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■ ポジション2011 米山和子展 ■ 名古屋市美術館 ■ 2011年2月19日(土)〜4月10日(日) ■ Yoriko Yoneyama Solo Exhibition ゴッホ展を見に行った際、こちらの常設企画展も開催されていました。 ■ 概要 名古屋市美術館がお贈りする、この地方のアーティストを紹介する企画の第一弾。米山和子は、和紙や米など、日本人にとって身近な素材を用いた作品を制作してきました。その作品は近年、展示空間全体に広がるインスタレーションへと展開してきています。清浄な神秘性を宿した米山和子の世界をお楽しみください。(公式HPより) ■ 感想 会場には、ほぼ等身大の人のカタチをした、和紙で出来たマネキンのようなオブジェが数体展示されていました。マネキンのようだと言い表したのには理由があります。それは頭部が無かったからです。また、これらの作品は紙の厚みだけでその形状が保たれているのが特徴的でした。つまり、セミの幼虫の抜け殻のように、中身が空っぽなのです。(芯となる部分にはファイバーが用いられている模様。) にも関わらず、表面的な形状だけで「そこに何かしらの存在がある」と感じてしまうのが面白いというか、不思議な感じがしました。私としては、外見的な情報で判断してしまう人の心理を突いている作品であるかのように感じた程です。そのような感想を抱いたのは、その造形にリアリティがあったからなのかもしれませんね。 ちなみに作者は、「紙や物には裏と表があるが、どちらが内側でどちらが外側なのだろう。相対するものや、空間の境目はどこにあるのだろう。そうしたものの境目を強く意識し、その形状を表現したい」(個人的要約)と考えているそうです。そういえば似たような感覚を、以前見たジュゼッペ・ペノーネも持っていたような記憶があります。絵画や写真を行うものに比べて、「立体を作る。モノを手で触り、そこにカタチを残す。」という行為は、表面に現れている部分と、その奥に存在するものを強く意識する行為なのかもしれませんね。 |
アート・美術館
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■ 没後120年 ゴッホ展 ■ 名古屋市美術館 ■ 2011年2月22日(火)〜4月10日(日) ■ Van Gogh - The adventure of becoming an artist - ようやくにしてホッゴ展の事を記事に出来そうです。半年位前の事かと思っていたら、何時の間にやらほぼ一年経過してましたね(^^;それこそ、美術展ネタがかなり溜まっているので、今回の記事もサラッと?全体の感想のみ記述する事にしたいと思います。(展示されていた作品はどれも素晴らしかったのですが、一つ一つ感想を書いている時間が取れなさそうなので・・・。) ■ 概要 世界で最も有名な画家の一人ヴァン・ゴッホ。短くも激しく燃え尽きた37年の生涯とその作品は、日本でも繰り返し紹介されてきました。しかし、彼がどのようにして、あの独自の画風にたどり着いたかは未だに充分解明されていません。ゴッホがいかにして我々の知るゴッホになったのか。本展では、その秘密を探ります。ゴッホ美術館とクレラー=ミュラー美術館のコレクションを中心に、約120点の名作の数々で構成される本展は、新たなゴッホ像の紹介を目指します。(公式HPより) ■ 感想 既に世間の評価も定まっている話ではありますが、やはりゴッホは色の画家だと思いました。正直言ってデッサンはそんなに上手い方ではないと思います。それこそ、元々絵が上手い人が、意図して自らの画風を求めてああした太く力強い線を追い求めるようになったとタイプではないように思います。でも、色は別なんですよね。その独特のコッテリとしとした色とマッタリとした筆遣いは、彼以外の作家では見た事がありません。ホント、彼以外には出せない色だと改めて感じました。 その色も、他人とは違う色を追い求めた結果たどり着いたものとは言えないような、本当に特異な色合いに感じました。それこそ彼は根本的に我々と見えている色が違っていたのではないか?とすら感じたのです。 そう、何か1つの色が意図的に誇張されているのではなく、全体の色のバランスが一定の法則のもとでズレているような感覚を覚えたのです。それ故、一般の人が見えている色(表現している色)ではないにも関わらず、全体的な色調のバランスは破綻していないような感じなのです。