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もののけ姫


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1997年 / 日本 / 135分
監督・脚本:宮崎駿
音楽:久石譲
声優:松田洋治 / 石田ゆり子 / 田中裕子 / 小林薫 / 西村雅彦 / 美輪明宏 / 島本須美 / 森繁久彌 / 森光子 / 
制作:スタジオジブリ

もののけ姫


先程、地上波でやってましたね。ご存知日本が誇る宮崎駿監督作品です。久々に観ました。早速ですが、いつもの感想を・・・。今回も相当に辛口です・・・。この映画のファンの方、お許しを・・・。

いきなり初っ端からですが・・・この映画を観る度に、この声優陣のキャストは誰が考え、承認したのか?と、いう疑問を感じます・・・。何故最近の宮崎アニメは、所謂、声優を本業とする人とかをメインにもってこないのでしょう? 私はそんなにアニメを観ている訳ではありませんが、こういった一般の俳優陣をアニメに持ってくるのには疑問を感じます。

作品として、キャラクターとして違和感が無いのなら別に良いのです。別にアニメではなく、洋画や、海外TVドラマの吹き替えでもそうです。そういうのでも、変にアイドルとかを声優チャレンジ?みたいに使う時ってありますよね。そういう方でも、真にそのキャラクターになりきり、素晴らしい演技をしてくれるのなら不満はありません。が、この作品以降の宮崎アニメの声には、本当に違和感を感じまくってしまいます。

美しくも力強く、豊かでありながら恐ろしい自然。そこに住む様々な立場の生き物において、生きるとは何か?を描こうとするこの作品。それを表さんとするアニメーションとしての美しさ・キャラクターの躍動感ある動き・細かな描写・等は、流石といったところでしょう。

でも、そのキャラクターに命を吹き込むハズの 「 声 」 に全く覇気が感じられません。あれだけ動き回り、憎しみ、ののしる、森の怒りの象徴たる「もののけ姫」の声に全く覇気を感じられなくては、キャラクターの存在感や、説得力が全然感じられません。有名な女優・俳優等をキャスティングして、集客を計りたいのかもしれませんが、作品としてのバランス、いや、なにより説得力のあるキャラクターをもってして、観客に真に心のこもった作品を届けたいなら、もう少しきちんと声を演じる事の出来る人を選ぶべきかと。

これは、主人公「もののけ姫」だけに感じた事ではありません。「エボシ」をはじめとする、殆どのキャラクターを演じた、有名俳優陣に対しても同様に感じます。殆どのキャラクターに関し、その絵の迫力・動きに対し、声の質感や感情が全然ついてこれていないので、観ているこちらが感情移入できないのです。

ただ単に脚本と絵のタイミングを合わせただけのような、抑揚感の無さ、感情の起伏の無さにはあきれてくる程です。また、かの「森繁」氏や、「森」女氏の声は、そのキャラに合わせてか、非常に聞こえずらく、何を語っているのか、全然聞き取れませんでした。そんな中、「美輪明宏」は迫力ある演技を魅せてくれているように感じる方も多かったかと思います。が、「モロの君」というキャラを演じているというより、舞台で「美輪明宏」という俳優の力量を見せ付けるかのような演技。ともとれるような感覚も覚えました。

こうした感覚は、結構多くの方も感じられたのではないのでしょうか。にもかかわらず、以降の宮崎アニメでも、大物俳優(声優ではない)が、この作品に続いてキャスティングされるだけでなく、某有名アイドルが主人公の声をあてたようですね・・・。アニメーションに興味の無い、一般客を取り込みたいからなのかもしれませんが、制作サイドとしては、本気で究極的な作品を目指し、最高のものを観客に提供したいと思わないのでしょうか?

