ここから本文です
最近ブログの更新が停滞しておりますが、ご容赦ください。

書庫アート・美術館

記事検索
検索

全40ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

蜘蛛の糸



■ 蜘蛛の糸




イメージ 1



■ 会期:2016.10.15-12.25
■ 豊田市美術館公式HP




昨年の12月において、豊田市美術館で開催されていた特別展へ訪れました。

「蜘蛛の糸」と名付けられたこの展覧会では、時に妖しく時に不気味な存在として扱われてきた蜘蛛と、その蜘蛛によって作り出された不思議な力を持った糸などをテーマやモチーフとした描いた絵画や造形作品が展示されていました。その中で印象に残った作品や、写真撮影可能であった作品の一部を紹介してみたいと思います。

※ 今回の展覧会は、一部作品のみ写真撮影が許可されていました。



■ 夢のあと / 塩田千春 / 2016年


私の好きな現代アートの作家、塩田千春のインスタレーションが展示されていました。豊田市美術館で最も大きな第一展示室(床面積:288.10m2 天井高:9.6m)に張り巡らされた無数の黒い糸と、その糸によって宙に浮かぶように吊るされた10着の白いドレスによって構成された作品です。ドレスを着ていた人達(または、着る事となる人達)を取り囲む、様々なしがらみ・宿命・圧力・因果のようなものを連想してしまいますね。

イメージ 2

正直なところ、素材やモチーフは彼女の作品に今まで何度も使われてきたものであり、特に目立った目新しさはなかったかもしれません。でも、それだけに(良い意味で)いかにも塩田千春らしい作品だったと思います。というか、こうした構成要素の作品を見ただけで「塩田千春の作品だ」と直感させてしまうのは、ある意味凄い事ですよね。草間彌生の水玉のように、作風が個人に定着しているのを感じます。

また、この作品は、ドレスを囲むようなかたちで部屋の隅に空間が設けられており、その中を歩きながら作品を見学する事が可能になっていました。それは、糸で囲まれた通路を歩くかたちになるため、ドレスと同様に異空間の中に入り込んだかのような感覚も味わう事が出来ました。



■ 虫魚画巻 / 小茂田青樹 / 1931年

非常に緻密で繊細、かつ色彩感覚に優れていた夭折の画家である小茂田青樹。一巻の長い巻物で様々な虫や魚を描いた虫魚画巻は小茂田氏の代表作の一つです。

その巻物は、一定の区間ごとに描かれているモチーフが異なり、その対象に合わせて色彩・技法もガラリと変化しています。非常に色鮮やかで幻想的なものもあれば、モノクロで非常に地味なものもあり、その表現手法の多彩さに関心するだけでなく、それぞれの手法が非常に高度で巧みなものである事から、そのセンスと技術の凄さに感心せずにいられませんでした。

ちなみにこの作品の一部は、東京の国立近代美術館で拝見した事があります。今回、東京で拝見しきれていなかった部分を、運よく拝見する事が出来たのが嬉しかったです。

※ 画像はありません。



■ 雷神-09 / 戸谷成雄 / 2009年

得体の知れないオブジェです。作品名は雷神と名付けられていますが、どの部分に雷を感じてよいのかは、私では分かりません。展覧会のテーマである「蜘蛛の糸」との関連性もよく判りません。でも、非常に大きな作品であったため、インパクトはありました。

イメージ 4

正直なところ、植樹を行う前の樹木(木の幹と根っこ)を連想してしまうといいますか。その根っこのようなモジャモジャしてる部分が糸の塊で、そこから細長い糸が伸びているかのようなイメージを抱く事が出来る・・・という感じでしょうか?



