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■ あいちトリエンナーレ2010 その4 栄会場から長者町会場へ ■ 都市とアートが響き合う、3年に一度の国際芸術祭 ■ 会期:2010/8/21-10-31 ■ あいちトリエンナーレ2013公式HP この記事はその3の続きです。今回は愛知芸術センターから徒歩で移動し、栄会場を経由して長者町会場へ向かう途中で見かけた作品などを紹介してみたいと思います。 ■ ヴェロ・タクシー あいちトリエンナーレは、名古屋市栄付近を中心に複数の会場で作品が展示されています。それらは徒歩で移動する事が出来ない距離ではありませんが、地下鉄だと1駅から2駅程度の距離を右往左往する必要があります。そこで、このような大型人力三輪車によるヴェロ・タクシーが用意され、各会場を無料で移動出来るサービスが運営されていました。 これは車やバイクと共に一般道を走行するのですが、人力故に移動速度は遅く、外から顔が丸見えなので、知っていても利用したがらない人もいるようです(^^; とはいえ、会期の後半は認知度が上がってきた事により、利用者が急増したのだとか。そんな話を聞いていたので、私は写真だけ撮らせていただきました。(この写真は、「ブログで掲載するつもりですがOKですか?」と3人に尋ね、全員にOKを頂いた後に撮らせていただいたものです。) このように聞くと便利なサービスであるように聞こえますが、搭乗場所は人目に付かない場所にあり、その利用法は非常に判りづらかったり。しかも台数に限りがあるだけでなく、当日現場のみで受けるという予約制度まで行っているため、目の前に空車状態のヴェロがあっても直ぐに利用出来ないケースも多いようでした。また、車のドライバーからすれば、走行速度があまりに違うため、スムーズな運転の妨げになっているという声があったのも事実かと・・・。 さらに問題に感じたのはスタッフの態度です。この写真を撮らせていただいたスタッフの方は感じの良い方だったのですが、先に訪れていた名古屋市美術館の搭乗場所で見かけたスタッフに、言葉づかいや態度に関するマナーがまるでなってない若者が何人もいたのです。前例があまりないサービスとはいえ、運営側の管理・監督・教育が出来てないように感じました。それにこの手の仕事は、自転車を漕ぐスピードを自ら遅くすればするほど、いくらでも楽をする事が出来るわけで・・・。 正直な話、利用者の電車代1区間分をサービスするために県が掛けるコストを考えると、次回は無くてもかまわないかも・・・と思ってしまいました。寧ろヴェロの運営費用を展示作品解説や会場案内を行ってくれる無料ボランティアに対して使い、彼らに十分な教育を施すと共に、それに見合う給与をちゃんと与えてあげて欲しいと感じました。 ■ ピップ&ポップ / ハッピー スカイ ドリーム さて、気を取り直して栄会場の作品を紹介したいと思います。シドニー生まれのニコル・アンドリヤヴィチと、パース生まれのタニヤ・シュルツの二人によるアーティストユニットだそうです。彼らはプラスチック製品や折り紙、顔料粉などさまざまな素材を用った、インスタレーションを制作しているのだとか。なんだか砂糖菓子を用いたデコレーション・デスプレイ作品のようにも見えますね。 ■ アーヒム・シュティーアマン+ローランド・ラウシュマイアー / Man OS1 - extraordinateur ニュルンベルク(ドイツ)生まれのシュティーアマンと、アウグスブルク(ドイツ)生まれのラウシュマイアーによるユニットだそうです。彼らはPCのMacのO/Sを人間に例え、その働き具合を面白可笑しく再現した一種のパロディ映像を制作し、ヴィデオインスタレーションとして展開しているようです。その映像はブラック・ユーモアに満ちていて、思わず苦笑してしまうような作品でした。それこそ美術館などのアートシーンで見かけるような芸術映像作品や実験映像作品とは大きく異なり、寧ろYoutubeや、ニコニコ動画、はたまたNHKの番組のデジスタなどで見る事が多いような、所謂MAD系のノリに近かったと言えるかと。