THE BIG ISSUE JAPAN / ビッグイシュー日本版公式HP
wikipedia ビッグイシュー名古屋ネット ビッグイシューは1991年にロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊されました。ホームレスの人の救済(チャリティ)ではなく、仕事を提供し自立を応援する事業です。例えば大阪では野宿生活者の約8割が働いており、過半数の人は仕事をして自立したいと思っています。『ビッグイシュー日本版』は働き収入を得る機会を提供します。 定価300円の雑誌をホームレスである販売者が路上で売り、160円が彼らの収入になります。最初の10冊は無料で提供し、その売り上げ(3,000円)を元手に、以降は1冊140円で仕入れていただく仕組みです。販売者は、現在ホームレスか、あるいは自分の住まいを持たない人々です。住まいを得ることは単にホームレス状態から抜け出す第1歩に過ぎません。そのため、販売により住まいを得た後も、必要な場合にはビッグイシューの販売を認めています。 ホームレスと若者の共通性。それは、ともに仕事がないこと。大卒者の就職率は55.8%(2004年)、しかも3年後に30%が離職、3人に1人は非正規雇用者です。若者にとっての仕事は、スキルとキャリアを積むことで具体的に社会へ参加できる機会でもあります。チャンスを与えないで使い捨て、社会参加の機会をつくれない社会に未来はあるのでしょうか。NPOビッグイシュー基金とともに、敗者が復活しやすい社会の創造に貢献したいと思います。 先日用事があって東京へ赴いた際、道が判らなくて困った事がありました。自宅でプリントアウトした地図を持っていたのですが、初めて降りる駅であったせいか方向感覚が掴みにくかったのです。 そんな時、目の前にこの雑誌を売っているオジサンがいました。この雑誌を売っているという事は、明らかにホームレスであるという事。それは、身なりからいっても、察しの付くものでした。失礼ならが、綺麗とは言い難い格好です。でも、不思議なもので、見知らぬ街において、忙しく通り過ぎて行くサラリーマンやOLに声を掛けて道を聞くよりも、この人の方が声を掛け易いように感じました。 それは、この雑誌を扱っているという事実が大きかったかもしれません。こうした雑誌を扱う以上、出来る限り身なりにも気を使い、周りに対するエチケットも配慮しているている人だと思ったからです。それと共に、目の前に飛び込んできたこの雑誌の表紙が、Mielさんのブログでも見た「ジョンとヨーコ」だった事も大きいのかもしれません。 私はこの雑誌を買い求めた後、オジサンに道を尋ねると、「ここいらの事なら、任せてよ!」と、すごく丁寧に目的の場所までの行き先を教えてくれました。おかげさまで、目的の場所へスムーズに向かう事が出来ました。(オジサン、こちらこそ助かりました。本当に有難う!) もしかすると、この雑誌を売っていなければ、見知らぬホームレスという立場の人に道を尋ねる気にはなれなかったのかもしれません。そうした意味では、私自身に偏見が全くないとは言えません。 実際、公に知られたこうした活動は、一種のステータスのというか安心感のような形となって、彼等に対するハードルを下げてくれているのだろうと思います。ホームレスという立場に身を置いていても、現状を打破しようとする志と生きる意志をもった真面目な人だと感じるのです。 雑誌そのものの内容も、ホームレスや非正規雇用等の問題を扱った真面目なものでした。それこそいつ何時どのような形で、どのような立場になるのか先の見えない時代。他人事と考えるのではなく、自然な形でGIVE&TAKEが出来るこうした活動は、もっと認められても良いのかもしれませんね。 私自身がそんなに裕福な状況ではないので、見かけたら毎回買うという事は出来ませんが、また気になる表紙の時があったら、普通の雑誌を手にするように購入してみたいと思います。とは言え本当は、こうした活動そものもが存在しなくても良い社会が来る事を望みたいものですね。