仮にとある声優が、既存のアニメーションの声を充てていて、その作品でのキャラクターのイメージを引きずって、この作品に持ちもまれては困る(本人はその意思がなくとも、観客側が引きずってみてしまう)・・・としたとしても、それは大物俳優人・等でも同じ事。それこそ、既存イメージに頼るからこそ、大物・有名俳優人を連れてきているハズです。有名・無名に係わらず、声優を本業としている、していないに係わらず、本気で探せば、もっとキャラクターにふさわしい演技をする人はいくらでも見つかりそうなものを・・・。

これらの行為は、プロデユーサーの意向によるもの?スポンサーの意向によるもの?それとも監督自身の意向によるものなのでしょうか?あれだけ、絵・動画としての作品のクオリティ、世界感をこだわる宮崎駿 監督 が本当に納得し、満足できているのか不思議で仕方ありません。

こういった傾向があるのがどうしても納得できず、また、最近の作品の傾向が受け入れにくくなってきたので、千と千尋を最後に、ジブリ作品をわざわざ映画館で観る気が失せてしまっています。今度の「ゲド戦記」は多少興味もあったのですが、(宮崎駿 氏の息子が監督との事ですね・・・複雑な思いです・・・)今回も主人公の声は・・・うむ〜。正直、観にいくかどうか判りません・・・。

こうしてみると、主人公なのに、正直迫力があまり・・・とか、評されてもいた(正直、私も最初は力の無さを感じた)、「松田洋治」の演技が、この俳優陣の中では、もっとも抑揚感を感じさせてくるようになってくるのには驚きです。実際には、その声に好き嫌いはあるのでしょうが、彼が一番真面目にそのキャラを演じようとしていたように感じました。

※念のために断っておきますが、私は宮崎アニメは好きですよ。でも、アニメヲタって訳ではありませんので、その辺をご理解いただけると有り難いです・・・。

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イノセンス


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2004年 / 日本 / 99分
原作:士郎正宗
監督・脚本:押井守
声優:大塚明夫 / 田中敦子 / 山寺宏一 / 大木民夫 / 仲野裕 / 竹中直人
主題歌 : 伊藤君子「Follow Me」(VideoArts Music) Original Version(SMJI)

イノセンス GHOST IN THE SHELL 2


先日から、GHOST IN THE SHELL からみのネタを扱っているところで、昨日、NHK-BS の、漫画夜話で、この作品が取り上げられていたので、勢いで記事にさせていただきました。(本当は扱うべきか迷ったのですが・・・)この作品は、映画「攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL」の続編にあたります。

高度情報化社会した2032年の世界における、様々なサイバーテロ・ネット犯罪・に対し、攻性の組織として対抗する「公安9課」と呼ばれる組織。その組織から「草薙素子」と呼ばれる存在がいなくなってから3年という年月が過ぎて尚、依然として公安9課のメンバーでありつづけている「バトー」と名乗る存在の、あくまでも人間的な心情を映し出そうとした作品です。

早速ネタばれ有りの感想です。未見の方はお読みにならない方が良いかと思われます。(今回も毒舌です。お許しを・・・)

この作品、難解と言われる事が多いようですね。確かに登場人物達による、独特の台詞まわし(監督、押井守による、押井・節と言うのでしょうか?)の、それら全ての台詞を一語一句理解出来るか?と、言うと、容易ではないと思います。そのためか、凝りに凝った映像の方へ目が行ってしまうようですが、個人的には、映像表現そのものには、特に心が動かされる事はありませんでした。(凄いとは思いますけどね)

確かに映像でのみ伝えれる「 間 」というものは、表現としてあるようにおもいますし、コトバではなく、映像表現だからこそ伝わるものがこの世にはあると思います。が、この作品に関しては、私はあくまで目的ではなく、手段であったと思うし、逆に、そうであって欲しい。と思ってしまいます。

昨晩の番組でも述べられていましたが、この映画は、あくまで「バトー」と名乗る存在の、「素子」への想い・・・未練を描いた作品であり、それ以上でも、それ以下でもないように思います。世界的な評価を得た前作を踏まえ、その上で、その世界を継承する作品を望まれた際、押井守監督本人は、前回の焼きまわしのような思考実験的なテクニカルな未来図をメインに見せたいなどと、微塵も思わなかったのではないでしょうか。

実際、ネットで全てが繋がり、個という存在があやうい世界、というものは、既に前作で描いてしまっていたため、その次の作品としては、物質文明としていきついた世界ではなく、残されたファクターである人間性を描く以外、彼には選択肢が残されていなかったように思います。故に、あの世界におけるもっとも人間的な繋がりを感じさせる関係を暗に示していた、草薙とバトーとの関係で描かざるを得なかったのも理解できます。(単純に、監督が、バトーというキャラクターに思い入れがあったのかもしれませんが)

