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新所蔵品展 豊田市民芸館

■ 第74回企画展
■ 会期:2009年6月2日[火]〜8月30日[日]
■ 豊田市民芸館HP

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先日、豊田市民芸館へ訪れました。豊田市美術館、蔵ヶ池アートサロンを巡った後であったため、閉館まであと30分あるかどうかというタイミングでの訪問となってしまいました。そのため、第一民芸館に入ってみると、既に照明が落とされてしまってました。どうやら閉館の準備に入ってしまっていたようです(^^; しかし、折角なのでちょこっとでも良いので見学できないか伺ってみると、快く照明を付けていただけました。とはいえ、そんなやりとりをしている間に、どんどん時間も経ってしまい・・・。それこそ、第二民芸館までは見る事が出来ましたが、第三民芸館に関しては、流石に間に合いませんでした・・・。でも、そんな短い滞在時間の中でも、面白そうなものを幾つか写真に収める事が出来ました。

■ 第一民芸館の中の様子
以前、記事にした際に第一民芸館の外観を紹介しましたが、その内側はこんな感じです。こんな感じで、一昔前の衣服や生活用品などの民芸品が保存、展示されている施設なわけでです。特にこの第一民芸館は衣類の展示が多いように思います。

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■ デカンタ
綺麗なシルエット、そして綺麗な青色をしていますよね。流石にポスター画像に採用されているだけの事があります。今回の訪問は、こうした美しいガラス製品が多数あるのでは?と期待してのものだったのですが、これに近いレベルを保持するものは、他には置かれていませんでした。その代わりといってはなんですが、違う意味で非常に興味深いものが幾つか展示されていました。そう、下記の写真のものがそれにあたります。

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■ 茶碗・弁当箱・水筒
星飛雄馬、オバケのQ太郎、サザエさん、そしてペコちゃんです。う〜ん、レトロなキャラクターがイッパイですよねw 他にもパーマンとかもあったりしましたw 今時の子供だと、男の子なら平成版の仮面ライダーとか、ポケモンのピカチュウとかになったりするんでしょうか??

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こちらは赤胴鈴之助とガッチャマンの弁当箱。そしてTV初放送から30周年が経過したと話題になっているガンダムの水筒ですw そういえば、私が保育園か小学校の低学年だったころ、ガッチャマンの水筒を持っていたような、持っていなかったようなアヤフヤナ記憶がうっすらと浮かんできました(^^; 今時の子供たちは、こんなの使った事もなければ、見たこともないかもしれませんね(^^;

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先にも書きましたが、時間の都合上、第3民芸館にまで立ち寄る事が出来なかったのが残念でしたが、個人的に懐かしさを感じられるモノにめぐり合えたのは良かったです。っていうか、私が子供の頃に見たようなものが、既にこうした資料館に保存される時代になっている事に、色々な意味で感慨深いものを感じてしまいました(^^;

瀬戸蔵ミュージアム

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瀬戸蔵ミュージアム

■ 公式HP
瀬戸蔵ミュージアムは、瀬戸の伝統産業であるやきものづくりを核に瀬戸の特徴的な建物のジオラマ復元や窯業関連道具の展示、瀬戸焼の歩みなどを紹介するとともに、多様化する現在のせとものや新たなせともの像を提示する産業観光という視点に立った展示展開を行っていきます。

先日瀬戸市美術館に訪れた足で、こちらの施設にも立ち寄ってみました。正直言ってあまり期待していなかったのですが、予想以上に楽しむ事が出来ました。

■ 瀬戸電
中に入ると、この地に昔走り、人々の足であると共に窯業製品の大量輸送を期待された「瀬戸電」の車両と共に、平成13年に解体された『尾張瀬戸駅』(TOP画像)を模した光景が現れます。無論、この電車は動きはしませんが、中に入る事が可能になっています。(っていっても、電車の中は半分しか再現されていないんですけどね(^^; この電車には、子供の頃に1回か2回乗ったかどうかという怪しい記憶しか残っていませんが、走っているのは何度か見かけており、懐かしかったです。