それ故、ワケのワカラナイ作品が多い今回のトリエンナーレ作品の中では、親しみを感じやすい作品であったように思います。 ■ 木村崇人 / 星の木もれ陽 愛知県生まれ、山梨県在住のアーティスト。「地球と遊ぶ」というテーマで、様々な自然現象を通じて普段は気付かない地球の力を視覚化するユニークな作品を発表しているとの事。この会場においては、小さな密室において、天井から燈される光の下に団扇を大きくした位の普通の木の枝をかざすと、無数の透過光が全て星の形になるという不思議な体験が出来る作品が展示されていました。その現象を生み出すタネを知ってしまうと「そんな単純な仕組みでこんな事ができるんだ。」といった感じで、驚きと共に拍子抜けしてしまうかもしれません。しかし、皆さんがこの作品に出会った時の感動を奪いたくないので、その秘密はナイショにしておきたいと思います。これはアートと言えるのか判りません。寧ろ自然科学の実験的な感じの作品だとも思うのですが、個人的には結構気に入った作品でした。 ■ ダヴィデ・リヴァルタ / 馬 ボローニャ生まれ。ボローニャ在住。等身大の動物の形をブロンズなどで作り、街中などを含め以外な場所に設置するアーティストであるとの事。確かにみたまんまの代物ですw この彫像は、屋外展示されているもので、錦通りと本町通りの角にある、瀧定ビルの手前に置かれていました。私がこの作品の手前を通過する頃には、既に辺りは日が落ちてしまっていて、このような薄暗い中で撮影する羽目に・・・。 ■ ルシア・コッホ / (作品名・不明) ■ ウェン・イン・ツァイ / 砂漠の泉 「第2階名古屋国際ビエンナーレ・アーテック’91」グランプリ受賞作の「砂漠の泉」を構成する4作品のうち、3作品が展示されていました。この写真はその内の1つUPWARD FALLING FOUNTAINを写したものです。これは暗室において上から落ちてくる水滴に対しフラッシュ光を連続で当てる事で、水滴がスローモーションで動いているように見えるという作品です。最近はたまに見かけるようになっている仕掛けではありますが、これはこれで綺麗でした。賞を受賞した91年当時であれば、尚のことインパクトがあったものではないかと思います。 この作品は、今回のあいちトリエンナーレとは直接の関係性はないものの、今まで倉庫で眠っている状態であったため、この機会に合せて展示される事になったそのだとか。とはいえ、作品そのものの品位や質感といったグレードは、とりえんなーれに出展されている他の多くの作品よりも高かったと言えるように思います。こようなモノが今までずっと倉庫眠っていたという事に驚かされるというか、展示場所が無いなら、他施設等への貸し出しなりするなどすればいいのに・・・モッタイナイ話ですねえ・・・。 ■ ショーウインドウ 一般の店舗のショーウインドウです。此方のお店は綺麗な花屋さんであったようで。それこそ、トリエンナーレどころか、アートとも無関係であるわけですが、こうした綺麗なショーウインドウというものは、日頃から街を華やかにしてくれている存在なのだなぁと、改めて感じたので・・・。 ■ トーチカ / まねき猫 - PIKAPIKAあいちプロジェクト さて、ようやく長者町エリアに到着しました。という事で、路上からでもその姿を眺める事が出来る巨大な招き猫のパネルの写真をUPしたいかと。トーチカはナガタタケシとモンノカヅエによるクリエイティブユニット。デジタルカメラによる長時間露出とコマ撮りアニメの手法を融合し、空中にペンライト光でアニメーションを描く PiKAPiKA で有名。最近はTVなどでも取上げられる事も多いアーティストですね。(注・巨大なネコの彫刻の実物が展示されているわけではありません。このパネルにおいては、猫の左右の花の部分がピカピカで描いたものになります。) 記事はその5へ続きます。 |
アート・美術館