しかし何故、この映画に対し、我々はそんなに思い入れる事が出来ないのでしょう?(そう感じているのは、私だけでしょうか?)それは結構単純な理由ではないかと思います。

バトーがあそこまで、引きずってしまう程の、素子への思い。その要因とったハズのバトーと素子とのもともとの人間関係というものが、この作品中に上手く描かききれていないのではないか、と思うのです。
故に、バトーにも、草薙にも完全に思い入れる事が出来ないので、心が揺さぶられないのです。これらキャラクターが好き・嫌い・とかのレベルではなく、何故、惹かれるのか?何故、引きずってしまっているのか?が、見えにくいからだと思うのです。

もともと、1作目を観ている事が前提の作品なのでしょうが、その1作目ですら、主人公の素子でさえ、その自己存在に対する不安や疑問は語られようとも、バトーとの関係については、信頼のおけるパートナーの域を脱していないかと思うのです。ましてや、前作の映画で、バトーの心情など、どれだけ具体性を持って示されていたと言えるでしょう。

簡単に言えば、バトーが素子に惚れた理由が、この作品だけで観客に伝わってくるような構成が十分に出来ていないと思うのです。(原作ですら、露骨に描いているワケではないのですから、映画で扱うなら、その辺りをもっと丁寧に描かないとマズかったのではなでしょうか?)で、いきなりこの作品でバトーの未練の思いを見せられても、その動機や要因が十分客観的に伝わっりにくく、感情移入しきれない人が多くなってしまったのではないかと思うのです。

実際、その思い人は、物語の終盤に、以前とは全く異なる姿で、ほんの少し現われるだけ。で、その間に、愛玩ロボットを通じての、人の存在、魂の存在に対する難しいコトバを言われても、なんだかケムに巻かれてしまっているかのように感じる人が多くても、当然なのではないかと・・・。

いや、判るんですよ。バトー、そして、素子というキャラクターの事を思えば思う程、ああいった行動こそが、それぞれのキャラクター性を重視してのものだといえるのを。逆に言えば、それまでに構築されたそれぞれのキャラクター性を重視すればこそ、一種のハードボイルド的な演出をしたかったという事も。ああいった行動しかさせる事が出来なかったであろうという事も。(変に、2人が抱き合ったり、素子が戻ってくるなど、あの時点では有り得ないと思いますし)脳だけがオリジナル、いや、その脳すらこの世から消え去った存在であったとしても、あくまで人間的な純粋性をもった繋がりが、何かしらあるのだと信じたい。いや、あの2人だからこそ、そういった世界の片鱗があって欲しい。確かにそう思います。

そんな心の奥底の繋がりを描きたい作品であるからこそ、恋心を抱くようになった要因をベタに説明したくなかったのであろう。と、いう事も想像できます。逆にそうしたベタな様子を描く事は原作でも行なっていないため、(原作をも含めた)作品の世界観・カラーを変えてしまいかねないインパクトを観客に与えてしまいかねません。

そこで監督は、(攻殻であって、攻殻でない、原作とは全く違う展開であるにもかかわらず)あくまでキャラクターを尊重し、それらに忠実であったために、新たな世界感を見せるとか、あれ以上の男女の愛を描ききれなくなってしまったのかもしれませんね・・・。故に、キャラクターで演じさせる事が難しかったからこそ、エンディングで、Follow Me をかける意味が判るというか、ああいった曲で代弁させざるを得なかったのではないか。と、感じてしまいます。そう感じるからこそ、この話に対して、これ以上厳しく批判するつもりはありません。(え、既に相当に厳しいです??)

