THE JOSHUA TREE / U2
1月2日の夜中に、NHKでハイビジョン特集「宇宙船ウェイクアップコール〜21世紀の飛行士は何を感じたのか〜」がやっていました。宇宙船の中では、昼と夜の世界の区別が無い為、NASAのミッションで宇宙に上がった飛行士達には、朝の目覚めの為にウェイクアップコールとして、好きな曲をリクエストしてかけて貰う慣わしがあるのだとか。その番組の1曲目として、U2 の Beautiful Day がかかっていました。その曲は近年テクノPOP寄りになって来ていたU2のサウンドが、往年の THE JOSHUA TREE 時代のサウンドに原点回帰したかのようだと評されたものでしたね。あの曲を聴いた瞬間、ふとこのアルバムを記事に取り上げてみたくなりました。
そういえば、このU2というバンドは、そのサウンドに変化が大きなバンドですよね。攻撃的でガレージパンク的なフィーリングも漂う乾いたサウンドから、澄んだ空気と壮大さを感じさせる幻想的なサウンドに変わり、ディスコティックなテクノポップ調に変わったり、ノイジーでヘビーなサウンドに変わったり。世界に名だたるロックバンドでありながら、こうもサウンドやルックスの変わったバンドもそうそうないのではないかとも感じます。
それこそ幾たびも、ルーツミュージックは何なのだ?何をやりたいのだ?何処へたどり着きたいのだ?今までのファンを裏切りたいのか?という質問が彼等に浴びせられましたよね。その度に、彼等は今の自分達がやりたいと思うサウンドを作り出しているだけだ。と答えて来た彼等でしたね。
私も初めて Achtung Baby を聴いた時は驚きました。RATTLE AND HUM 以来、3年振りに発売されたフルアルバムのサウンドは、今までのU2と余りに様変わりしていたからです。その時の1stシングルの Flyのサウンドをカッコイイと思う部分はありながらも、その派手な立ち回りを見せるU2の姿は、聖なる地をもとめ砂漠を歩き続けるかのような聖者のような従来のイメージと180度違っていたと言っても良いものでした。
その時の彼等は、周りから勝手に期待され、植えつけられたイメージによって窮屈さを感じ、自由を失い、辟易していた部分もあったとインタビューで答えていたように思います。
それこそ、一つの到達点と言えるあれだけの曲だからこそ、類稀な名曲と言えるわけで、売れるからと、ワザワザ似たようなモノをリクエストされた通りに作り出しても、それはコピーでしか無く、魂のが籠もっているモノではない。それこそ、ワザと生み出したものなど、曲として価値など無い。自然発生的なモチベーションから生み出されたモノでなければ意味が無いと感じていたのではないでしょうか。
また、スタイルとして、素朴なファッションで活動していても、現実には巨万の富と名声が転がり込み、周りはグルーピーで埋め尽くされ、プライベートもあったもので無ければ、世界観や生活観に変容がもたらされてもおかしく無かったのでしょうね。
だからこそ、周りから勝手に押し付けられるイメージを覆したい。もっと新たな領域に飛び込む自由さが欲しい。過去を否定する気はない。今もそうした部分は十二分に持ち合わせている。でも、皆からすれば新しい表現分野であったり、違和感を感じる部分があっても、それが僕等なんだ。それでも狂信的に僕等にsomethingを求めてくるのか?逆に言えば、自分達の音楽性が変わったなら、君達は付いてこれるのか? そんな問いをファンに投げかけたかったのかもしれませんね。
そうしたU2の動きに、私は少々戸惑いつつも、理解を示しCDを買い続け、1993年、東京ドームで公演された『ZOO TV TOUR』も見に行きました。でも、その『ZOO TV TOUR』を見て、期待を裏切られたような思いがありました。やはり派手にショーアップされ、昔のU2の渋さが何処にも感じられなかったのです。私が見たいU2の姿と違っていたのです。私の聴きたいU2とサウンドと違っていたのです。(これは、学生時代から、何十回もライブ映像作品である RATTLE AND HUM を見ていた事によるものかもしれません。)
そう、私の好きなU2は、このアルバム、THE JOSHUA TREE と、RATTLE AND HUM の頃のU2なのだと。あの頃のように、自分達の理想に対し、熱く、情熱的で、真摯な思いを抱き続けているU2が好きなのだと再認識したのです。それこそ、当時のU2は、私の最も好きなロックバンドであり、理想の姿そのものだと感じていた程でした。
しかし、不思議なものです。いくら理想のサウンドが存在しようとも、その音だけを聴いて過ごし続ける事は出来ないものです。誰しも他のバンドのロックを聴くだけでなく、全く違うジャンルの曲を聴くものです。そこそ私は、ありとあらゆるPOPSを聴くだけでなく、邦楽も聴きます。それどころか、音楽のみならず、アートやテクノロジーやスポーツ等、ロックの趣向性と全く違うジャンルのものも好んで楽しみます。それこそ、このBlogの記事で取り扱うジャンルの広さがそれを表してますよね^^;
むしろ、多種多様なモノに触れ、常に新しに出会う事で、自分の中の本質を見つめる事が出来て、その結果として人を成長させる事が出来るのではないかと感じています。そして常々思うのは、私自身の本質というものは、そうそう変わっていない。いや、変わる事など出来ないのだな。と感じます。
私自身が成長するにつれて、こうした思いが出て来る事で、彼等の音楽性に対する目が変わって着ました。そう、私如きが言うのはおこがましい事かもしれませんが、彼等の音楽もそういうものなのではなかったのかと感じるのです。
どの時代におけるどのサウンドも、彼等にとっては、自身への探求そのものであり、その時点での到達点ではあろうとも、決して終わりではない。正に、音楽性がいくら変わろうとも、彼等のスピリットは、 I Still Haven't Found What I'm Looking For のままであり、捜し求めているモノを、今も探し求めている行為を、地で行っている奴等なのだと感じるようになったのです。
ある意味、不器用な生き方かもしれません。とても遠回りの行き方なのかもしれません。その音楽性の全てが、自分の好みと言えるものではないのかもしれません。でも、そうした姿をさらけ出しているからこそ、彼等は唯一無二の存在として存続しつつけ、支持されているように感じます。
そうした視点で彼等を見る事が出来るようになりなったのは、私にとって幸運でした。それこそ、 VERTIGO などは、今までのサウンドの集大成的なサウンドでありつつ、他のバンドでは作り出すことの出来ない新しさも感じさせるものだと感じています。でもやはり、私の好きなU2はどの時期かと言うと・・・THE JOSHUA TREE と、RATTLE AND HUM の頃だなぁと感じますw
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