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■ 陶房(モロ)
かって瀬戸市に数多くあった『陶房(モロ)』と呼ばれ瀬戸物を作る工房が再現されていました。1個の小さなモーターで、材料となる粘土を混ぜたり、ロクロを回したりと、複数の機械を駆動させる装置を再現していました。また、それらの様子が実際に動くだけでなく、モロの様子を3Dで再現したCG映像もモニターに映し出されており、非常に凝ってました(というか、お金掛けすぎですってくらいに感じる程でした(^^;でも、その分、確かに判りやすかったです)こちらはそのモロの外観の写真です。

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こちらはモロの内側の写真。陶器に色を塗ったりする作業を担当する場所です。

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こちらはロクロが2つ並んでます。

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これは、モロの外にある窯ですね。暗くて写せませんでしたが、この隣には大きな煙突まで再現されていて、驚きました(ホント、お金掛かってます。)

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■ 展示室
モロの展示の奥には、瀬戸物の材料、工具、工法等を詳しく解説した展示室が設けられていました。それこそ、土の採取、型の取り方、ロクロの種類や、絵付けの際の転写技術、上薬の種類や、焼く温度による色の違い、等、事細かに展示されています。

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このミュージアムは、2フロア構成になっており、上部の階層においては、瀬戸物の歴史が詳しく展示されていました。ちなみに、瀬戸物は5世紀頃、今の名古屋市の東山の辺りに発祥した焼き物の技術が、豊田市の猿投の方面に移行し、そして現在の瀬戸市の方面に移っていったもののようでした。また、岐阜の多治見等の方面にも移っていったり、そして時代を経て瀬戸市にその技術が戻ったりと、時代によって色々と紆余曲折もあったようです。今は、そうした瀬戸物の生産量も激減し、瀬戸市においては食器類の生産はごく一部の生産に落ち込んでいるのだとか。また、海外に向けて輸出されていたノベルティと言われる陶器で出来た置物類も以前のように売れなくなり、悩ましい状況になっているのだそうです。

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ちなみにこのミュージアムの中には、『蔵の庭』という呈茶コーナーがあり、有料で抹茶などをいただく事が出来るそうです。それこそ、50点ほどの種類の碗の中から、自分で好きな碗を選んでいただく事が出来るのだそうです。(折角の機会だったので利用してみたかったのですが、既に閉館間際であったため、残念な事に当日はこのコーナーが終了してしまってました・・・)

■ 北川民治氏の壁画
この博物館がある瀬戸蔵という建物の東側の外壁には、北川民治氏による壁画が備え付けられています。元々はこの地にあった、旧瀬戸市民会館のために、昭和33年に制作されたもので、平成17年にこの場所に移築されたのだそうです。左から「陶土の山と採掘夫」「ロクロ場風景」「登り窯」と題が付けられているそうで、瀬戸市で焼かれたモザイクタイルで作られているそうです。ちなみに施設の1階には、飲食店や、瀬戸物のお土産屋さんもありますよ。

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なかなか立派な博物館ですよね。それこそ、展示物が実際に動いたり、モニターに詳しい解説が映し出されたりしていて、まるで科学館か何かのようです。しかも、判りにくい人や、もっと話を聞きたい人に対して、ガイドボランティアの方が、無料で詳しい話を聞かせてくれるという親切ぶり。もう、至れり付くせりです。実際、そのガイドの方に特に食器類を大量生産する際の型の話や、転写技術について伺うと、色々と面白い話を聞かせていただけました。例えばこんな感じです・・・

Q1) 例えば急須のような陶器を大量生産する際、型に粘土を流し込むというけど、中の空洞部分はどうやって作るのか?
A1) 型にドロドロの粘土を流し込む。一定の時間を掛け、ある程度乾燥させる。すると型の方に水分が吸収される事で、粘土は型に触れている外側の部分から乾燥しだす。粘土の内側はなかなか乾かないので、一定時間経過してから、それを出してやると、型の内側部分に一定の厚みをもった粘土がへばり付いた状態で残る。それをさらに乾かすと、急須の形の粘土が出来る。