この映画、タイトルを「イノセンス」とした時点で、良くも悪くも観客に先入観をもたせてしまったように思われます。結果として私は、本当にイノセンスを感じさせるタルコフスキーの「ソラリス」のに対するような思い入れを、この作品に対して持つには至れませんでした。(結構、期待して観たのですが・・・)もしかするとタイトルが違っていれば、変な先入観を持つ事無くこの映画を楽しむ事が出来たのかもしれません。

昨晩の番組で、この作品のプロデユーサーの方(プロダクションIG社長)が言っていたのですが、この作品は10年後、その凄さ、その価値が改めて見直される事となるような(前作と同じように価値のある)作品になるる事を目指して作られたようですね。私にとっても、今感じているものが、良い意味で変わってくれる事を期待して、またしばらく時が経ってから、見直してみたいと思います・・・。


2006/10/1一部加筆修正しました。

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1995年 / 日本 / 80分
原作:士郎正宗
監督・絵コンテ:押井守
アニメーション制作:プロダクションI.G
声優:田中敦子 / 大塚明夫 / 山寺宏一 / 仲野 裕 / 大木民夫 / 玄田哲章 / 家弓家正

攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL


ブレインマシンインターフェイス、(原作的に言うなら、マンマシンインターフェイス?)サイボーグ化が一般化し、超高度情報化社会した2029年の世界における、様々なサイバーテロ・ネット犯罪・に対し、攻性の組織として対抗する「公安9課」の活躍を通じ、人とは何か?時代の行き着く先に何が待つのか?を描いた作品です。

このアニメシリーズ、いや、原作は、それらの世界をあくまでエンターテイメントに重きをおきながら、起こりうるであろう様々なリスクや倫理問題に対し、一種の思考実験を行なっていると言え、独特のマニアックな魅力を放っています。このアニメはMATRIXや、フィフスエレメント等の作品にも影響を与えた事はあまりに有名ですね。

最近、私はNHKの立花隆のサイボーグ関連の特番に非常に惹きつけられているのを、このブログを何度も訪れていただいている方はご存知かと思います。実は、4/24日のNHKの特番の放送を観てから、ずっとブレインマシンインターフェイスがもたらす未来像を考えていました。その番組では、ブレインマシンインターフェイスの未来像の一つの例として、映画、「 攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL 」が取り上げられていました。

NHKの真面目なドキュメンタリーで、SFアニメ?と思われる方もいたかもしれませんが、番組をご覧になった方、いや、この映画や関連アニメ、原作コミックの片鱗を知っている者であれば、いずれNHKの番組内で取り上げられる事になっても可笑しくはないだろう。と、思われていた方は多かったのではないでしょうか? 実は私もそのクチで、そのアニメ、いや原作の事を相当に以前(原作が雑誌に掲載されている頃)から知っていました。

当時は単純に良く練り上げられた(ある意味、ヲタク的)エンターテイメントとしての、サイバーパンク・アクションコミックといった感じでしか考えていませんでした。ですのでNHKの最初の特集を観た時に、直ぐに思い出していたのですが、あくまで最初は、義肢・義足の延長線上の擬体としての類似性にその多くがあると感じていた為、アニメのネタを引き合いに出すのを正直躊躇ったのです。

それに当初の番組では、サイボーグ医療と、脳のメカニズムに絡む倫理の問題に重きをおいており、その未来像に関しては見えていない状況であったかと思います。ですが、番組が進むにつれて、ブレインマシンインターフェイスを通じてのネットワーク化されたコミュニケーションが取沙汰されると、想像される未来像に関して、このアニメが提唱する未来像を無視出来なくなってしまいました。まさか現実として、ここまでブレインマシンインターフェイスの世界が目の前に近づいてきだしているとは・・・。

ブレインマシンインターフェイスを通じてのコミュニケーション
電脳のハッキング
記憶の操作
様々な倫理問題
AI(人工知能)
全身擬体による、身体能力の飛躍的な向上
脳だけがオリジナルであるがゆえの自己存在に関する心理的な不安
そしてそれらの問題を包括するネットの海をさまよう、非常に特殊なプログラム・・・

難解なテーマのコミックを上手くまとめ、判りやすく素晴らしい映像にした「押井守」監督は、確かに良い仕事をしたと思います。しかし個人的には、これら様々な問題を包括的に取り込んだコミックを(ウイリアム・ギブスン著のサイバーパンク小説 ニューロマンサー 等が既にあったとは言え、)1989〜90年の間に既に産み出していた、原作者 「士郎正宗」氏 の先見の明の方に驚かされずにいられません。