例えるなら、デジタルカメラのホワイトバランスが、ちょっとズレているかのような感じと言ったらよいでしょうか。 (上手く言い表せないのですが、画像の彩度やトーンカーブに手を加えているというより、晴天下であるにも関わらず、ホワイトバランスを「曇り」とか、「蛍光灯」にして撮影しているような感じと言ったらよいでしょうか・・・。というか、ホワイトバランスを正確に合せたつもりでも、カメラのセンサー特性や、エンジンの性能不足によって、若干赤被りが発生したり、青被りが出てしまうような感じと言った方が近いでしょうか。) そんな印象を持ったので、後で調べてみたところ、彼は色弱だった可能性があると知りました。実際にはどうだったのか判りませんが、仮にそうであったとしても可笑しな話ではないように感じました。 かといって、それが問題であったという訳ではないのです。それこそ、カメラの世界でもホワイトバランスがズレていても、何故か印象に残る写真もあります。というか、カメラメーカーの違いや、センサーの種類、画像処理エンジンの性能(キャラクター付け)などによって、同じ風景を写しても、まるで違った色が出て来るのが普通なわけで。寧ろそうした違いがあるからこそ、個性が出て楽しいくらいなわけで。 でも、仮に彼が色弱であり、我々とはちょっと違う色を見ていたとしても、絵具の色も同じようにズレて見えていたならば、結果として我々が見ている色と同じ色がキャンバスに再現されるのではないか?などという疑問も沸いて来たり。まあ、私はそうした方面に関して全くの素人なので、詳しい事は判らないんですけどね(^^; また、色弱であったために生み出された色が、当時の人々には正確性や再現性に劣ると捉えられ、その魅力が評価されない原因となっていたならば、それはとても哀しい事だと感じました。それが故に、彼は画家としての評価を求め、よりいっそう自らの色の再現に拘る事となったのかもしれませんけどね・・・。 何はともあれ、彼の出す色は私にとってやはり魅力的であった事には変わりませんでした。特に今回展示されていた作品の中では、「マルメロ、レモン、梨、葡萄」と、「サン=ミレ療養院の庭」という作品は強く印象に残りました。その生涯は決して楽なものではなく、寧ろ苦悩と孤独に満ちたものであったわけですが、彼がこうして残してくれたものがある事に深く感謝したいですね。 |
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■ 豊田市美術館 常設展示作品 ■ 豊田市美術館公式HP 半年程前に、「この1年で赴いた美術展について」という記事を書き、美術展に関して溜まっていた記事をUPしようとしていた私でしたが、リストとして記していたものの約半分までUPしたところで止まってしまっていたので、徐々に復活させたいと考えています。でも、未だに半分の量が溜まっているどころか、大滝渓谷に再び訪れた際の写真も溜まっているので、全てをUPするには年末どころか年始にまで渡ってしまいそうですが・・・まあ、細かい事は気にしないでいただければと・・・(^^; ■ 豊田市美術館のためのインスタレーション / ジェニー・ホルツァー / 1995年 (LED作品) ■ 「分類学(応用)♯3」ジョセフ・コスース 1995年 (壁のスクリーンプリント作品) 美術館の受付から2階、3階へと進めれるエントランス部分に常設展示されている作品です。この美術館に来た人は否応なく目に触れる作品でもありますね。ちなみにジェニー・ホルツァーによるLED作品に映し出される文字は、英語だけでなく日本語の常時も可能であり、その時々によって文面が変わったりします。時折、誰か(アーティスト)の詩のようなものも表示されるのですが、表示される文字数に限りがあるだけでなく、スクロールするスピードも案外速いので、ちゃんと読み通すのは結構大変だったりします(^^; ■ 童子神 / 高橋節郎 / 1995年 館内にある作品です。この美術館は、旧:童子山(どうじやま)小学校が建てられていた場所に建設されています。そこで作者である高橋氏は古くなった校舎の廃材を利用し、童子山の名を残したオブジェを記念として残したのだそうです。 今回、この常設作品類をUPしようと思ったのは、この「童子神」という作品を掲載したいと思ったからです。何処となく、静かな月夜に子供達を見守る「クリスマスツリー」というか、「守護神」のような存在に見えませんか?