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■ あいちトリエンナーレ2010 その3 愛知県美術館 ■ 都市とアートが響き合う、3年に一度の国際芸術祭 ■ 会期:2010/8/21-10-31 ■ 愛知県美術館HP ■ あいちトリエンナーレ2013公式HP この記事はその2の続きです。今回は愛知県芸術文化センターの8階の展示を中心に紹介してみたいと思います。 ■ ズリカ・ブアブデラ / Two lovers - la roue モスクワ生まれ、パリ在住。パリ在住のアルジェリア人だとの事。今回はアラビア語の「愛」とインドのカーマスートラのイメージとを組み合わせる新作インスタレーションであるのだとか・・・。でも、その展示室は照明が落とされた暗い室内に、ショッキングピンクの文字と無数のスピーカーが壁に掛けられた空間で、そこから溢れるビート感ある音楽と共に、クラブを再現しているようにしか見えなかったり・・・。 ■ ヘマ・ウパディヤイ / 左を思え、右を思え、下を思え、狭さを思え ヴァドーダラー(インド)生まれ、ムンバイ在住のアーティストだそうです。向かい合わせで設置された壁面に、トタン、ダンボール、プラスチック廃材?など、ゴミとして捨てられたようなもの?(確証はありません。)を利用して作られたとおぼしき街が再現されていました。これは、インドのスラム街を模したものなのでしょうか・・・。 でも私はこの作品を見ていると、「人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって、既に半世紀が経っていた。地球の周りの巨大な人工都市は人類の第二の故郷となり、人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいった・・・。」などという台詞を思い出してしまいました・・・スミマセン・・・(^^; ■ 写真 (作家・作品名不明) 会場ではこのような作品も展開されていました。 ■ エクトール・サモラ / sesshas メキシコシティ生まれ、サンパウロ在住のアーティスト。市美の玄関口に吊り下げられた赤いロープ(実はハンモックだったらしい)を 手掛けた人でもあるとの事。でも、この作品はコンクリートを用いたオブジェによるインスタレーションであるとの事。ちなみにTOPに掲げた写真は、そのオブジェの足元から撮ってみました。 ■ ツァン・キンワ 中国汕頭生まれ、香港在住のアーティスト。照明を落とした室内の床に対し、天井から投影されたアルファベットの文章が、まるで蛇であるかのようにウネウネと動きながら現れては消えてゆくという作品が展示されていました。またその展示室には靴を脱いだ状態で入る事が可能であり、動き回る文字を足元に歩く事が出来るためか、若い女の子の観客などは非常に面白がっているようでした。 確かに非常にインパクトのある作品なのですが、肝心の文字は移動速度が早すぎて、私のプアな英文読解力では何が書かれているのかサッパリでした。キャプションなり、解説が書かれた紙を配布するなりしていただきたかったです。それにこの作品に限った話ではないのですが、靴を脱がなければ展示を見れないケースが多かったのには何とかして欲しかったです。というのもこの日の私はブーツを履いていたので、脱ぎ履きが非常に手間だったりしたのです・・・。あと、ここまで大掛かりな仕掛けをする作品であるなら、フロアを歩く人の動きに反応して、文字の動きが毎回変わるなどの変化があればもっと面白かったのではないかと感じました。 ■ ハンス・オプ・デ・ビーク ベルギーのトゥルンホウト生まれ。ブリュッセルで活動するアーティストだとの事。様々な形状のオブジェを組み合わせる事で、人形劇の舞台セットのようなものをカメラの前に作り上げ、照明を巧みにコントロールしながら、それらのオブジェを手で移動させる事で、様々な光景に移り変わってゆく様子をライブで撮影した映像作品を展示していました。その手腕や、映像センスは見事なもの。今回のトリエンナーレでは、この作品以外にも多数の映像作品が出展されていたのですが、個人的にはその中で1、2を争う出来の良さだったように思います。(映像作品故、お見せ出来る資料が無くて残念です。せめて公式HPのリンクを見ていただき、参考にしていただければ幸いです・・・。) ■ ヤコブ・キルケゴール コペンハーゲン(デンマーク)生まれ、ベルリン在住のアーティスト。硬く締まった砂の山が、風か振動か何かの影響を受ける事で、次第に崩れたゆくさまを、モノクロで延々と撮影した映像作品でした。 ■ 宮永愛子 手漕ぎボートの中に衣服や靴などの日用品をナフタリンでかたどった作品を置くというインスタレーションが展開されていました。それは日が経つと共に空気中に蒸発してゆき、会期の後半においては形状を保てなくなるどころか、消滅しかかっているようなものも。歩行者による振動などでこれ以上崩れたりしないよう、展示室への入場者数をしていました。それは理解出来るのですが、ここでも靴を脱ぐ必要があったのにはゲンナリでした・・・。 ■ その他 その他にも多数の作品が展示されていました。特に多かったのが映像作品です。映像をアートの括りに入れる事には何も反対しませんが、問題はその上映方法。映像作品は作品全体を通して見るには一定の時間が必要です。しかし、それらの作品は上映時間はバラバラで、長いものは20分に至るものも複数あるのです。また、観客席などの数は展示室によってバラバラ。仮に全作品をきちんと鑑賞しようとしたら、半日あっても足りないのでは。しかも、作品に登場する人物達による会話シーンなどがあっても、対訳などが表示されるわけでもなく、解説チラシなどが用意されているわけでもありませんでした。仮に次のトリエンナーレでも映像作品を多数展示するのであれば、こうした運営方法は大いに改善する必要があるのではないかと感じました。 ■ キッズ・トリエンナーレ 今回のトリエンナーレは、何も観客をオトナに限って企画されたものではないですよ。って事を証明するためなのか、子供が作品作りに参加事出来る企画も用意されていました。と言うよりも、早い話が子供用のプレイルームの代りといった感じでしょうか。ハサミ、のり、といった工作道具や、絵具、色画用紙、折り紙、等が用意され、各々が好き勝手に色々なモノを作ったり描いたりしてね。って感じの部屋でした。 そんなキッズルームの壁には、感性の赴くままに描かれた落書き・・・もとい、不思議な抽象画が溢れていましたw (本当に子供が書いたものかは判りませんけどね。) そんなわけで、その作品?を撮影して、ちょっとばかりトーン加工してみましたw ホント、こんな風にすると、ちょっと現代アートっぽい?感じになったりするのが不思議なものですね。 記事はその4へ続きます。 |
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■ あいちトリエンナーレ2010 その2 愛知県美術館 ■ 都市とアートが響き合う、3年に一度の国際芸術祭 ■ 会期:2010/8/21-10-31 ■ 愛知県美術館HP ■ あいちトリエンナーレ2013公式HP この記事はその1の続きです。今回は栄にある愛知県芸術文化センターの展示について紹介したいと思います。 この芸術文化センターでは、10階の愛知県美術館、8階、2階大ホール、地下1階小ホール、11階の回転回廊など様々な所で多数の作品が展示されていました。また、名古屋市美術館とは異なり、こちらのの一部の作品はフラッシュ無しでの撮影が許可されていました。(全て撮影可のものを掲載しています。) ■ 草間彌生 / 真夜中に咲く花 いかにも草間チックな水玉が満載のハデハデオブジェです。数種類のタイプがあり、大きいモノは高さが3mに及ぶのだとか。トリエンナーレのPRポスター等にも採用されており、シンボリックな存在と言っても良いのかもしれません。しかしながら、この作品が置かれているのは美術館の展示室ではなく、美術館の有料ゾーンの出口の外付近。そこは何の変哲もない殺風景な空きスペースと言っても過言でない場所だったのです。個人的に草間さんの作品は好きでも嫌いでもないのですが、何もこんなトロコに置くことは無いだろうに・・・と思える程でした。 でも、そうした扱いを受けているのは何もこの作品だけの話ではないのです。寧ろ殆どの作品が単なる白い壁をバックにポツンと置かれているだけ。ライティングやアングルにも気を配られているような気配を感じられませんでした。下手に沢山のアーティストに出展を依頼してしまったために、ディスプレイ関係にまわす予算が無くなってしまったのでしょうか?それとも誰もそうした点に気が回らなかったのでしょうか?