Q2) 型から粘土を取り出した際、バリのようなものが出来るが、あれはどうやって綺麗に取り除くのか?
Q2)型から取り出した状態では、カチカチに乾いているわけではないので、男性のT字の髭剃りのような金具を使う事で綺麗に削れる。また、上薬を塗る事で、多少の凹凸は目立たなくなる。

等など、色々な話が聞けて、本当に面白かったです。失礼ながら、以前訪れた事のある愛知県陶磁資料館は非常に地味な昔ながらの施設でしたが、こちらはいかにも現代的な感覚で演出した「楽しめる」博物館でした。

民芸品の中のくるま / 豊田市民芸館

■ 期 間:2008年12月16日(火)〜2009年3月1日(日) 入館 有料 ■休館日:月曜休館
■ 豊田市民芸館公式HP

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■ 内 容: 豊田市は世界に知られたクルマの町。今回は、「車(くるま)」をテーマとして、民芸品の中にある乗り物(御所車、汽車、人力車、自転車、自動車)や、車簟笥、糸車、井戸車といった昔の生活道具や、郷土玩具など「くるま」の形や文様を関係資料とともに展示します。また「くるま」のデザインを通じて、明治、大正、昭和の豊田市を中心とした乗り物にも迫ってみます。民芸品の中の美しい「くるま」は、私たちの心の潤いを運んでくれることでしょう。

鞍ヶ池アートサロンを訪れた後で、豊田市民芸館にも立ち寄ってみました。今回は、「民芸品の中のくるま」がテーマであるそうです。

■ 第2民芸館
今回の企画展は、第2民芸館をメインに展開されていました。その展示の様子はこんな感じでした。中央には、古いタイプの自転車、スーパーカブ(バイク)や、ペダルを回して走る子供用の自動車(遊具)や、三輪車、手押し車等が見えます。それを囲むように、壁面に用意されたショーケースには、古いおもちゃや、器などのものが展示されていました。

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■ 遊具(乗り物)
どれもこれも、懐かしいですよね〜。特に、中央の手押し車が可愛らしいです。今時の子供はこんなので遊んだ事ってあるのでしょうか?(左の自動車はデザインが古いですよねえ。流石に私が子供の時代には、もう少し現代的なデザインのクルマになってましたし、素材もプラスチックが多用されていたかと思います。)

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■ 山車
山車の模型が沢山展示されていました。そういえば、エンジンが付いていないものでも、車輪が付いているものは案外とあるものですよね。(昔はそれこそ、無い方が当たり前だったわけですし)

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まるでねぶた祭り辺りにでも出てきそうですね。それにしても良く出来てます。

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■ 牛車
それこそ、こうした牛車の方が、昔の人には生活に密着したものであり、有難い存在だったのでしょうね。それにしても、この牛の表情が可愛いですよね。

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■ トヨタスポーツ800
このようなミニチュアカー(といっても、古いおもちゃ)も展示されていました。トヨタ2000GTや、トヨペットクラウン、初代セリカ等のものもありました。私が子供の頃は、こうした大きなミニチュアカーではなく、トミカが一般的で、その後にチョロQなんかが流行ってましたね。そういえば、スーパーカー消しゴムなんてのもありました・・・ウルトラマン消しゴムや、キン肉マン消しゴムが流行る前の時代ですね・・・(^^; それにしても当時の車は、どのメーカーのものでも、スタイルが個性的でカッコイイですよねえ。現代のように、空力や、重量配分、安全性等に配慮すると、似たようなデザインコンセプトになってしまうのは仕方ないのですが、それにしても昔の車のデザインは自由度が高く、グラマラスでカッコイイと思います。

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■ ダイハツ ミゼット
ちなみに、ダイハツのオート3輪車である、ミゼットの実車も展示されていました。これも可愛いですよねえ。ちなみに、映画「ALWAYS・続 三丁目の夕日」のオープニングにも出てきましたが、本物ではあのようにカッ跳んだ走りは出来ません(初代の3丁目の夕日は大変面白い映画だと思いますが、「続」の方のオープニングシーンは、あまりにヤリスギで好きになれませぬ・・・)。

