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書庫映画 (洋画)

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■ 2004年/127分
  イギリス・アメリカ・メキシコ・ドイツ・フランス・アルゼンチン・キューバ・チリ・ペルー
■ Diarios de motocicleta / Motorcycle Diaries
■ 原作:チェ・ゲバラ(本名:エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ)
  『チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記』
■ 監督:ウォルター・サレス
■ 製作総指揮:ロバート・レッドフォード/ポール・ウェブスター/レベッカ・イェルダム
■ 製作:マイケル・ノジック/エドガード・テネンバウム/カレン・テンコフ
■ 脚本:ホセ・リベーラ
■ 出演者:ガエル・ガルシア・ベルナル/ロドリゴ・デ・ラ・セルナ
■ 音楽:グスターボ・サンタオラヤ
■ 撮影:エリック・ゴーティエ
■ 公式HP
■ wikipedia:モーターサイクル・ダイアリーズ

モーターサイクル・ダイアリーズ

 革命家チェ・ゲバラ(本名:エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ)の若き日の南米旅行の著作『チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記』をもとに製作されたロードムービーです。何時も映画を見るときと同じように、全くと言ってよい程予備知識の無い状態でこの映画を見ましたが、非常に良い映画でした。

 多分この映画は、夜21時代の地上波の映画枠で放送されるような事は無いタイプの作品です。それこそ、放送される事があっても、深夜枠でひっそりと放送されるタイプといった感じでしょうか。でも、その放送を知ったなら、未見の友人に知らせたくなるような良さの有る映画といった感じではないかと思います。むしろゲバラの名の事など無視して、この作品を普通に良い映画だとして多くの人に見てもらいたい。そんな作品ではないかと思います。*(ちなみに6/1日まで、無料動画配信サイトであるGyaOで無料で見られます。)そんな映画の感想を述べてみたいかと。

 人との出会いと別れというものは、人の人生を変えてしまう事がある。意図せずとも人の心に深く楔を打ち込み、その事が頭から離れなくなってしまう事がある。そんな心にしまっていた大切な人達との出会いと別れ・・・。その時の切ないまでの想いを思い出させてくれる映画でした。

 それこそゲバラの名があろうとなかろうと、青春映画として、ロードムービーとして、非常に良く出来た映画だと思います。それでも尚、ゲバラという人に関心を寄せずには居られなくなる映画といったところでしょうか。そして自分自身を見つめ返さざるを得なくなる映画といったところでしょうか。

 自分自身が居るべき場所はこの場所なのか。この場所は本当に望んで進んできた場所であるのか。本当に進むべき場所は何処にあるのか。常にそうした事に自問自答し、歩んで来たつもりであったとしても、今一度問い返さざるを得なくなる。そんな映画であったかと思います。

赤いアモーレ


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2004年イタリア・アカデミー賞(ドナテッロ賞)で最優秀主演女優賞と男優賞のW受賞作品。
■ NON TI MUOVERE / DON'T MOVE
■ 2004年/イタリア/121分
■ 原作 マーガレット・マッツァンティーニ(日本語訳題名「動かないで」)
■ 監督 セルジオ・カステリット
■ 脚本 セルジオ・カステリット
■ 出演 ペネロペ・クルス/セルジオ・カステリット/クラウディア・ジェリーニ
赤いアモーレ公式HP

赤いアモーレ / NON TI MUOVERE

 以前見たこの映画の感想を書いてみたいかと。ネタばれありの感想です。

 なんというか・・・主人公の女性の描かれ方が余りに酷くて・・・。見ていて非常に辛くなる映画でした。

 医者として成功し、美しき妻と娘の居る暮らしを手にいれた男。人も羨む程の生活を手にいれておきながら、自らの自由の無い生活に倦怠感を抱いている男。しかしながら、優柔不断な性格ゆえに、その生活から抜け出す事が出来ない男。その男が衝動的にとった行動は、目の前に偶然現れた女性を強引に犯してしまうというものだった。しかも男は、その女が社会の底辺に居る事を利用し、何度もその関係を求めてゆく事となる・・・。普通ではありえない行為。普通では受け入れる事など出来ない関係。であるにも関わらず、いつしか女もまた、男が来る事を待ちわびるようになる。それは彼女の暗く歪んだ過去がそうさせてしまっているのであった。しかし、歪んだ出会いによって続けられた関係は、そうは長く続かなかった・・・。