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この本、随分前に読んだ本なのですが、ちょっと記事に取り上げてみたいかと。TVのバラエティ番組にも数多く出演するアルピニスト、野口健氏。当時最年少で世界7大陸の最高峰を制覇した7サミッターであるわけですが、最近ではエベレストや富士山の清掃登山・等の環境問題にも積極的に取り組んでいる人物と言う事の方が通りが良い人物かもしれませんね。 その切欠は、彼が始めてエベレストへチャレンジした時に、他国の登山家に、「日本は経済は一流だけれども、モラルは三流だな」と言われた事が悔しくて、見返したかったからだと聞きます。 ヒマラヤ等の8000級の山々ともなると、余りにも寒く、酸素も薄いため、排泄物を土に埋めてもバクテリアによって分解される事も無い世界。仮に山で雪崩にあって死んでしまったら、それこそミイラのようにずっと死体が残ってしまうような場所。ゴミを埋め捨てたのであれば、それこそ、何十年、何百年と残っているであろう世界です。故に、ゴミを持ち帰るのは当然のモラルであると欧米人は考えます。無論、山頂へのアタックのなどの極限状態において、悪天候や病気や怪我による緊急トラブルに見舞われた場合は、テントやボンベの一部を置いたまま下山せざるを得ないケースもあります。 しかし、日本人登山家は、そうした緊急時だけでなくともビバークポイントやベースキャンプにゴミを平気で残していくという事実が、以前にはあったのだそうです。欧米人からすると、そうしたモラル無きアジア人(韓国や中国等の登山隊もゴミを残すが、欧米人にしてみれば同じアジア人として見られる)=日本人のくせに、若くして7サミッターたらんとする野口青年の存在が生意気に見えて、彼は憎まれ愚痴を吐かれてしまったのかもしれませんね。 実際、エベレストのベースキャンプとなるエリアには、歴代の日本人登山隊が残したゴミが長年の間、何トンも残されていたのだそうです。そのゴミの回収作業の様子や、拾われてきた様々なゴミはTV等のメディアでも何度も紹介されていますよね。「日本人やアジアの国々の人々がゴミを山に捨てていくのは、人間性の問題ではない。日本人が道端にタバコの吸いがらやガムを平然と捨てていくのは、お国柄。国民性なのです。だから、まずは、国民の意識を方向転換させなければならない」と唱え、エベレストでの一定の清掃活動を終えると、もっと身近な富士山の清掃活動に目を向け、活動の場を移していますね。 それだけの活動を行う野口氏が登山を行う切欠は、植村直巳氏の「青春を山に賭けて」に出会った事だと言います。それこそ、中高生の頃の彼は、所謂不良であったのだとか。 実は彼は日本人外交官の父と、4カ国の血を引き継ぐエジプト系の母の間に生まれ、諸外国を転々としながら結構裕福な暮らしをして育っていたそうです。しかし、日本で生まれ育った訳でなかった事から、幼稚園時代に日本に訪れた際は、日本語が喋れず、イジメにあった事もあったのだとか。小学3年の頃にカイロへ移り住むも、母は不倫をしているような状況であったのだとか。その母からは、償いの代わりといった感じで、1万/月ものお小遣いをもらっていた(当地の住人の月収に相当)ため、タクシーで移動し、遊びまくっていた時期もあったのだそうです。ところが、小学6年でイギリスに移り住み、中学、高校と進むにつれて、学力が追いつかず、次第に落ちこぼれていったそうです。クラスで気になる女の子と付き合いだしても、教師や周りから、女の子の勉学に支障をきたすから、お前の方から別れろと言われる日々。先輩からも目を付けられ、態度が悪いと言われた事から殴り合いになり、1ヶ月の謹慎を喰らった事もあるそうです。 しかし、その出来事が、彼のその後の人生を大きく切り替えるものとなったのです。彼は謹慎期間を過ごすために一時的に日本に帰国している際、本屋で偶然 植村直己の「青春を山に賭けて」 に出会ったのだそうです。大学山岳部で馬鹿にされ、ロクな就職口も無かった時代であった事から、世界の山々を巡る旅に出かけた植村氏の生き方に、彼は行き場の無かった自分と共通するような感覚を覚えたのだとか。自分も植村氏の後を追ってみたい。