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■ Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb ■ 1964年/イギリス/93分 ■ 監督:スタンリー・キューブリック ■ 製作:スタンリー・キューブリック/ヴィクター・リンドン ■ 脚本:スタンリー・キューブリック/ピーター・ジョージ/テリー・サザーン ■ 出演者:ピーター・セラーズ/ジョージ・C・スコット ■ 音楽:ローリー・ジョンソン ■ wikpedia:博士の異常な愛情 博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか久しぶりに映画の感想を。S.キューブリックの名作の一つと言われる「博士の異常な愛情」を見ました。一部ネタばれありの感想です。 何とシニカルな映画なのでしょうか。エンディングの「また会いましょう」には、参ったとしか言いようがありません。 偶然が重なって・・・いや、必然が重なって迎える事となる人類の終局。それは「核」の狂気の為せる業なのでしょうか。それともそうした「核」を生み出した人間そのものが、元々狂気を帯びていたという事なのでしょうか。一端「核」を持ってしまった人類は、あの結末を宿命付けられているのでしょうか。どれだけセーフティーネットを施そうと、「それ」が有る限り、絶対というものはありえない。そもそも「核」の危険性を頭で判っていながら、排除する事の出来ない者に、リスクコントロールなど出来はしない。もしも本当に行くところまで行ってしまうと、こうした問題は誰にも止める事など出来ない。そしてそ後は、その行為をただ笑うだけしか出来ないものかもしれません。 また、博士による一部の人類を生き残らせる為のプラン「ハーレム構想」を耳にした際の指導者達の目の色の変わりようには、情けないものを感じてしまいました。とはいえ、あのような状況であっても性欲に揺り動かされてしまうのが、人間という生き物の本性なのかもしれません。どれだけの大儀名分を掲げようと、所詮は私欲に勝てない利己的な生き物という事なのかもしれません。それこそ、ストレンジラブ博士の思想の背景に根付くものにどれだけ嫌悪感を感じようとも、あの場に居た者は誰も非難する資格などないのかもしれませんね。 このような痛烈な風刺の効いた映画を、冷戦が真っ只中の時代に作製したキューブリックは本当に凄いと思います。そのメッセージは、今の時代においても十分伝わってくるものがあります。 しかし、現代の核問題はさらに複雑かつ深刻化しています。何時使うとも判らないテロリスト達の手の元へと拡散し、大国の方こそ核を使えない状況と化しています。しかし、その拡散の原因を生みだしたのも、それまでの大国立ち振る舞いのせいでもあるのも事実。以前にも増してリスクコントロールが危うい時代が訪れています。まあ、現在の時代においては、人類に関わる問題は何も核の問題だけではなくなっています。資源の枯渇、水・食料問題・貧富の格差・地球温暖化・・・。それに核でなくても、依然として兵器は存在しているわけで・・・。 本当に我々にはどのような未来が待っているのでしょうね。仮に笑っていられる(生きていられる)人類が居たとして、その笑いの意味はどのようなものになっているのでしょうね。苦笑いするのではなく、皆が気持ちよく笑っていられる世界であって欲しいものです。
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