 私はこの映画を見て、なんて男のご都合主義な目線で描かれた作品であろうかと感じました。彼がそのような行為に至る理由とか、何故彼女でなければならなかったのかといった点は明確に描かれているわけでもなく、最初は単なる欲望の捌け口にしか見えない程で・・・。ホント、なんて身勝手な男なのだろうと感じますよね・・・。それこそペネロペ・クロスはこのような役によくぞ挑んだものだと思った程です。それこそ、この映画に対して憤怒する女性が居ても可笑しくはないとすら感じた程です。にも関わらず、この映画、及び原作は、イタリア本国で非常に高い評価を得ているのだとか。しかも原作の著者が女性であるという事に驚いてしまいました。

 一説によると、主人公の女性の行動は、キリスト教的な世界感でいうところの「無償の愛」のカタチだという事ですが・・・。交わす言葉が多くは無くとも、この世界において本当に自分の事を求めてくれる唯一の存在。自分がこの世において、男であるという事、そして女であるという事を気付かせててくれる存在。どのような出会いであったといえ、そうした存在と求め合えるという事は、一つの幸せであるのかもしれない。それは愛としての一つのカタチなのかもしれない。ともすれば、真実の愛といえるものがあるのかもしれない。そうした事を表したい作品なのだろうとは思います。それこそ、このような女性が本当に居たのだとしたら、心奪われずには居られないのかもしれません。幸せのカタチなどというものは、個人によって異なるものであり、他人の尺度では測れないものなのかもしれません。

 でも、そうした事を物語として表すにしても、あまりに彼女の生い立ちや、男との出会いが酷すぎて・・・。彼女が慈悲深いというよりも、あんな優柔不断な男の愛ですら大切なものとして受け止めざるを得ない彼女の境遇があまりに気の毒で・・・。ホント、見ていて辛くなる映画でした。

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■ 1987年/イギリス/116分 
■ 原作:グスタフ・ハスフォード
■ 監督:スタンリー・キューブリック
■ 製作総指揮:ヤン・ハーラン
■ 製作:スタンリー・キューブリック
■ 脚本:スタンリー・キューブリック/マイケル・ハー/グスタフ・ハスフォード
■ 出演者:マシュー・モディーン/ヴィンセント・ドノフリオ/R・リー・アーメイ
■ 音楽:アビゲール・ミード
■ 撮影:ダグラス・ミルサム
■ 編集:マーティン・ハンター
■ wikpedia フルメタル・ジャケット

フルメタル・ジャケット / FULL METAL JACKET

 S.キューブリック繋がりで、この映画の事も取り上げてみたいかと。ネタばれありの感想です。

 なんというか、正常な精神が壊れてゆく様を見せられているような映画といったところでしょうか。

 理不尽なまでに浴びせられる罵声。延々と肉体を苛め抜き、個人としての価値観を捨てさる事を求められる世界。それは、強靭な肉体とタフな精神が要求される戦闘訓練の世界。無論、あの訓練について行けない者は、何が起こるのかわからない戦場では、生き抜いてゆく事など出来ないのでしょう。戦場でパニックを起こしてしまう事は、仲間全員を危険にさらしてしまう事に直結します。であるならば、早くから脱落してくれる方が有り難いのかもしれません。(とはいえ、ハートマン軍曹の名調子というか、罵言雑言には凄いものがありましたね。実際の訓練の現場では、もっと凄いものらしいですが・・・。

 そこまでの事をするのは、果たしてなんのためなのでしょう。行った事の無い地で戦い。見た事の無い相手と戦うためでしょうか。一瞬の躊躇いが、自らの死に直結する戦場において、躊躇い無く引き金を引くためなのでしょうか。とはいえ、何故その戦場に赴き、戦う必要性があるのでしょうか。その戦闘訓練は、自らの人間性を断ち切り、そうした疑念すら消し去るために行われているのではないのか。それこそ、その「一線」を越えるための狂気を身にまとうために行われているのではないのか。そんな気にさせられました。