植村氏の登った山々を目指してみたい。そして、世間を見返してやりたい。彼は強くそう思ったのだそうです。早速、日本の山岳部に入部し、自ら考案した登山計画があると、強引に頼み込んだり、様々な人に積極的に声を掛けるなどして、次々に目標の山を攻めていったのだそうです。 しかし、強い意気込みがあるのは良しとしても、登山テクニックや、緊急時の危機管理の面において、高所登山を行うには、あまりに経験が不足しているのではないか。という周りの声もあったようです。実際、この自伝を読んでいると、彼は三点支持すら知らぬままモンブランを攻めたと書いてあり、無謀とも思える部分も感じました。 ともすれば、山岳会系の団体で登山を学び、共にパーティーを組んで登ろうとするならば、まずは先輩の荷物を運び、人より多くの仕事をして登山隊を支えながら体力を付けてから、よおうやく高度なテクニックが教えてもらえれるという、古風な意識が根強い世界です。きちんとした下済み(修行)を行い、初級・中級の山を数多く経験してから、上を目指すのが当たり前とされてきた世界です。そうした古い風習に馴染んできた登山家にしてみれば、当初の野口氏は、「登るに値する資格(能力)があるのか」と言われてもおかしくないレベルであったと思います。実際、その行動は、清掃活動を行う現在も、異質のものと捉えられ、非難すら浴びる事もあるようです。 しかし、彼は様々な努力を重ね、運を味方に付け、コネクションを有効に使い、次々と目標を遂げて来ました。多くの者の理解と、助けを得ながら、彼は見事に当時最年少で7サミッターとなったのです。 無論、彼は自分1人の力で登れたと思う程自惚れている訳ではありません。ヒマラヤの地で多くの登山家をサポートしてくれるシェルパ達に深く感謝しているのです。自分が若く、実績も無く、子供の頃に虐げられた経験がる事から、欧米人に召使の如くこき使われるシェルパの立場に共感し、共に生活し、その貧しい暮らしを支えようと、『シェルパ基金』の設立に尽力して来た程です。それこそ、こうした行動の全てが、逆境に立ち向かう精神から来ていると言えるのかもしれません。 その行動は、難易度の高い岩山のルートを目指し、ムーブやテクニックを極めるタイプの生粋のクライマーやアルピニストとは異なります。もともとのモチベーションも、山を愛し、自然を愛してたからというタイプのものでもありません。 しかし、そうした既存の世界の特有のシガラミに捕らわれる事無く、自分の信じた道を貫いたからこそ、他の誰にも出来なかった、清掃登山や、基金の設立という彼ならではの成果を上げる事が出来たように思います。それこそこうした行動は、これからの日本に求められる行動の一つを示しているように感じます。野口氏の行動を今後も見守ると共に、我々の行動も見つめなおしていきたいものですね。 |
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のれん にしろ、襖にしろ、型どおりの場所に「八」っぽいものがあればそれで良しとしてしまう風土。特に何でもない「定番化」したものであり、真に新しい芸術を創造しようとした活力が感じられないものでありながら、日本では古くからこうしたものを芸術と混同されてきた。それを岡本氏は、前書の「今日の芸術」において、「八の字文化」と批判してきました。それこそ、「鯉の滝登り」や「竹にすずめにしても、「松」だの「虎」だの「だるま」だのにしてもかわりがないと前書の「今日の芸術」で述べています。 伝統というものは、過去のものだと安心していてはなりません。我々が現在において新しく作るものです。それは当然過去を否定し、それを乗り越えて、常に作り続ける事です。逆説的に聞こえるかもしれません。しかしこれは論理であり、正しいのです。