■ 空相-布と石 / 関根伸夫 / 1973年

これは、別館である「高橋節郎館」の方で展示されていた作品の一部をクローズアップで撮影したものです。

イメージ 3

キャンバスに貼られた布をロープで括った作品なのですが、見ようによっては、シワの部分が、蜘蛛の巣?のようなイメージを持つことが出来るかもしれませんね・・・。



■ 悲劇の誕生 / 小泉明郎 / 2013年

これは、BMWテイト・ライブ・パフォーマンス・ルーム(世界中の人に同時公開されるオンラインライブパフォーマンス。BMWがスポンサー)の様子を録画したものを、同館の展示室においてスクリーン上映したものだそうです。

とある男性がニーチェの「悲劇の誕生」という本を音読しようとするも、何故かその背後の暗闇から伸び出てくる無数の手足(その手足の主たちの顔は全く見えない)によって、阻止されてしまう様子が延々と映し出される、理不尽極まりない映像作品でした。

その謎の手足の動きは、最初はちょっとだけ本を引っ張ったりする程度の冗談めいたものでした。コントなどに出てくるユーモラスさを感じるくらいのものだったわけです。しかしながら、妨害行為は次第にエスカレートしてゆきます。テーブルを大きな音で叩いたり、音読する男のメガネを取り上げたり、その男の頬を殴ったり、力づくで本を取り上げてページを引き裂いたりと、かなり暴力的なものとなってゆくのです。

次第に「なぜ、この謎の手足はその行為を妨害するのか」「何故この男はここまでの妨害を受けながらも本を読もうとするのか」という疑問がわいてきます。それほどまでに、ニーチェの書物を読む事は尊い事なのか。人が人として生きる上で、本を読むという事はかけがえない事だと伝えたいのだろうか?と思ったりするわけです。

しかし、明確な回答が得られないどころか、その妨害行為はかなりハードなものへとエスカレートしてゆくので、疑問を感じる状態を通り過ぎて、「不快感」や「恐怖感」のみが募ってゆくのです。しかも最後には、本を読んでいた男性は、謎の手足によって背後の暗闇に引きずり込まれてしまうかたちで作品の上映は終了してしまいました。まるで不可解なホラーでも見ているかのようです。にも拘わらず、強く印象に残ってしまう作品でした。

※ 画像はありません。



■ 全体に対する感想

「蜘蛛」というと、グロテスクな外観や、変わった習性があったりするため、毛嫌いする人も多い生き物。そうした一風変わった生物を美術の世界の括りで取り扱った展覧会だったわけですが、私は楽しく拝見する事ができました。

(ちなみに私個人は、蜘蛛の事はそんなに嫌いではありません。彼らは木々の生い茂る森だけでなく、水の中を含む色々な場所に生息し、糸を使って空を飛んだりできるので、凄いと感じてるくらいです。)

それこそ、上記に紹介しきれなかった作品においても、面白かったものや興味深かったものは幾つもありました。江戸時代の工芸作品、芥川龍之介によるの児童向け短編小説「蜘蛛の糸」と、その影響を受けた映像作品やからくり時計、現代アート作品に至るまで、非常に幅広いジャンルの作品が展示されていました。ともすれば、「蜘蛛の糸」とは関連性を見いだせない作品もなかったわけではありませんが、アートの表現の幅の広さを感じる事は出来たのではないかと思います。

それにしても、この美術館で塩田千春のインスタレーション作品を見れたのは嬉しかったですね。私は2008年に国立国際美術館でこの方の個展を見て以来、塩田作品のファンだったからです。それこそ、同館のアンケートに対し、この方の個展を開催してほしいと何度も書いてきたくらいです。それゆえに、これだけ大きな作品を見る事が出来たのは嬉しかったです。もしも可能ならば、今度は全ての展示室を使用した個展を開いて欲しいですね。









■ アルバレス・ブラボ写真展 −メキシコ、静かなる光と時



イメージ 1



■ 会期:2016.11.3-12.18
■ 名古屋市美術館公式HP




名古屋市科学館でチームラボアイランドの特別展を見た私は、名古屋市美術館で開催されていた同展覧会にも足を運んでみました。

メキシコで壁画運動を行っていたディエゴ・リベラ、ダビッド・アルファロ・シケイロスやフリーダ・カーロなどとの同時代を生きた写真家マヌエル・アルバレス・ブラボ (1902-2002)。約70年に及ぶ彼の仕事ぶりを紹介する、国内最大規模の回顧展だそうです。