(実際、下記の写真を見てもらえれば、言っている意味が判っていただけるのではないかと。) 確かに一部のホワイトキューブ系の美術館においては、作品への先入観を取り払うために敢えて過剰な演出をしないケースもあるとは思います。仮に今回のトリエンナーレに関しても、意図してそうした展示を行っていたのかもしれませんが、それにしてもあまりに味気ない展示方法で、寂しいというかゲンナリしてしまいました。せっかくこれだけ個性的な作品があるのであれば、床・壁・天井に至るまで水玉の壁紙を施したクローズド空間にの作品を置くとかして、空間演出にも凝って欲しかったです。それか、いっその事、日の当たる完全な屋外に設置して欲しいと感じました。そして作品のタイトルのように、夜間においては綺麗にライトアップすれば良かったのではないかと思いました。 ■ 草間彌生 / かぼちゃの自己消滅 こちらの作品もいかにも草間チックな作品です。草間氏の作品というと、上に掲載した花よりもこちらのカボチャの方をイメージする人も多いのでは。草間さんのカボチャは、大小さまざまな大きさのものがありますが、これは両手で抱えられる程度の大きさのものでした。どうせならディスプレイ方法に気を使った上で、その部屋を占領してしまうくらい大きなカボチャを用意して、こちらを圧倒して欲しかったです・・・。 ■ 三沢厚彦 / アニマル-白くま (作品名・不明) 「えへへ・・・キミ・・・どこからきたの??」
「うんうん、そうなんだ、そうなんだ。 それでそれで??」
「え〜もう行っちゃうのお?やだ〜やだ〜やだ〜」
「でも出会えた記念に肉球をさわらせてあげるよ。んじゃね、バイバイ♪」
今回のトリエンナーレにおいて、豊嶋秀樹氏と共に巨大な渦巻き状のメイズと、その中に現れる木製の動物の彫刻を展示していた三沢氏。この白くまは、その三沢氏が手掛けた作品で、会場では数体が展示されていました。彼が手掛ける動物彫刻は目に特徴があるとの事。確かによく見てみると目の色が金色をしていたり、左右バラバラの方向を向いていたりします。まあ、キモカワ系とでも言いましょうか・・・。これは敢えてそのように作っているとの事ですが、ちょっとイっちゃってる感じがしないでもないような・・・(^^;でもこれはこれで、この彫刻の個性を生み出している重要な要素なのかもしれませんね。 あ、写真に添えたコメントは、このヘンテコくまさんを見ていて勝手に作ったものです・・・実際の展示にはこんなアホなコメントはありません・・・勝手なコトをしてスミマセン・・・でも、ついついこんなアホなコトを想像してしまうような変な魅力がある作品だったというコトで・・・(^^; ■ フィロズ・マハムド / ukureina 奥へ進むとこのような作品に出くわしました。F-18戦闘機を模したオブジェの上に小さな穀物の粒がぎっしりと貼り付けられている作品です。また、それらの穀物は着色したわけではなく、そのままの色を利用しているのだそうです。 ムハマド氏はバングラデシュ人。この作品は複雑な歴史を経て現在に至る彼の祖国を象徴した作品であるようです・・・。垂直尾翼に描かれた星のマークや、十字架のようなマークが涙を流しているように見えるのですが、それは彼の祖国に対する想いが表れているのでしょうか・・・。 ■ その他 会場では寝そべった人を模したような巨大なオブジェとか、火薬の爆発を利用して、絵画的表現を試みた作品など色々と展示されていました。しかしながら、それらの作品は写真はアウト。また、作品に関する詳しいキャプションなどもなく、メッセージ性がありそうでありながら、それを理解するには情報が少なすぎたり・・・結果としてあまり印象に残らなかったように思います・・・。 記事はその3へ続きます。 |