芸ごとと芸術は正反対です。芸術が過去を振り捨てて新しさに賭けてゆくのに、芸道はあくまでも保持しようと努めます。何々流の改組、家元というのがあって、だれでもがそれと同じ型をまねて、その芸風が支障に近くなればなる程上手です。やがて「免許皆伝」「奥義のゆるし」となり、定められた形式の中に完成をみるのです。華道・書道・剣道・柔道に至るまで、まことに封建的な型うあ雰囲気をまもっているのです。そんな事が芸術で考えられますか。 岡本太郎「今日の芸術」より そうした発言に対し、当時の美術関係者からの猛批判があったようです。しかし、太郎氏はそうした反発に対し屈するどころか、さらに正論を用いて打って出ようとするのです。 それこそ、「近頃の若いものは・・・」とか、「法隆寺は常に新しい・・・」等と権威を振りかざし、自らの地位を守らんと保守的なスタンスを取る人達に日本の美術界が牛耳られているようでは、この国の芸術の未来は無い。いっその事そうした発言の象徴として用いられるくらいであれば、「法隆寺など燃えて結構」とすら発言した岡本氏。 しかし、そうした過激な発言で挑発するだけでなく、改めて日本の芸術の歴史を見つめなおしてみよう。 そうした古くからの権威だの何だのではなく、今日の見識をもって、現代に尚、新鮮な感覚をもって訴えかけてくるような芸術が無いか探ってみよう。そういう趣旨で書かれたのが、本書「日本の伝統」です。 そのテーマとして取り上げられているのは主に下記の3つでした。 ■ 縄文土器 縄文土器の意見はなる程といった感じでした。それまでの日本の最古の芸術は、せいぜい弥生式土器の時代までとされていた。シンメトリーで実用的なデザインのされたものは確かに弥生式のものから存在する。しかし、縄文式に目を向けるべきだ。狩猟が主立っていた時代においては、狩を行う前の祈祷や祀り毎こそが重要であり、歩きまわるであろう森の中には平らで整った場所などありはしない。それこそ、そうした祀り事に通じるような、切実なまでの原始的な生命感や、何物にも捕らわれない躍動感や、創造性がある。という意見は確かにそんな感じですよね。これら岡本氏の意見をもってして、世間の縄文土器に対する認識が変わり、美術の教科書にも取り上げられるようになったのだとか。それこそ、「縄文土器を(再)発見した」のは岡本太郎だ。とも言われたのだそうです。 ■ 尾形光琳 尾形光琳の絵は確かに一風変わってますよね。特に本書でも取り上げられている「紅白梅図屏風」や「燕子花(かきつばた)図屏風」などは他の屏風絵師の作品とは趣が異なります。リアルな情景描写や彩色を追従するのではなく、絵の題材となる個々パーツの特徴的な要素を切り貼りしたコラージュであるかのよう。しかも場合によっては、使用する色彩を限定・ベタ塗りにする事で、ただでさえ陰影の描写を積極的に取り入れない日本画の世界において、より一層の平面化が行われ、模様や幾何学的なデザインにも近い要素が取り入られてますね。それこそ、別々のシーンで撮影したデジカメ写真を特殊に映像加工して、張り合わせたバーチャルな世界であるかのよう。それこそ、漆塗りに金箔や貝殻を使って絵を描いているかのような、工芸デザインでもあるかのようですね。それまでの日本に無いものを生み出そうとしているのはよく判ります。まさに超現実的な要素を孕み、アヴァンギャルド(前衛芸術)に親しい岡本氏が惹かれるのもわかりました。 ■ 日本庭園 岡本氏は、本書では特に日本庭園に対する意見にページを割いていたのは意外でした。砂を盛り固めた、銀沙灘や枯山水、石庭について積極的に意見を述べていました。日本は庭から見える山々の風景と、その敷地内における庭の造形とのバランスに積極的に手を加え、芸術の領域に高めてきた。また、これらの風景は四季によって、また植物等が年月を経る事で、「変化」する芸術であり、世界的に見ても稀な芸術であると述べています。しかし単にそれっぽく手を加えただけの庭園や、歴史的な価値のある建築物に付随する事を理由に、無闇に 「わび、さび」 を感じるという形式ばった感覚に陥るべきではない。それこそ、慈照寺(銀閣寺)等は、豪華絢爛さどなく、色で言えば砂の白が象徴的な世界。極めて造形的で幾何学的であり、現実の世界と隔離された世界を作り上げているといえ、「わび、さび」とは一概に言えない「新しい創造性」と、現実の空間として目の前にありながら超越した空間を作り出しているといえます。 ● 感想 岡本太郎氏による縄文土器の「再発見」の逸話は随分前から知ってましたが、まさかこれほどまで日本庭園に対しての興味を持っていたとは知りませんでした。そういえば先日の「美の巨人たち」でも「銀閣寺」の話が取り上げられてましたね。また、先日の「新日曜美術館」の「こんぴらさんの美をさぐる」でも屏風と庭園の話が取り上げられてましたし。そうした事もあって、私の庭園というものに対する観方が変わってきそうな気がしました。 しかし、本書に全く疑問を感じなかったわけではありませんでした。特に日本庭園のからみにそうしたものを感じました。なんと言うのか、ちょっと無理に日本庭園のあり方を褒めたり、非難しているような感じもして、その評価基準にいつもの歯切れの良さが感じられなかったのです。それこそ、どうしても「静」としての存在となってしまう自然に極力近い存在の植物や岩や池をどうレイアウトするかによって意思を込める世界であるため、造形者の強い訴えを出しにくい世界。逆に言えば、根本的にいやったらしいまでの美しさがあるモノではなく、天然の美しさが存在する世界。その為、銀閣寺の造形的な銀沙灘を評価するのは良く判るのですが、それ以外の庭園を評価する際に、得意のロジックが崩れている部分があったように感じたのです。 また、確かに文化的財産を評価するうえで、権威のいいなりに評価を受け入れ保守的になるのは良くないと思いますが、無視する事も難しい要素もあるのではないかと思いました。全く予備知識の無い状態で観る事の新鮮さと、染まらない価値観の大切さも大切ですが、というか、逸話や経緯を知る事で、その作品をより深く楽しむ事が出来る要素は多分にあるはず。芸術作品として、気に入る、気に入らないは別として、特に歴史的文化財はそうした要素が強くなってしまうのも事実なのではないか。というような気がしました。 とはいえ、連日のTV番組と相まって、庭という一種の閉鎖空間を広大な自然や宗教観と結びつけ、それを再現しようとする文化の面白さを発見する手がかりをくれたようには思います。それこそ、銀閣寺に関しての「美の巨人たち」の放送は秀逸でした。本書とあの番組を観てから、銀閣寺に強い興味を持ちました。一度、銀色に染まった夜の銀閣寺を拝見してみたいものです。 |
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以前から気になっていた小説。所謂ハードコアSFファンではない人に愛読者が多い作品です。爆笑問題の大田光が敬愛する作家として名を挙げ、自身の所属事務所にも「タイタン」と名づけている事も有名ですよね。それこそ、私も小学生時代からこのタイトルは知っていたのですが、今まで手にする機会はありませんでした。というのも当時の小説の表紙が「松本零士」のヤマトのスターシアみたいな絵だと勘違いしていて、なんとなく退いてしまってたのです。 しかし、最近は何気にこの作品のタイトルを目にする事も多く、随分前から表紙の絵柄も変更されている事から手にとってみようと思い立ちました。(注)この記憶は後に誤りだと判明しました。大変申し訳ありません><;先日SFのサイトを調べてみたら、私の記憶に間違いがあったと判明しました。私がこの本の表紙と思い込んでいたのは、C.L.ムーア作 ノースウエスト・スミスシリーズ「大宇宙の魔女」の表紙だったようです。大宇宙〜の方は、確かに松本零士氏の手によるスターシア風のもだったのです。で、改めてこの作品の表紙を検索したのですが、全く別の絵柄が出てきました。どうやら私の古い記憶が混同してしまっていた、勘違いであった可能性が大きいようです。大変申し訳ありませんでした。 さて、ネタバレ有りの感想です。なんという荒唐無稽な話なのだろう。シニカルでアイロニーに満ちた話なのだろう。ストーリーの展開に脈絡が無さ過ぎで、このストーリー展開に何の意味があるだろうといった感じでした。それこそ様々な点でブラックユーモアが込められていようとも、ちっとも笑う事が出来ないのです・・・^^; それこそどうしてここまで意味不明な話が展開されるのだろうと感じながらページをめくった程でした。