■ ピアノ・宇宙紀行 / 高橋節郎 / 1995年 ■ 図書閲覧室の壁 この美術館をくまなく見学した事がある人ならお判りになると思いますが、この部屋はミュージアムショップの横にある「図書閲覧室」だったりします。何故にこの部屋の写真なんかを写しているかというと、それは入り口の上部の壁に妙なアート作品が掲げられているからです。(ちなみにこの部屋の入り口の外側にあるリーフレットやチラシなどが置かれている小部屋にも同様の作品があります。あ、この作品は「安心戦隊ALSOKイエロー」ではありませんからねw)
これ、なんという作品なのか美術館HPの所蔵作品リストや、ネットのキーワード検索などで調べたのですが、よく判りませんでした。うむ〜今度美術館に赴いた際、改めて確認しておこうと思います(^^; ちなみにこの作品、撮る角度によって、ちょっとセクシーな印象を覚える人もいらっしゃるかもしれませんw 実は・・・今回UPする写真は、去年の年末に撮影したものだったりします(^^; というのも、この中にある「童子神」という作品を、クリスマスツリー代わりにUPしようと思って、当時手に入れたばかりのコンデジを持って美術館へ撮影をしに訪れていたのです。(つまり、OPTIO S10で室内撮影した際、どの程度写せるのかテストも兼ねての訪問でもあったりします。なので、以前携帯電話のカメラで撮った対象を撮り直して、再度UPしていたりします。) しかしながら、去年の今頃は忙しかったりして記事にする時間が作れず、そのままクリスマスの日が過ぎてしまい・・・今年になって、ようやくお披露目できる事となってしまいました。まあ、今年に入ってから改めて撮りに行っても良かったのですが、その時間もなかなか作れなかったので・・・。で、今年の12/24にUP出来ればいいのですが、その日に確実にUP出来るか自信が無かったので、強引に今日UPしてみました。まあ、私はクリスチャンでもなんでもない無神論者なので、「クリスマス」というものは、あくまで気分だけのものなんですけどね(^^; ちなみに。これらの作品は常設展示されており、今も同じ姿を見る事が出来るハズです。( ちなみに今年の秋に美術館に訪れた際も、ちゃんと健在でした。しかし、「ピアノ・宇宙紀行」 高橋節郎のみ時期によって展示されてないケースがあるかもしれません。)現地へお訪れた際は、是非ご覧になってみてください。 |
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■ Play/Pray あそぶ美術、おもう美術 / 豊田市美術館 ■ 豊田市美術館 ■ 概要 この展覧会は、当初予定されていた、「ジョルジョ・モランディ モランディとの対話」が東日本大震災の影響を受けて中止となったため、その代替展として急遽企画されたものです。そのため、豊田市美術館の所蔵コレクションを用いて構成されていました。身近なものを用いた遊び心溢れるものや、祈りを捧げるかのように制作された作品が選ばれており、震災で傷つき疲弊した心を癒そうとの想いが込められたものであったようです。急造の企画であるものの、それなりのボリュームのものを用意できてしまうのは流石と言えるのかもしれません。 *)今回の展覧会は、写真の撮影が許可されていました。(室内でのホワイトバランスが安定していない部分があるため、実際の色合いと少々異なる場合があります。)美術関連の話題がまだまだ沢山残っているので、今回も写真を中心にサラっと紹介する感じで記事にさせていただこうと思います。(会場ではこの他にも沢山の作品が展示されていました。) ■ レゴブロックでなにかをつくろう / 2011 / 中原浩大 この作品は、中西氏の手によるというよりも、参加型のイベントで子供達がレゴで作った動物達をエントランスホールでインスタレーションとして展示したもののようでした。実はこの側に中西氏による巨大なレゴ・モンスター(顔らしい部分が無いアヒルのような意味不明な物体)も展示されていたのですが、その作品は個人的にはサッパリワケが判りませんでした(^^;それに比べて子供達が作ったこれらの作品は、実に素直で可愛らしく、かつ自由に見えてしまいました(^^; ■ フリスビーハウス / 2000 / カーステン・へラー 巨大なドームテントのような代物です。フロアに白色をしたまるいものがころがっているのが判りますか?これはネットとワイヤーで出来たフリスビーのようなもので、テントにあいた楕円の隙間目掛けて投げて遊ぶ事を想定しているのだそうです。とはいえ、展示室の中で実際に投げたりする事は出来ませんでした。その代り、このドームテント状の構造物の中には靴を脱いで入る事ができるようになっていました。