だの、友情だのが盛り込まれており、若者の冒険と成長を表した作品といったところでしょうか。(とはいえ、CMの映像はそれ専用で作られており、作品とはストーリー展開も若干異なってたりします。それこそ上記のCM用画像は、実は本編の映像と異なっています。) 正直な話、今の時代においてよく作られたなあといった感覚を覚えました。 それこそ今時の時代において重要な要素となるメジャーメーカーによるプラモデルだの、キャラクタークッズだの作られそうな作品ではありません。超能力とかのエキセントリックな描写もなければ、マニア受けするような色っぽいキャラクターなども皆無です。人気の漫画を原作としているわけでもないわけです。(それこそ、「AKIRA」の大友克洋が参加しているといっても、あくまでキャラクター原案レベルらしいですしね。) また、ストーリー上で出てくる「謎」も、簡単に推測できてしまう類のもの。ストーリーの展開も素直そのものといったとこころで、特に捻りが利いているというものでもありませんでした。それどころか、主人公の若さや勢いを表すための演出が、たまにくどく感じた程だったりするのです。 それこそ、今時のさめた感覚の子供が見て、素直にドキドキワクワクするのかというと、ちょっと違うのかもしれません。むしろ、ある程度の年齢に達した者が「子供の頃にこんなアニメを見てみたかったな」といった「大人のためのファンタジー」といった感じかもしれません。(それこそ、ロボットだの幽霊船だの出てきませんが、昔の「東映まんが祭り」のような素直な冒険アニメを、今時のSF感覚で丁寧に作ったような印象だったと言えばよいでしょうか。) でも、そうした素直なストーリーは、個人的には嫌いではなかったりしました。むしろ、今の時代だからこそ、素直な冒険作品に真剣に取り組みたい。滅多にないチャンスだからこそ、真剣に向き合いたい。そんな製作陣の思いが伝わってくるような作品だったように思います。 ちなみに、映像のクオリティは高いレベルであったかと思います。何やらこの作品は、フルCGで製作されていたのですね。どおりで3DCGで作成された背景や、乗り物に乗った際の描写に違和感が無かったわけです。
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■ 2006年 / 日本 / 115分 ■ 原作:アーシュラ・K・ル=グウィン ■ 監督:宮崎吾朗 ■ 製作:スタジオジブリ ■ 脚本:宮崎吾朗 / 丹羽圭子 ■ 出演:菅原文太 / 岡田准一 / 手嶌葵 / 田中裕子/ 吹ジュン / 香川照之 ■ 音楽:寺嶋民哉 ■ 公式HP wikipedia: ゲド戦記宮崎アニメを中心とするスタジオジブリの作品について思い入れが深い私は、この作品における監督就任の一連の出来事について様々な思いが沸き起こるため、今まで本作を見るのを敬遠していました。ですが、先日地上波で放送されていた事もあり、ようやくではありますが、拝見する機会を持ちました。 この作品全体に流れる静かな空気感は嫌いじゃありませんでした。下手に子供向けに媚びて作っていない分、むしろ私の肌に合う部分が多かったです。誇張した喜怒哀楽の演出が少なかった分、主人公達が生きる世界(自然)の厳しさや、彼らが抱える孤独感が伝わってくる部分もあったのではなかと思います。また、最近のジブリ作品の傾向にもれず、本作も有名俳優の起用がされていましたが、本作においては、一部のキャラ以外は違和感は少なかったと思います。 むしろ「もののけ姫」「ハウル」「千と千尋」等よりもキャスティングが自然であり、成功している部分が多いと感じました。音楽も何時もの久石譲で無かった分、変な先入観さえ持たなければ、何時ものジブリ作品とは別モノとして見れるものであったと思います。 しかし、大切なものが描ききれていない印象を拭えませんでした。まず、主人公であるアレンの父殺しの動機が掴みきれませんでした。彼の心が純粋であったために、世の中の均衡の崩れの影響を無意識の内に受けてしまったと説明したいのかもしれません。しかし、どのような経緯で影が生まれてしまったのか、結局の所は十分に説明されていないため、リアリティを感じ難かったのではないかと思います。 また、テルーの正体についても説明不足だと感じました。絵としてのキャラクター描写については、所謂宮崎アニメの主人公クラスの女性キャラのように出来すぎた感もなく、出来る限り自然な演技を追求しており、好感が持てるものでした。彼女がその容姿や生い立ちゆえに、迫害を受け、人嫌いになった理由も良くわかります。強い孤独を感じながらも、凛として立ち向かおうとする心の持ち主だという事もわかります。