■ 感想

非常に静かな写真を撮る人だと感じました。

政治的な激しいメッセージが込められた壁画運動が真っ盛りの中、その運動の中心人物達と言われる人達と交流があり、彼らのポートレートを撮ったりする間柄であったほどなのに、このアルバレス・ブラボの写真には、そうした激しいメッセージ性は皆無でした。あくまでも、自信の美的感覚に基づいたテーマに沿って、丹念に構図を考察し、丁寧に撮影した風景・人物写真が多かったのです。

それは、庶民生活の中で偶発的な出来事を偶然捉える事が出来たスナップ写真とは異なる世界でした。また、ほんの一瞬の撮影タイミングが訪れるのを、同じ場所で延々待ち続けて撮られたものなのだろうか?という思いを抱いた写真も見られました。というか、撮影モデルに対して細かくポーズを指定して撮ったのではないかとすら感じるような、あまりにも出来過ぎた構図の写真も見受けられたように思います。

勿論、それが悪いわけではありません。しかし、当時の時代を今に伝えるドキュメンタリー性を感じるような写真は少なかったのは、少々残念に感じました。(この写真家さんの事を良く知らずに、そうした写真を勝手に期待して訪れた私が悪いわけですが。)また、前衛的な表現を狙った現代アート作品のようなものが多く見受けられたのは意外でした。

何故彼は、そのような丁寧な写真(言い換えれば、作ったかのように構図を狙って撮った写真)を撮る事を心がけていたのでしょうね。もしかしたら、それはカメラはもとよりフィルムですら貴重な時代・環境による影響もあったのかもしれませんね。大切な機材、大切なフィルムを使って撮るのであるからこそ、欧米の前衛芸術に負けない志を抱いて、センスのある「芸術作品」を撮りたい。という思いが何処かにあったのかもしれませんね。









■ 「チームラボアイランド 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」



イメージ 1



■ 会期:2016.11.12-2017.2.12
■ 名古屋市科学館公式HP
■ 特別展公式HP



照明を落とした室内空間や夜間の屋外などの場所において、複数のプロジェクターを用いて巨大なCGを投影したり、インタラクティブ技術によって来場者がそれらのCGを変化させたりする事の出来るデジタルアート。そのデジタルアート展を専門に企画・制作・運営する企業「チームラボ」の特別展が名古屋市科学館で開催されています。

ちなみに、同特別展は、2014年11月から2015年5月まで東京・日本科学未来館で開催した際に47万人もの来場があったのだとか。今回名古屋で開催されている同展も、女性や子供に大好評で、休日ともなると多い日では4,000人/日近くの来場者があるとの事。そこで、私も昨年の年末に訪れてみる事にしました。



■ 感想
正直なところ、どのように評価を下してよいものか、非常に迷う特別展でした。良いと思う部分もあれば、期待外れだった部分もあったからです。それこそ、新しい映像技術による可能性と、その限界を感じたといっても良いかもしれません。



● 良かった点・興味深かった点
大勢で非日常的な映像空間を体験・共有出来る点は良いと思いました。それこそ、四方の壁面をスクリーンとして巨大な映像が映し出されるため、映像空間の中に入り込んだような感覚すら覚える方もいるかもしれません。そんな中で、難しいルールなどを覚える必要なく、直感的に手をかざす事でCG映像が変化したり、自分で色を塗った塗り絵の図柄がCGとなり、スクリーン上を移動してゆくのは子供たちにとって新鮮な体験なのではないかと思いました。

イメージ 2

しかも、そうした非日常的なデジタル映像空間を楽しむ際に、煩わしいヘッドマウントディスプレイなどを装着する必要もないわけですし。また、親御さんや、大人の女性達にとっては、そうした「子供たちが楽しんでいる様子」や、「ちょっと変わった事を友人と楽しんでる自分の姿」をスマホやデジカメで自撮りすれば、SNSの絶好のネタにもなりますよね。そんな感じで、気軽に非日常的な体験を楽しめる点は良いのではないかと思いました。