中の様子はというと・・・ちょっと奇抜なカタチをしたテントだなぁと思ってしまいましたw ■ スペクトラム / 1979 / トニー・クラッグ これは作家が川べりで収集したプラスチック類の破片(ゴミ)で構成されているとの事。これらの破片は豊田で拾ったものではなく、作家の故郷で拾われたもののようです。遠くから見るとなかなかカラフルな色のグラデーションを見せてくれており、発想としての面白さがあるわけですが、現代社会に対する強烈な皮肉と嘆きが込められているのを感じずにはいられません。 ■ スパイロジャイラ / 1992 / トニー・クラッグ この作品もトニー氏の手による作品で、ここで用いられているビン類も拾ってきたもののようです・・・。 ■ 戦闘 No.1 / 1991 / イミ・クネーベル 塗られた色や筆のタッチ云々よりも、無数に走る引っ掻き傷の方に目が行ってしまう作品です。これはペインティングナイフによるものなのでしょうか?それとも別の道具による傷なのでしょうか?私では定かなものは判りませんが、作者の痛烈なまでの苦悩の思いをキャンバス上に叩きつけようとした痕跡であるかのようです。 ■ 無題 / 1989-90 / 村上友晴 ■ ミルクストーン / 1995・98 / ヴォルフガング・ライブ この作品、ぱっと見ただけだと、床に正方形の白い大理石が置かれただけに見える代物です。しかし作品タイトルには「ミルク」という言葉が用いられています。どういう事なのだろうと最寄のスタッフの方に伺ってみると、その大理石の上には薄く牛乳が張られているからなのだそうです。零れ落ちたりしないのは表面張力が働いているからとの事。また、本物の生の牛乳を使っているため、閉館後に牛乳を拭き取り、翌朝開館前に新鮮なものを張りなおしているそうです・・・。おかげで牛乳が変なニオイを発つような事はないのはいいのですが、何故牛乳を張る必要があるのかはよく判りませんでした・・・(^^; ■ 魚五匹 / 1987 / 宮脇綾子 常設展のコーナーで展示されていた作品なので、厳密にいうとこの特別展の作品の中にはいれられないのかもしれませんが、コレクションである事には変わりないので取上げてみたいかと。 身近にある布切れなどを張り合わせたアップリケ作品を作り出してきた宮脇綾子氏。いつ見ても宮脇氏の作品は対象に対する愛情と素材に関する遊び心が溢れていて、本当に凄いなあと感心させられます。ほんと、見ているだけでほっこりしてしまうのです。実際、素材となる布パターン(模様)や素材の質感を見事なまでに活かすセンスの鋭さには敬服してしまいます。身近なモノを利用して遊び心のある作品を生み出すアーティストという意味では、今回の展覧会の中で宮脇氏に勝る作家はいないのではないかと感じました。(作品はガラスの付いた額に収められており、正面からだと照明の映り込みが酷いため、斜めからUPで撮影しています。) |
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■ 体積の裏側 APMOA / 大西康明 ■ 愛知県美術館 常設展(所蔵作品)の展示コーナーへ移動すると、現代アートのインスタレーション作品が展示されていました。(この作品は厳密に言うと所蔵コレクションではなく、若手アーティストの支援を意識した紹介展示といった感じのものかもしれません。この美術館では時折そのような展示が成されているようです。) 今回展示されていたのは、白い展示室の中に非常に大きな半透明のポリエチレンシートが吊り下げられているという作品でした。。そのポリエチレンはしわくちゃであるだけでなく、ぐにゃぐにゃの黒い紐状のものが無数に絡みつき、その紐状のもので天井から吊るされていたのです。 作品の下を歩く事が可能だったので奥へと進むと、作品がゆらゆらと揺れるとともに、作品同士が擦れてサラサラとした音が聞こえてきました。素材の軽さ故に、人が動く程度で生まれる僅かな空気の流れにすら影響を受けてしまうようです。実際、非常に脆く儚い印象を与える作品だったと思います。 とはいえ、幻想的な綺麗さがあるのかというと、必ずしもそうでもないといいますか。というのも、ぐにゃぐにゃの黒い紐状の物質の絡み方は、蜘蛛の糸が絡みついたかのようでちょっと不気味チックでもあったり。それに、その無数の黒い紐が天井から垂れ下がっている様子は黒い雨が降っているかのようでもあったからです。それこそ雨雲の内側を天地逆にした状態で見ているかのようか感じといったらいいでしょうか。ちなみのその黒い紐は粘性のある接着剤を垂らして紐状にしたものなのだとか。成る程・・・それでこれだけぐにゃぐにゃなのかと思うと共に、不思議な作品だなぁと感じました。 |