そうした点は、一部の唐突な台詞を除き、丁寧に描けていたように思います。しかし、彼女が最後のシーンで何故竜に変身出来たのか、その理由が説明されていないのは何故なのでしょう。親に捨てられ、大火傷を負ったのは、その出生に起因があるのでしょうか。そもそも、その竜という存在が、あの世界においてどれだけの地位にあり、どのような存在なのかもよく判らないわけですし・・・。それは原作を読まねば理解出来ないという事なのでしょうか・・・。 ちなみに、アレンの父殺しは原作に無い設定であり、主人公に旅をさせる理由を作る為に、”あの鈴木プロデユーサー”によって発案されたものだとか。現代社会における歪を表すには、主人公にこのくらいドラスティックな運命を与えた方が、かえってリアルであるとの発想したそうですが、私はこのアイデアに賛成しがたいものがあります。(話を盛り上げるためなら、主人公に何をさせても良いのでしょうか) それこそ話の根幹に繋がる部分に独自の要素を盛り込むのならば、作品内でその説明責任をきちんとしなければ、原作者が怒るのも無理はないのではないでしょうか。 たしかに原作モノの映像化を行う際、その手法は様々なものがありえるでしょう。それこそ良い悪いは別にして、原作のタイトルだけ借りて、内容が大きく変わってしまっている映画は沢山あります。私が敬愛するアンドレイ・タルコフスキー監督による、映画 「惑星ソラリス」 「ストーカー」 等の作品もそれに当たります。あれらの作品も、「原作とストーリーが異なる。眠い。難解だ。」という批評を沢山得ています。それこそ原作者から、「あれは私の小説とは違う作品だ。失望した。」といった類のコメントも寄せられたりしています。正しく、本作に対する原作者ル=グウィンによるコメントに通じる部分があります。無闇に原作のストーリーを変更する事は多大なリスクがあり、原作者のみならず、多くのファンからも失望を得る事になりかねないわけです。それでもこれらの映画は、何物にも代えがたい、SF映画の歴史的傑作としての評価も得ています。それは何故でしょう。原作が持っている力を借りつつも、そのシナリオをある程度書き換えてまで表現したいメッセージが明確にあり、それが観客に伝わってくるからではないでしょうか。 では本作はどうかというと、”そうした点”が弱かったのではないでしょうか。さらに謎の部分は原作を読まなければ判らないというのでは、何の為に映画化をしたのか判らないと言われかねません。それこそこの映画によって、監督が最も訴えたかったのは一体何だったのでしょう。 そうした事を考えると、例の監督就任問題を思い出さずにはいられなくなります。それこそ、スタジオジブリ公式の世界一早い「ゲド戦記」インタビュー(完全版)を読むと、宮崎五郎氏の監督就任が、いかに異例のものであったのかが良く判ります。ジブリ内における上と下とを繋ぐ目的で五郎氏を起用したとの事ですが、そこには鈴木プロデューサーの策士ぶりと、強烈なエゴが垣間見えるわけです。大変失礼な表現かもしれませんが、ある意味五郎氏は利用されてしまったといえます。むしろ、周りの優秀なスタッフに助けられたとはいえ、初めて手がけたという状況を考えれば、よくここまでやれたと言うべきなのかもしれません。 それこそ、鈴木プロデューサーは、何故にそこまでゲド戦記に拘る必要があったのでしょうか。世界的名作において、作者から打診を受けた栄誉があるとはいえ、その栄誉を預かったのは、五郎氏でもなければ、鈴木プロデューサーでもありません。宮崎駿氏その人が、「20年前だったら・・・」と言っているように、この時期のジブリが拘る必要があったのでしょうか。それこそ、この作品においては、宮崎駿氏による絵物語「シュナの旅」の影響がかなり色濃く見えてきます。結局、頼るべきソースが、”そうしたモノ”になってしまうのであれば、無理にゲドに拘らなければ良かったのではないでしょうか。いっそ「シュナの旅」を手がけるべきであったのではないでしょうか。(それはそれで、色々と複雑な思いが掻き立てられる話ではあるのですが・・・) もしもゲドに拘るにしても、もう10分程度、いや、5分でもいいから、主人公達に対する説明不測を補えるシーンを用意出来ていれば、支持されやすい作品になっていたのではないでしょうか。こうした異例の就任劇、ジブリ作品としての宿命、プロデューサーによる介入など無く、他のスタジオによる一般的な作品としてプロデュースされていれば、ひょっとすると世間の評価ももっと違っていたのではないでしょうか。それこそ「何を伝えるためにこの映画を作るのか。」この点をもっと意識する事が出来ていれば、世間の評価も違っていたのではないでしょうか。私はそんな事を延々と考えてしまいました。 |