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他にも色々と展示されていたのですが、ついついクルマ関連や、おもちゃ関連の物に目が行ってしまいました(苦笑) まあ、男の子だから仕方ないですよね(^^; それにしても懐かしいですよねえ。最近の子供は、Nintendo-DSとか、PSPとか、Wiiとかばかりで遊んでて、こうしたおもちゃなんて見たことなかったりしそうですよね(^^; それこそ、プラモデルでクルマとか飛行機とか作ったりするのも少数派だったりするのでしょうかねえ。まあ、これからの時代は、環境に則したエコカーが主流となり、スポーツカーやスーパーカーに憧れるような感覚は薄れてゆくものなのかもしれませんね。

歴史への誘い 武士・信仰・民衆 未公開資料が語る郷土岡崎 / 岡崎市美術博物館

■ 開催期間:11月29日(土) 〜 2009年 2月1日(日)
■ 公式HP

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岡崎市では、郷土ゆかりの貴重な文化財や美術品などを、後世に伝え、活用するために、多くの方々から資料の寄託や寄附を受け入れるとともに、資料の購入を行っています。これらの資料は、郷土岡崎の悠久の歴史と多彩な文化、そして人々の営みやその中にこめられた思いを、現代に生きる私たちに語りかけてくれます。本展では、近年新たに収蔵された博物資料のうち、未公開のものを中心にご紹介します。
「黒漆塗本小札紺糸威胸紅腹巻」をはじめとする武家資料、甲山寺や高隆寺の仏画や経典など深い信仰のなかから生まれた寺院資料、小野家(糸惣)や岐阜屋など岡崎の人々の営みを示す商家資料、国分伯機の書斎で、城下町岡崎の文芸サロン「市隠亭」に集った人々の漢詩類や岡崎に宗?流を広めた富商太田便山ゆかりの茶道具などの文芸資料、大樹寺障壁画(重要文化財)を描いた復古大和絵派を代表する画家、冷泉為恭筆「天保施米図」(重要美術品)など岡崎ゆかりの多様な資料を一堂に展示します。多くの人々の手により守り、伝えられてきた資料を通じて、郷土岡崎の歴史と文化により一層の理解を深めて頂くとともに、本展が新たな歴史の扉を開く一助となれば幸いです。

今年最初に訪れた文化施設は岡崎美術博物館です。個人的な所用で岡崎方面に出かけた際、ちょっと時間が出来たので寄ってきました。今回の展示は、岡崎市に縁のある歴史的な品々を展示しているものでした。その中で気になった作品をいくつかピックアップしてみたいかと。

■ 阿弥陀仏三尊如来図《岡崎市指定文化財》 室町時代 高隆寺町・高隆寺
岡崎市高隆寺町にある天台宗の寺である高隆寺に収められていた掛け軸。天台宗の阿弥陀如来信仰に基づき、飛雲上の踏割蓮華座に座る阿弥陀如来が、蓮台を持つ観音菩薩、合掌する勢至菩薩とともに浄土より来迎する様子が描かれているとの事。黒と金で描かれた仏様。品の良さと、渋みが共存する日本画でありながら、現代のシックなゴージャス感にも通じるものを感じてしまいました。温和で優しげな仏様の描写が見事なのは無論の事、ベタに塗りつぶされた背景の黒い色の均一感に関心してしまいました。よくぞムラ無くこれだけ均一な色調で塗り分ける事が出来るものですね。それとも一端、前面を黒で塗った後に、金色で上塗り(重ね塗り)して仏様を描いているのでしょうか? 思わずどのように描いているのか、その様子を見てみたいと思ってしまいました。