 とはいえ、そこまでして戦場に赴いても、たった一人のスナイパー(ベトナム人の少女)に翻弄される兵士達。あれほどの幼い少女までもが、たった一人で武力と物量に勝る敵(アメリカ兵)と戦う必要がある国(ベトナム)が置かれている状況は、どのようなものなのであるのか。それこそ、あれほどの若い少女までが戦う事に迫られるベトナム人の覚悟と、どこか浮ついたアメリカ兵達との覚悟には、比較にならない程の差があるのではないのか。「戦う理由」と、その「確固たる覚悟」の部分において、本質的な差があるのではないのか。それは、どのような訓練を繰り返しても、決して埋まるものではないのではないのか。たとえ戦場で生き残っても、その果てにあるのは誇りではなく、「空しさ」しかないのではないか。その差に気づく事の出来ないアメリカは、どれだけ戦っても勝てる事はないのではないのか。

 薄々そのことに気づいても、一兵士にとっては戦場を歩き続けるしかない・・・。今更疑問に思っても、戦場ではどうする事も出来ない。正常な精神など、国に置いてくる事しか出来ない。そんな印象を受ける作品でした。

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■ 1972年/イギリス/136分 
■ 原作:アンソニー・バージェス
■ 監督:スタンリー・キューブリック
■ 製作:スタンリー・キューブリック
■ 脚本:スタンリー・キューブリック
■ 出演者:マルコム・マクダウェル/パトリック・マギー/マイケル・ベイツ
■ 音楽:ウォルター・カーロス
■ 撮影:ジョン・オルコット
■ 編集:ビル・バトラー
■ wikpedia:時計じかけのオレンジ

時計じかけのオレンジ / A Clockwork Orange

 S.キューブリック繋がりで、この映画の事も取り上げてみたいかと。先日ようやくにして見る事が出来ました。ネタばれありの感想です。

 確かに強いインパクトのある映画でした。とは言え、なんともまあ悪趣味な映画ですよね。暴力、思想、言動、ファッションに至るまで、主人公の行動、いや、存在そのものが気色悪いとしか言いようがありませんでした。それこそ、殆どの観客は、物語の前半部分に対して不快感しか感じないのでは。それとは別に、キッチュなものを好み、破壊的衝動をたぎらせ、抑圧された欲望の解放を願う者にとっては、非常に刺激のある展開なのかもしれません。

 しかし、後半部分に差し掛かると、その感覚は一気に逆転。それこそ、主人公の行動に共感し、同様に悪行の限りを尽くしてきた者ほど、因果応報の報いを受ける主人公の姿を目にする事で、自らの愚行を省みざるを得なくなってしまうのかもしれません。正に、この映画こそが、「ルドヴィコ療法」といったところでしょうか。とはいえ、それで終わらないところがこの映画のさらに悪趣味であるところ。よもや主人公が自殺を図った後に、元の人間性を取り戻してしまうとは・・・。

 それこそ、主人公に施した「ルドヴィコ療法」は、あくまで暴力・性衝動などに対し、吐き気や嫌悪感を催させるだけであり、真に改心し、更生したわけではありません。故に、そんなものが仮に実現したとしても、それでは意味はない。それこそ「犯罪者の更生が大切なのか。それとも被害者の人権を守る事の方が大切なのか。」といった問題を、政治に利用する事が問題だという事なのかもしれません。また、彼のとってきた悪業も、彼に対して行われた復習も、暴力という意味では同じであり、結局そうした行動に走ってしまう人間そのものの存在を皮肉っているのかもしれません。それこそ、この映画を不良の更生目的に使おうと思ったって、そうは問屋が卸さないよって所でしょうか。また、映画1本見たところで、若者の衝動を抑える事など、所詮無理という事を自ら皮肉っているのでしょうか。