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■ あいちトリエンナーレ2010 その1 名古屋市美術館 ■ 都市とアートが響き合う、3年に一度の国際芸術祭 ■ 会期:2010/8/21-10-31 ■ 名古屋市美術館HP ■ あいちトリエンナーレ2013公式HP ようやくにして昨年開催されていた「あいちトリエンナーレ2010」の記事が書けそうです(^^; あいちトリエンナーレとは、愛知県が主体となって3年に1度開催される事が決まっている国際芸術際で、今回はその1回目です。芸術文化の発信面で遅れをとって来た愛知の知名度を上げると共に、衰退化しつつある一部都心エリアでも展示を行う事で、同エリアの復興を目指すのが目的であるそうです。館内での絵画、彫刻、インスタレーション、彫刻といった分野の展示だけに留まらず、屋外展示や演劇公演も複数含まれているのが特徴となっています。実際、その展示は愛知県美術館・名古屋市美術館や、名古屋市長者町等の複数エリアで展開されました。 知名度を上げるべく過去に複数のプレイベントが開催されており、私もその1部に赴いた事があります。(過去記事その1)(その2) そんな訳で、期待して訪れたわけですが・・・結果として、色々と複雑な感想を抱いた芸術際でした。これから数回の記事によって、その時の様子や感想等を述べてみたいと思います。 (注)当時はコンデジを入手していなかったため、画像は携帯で撮影したものです。また、作家の詳細や展示名やその主旨などが解説されているような詳しい展示リスト等が配布されていなかったため、多くの作品において名前が判らない状態となっている事をご了承ください。 ■ 名古屋市美術館 まずは白川公園会場となっている名古屋市美術館へ。訪れてみると玄関外のチケット販売所付近にピンクの紐状のものがぶら下がっていました。トリエンナーレのシンボルカラー?のピンクをモチーフとした屋外インスタレーションという事なのでしょうか?でも、何を表そうとしているものなのかはイマイチわかりませんでした・・・(^^;ちなみにトリエンナーレ絡みの名古屋市美術館の館内作品は、全て写真はアウトだったのが残念でした。 ■ エクトール・サモラ / 大胆なレジャー ■ 塩田千春 / 不在との対話 館内に入ると、塩田千春による巨大なインスタレーションがディスプレイされていました。以前、大阪で彼女のインスタレーションを見た際、物凄いインパクトを受けました。そのため、このトリエンナーレに参加するアーティストの中では一番注目していた人です。 今回の作品は、上階までの吹き抜け状になった大きな空間に異様に長い透明の医療用チューブを上へ下へと無造作に張り巡らしたものでした。しかも、そのチューブの中に赤い液体が満たされており、人工心臓によって強制循環されているというものです。使われている媒体からして、どうしても血というものを想像させます。しかし、それによって何を示したいものなのかはイマイチ判りにくかったり。 以前のように、紐で様々なモノをリンクしたり、縛り付けていると、そのイメージが痛いまでに迫ってくるものがあったのですが、今回のものはあくまでチューブと人口心臓だけなのです。弱々しいまでにしか赤い液体を送り出せない人工心臓と、時に重力に負けて送り戻されながらも循環しようとする赤い液体は、死の間際の老人の体内をイメージさせるかのようであり、停滞する現代社会を意味しているかのようでもあり・・・果たしで何だったのでしょうねえ・・・。 ■ ツァイ・ミンリャン (作品名・不明) 塩田作品の横に、ツァイ・ミンリャンによる大きな作品が展開されていました。それは靴を脱げば中に入れる小屋のようなもになっており、中には2畳程度の小さな小部屋が幾つも並んでいました。さらにその中には、14インチ程度のテレビと、小さなベッドが。 最初はウサギ小屋と揶揄される日本の住宅事情を皮肉った作品か、日雇い労働者がその日暮に利用する安ホテルのようなものかと思ったのですが・・・どうもHなビデオを見るための個室を模したものであるらしい・・・という噂を耳にしました。(私では確証はありません。またテレビの内容は今では思い出せませんが、Hなものではありませんでした。)その正体が何だったのか判りませんが、私としてはその作品そのものよりも、そこに用意されたベッドなどで寛いでしまっていたりする観客の方が面白いと思ってしまいました。 ■ その他 他にもトムフリードマンやフランツ・ヴェストなどの作品が展示されていたのですが、正直言ってピンと来るものが無く、展示作品の数も少なくて拍子抜け。