● 疑問に思った点・いまいちだと思った点
とはいえ、同展で展示されている内容に対して、アートとしての美しさをあまり感じられませんでした。実際、投影されているCGのクオリティはそんなに凝ったものでもなければ、高精細なものでもありません。

イメージ 3

鏡を張り巡らした空間に天井から無数の電飾を吊るし、コンピューター制御で光と色彩をコントロールした作品は一見すると見栄えは良かったのですが、作品を展示してる空間が非常に狭く、スケールとしての迫力はいまいちだったかもしれません。(ひょっとして、名古屋市科学館の会場が狭かったので、縮小展示されていたのかもしれませんが。)

イメージ 4

なにより、何かしらの強い想いやメッセージなどが込められたものでもなく、長時間に渡る鑑賞に堪えるものではありません。もちろん、美しくないわけではないのです。でも、単に美しいだけでは、ギャラリーや美術館などで展示されるアート作品と肩を並べる事は出来ないのではないかと思ったわけです。

また、デジタル遊園地として遊べる場所の内容は、前訪れた事のあるソニー・エクスプローラーサイエンス(体験型科学館)の展示内容との差も感じられませんでした。それに、何度も何度も体験したり、遊びたくなる程の熱中度があるものでもありませんし。

イメージ 5

別の言い方をすると、映像解析技術を用いて、投影するCGにインタラクティブな変化を持たせるものは、一般的なコンシューマーゲーム機で既に販売されているゲームの方が進んでいる部分もあるわけで。また、高度な仮想現実空間への没入度やゲーム性を高めたものを作ろうとすれば、ヘッドマウントディスプレイを用いたVR空間でのゲームの方が勝ってしまいそうですよね。そうした事を踏まえて考えると、遊園地としてリピーターを何度も呼べるものかというと、疑問を感じてしまったわけです。

イメージ 6



● 今後の可能性?

今後においては、こうした技術はどうなってゆくのでしょうね。勿論、映像面ではより美しく、高精細なものを目指してゆく事になるのでしょう。でも、VR技術を用いずに映像解析技術だけで、集団・短時間で出来る単純なゲームや体験型のアート作品を作り上げようとしても、案外早くその限界が出てきてしまうような気がしました。

そう感じたのは、私の想像力の無さからくるものかもしれません。(それこそ、私ではスクリーン上で集団で遊ぶボールゲーム?のようなものや、陣取り合戦のようなものしか想像できませんでした。)

もしかしたら、投影するスクリーンが平面ではなく、様々な立体を対象としたプロジェクションマッピング技術なども併用する事で、面白いものが生まれてくるかもしれません。寧ろ、そうした私の想像力を遥かに超えるユニークな発想で、より面白く、非日常的な映像体験空間を作り上げてくれる事を期待したいです。



● 余談
そういえば、最近はこうしたデジタル映像技術を水族館で用いるケースがあるそうですね。水槽で泳いでいる魚達の動きをコンピューターが画像認識し、その魚達の身体にCGを投影したりするのだそうで。

個人的にはそういう事は止めた方が良いのではないかと強く感じます。魚達は、横から強い光を浴びる事に慣れていません。それこそ、臆病な魚であれば、そうした非日常的な強い光に対して、ストレスを感じるはずです。それこそ、水族館は貴重な生き物を保護したり、その本来の生態を間近で見るための施設。なぜわざわざ魚の身体に色の付いた光を投影する必要があるのでしょう。

水族館にとっては、集客目的の話題作りのためかもしれませんし、こうしたデジタル技術集団にとっては、その技術のアピールの場だと思ってるのかもしれませんが、その考えは正すべきなのではないかと感じました。



※ 同特別展は、名古屋市科学館で開催されていたものですが、アートとして展示されていた作品もあったため、アート系の書庫で掲載しました。






■ あいちトリエンナーレ2016 その2



イメージ 1



■ テーマ:虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅
■ 開催期間: 2016年8月11日(木・祝)〜10月23日(日)
■ 公式HP



