ジョン・レノン ラスト・インタビュー語り:ジョン・レノン&オノ・ヨーコ
聞き手:アンディー・ピープルズ 訳:池澤夏樹 中央公論文庫(い35) (本書は『ジョン・レノン - ALL THAT JHON LENNON』(1981年2月中央公論社刊より、一部抜粋したもの) この本はジョンとヨーコに対し、1980年12月6日にイギリスBBC放送によって行われたインタビューです。それは、ジョンが凶弾に撃たれるわずか2日前に行われたもの。つまり、ジョンにとって、また、ジョンとヨーコの2人にとっての最後のロングインタビューとなったものです。 私的に項目分けすると、おおよそこのようなものであったかと思います。
・出会い ・恋 ・2人一緒での音楽作り ・2人一緒での芸術活動 ・ビートルズの解散の背景 ・『ベッド・イン』の背景 ・二人の記念碑的な作品である『イマジン』について ・18ヶ月にも渡る二人の別居生活 ・エルトン・ジョンのコンサートでの偶然の再会 ・愛の確認 ・愛息『ショーン』のこと ・ジョンのハウスハズバンド生活 ・ヨーコの『女は世界の奴隷か(原題:女は世界の黒んぼである)』発言について ・世界にはびこる男性上位の考え方 ・いつまでもついてまわる自身のドラッグの使用問題(政府、FBI、ドラグネットとの対立) ・レコード会社との契約のいざこざ ・5年に渡る、アーティスト活動の停止期間の理由と、これからの音楽活動について その内容は、決して綺麗事ばかりではないのが良くわかります。にも関わらず、二人はインタビュアーに対し、かなり赤裸々な部分まで語っていました。また、ジョンに対する設問をヨーコが答え、ヨーコに対する設問をジョンがフォローする様子が度々見られる点が印象的でした。それは何も自分に都合の良いよう主張しようとでしゃばっているのではなく、互いに深く理解しているからこそ出来るものでした。実際「ぼくらに隠し事は無い。(過去からの事も含め)なにからなにまで話あっている」といったニュアンスの事を述べていました。いくら長きに渡る夫婦生活があるとはといえ、こうした良好な関係を誰もが築けるものではなかろうと思います。 実際、ジョンの前妻のみならず、ビートルズの他のメンバーにおける恋人や、妻となった女性達は常に一歩身を引き、スタジオレコーディングの場になど現れる事などは無かったとの事。しかし、二人は違っていたのです。ヨーコは既にアーティストとして自立しており、創作活動に対する興味から積極的にスタジオに顔を出し、実際にレコーディングにも参加。ジョンもそうした彼女を積極的に受け入れてゆくのです。こうした事が象徴するように、二人の関係は、互いに対する深い理解と尊敬あってのもの。しかも、常日頃から創作活動等を通じて意見を交換し、互いを高めあってきた事によって、自然となされているものが伝わってきました。正しく、ジョンが名曲『イマジン』を産み出したのも、ヨーコの存在あっての事であり、彼女の詩集『グレープ・フルーツ』に出てくるフレーズである『想像しなさい』が重要なキーになっている。本来は、作者としてのクレジットに『ジョン・レノン/オノ・ヨーコ』と2人の名前を記すべきだったと述べています。 また、ショーンが産まれ、有名なハウスハズバンド時代を体験した(そのような事が出来る財力があったとも言えますが)事により、原題の女性が身を置く立場というものを理解するようになったのも、彼女の存在があったからこそとも言えると思います。実際、このインタビューにおいても、ヨーコによる発言や思想はジョンに多大な影響を与えているのが様々な点で伝わってきました。しかし、ジョンはそれを否定する事もなく、あくまで自然に受け入れ、尊重している様子が垣間見えるのです。無論、ヨーコにとっても、それは同じであり、共にユニークで個性的でもある二人は、夫婦生活を本当に楽しんでいるようでした。 また、とかく政治運動的な部分がクローズアップされがちな二人ですが、当然ながらそればかりに注力していたのではなく、音楽の面ではレゲエの要素をいち早く取り入れたり、セクシュアルな要素すらさらけ出すような純粋性(前衛性)を表現したり、ロックとしてのルーツに回帰するなど、様々なチャレンジを行い、刺激的であったといいます。 とはいえ、そのような二人も互いに完璧な存在というわけではありません。二人とも離婚暦があり、それぞれに既に子供もいました。また、結婚してからも、別居していた時期もあります。(実際、映画『イマジン』において、前妻と、その子供であるジュリアンが登場する様子を見ました。そのジュリアンが、ジョン、ヨーコ、ショーンとの良好な親子関係と自身との境遇のギャップに戸惑う姿は、気の毒に感じる部分も・・・。)また、ジョンとヨーコはドラッグ問題などや、互いの政治運動によって、様々ないざこざに巻き込まれ、決して平坦な生活ではありませんでした。世間から特別の存在として見られ、時には奇異な存在としてもみられてきたわけです。 しかしなお、二人はそうした経験すら乗り越えてこれた。特別な存在として見られがちなお互いだからこそ、お互い心の痛みが判り合え、通じ合えた。繊細で、クリエイティブでユニークな二人だからこそ支えあえた。正しく二人でなければ、互いの心の隙間を埋める事など出来ず、互いの存在無しの人生など考えられない状況だったという事が深く伝わってくるものでした。また、当時製作中のアルバムや、今後の音楽活動に思いを馳せる様子はとても楽しげでした。 にもかかわらず、このインタビューのたった2日後にジョンは凶弾に倒れてしまうだなんて・・・。あまりに惨いというか、気の毒であるとしか言いようがありませんでした。そう、今日12月8日はジョンの命日です。ジョンの冥福を祈ると共に、二人が願った平和な世界に一歩でも近づけるように努力していきたいものです。
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