そこでガイドの方に質問してみると、「愛知県美術館や長者町がメインなので、そちらの方に行かれた方が楽しいかもしれません・・・」との事。成る程、そうですかと場所を愛知県美術館のある芸術センターへ移動する事に。でも、そのまま県美に行くのも詰まらないので最寄のギャラリーに立ち寄ってみました。そこでこのトリエンナーレに対する評判などを聞いてみると、そこでも「今回の名古屋市美術の展示内容はウチに来る人でも評価は分かれるみたいですね・・・」との事でした・・・。 ■ オアシス21 - 愛知県芸術センターからの眺め 県美はテレビ塔やオアシス21などの真横にある愛知県芸術センターの中にあります。そんな事もあり、オアシス21のシンボル「水の宇宙船」の上には草間彌生によるピンクの水玉のオブジェが置かれていました。(遠景写真しかなくてスミマセン) ■ TOYOTA プリウス 草間彌生 水玉仕様 愛知芸術センターに着くと、このようなクルマが展示されていました。愛知といえばモノづくりの街・・・そのメインは自動車の街・・・そこで国際芸術際を行うのであれば、最新のエコカーを使って観光PRをしようと、このような草間彌生仕様のプリウスがコラボされたようです。この水玉プリウスはカラーリングが異なるものを含めて数台存在し、イベント期間中に会場ごとを無料で繋ぐ観光タクシーの役割も担っているとの事。(そうした役割を持つものとして、人力のヴェロタクシーも別に存在。)たしかにエコカーと言えば、ハイブリッドのプリウスは代名詞のようにもなっていますが、県内企業には電気自動車 iMEVE を手掛ける三菱自動車も存在するのに其方とは折り合いが付かなかったのだろうか・・・などとも思ったり・・・。 ■ 松井紫朗 / チャンネル 芸術センターに入ると、エントランスホールに緑色の巨大なバルーンのようなものが垂れ下がっていました。これはバルーンの中に常に空気を送り込む事でその形状を維持しているものだそうです。実は私が訪れた午前中においては、このバルーンがヘニョへニョと萎んでいました。前日の強風によって穴が開いてしまったのだとか。この写真は県美を一通り見終わった後、補修されていたものを撮影したものです。 バルーンの一部の空間にはは入れる構造になっています。但し、時間と人数が限定されているそうです。補修が終わっていたのは良かったのですが、そのイベントの時間には合わなかったため、私は中に入れませんでした。この件に限った話ではありませんが、この芸術際においては至るところでイベントが行われたりしているのですが、それらの場所・内容・時間などは公式HPなどを見ても非常に判り辛かったりしました。 ■ 渡辺英司 / 名称の庭 グラスハウス 10Fの無料ゾーンにある展望エリアではこのような作品も展示されていました。本?などに印刷された葉や花を切り抜き、裏に針金の土台を付けたもののようです。 記事はその2へ続きます。 |
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■ 所蔵企画 マティス+ルオー版画展 アンリ・マティス(1869-1954)とジョルジュ・ルオー(1871-1958)の親交は、二十代始め頃にパリ国立美術学校で出会ったことから始まりました。二人は自由で革新的な指導を行ったギュスターブ・モロー(1826-1898)の教室で共に学んでいます。明快なフォルムと鮮やかな色彩、軽快なリズム感を持つマティス。力強い線に重厚な色彩、深い精神性を漂わせるルオー。個性溢れるその作風は対照的ですが、共通のテーマで制作された作品も多く、互いに共感しあいながらそれぞれの作風を築き上げました。この展覧会では所蔵のマティス「ジャズ」、ルオー「ミセレーレ」「サーカス(シュアレス版)」「流れ星のサーカス」「パッション(受難)」「悪の華 1936-38」の6版画集から100点をご紹介します。(美術館告知より) ■ メナード美術館 ■ 会期:2010/7/3-9/5 ■ 愛すれば心嬉しきに 銅版画集「ミセレーレ」 1923年 ジョルジュ・ルオー 今回の展示は版画作品のみで構成されており、ルオーの作品においては、その大半が上に掲載したようなモノクロの銅版画で占められていました。