トリエンナーレの長者町会場・名古屋市美術館などを巡った私は、その足で愛知県美術館に向かう事にしました。

愛知県美術館に入館できたのは、夕方の5時半をまわってからの事でした。幸い、この日は金曜日という事もあって、閉館時間は午後8時まで延長されていまそた。しかし、トリエンナーレのイベントは県美が入っている愛知芸術センターの8F、10F、11F、12F、B2Fといった多数のフロアで開催されており、一つ一つの作品をジックリ鑑賞する時間を持てなかったのが残念でした。

この記事はその1からの続きです。



■ 24コマ:4幕のパラダイム / 2016 /
カワヤン・デ・ギア

エントランスには、フィリピンの芸術家、カワヤン・デ・ギアの作品が展示されていました。フィリピンでは、80年代〜90年代にかけてB級映画が大量に作られ、後に破棄されたのだとか。また、そうした35mmサイズのセルロイドフィルムを利用して、クリスマスや大晦日などの祝祭日に鳴らす角笛を作るのは、貧しい環境でい来る人が生活費を稼ぐ手段の一つともなっているそうです。作者であるカワヤン・デ・ギアは、その角笛を長年買い集め、ヨハネ黙示録の四騎士を想起させる4体の馬を作ったのだそうです。

イメージ 2

■ ベロアナ(貝殻の貨幣)/ 2015 / タロイ・ハヴィニ 

こちらはパプアニューギニア出身の女性によるインスタレーション。空間内に吊るされているものは、様々な材料でできたビーズ(中心が空洞)を繋いだものだそうです。

イメージ 3

■ A型ボツリヌス毒素 / 2016 / デレク・ウインチェスター

仮に同じ人が同じ感情を表現するにしても、美容整形に用いられるボトックス注射の術前と術後では、表現や見た目にどのような変化が生じるのかを撮影したものなのだそうです。これがアート作品なのかというと疑問ですが、なんだか面白そうですよね。可能ならば、この作品を長く見ていたかったのですが、時間の余裕が無かったため断念せざるを得なかったのが残念です。

イメージ 4

■ Echoes Infinityー永遠と一瞬 / 2016 / 大巻伸嗣


450㎡という広大な空間に、50cm四方の白いフエルトのマットを1800枚敷き詰めた後、コンピューターで計算したうえでカッティングしたステンシルシート(型紙)を用いて、日本画の顔料(岩絵の具の粉)を丁寧に振り落として作り上げた作品だそうです。

岩絵の具は塗り固められていないため、手で触れると崩れてしまいます。しかし、会期の後半においては、来場者がこの作品の上を歩く事が許可される予定なのだとか。それにより、いずれは消えてゆく儚さも表現したいようです。

イメージ 5

スケールからくるインパクトや華やかさなどから、このイベント会場で最も目を引く作品だったと思います。ただ、照明がもう少し明るくても良かったのではないかと感じました。それに、見学用の導線となるように置かれたコンクリートブロック(見学時はその上を歩く)が小さいため、ちょっとでも混雑すると、満足に鑑賞できないのではないかと心配になりました。

■ It is an apple / (制作年は未確認) / 愛知県内に住む盲学校の生徒


これは、松原慈によるプロジェクトによって生み出された作品。愛知県内に住む盲学校の生徒を、愛知県陶磁資料館のワークショップに招き、生まれて初めて触った粘土を用いて様々なものを作ってもらったのだとか。これはアップル(リンゴ)を形作ったものなのだそうです。

イメージ 6

■ 高度.フリークエンシーズ.触媒-THEM / 2014 / オスカー・ムリーリョ

彼は、世界各地に住む子供たちに彼の本や無地の布などを貸し与え、それらを使って、何の制限なく自由に絵を描いてもらうというプロジェクトを展開しているとの事。これは日本の子供が描いたものであるようです。