(無論、それが最後に訪れるシーンまでの複線ではあるのですが・・・) 無慈悲なまでに、波乱の人生を歩む人生。度重なる災難に、富も友も家族も失い、自らの人間性すら奪われる人生。自らの意思のもたらした運命なのか、それとも何か特別な力によって運命を背負わされた結果なのか。とはいえ何が幸で何が不幸なのだろう。 仮に巨万の富を抱えようと、高貴な振る舞いに身を固めていようと、一体何をもって幸せと言えるのか。 未来を予測出来るという力をしても、その未来を変えうる事など出来るものではなく、ましてや神や宗教にすがろうと、ちっぽけな人間如きに救いの手などもたらされる保障は無い。それこそ、そうした偉大な力が存在し、我々に干渉し得る力があろうとも、真に我々の望む力をもたらしてくれるのだろうか。それこそ、もしも我々が神の子であり、その下僕であるならば、その行動や運命に個人の意思は介在するのだろうか。 人間とは果たして自らの意思で生きているのか。自らの意思でその運命を選べているのだろうか。行うべき運命を背負っているのだろうか。何をもって生きがいを感じるのだろう。人生を生きる目的とは何なのだろう。 それは個人によって違うのかもしれない。幸せの価値も個人によって違うのかもしれない。また、本当に運命は決まっているのか、決まっていないのかは判るものではない。そんなモノは死んでも判るものでは無いかもしれない。人生何が起こるか判らない。それこそ、何の意味があったのか判らないような人生など、ごこごろあるのかもしれない。 そんな人生において救いとなるものは、何なのだろう。姿の見えぬ巨大な意思などではなく、案外身近な者の存在かもしれない。そんな掛け替えの無い人と出会えただけで、人は救われるのではないだろうか。そんな存在にめぐり合える人生であれば、それに感謝しよう。それで十分じゃないか。そんな感じの事を伝えたいのではないかと感じました。 しかし・・・私にとって、このストーリーは、あまりに無慈悲に展開されすぎに感じてしまいました。その結論をもたらす為とはいえ、主人公達が辿らなければならなかった道は、余りに酷すぎなのではないかと。ある意味ドタバタ感がある展開なので、、「銀河ヒッチハイクガイド」にも似たスラップスティック物かと思いながら、何処かに明るさを求めたのですが・・・そうしたものではありませんでした。なんだかジンワリと無常感や喪失感が湧いてくるような作品でした。
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1954年に書かれた古い本なのですが、タイトルの通り「今日の芸術」の世界においても輝きを失わず、強い説得力を持った本だと思います。この本は大変気にいっていて、もう何度も何度も読み返しています。先日の錯視の記事で先入観や価値観における主観の話題があった事から、この本を取り上げてみたくなりました。興味を持たれた方は、是非とも本書を手にとってご覧になってみてください。 以下ネタばれ有りです。ご注意ください。 ■ 芸術は「うまく」あってはならない
驚くほど巧みで完璧な作品がぎっしり並べられていても、どうも印象が薄い事が多い。職人的巧みさとか器用さが絵の価値、芸術の精神価値を示しているとは限らない。技術的には巧みさが見えない、破れたところのあるような作品の方が、じかに、純粋に心に訴えかけてくる物を持っている事がある。上手いから、綺麗だから、ここち良いから・・・。そうした今日までの絵画の絶対的条件が全く無い作品でありながら、見る者を激しく惹きつけて圧倒しきるのであれば、それこそ芸術の本当の凄みであり、恐ろしさなのではないか。芸術の力とは、このように無条件なもの。これからの芸術は、「自覚的」に、そうでなければならない。 ■ 芸術は「きれい」であってはならない きれいさというものは、芸術の本質と無関係のもの。自分の精神で発見するものではなく、その時代の典型、約束事によって決められた型である。ハリウッド系の美人が流行ると、日本の女の子までハリウッド型のファッションやメイクを真似ているのと同じ。天平時代であれば、はなぺちゃぽっちゃりの女性も大変な美人と受け止められていたのと同じ。