蛇足ですが、個人的には、コミックの1巻は良く出来ていると思いますが、2巻は全然理解できませぬ。あ、純粋にアニメとしては、TV版?の 「 STAND ALONE COMPLEX 」 シリーズの方が好きだったりします。なんと言っても、タチコマが良い味出してるので、、(^^; S.A.C シリーズの方が、サイバーテロ、ネット犯罪、記録・記憶の共有・上書き等にからむリスク等に関し、原作のモチーフを利用しつつも、さらに練りあげられた世界を提示しており、一種の思考実験としての具体例が多く、有る意味刺激的です。

原作や、押井監督作品から年数が経っているので、刺激的な材料が多いのは当たり前ではありますし、制作コンセプトが異なるので、同じ土俵で評価出来ない部分もありますが。でも、仮想の刑事ドラマとしてもしっかりとエンターテイメントしている(この点がこのシリーズの魅力?)かと思うので、一般受けしやすいのではないかと。が、ナンせS.A.C.は、話数が多くて、全部レンタルで観るにはお金がかかるので、お勧めしても良いものか迷ってしまいます・・・。ちなみに2ndGIGは未見です。(コミックの1.5というヤツも未見です)

あ、マニアの方、色々おっしゃられたい事あるかもしれませんが、私はそんなに詳しい人間ではありませぬので、あしからずご了承を・・・。

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昨夜、NHK BSのアニメ夜話を見ました。
この手の○○夜話シリーズは好きで、
取り上げられる内容が良い時は注目して見ていたりします。

と言ってもそんなに放送内容そのものが記憶に残っている訳ではないのですが・・・
と言うか、NHKのBSを見る事って少なくて・・・

NHK BSを見るネタってナンだろう・・・
・自然・宇宙(世界トレッキング紀行とか好き)
・政治ネタ(テロ・政治・宗教)
・メジャーのイチロー・松井特集・オリンピック特集とかのスポーツでしょうか。
でも、ウインブルドンは地上波で見れるようになったし・・・
こんなものでしょうか?

さてさて、昨日のアニメ夜話は「未来少年コナン」でした。
コナン、最高ですね。

私はあのアニメの本放送をまともにみた事はほとんど無く
、意識して見たのは再放送からでした。
中学に入ってから、友人の影響で「ルパン三世カリオストロの城」を
TVの金曜ロードショーかなにかで見て、
「風の谷のナウシカ」とかの映画がやるか、やらないかの頃だったかと思います。

それまでのアニメは松本零士の銀河鉄道999とか、機動戦士ガンダムのような
SFっぽいものか、ハウスの子供劇場のような道徳ものや、
夕方4時からの再放送もの(妖怪人間べムとかゲゲゲの鬼太郎とかデビルマンとかですね)
だったので、今でこそ有名ですが、
作家「宮崎駿」を意識してアニメを見るなんていうのはオタク以外の何者でもないのではないか??
と思っていました。

しかし見て驚きました。
動きが違うのです。

今までは、いかにSF的にリアルなのか?
ロボット的にカッコいいのか?
人類の未来の進化は?
といったような部分が取り上げられているほど良く出来たアニメといった感じでした。
多分これはスターウオーズやガンダムなとの影響でしょうが。

でも、コナンはそんな小難しい要素はほとんど無いのです。
コナンという少年の躍動そのものが見ていて気持ち良いのですね。
また、登場人物がみな個性的で良いんです。
驚くほどに自分に素直に生きているという感じが伝わってくるんです。

消して美形キャラと言えるような存在はいないのに、愛着を持ってしまいます。
最初のラナを見た時は、本当にこれがヒロイン??
と、疑ってしまうほど、可愛らしさが無いくらいだし(苦笑)
ジムシー。ダイス船長。モンスリー。豚のうまそう。おじい。
ロボノイドの動きや音もよく出来てますよね。
なんていったってコナンの武器はヤリだったりするし。
最高です。

後に天空の城ラピュタでのキャッチコピーが「血・肉・沸き踊る」だったかと思います。
が、僕はコナンの方がそのコピーが似合うような気がします。

皆様のNHK・・・。
是非、これからもこのような愛される番組を作っていっていただけると嬉しいですね。

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