イメージ 9

無条件に何を描いてもいいのに、何故か「すごろく」のような構成の絵にってますね(笑)絵柄などから、数人の女の子たちによって四方八方から描かれたように見受けられます。また、台詞のようなものもいっぱい書き込まれているのも面白いですね。ちなみに描かれた人物には名前が付いているものがあるのですが、女の子を描いたものなのに「●●マン」と、ヒーローであるかのような名称になっているのが可笑しかったです。子供って、本当に縛りがなくて自由ですね。

■ パブローブ/ 2016 /  西尾美也+403architecture [dajiba]

これは、衣服を通じてコミュニケーションを図る西尾と、リノベーションを中心として活動する建築ユニットの403architecture [dajiba]による、衣服を使ったコミュニケーションプロジェクトだそうです。不要となった服を一般の人に持ってきてもらう。その服は誰でも試着したり、借りる事が出来るようにする。会場内のミシンなどを用いて好きにリメイクしてもらう。といった内容でした。

ちなみに、それらの服には元の持ち主による説明タグも付いてました。服を買った時の思い出などが書き込まれていたので、一つ一つ手に取って読んでみたかったのですが、時間の余裕がなく断念せざるを得ませんでした・・・。

イメージ 8

■ おわり / 2014 / 田附勝
 

東北地方において鹿猟・漁業などに従事する人たちを取材した写真集を出している方だそうです。東日本大震災以降、原発事故の影響や、過疎・高齢化などの影響もあって鹿猟を継続する事を断念した猟師の最後の狩りの様子を追った写真などが展示されていました。

イメージ 7

会場では、猟師が鹿を仕留める様子、撃たれて血・涙を流しながら息絶えてゆく鹿の様子、直後に解体する様子など、生々しい写真が展示されていました。それは、一見すると残酷な行為にも見えるかもしれません。しかし、古来から、そうした狩りによって私たち人間は生きてきた側面を持っています。また、そうした命のやり取りをする仕事を生業としているからこそ、猟師の方々は、よりいっそう命の大切さや有り難さというものを理解されているのではないかと思います。それこそ、誇りをもって生業とされてきたのではないでしょうか。

しかしながら、福島、岩手、宮城といった地域では、東日本大震災による原発事故によって拡散した放射性物質の影響で、野生鳥獣肉の出荷制限が続いています。それ故「食べられないなら、殺したくない」との思いで、猟師さんは廃業を決意されたのだとか。なんだか切ないですね。



■ 名古屋会場(長者町・市美・県美)を巡っての感想

正直なところ、今まで2度開催されたトリエンナーレに比べて、作品の質・量共にボリュームダウンしていたのではないかと感じてしました。特に、名古屋市美術館はトリエンナーレに対して力を入れて取り組んでいるように感じられなかったのが残念でした・・・。(普段の名古屋市美術館は、特別展・企画展共に、質の高い展覧会を開催されているんですけど・・・なぜなんでしょうね。)また、今回のトリエンナーレは「旅」がテーマのようですが、そうした事を感じる要素も少なかったように思います。(ほとんどの作品にテーマとの関連性が無いのは毎度の事ですけどね・・・。)

もちろん、それなりに楽しめた作品もあります。しかし、何年か経過してから「2016年に開催されたトリエンナーレで印象に残った作品を思い出してみて」と尋ねられた際、どれだけの作品を記憶から呼び起こす事が出来るのだろう?という疑問にも似た思いが、今の段階から感じてしまっているわけで・・・。

また、長者町会場・中央広小路ビル・旧明治屋栄ビルにせよ、一部の展示作品に政治的・社会的な批判が強く含まれている作品が存在していた事に疑問を感じました。というか、アート作品というより、社会運動や反戦キャンペーンなどを開催した際の展示ブースのような印象を受ける個所もあったほどです。