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■ 三千仏図《過去幅》 室町時代後期 六供町・甲山寺
岡崎市六供町にある天台宗の寺院である甲山寺に収められているもの。過去・現在・未来の三世に現れる各千体の仏を描いた図で、それぞれのテーマに則し、3枚の絵が存在する。(ぱっと見の見た目は殆ど同じ。)年末に一年の罪をざんげする仏名会(ぶつみょうえ)の本尊であるとの事。よくもこれだけの仏様を描いたものですよねえw 失礼ながら、なんだかミニチュアの仏様がイッパイ並んでいるようで、可愛らしいというか、妙に微笑ましく感じてしまう程でした。その緻密感と均一感には、デザインアートにも通じるセンスを感じてしまいました。

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■ 紫式部 冷泉為恭筆 江戸時代後期 岡崎美術博物館所蔵
驚く程の細い線(本当の髪の毛のように細い)を使って描かれた、紫式部の肖像画。今年2008年は「源氏物語」が書かれてから、ちょうど一千年という事もあってなのか、源氏物語の現代語訳の書籍や漫画が流行したり、ドラマ、スペシャル番組等が組まれていますね。当時の時代において、不倫姦通純愛まで描いたこれだけの恋愛大河小説が存在していたのは、世界的に見ても非常に珍しいものであったのだとか。しかも女性によって、「ひらがな」で書かれている点も、注目に値するのでしょうね。そのような紫式部は、果たしてこのような容姿をしていた方なのでしょうか。

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他にも魅力的な品々が多数展示されていたのですが、実は閉館まで30分程度しかないという状況での見学だったので、あまり詳しく見る事が出来ませんでした。しかし、そのような短時間でありながらも、、入場料300円は十分回収出来る内容でした。それこそ下手な郷土資料館の展示物より、余程楽しめる内容でした。というか、私の場合、歴史的背景を学ぶというより、美術品としての造形美を楽しんでいたと言えるのかもしれませんが・・・。可能なら、もっと時間の余裕のある状況で訪れたかったです。

横井庄一さんのくらしの道具 / 名古屋市博物館

■ 期間:平成20年6月25(水)〜8月24日(日)
昭和47年1月24、グアム島で元日本兵士「横井庄一」さんが発見され、2月2日に帰国されました。28年に及ぶグアム島での生活で、横井さんが使用されていた衣服や、生活道具を展示します。

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■ 名古屋市博物館公式HP

名古屋市博物館2階の常設展示室フロアの一角で、「横井庄一さんのくらしの道具」展が開催されていました。失礼ながら、何故この施設で横井さんの道具展が開かれているのだろうと思ったら、横井さんは名古屋市出身の方だったそうです。

横井さんはグアム島の森で、パゴ(ハイビスカス)の木という繊維質の木から、服を織る機織をつむぎ出したり、ココナッツの実でおわんを作ったり、魚を取るかご等の生活道具を自ら作り出していたそうです。

■ パゴ(ハイビスカス)の木
一見、乾いた竹のようですよね。

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■ パゴをほぐした様子

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■ 自ら編んだ服

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■ 魚を取るかご

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■ 補修して使っていたやかん
お湯を沸かしたりするやかんや、飯ごうの底に穴が開いてしまったのを、自ら補修までしていたのでだそうです。(矢印の部分がそれにあたります)

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よくぞこれだけの物を無の状態から生み出せたものですよね。当初から1人ぼっちに追い込まれた状況ではなかったろうと思いますが、その器用さと、サバイバル精神に驚くばばかりです。ただ器用な素質があったというだけでなく、何度もトライアンドエラーを繰り返しつつも、生き延びるためにはやるしかなかったという事なのかもしれませんね。それこそ、戦争が終結しているとは知らず、見えない敵の姿に常に怯えながら生き延びるというのは、非情なまでに孤独で耐え難い世界であったかろうと思います。それでも尚、生き延びてこれたのは、大義名分を信じていた、いや、死んでいった戦友達のためにも、生き延びる事が使命であると感じていたのかもしれませんね。「恥ずかしながら帰ってまいりました」という有名な台詞がありましたが、ちっとも恥ずかしくないどころか、本当にお疲れ様でした。と伝えたいですね。

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