 まあ、どこまでの構想が原作に基づいているのか判りませんが、このような作品をわざわざ選び、撮ってしまうキューブリックの事を、鬼才を言わざるを得ないのかもしれません・・・。無論、観客がどのような感想を抱くのか、キューブリックであれば計算済みというか、確信犯であろうかと思います。とはいえ、やはりこの映画は、決して気分の良い映画ではありませんでした。

ロリータ / Lolita


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■ 1962年/イギリス/152分 
■ 原作:ウラジーミル・ナボコフ
■ 監督:スタンリー・キューブリック
■ 製作:ジェイムズ・B・ハリス
■ 脚本:ウラジミール・ナボコフ
■ 出演者:ジェームズ・メイソン / スー・リオン / シェリー・ウィンタース / ピーター・セラーズ
■ 音楽:ネルソン・リドル / ボブ・ハリス
■ 撮影:オズワルド・モリス
■ 編集:アンソニー・ハーヴェイ
■ wikpedia:ロリータ

ロリータ / Lolita

 S.キューブリック繋がりで、この映画の事も取り上げてみたいかと。ウラジーミル・ナボコフの原作あってとはいえ、今の世に「ロリコン」と呼ばれる言葉が世に広がったのは、この映画なくてはありえなかったのでは。今見てもセンセーショナルかつスキャンダラスな作品ですよね。ネタばれありの感想です。

 欲望をひた隠しにしながら、親子程の年の離れた少女に惹かれてゆく「男」。その少女の母と結婚する事で、義理の父親の地位まで手にいれてまで、その少女の傍にいようと欲する男。2人だけの世界が訪れる事を夢見ながら、ひたすらなまでに少女に献身する男。男の行動は、正に異常そのもの。しかし男をそうさせてしまったのは、彼女自身であると言えるのかもしれません。

 それこそ「ロリータ」程の少女であれば、自らが男からどのように見られ、扱われ、どのように欲せられているのか十分に自覚しているはず。にも関わらず、男に対してあのような態度を取り、その関係を保持しつづけてゆく事に、疑問を感じないわけにいきません。正に彼女の行動は、「大人びていた」というよりも、確信犯と言えるものでもあるのでは。男にとっても、それが気づかないわけではなかろうと思います。しかし、それでも尚、危ういバランスの関係を続けてしまうのは、彼女に惚れてしまった男の弱さという事でしょうか。それこそ、「恋は惚れた方が負け」という言葉があるように、手を出すわけにいかない彼女に惚れてしまったのが「男の運の尽き」であると言えるのかもしれません。

 しかし、彼女は「男」と出会わず、その束縛を受ける事なく生きてゆけたとしても、幸せな生活を手にする事が出来たのでしょうか。他の「男」を手玉に取り、したたかに生きているかもしれません。実際、彼女のような存在を目にしてしまうと、男は否応なくその存在を意識させられてしまうのでしょう。とはいえ、彼女の心を満たす存在は、自らが惚れた相手でなければならないタイプでもあると思います。そんな彼女もまた、「脚本家」でなくとも、何れ誰かに利用されてしまっているのかもしれません。

 ひょっとすると、見方を変えれば「男」に純粋な部分が無かったわけではないのかもしれません。自らの愚行によって、妙な「親子の縁」が出来てしまっているからとはいえ、あれだけ異常な状況を積み重ねているにも関わらず、遂に彼女に手を出す事は無かったわけですから。とはいえ、あれだけの状況に至っていながら、タブーを破る事が出来ないのは、男に勇気がなかったからかもしれません。というか、タブーを破れなかったからこそ、少女の存在がそれだけ尊い存在として扱われている証明にもなり、単に下品なタブー作品とは一線を画すドラマとなったわけですしね。実際、あれだけ守り通してきたものを他の男へ奪われた事による嫉妬・絶望・怒りはそれゆえに真実味を増すわけで。

 とはいえ、その「男」もまた、利用されるだけでなく、彼女の「母」を利用していたわけでもあり・・・。そうした意味では、どこか2人は似たもの同士であったのかもしれません。まあ何れにせよ、何時の世においても思い通りに行かないものが恋愛というもの。自らの自制が効かなくなってしまうのが、恋というものなのかもしれませんね。ちなみに私はロリコンではないですよ。念のためw
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