世界には様々な国家的・歴史的・政治的な対立が存在します。それは日本の国内でもそうです。それに対し、様々なメッセージを込めた作品を作り出したり、広報活動に取り組んでいる方もいます。そうした個々の主張を行う事は自由であり、尊重されるべきなのだろうと思います。しかし、入場料を取ったり、多額の税金を使って運営される「アートの祭典」において、そうした性質を強く感じさせる作品を展示作品として選ぶのは、適切な事なのだろうか・・・とも感じました。個人的には、誰もが、気持ちよく作品を堪能できたり、素直な気持ちで笑ったり、驚いたりできる芸術の祭りであった方が良いのではないかと思うわけです。

あと、後日耳にした事なのですが、損保ジャパン日本興亜名古屋ビル会場で展示されている作品は見ごたえがあるとの事です。ちなみに私は、その作品を見る事ができていません・・・。愛知県美術館での鑑賞時間を少しでも多く作ろうと思っていたため、その作品が展示されている長者町エリアの外れまで足をのばす事を断念してしまったのです。

勿論、そうした魅力ある作品を見逃す事がないよう、会場で案内をされている数名のボランティアに「今日は時間が無い中で会場を歩いているのですが、お勧めはありませんか?」とか聞いたりしたんですよ。でも、その作品を見る事を勧めてくださった方は一人もいなかったので、わざわざ見に行くのを断念してしまったんですよね。残念な事をしてしまいました・・・。

こんな感じであったため、今回巡ったエリアに関しては、そんなに大きな満足感を得られませんでした。








■ あいちトリエンナーレ2016 その1 



イメージ 1



■ テーマ:虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅
■ 開催期間: 2016年8月11日(木・祝)〜10月23日(日)
■ 公式HP



3年に一度のサイクルで、愛知県内の様々な場所で国内外の現代アートの作品を展示する、都市型のアートイベント「あいちトリエンナーレ」が今年も開催されました。今回は3度目の開催という事で、名古屋市・岡崎市(2回目から追加)に加え、豊橋での開催も追加されています。

そこで、名古屋市の市街地開催エリアである長者町へ向かい、その後、名古屋市美術館、最後に愛知県美術館へ訪れる事にしました。

※ 会場では、一部の作品(映像作品など)を除き、写真撮影が許可されていました。そこで、ほんの少しではありますが、展示されていた作品をブログで紹介したいと思います。



■ 長者町会場へ

長者町は名古屋市の中心部にあるエリアです。繊維問屋街として古くから栄えてきた場所ですが、国内繊維産業が衰退してしまうという時代の流れに伴い、多くの問屋は倒産してしまいました。仮に問屋の建物は残っていても、シャッターが閉じられているという状況が近年まで続いていたわけですね。そこで、地域活性化の足掛かりにならないかと期待され、トリエンナーレの市街地会場として選ばれています。



■ アートラボあいち長者町にて

イメージ 6

この細長いビルの壁面に描かれた「梯子を上る人」の絵は、以前のトリエンナーレからあるものですよね。今日においても綺麗な状態で残っていました。とはいえ、この町に少しづつアートが根差しているのかな・・・と思うのは早合点というもの。正直なところ、長者町エリアの作品は、質・量ともに、以前よりボリュームダウンした印象が拭えない状況でした・・・。



■ 八木兵錦6号館にて

八木兵は、このエリアに複数のビルを所有している大きな洋服問屋だそうです。その建物の1つが、今回のイベント会場として貸し出されていました。

こちらはその会場で展示されていた今村文の作品の一つです。現実には存在しない植物の姿を創造(空想)し、色を塗った紙を花や葉の形に切り貼りして、押し花などのような雰囲気に仕上げた作品が展示されていました。

イメージ 7

同じビルの別のフロアはこんな感じになっていました。これは佐藤翠の作品です。(作品名は確認しきれませんでした。)鏡をキャンバス替わりとして、アクリル画材と油絵具で色を載せています。そのようにして描かれているのは、沢山の洋服が吊るされたクローゼットのようです。問屋街という場所で開催されているイベントだという事から、こうした作品を描こうというインスピレーションが出てきたのでしょうか。