ちなみに版画集のタイトルである「ミセレーレ」とは、旧約聖書詩篇に記された神への祈りの言葉であり、「慎みたまえ」という意味があるそうです。 ちなみに今回の展示においては、マティス作品が全体の3割・ルオー作品が7割といった感じの比率であったと思います。この展覧会独自の図録は無く、国内で同様にミセレーレを所有するパナソニック汐留ミュージアムの図録が販売されていました。(しかし、ミセレーレの画は殆ど掲載されておらす、私は買い求める気になれませんでした。) ■ 美術展感想 以前はあまり関心が無かったのですが、数年前に出光美術館で作品を目にしてから何気に気になるようになっていたジョルジュ・ルオー。20世紀最大の宗教画家と称される事も多い彼の作品は、力強い太い線と、盛るかのように塗り重ねられた原色系の色彩により、誰もが一目見てルオーの作品だと判るような独特の存在感を持っています。しかし、私が住む中部地方ではあまり彼の作品を見かける事がありませんでした。そこで、昨年の春にリニューアルされたメナード美術館で、彼の作品と共にマティスの作品も展示されるとの事だったので、是非ともこの機会にと思い訪れてみました。 実際に訪れてみると、ルオーの黒の力強さと、その色の深さに圧倒されます。そう、版画であるにも関わらず彼の黒は実に深く濃いのです。彼は黒という色の中でもその濃淡の違いや、薄っすらと浮かび上がる光沢感などにより、実に豊かな表現が可能であるという事を熟知していたのが判ります。実際、彼は黒は非常に強い訴求力を持った色であり、「色彩の帝王」といった感じで捉えていたようです。(色の王様と言っていたかも・・・この辺の表現は記憶に頼っているため、正確ではないかもしれません・・・。)それと同時に、そこで取上げられているテーマが胸に突き刺さって来るのです。人というものはいかに脆く、儚く、業が深く、罪深い存在であるのか。無償の愛というものが如何に尊く大切なものであるというのかという事が、画を見ているだけで痛いまでに伝わってきました。 とはいえ、彼は黒ばかりの作品を生み出していたわけではありません。彼の油絵には濃厚なまでに鮮やかで豊かな色彩が用いられています。作品によってこのように使い分けた理由としては、黒は彼にとって強い訴求力を持った色であり、色彩の帝王であると捉え、好んで用いていたようでした。それに、当時の版画印刷の技術(インク)等が、彼が望むような鮮やかな色彩を表現できるレベルに至っていなかったというのも関係があるようです。 (というのも出版時の大量印刷は彼自身が行うのではなく、業者が行っていたため、希望通りの色が出ない事を不満に思っていたようです。実際、後に印刷技術が発展しだしてからは、カラー印刷の作品も試みていました。) それだけ色に拘る彼の目指す色というのは、教会などにおけるステンド・グラスの世界であったのだそうです。実際、彼自身も10代の頃はステンド・グラス職人のもとで師弟として働いた時期もあるのだとか。宗教的なモチーフの繋がりだけでなく、あの太い輪郭線や、濃くも鮮やかな色というものは、そうした世界に通じたものなのかと知り、実に興味深いものがありました。 うって変わって、マティスの作品は、非常にライトで、ポップな感じです。時代の潮流の変化を感じつつ、新しい表現を求めて行く事に抵抗感が無いどころか、実にそれを楽しんでいるかのようです。それこそ、テクニック云々というより、新たしい表現を即座に吸収し、そこから自分でしか表現出来ないものに作り変えてしまえる天才的な感性があるタイプのように感じました。 これだけ作品の傾向が違うアーティストが、同じ大学で、同じ師のもとで学んでいたというのだから驚きです。しかもその師であったギュスターブ・モローの作品もまた、この2人の作風とはまるで違うわけですからねえ。そう考えると、モローは自分の価値観を生徒に押し付けるような人物ではなく、生徒の個性を尊重し、それを伸ばす事を教育における信条としていた人物であったのかもしれませんね。 (実はこの展覧会に訪れた際に記していたメモを紛失してしまい、かなりの部分を記憶に頼っているので記述内容に誤りなどがあるかもしれませんが、その際はお許しください・・・。) |