イメージ 10



■ 伝馬町ビルにて

イメージ 8

こちらの会場のビルでは「この土地は私のもの」というテーマを軸に、複数のアーティストによる共同作品が展示されていました。主に映像作品が多く、様々な人種・言語・メッセージが入り混じった映像と音声を投影しているものが多かったです。

この建物に立ち寄った後、小休憩を目的に、喫茶店「クラウン」に立ち寄り、アイスコーヒーをいただきました。(クラウンは店内を、初回開催の時からトリエンナーレの会場として開放している喫茶店です。)店主のおばあさんが今も元気そうにされていて、なんだかホッコリしました。



■ 中央広小路ビルにて

建物としては古くなりつつも、現在も通常に営業(運営)されているビルの2階(現在はテナントは入っていない)を間借りして?イベント会場として運営されていました。ちなみにこのビルの場所は、会場で配布されている案内地図を見ただけでは非常に判りづらく、見つけるのに少し手間取りました。

イメージ 9

ここはイベント期間限定で定期的に発行される「大愛知なるへそ新聞」の編集部だそうです。新聞は手書き・モノクロ印刷であるため、小学校の学校新聞であるかのような雰囲気になっています。記事の作成・編集作業は、イベント企画者のみならず、誰もが自由に参加できるのだそうです。(1回の編集作業に対し、5~6名くらいの参加者が居るのだとか。)

イメージ 4

その新聞の編集作業のためだけに、これだけの家具・調度品をわざわざ集めたようです。まるでドラマのセットですよね。なんだか、新聞の発行費用より、こうした場所の賃貸料や家具類を用意する方に費用が掛かってしまってそうですね・・・(^^;



■ 旧明治屋栄ビルにて

端聡の作品。光と熱を発する大きなライトをテーブルのように設置。その上にわずかな水滴をすこしづつ落とす事で、水蒸気と化してゆく様子を延々と見る事が出来るという作品でした。「水の記憶」や「物質とエネルギー」をテーマにしているとの事です。

淡々と音もなく水蒸気が登ってゆく様子は、綺麗というよりは無機質な感じで、無骨な現代アートというより、無人の薬品工場であるかのように感じてしまいました。例えとしてはあまり良くないかもしれませんが、仮に誰も見ていなくても、機械的に一定のサイクルが繰り返されてゆく作品を眺めていると、そんな寂しい感じがしてしまったのです・・・。

イメージ 2

こちらは寺田就子のインスタレーション作品の一部を写したものです。建物が古くなり、もう使われなくなってしまった元バレエ教室の部屋において、様々なガラスや遊具などが設置されていました。

イメージ 5



■ 名古屋市美術館にて

こちらはジョアン・モテのネットプロジェクト。美術館のエントランス前に植えられている木々の枝と枝の間に、様々な色の毛糸が結ばれています。市民参加型のイベントという側面も持っており、その毛糸は誰もが自由に追加して結ぶ事が可能となっていました。

イメージ 3

折角なので私も毛糸を結んでみる事にしました。そして記念として撮影しておこうと思ったわけです。ところか、ショルダーバッグからカメラを出そうとホンの数秒間目を離しただけで、自分が結んだ糸がどれだったのかわからなくなってしまったのです。記憶の曖昧さを実感させられただけでなく、勝手に自分のものだと思っていたものが、急に手元から離れていってしまった寂しさのようなものも感じてしまいした。

ネットプロジェクトに参加した私は、その足で名古屋市美術館の中へ入ってゆきました。幸いな事に美術館の館内もトリエンナーレ関連作品は撮影が可能となっていました。しかしながら、それらの作品は特に興味を抱くものがなく、カメラを向ける事はありませんでした。そういう感覚を覚えたのは私だけではなかったようで、名古屋市美術館の会場は他の場所に比べて観客の滞在時間が短く、早々に別の会場に向かわれる方が多いように見受けられました。



記事はその2へ続きます。



全40ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

Shiny Sky
Shiny Sky
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン

みんなの更新記事