しかし、「うつくしさ」は違う。例えば、「ぞっとするような美しさ」といったように、気持ちのよくない汚いものにも使える言葉である。表面的な綺麗・汚いといった次元ではなく、心に訴えかけてくるような内面的・本質的な素晴らしさを含んでいる。 ■ 芸術は「ここちよく」あってはならない。 すぐれた芸術には飛躍的な創造がある。時代の常識に逆らって、全く独自のものをそこに生み出している。そういうものは、見る人に一種の緊張を強要する。暴力的にメッセージが働きかけてくるからこそ、強烈に惹きつけられたり、反発してしまうような「いやったらしさ」がある。ところが一端それが掴め自分自身のものにする事が出来ると、急に命がぐっと力強く飛躍する。そこにこそ、大きな喜びがある。しかしまた、それすらも苦痛に似た、それと背中合わせの喜び、つまり歓喜がある。 ■ 子供の自由と芸術家の自由 子供の絵は伸び伸びとして生き生きとした自由感がある。大きな魅力であり、無邪気さには、凄みすらさえ感じられる。しかし我々の生活を揺れ動かすような感動は無い。子供は何をしても許される。この自由感は許されている間だけ花開いている類のものだからだ。しかし芸術家の作品の中にある自由感は、芸術家が心身の全エネルギーをもって社会と対決し、戦いによって獲得したものだ。社会の抵抗が強ければ強い程、激しく挑み、耐えてきた人間性が、恐ろしいまでのセンセーション(感動)となって内蔵されているものだ。優れた芸術作品にふれる時、魂を根底からひっくり返されるような強烈な力は、そこから来ている。 ■ 見る事は創ることでもある あなたが1枚の画を見ているとする。あなたはそこにある画布、目に映っている対象を見ていると思いながら、実はあなたが望んでいるものを、心の中に見つめているのではないか。それはあなたがイマジネーションによって、自分が作り上げた画面。一枚の絵を10人が見つめた時、その10人の心の中に映る絵の姿は、皆違っていてもおかしくない。人によって感激の度合いも違えば、評価も違っていておかしくない。受け取る側によってその価値は根底から覆される場合もある。こうなると、作品が傑作とか駄作とうのは、作家が決めるものではなく、味わう側が価値を創造していると言える。必ずしも自ら筆をとり、粘土をこねたり、文字を書く事がなくても、優れた作品に出会う事で、自分自身の精神の広がりと豊かな彩りをもたらす事は出来る。 見る者に対し、「いやったらしさ」を強要する作品。上手い、下手ではなく、否応なく惹きつけられてしまう作品。それこそが魂を揺さぶる力を持った、真の芸術である。そう述べています。 そうした感覚は今まででも優れた芸術作品と対峙した際に経験した事が無かった訳ではありませんが、そうした感覚をここまで上手く表現した書物には出会った事がありませんでした。中学生でも判りやすく書かれた文章力。ロジックの正当性に驚かされます。むしろ画よりも、文章の方が説得力が強いと感じる人も多いのではないでしょうか。それこそ、この本を読んだ事で、岡本太郎の作品のみならず、その生きかた、考え方に対して理解が深まりますね。こうした発言をするに至った経緯としては、フランスへ美術留学した事が大きいようです。単に歴史的芸術に触れただけでなく、むしろ哲学の領域や、最先端の芸術活動を積極的に行う芸術家達と交流する事によって、技巧や伝統を重んじるアカデミックな芸術文化や体制に対する疑問が産まれた事によるものだとか。奇異な言動がクローズアップされがちですが、物凄く理知的であり、一流の思想家であるとわかります。 しかし、文章をもって初めてその人物の作品の意味が補完され、理解が深まり評価できるというのは、もしかすると作品としては弱いと感じる方もいるかもしれません。また、岡本氏による、古い体質の日本の芸術に対する批判は、そもまま自身に対する強烈なまでの批判となって返ってきたようです。それこそ、アヴァンギャルドなんて、戦前に既に終わった芸術なのではないかと。それこそ、岡本氏の熱心なファンでも、本人に対し、せめてあの原色の色使いだけは・・・と申し出をした事もあるのだとか。しかし、そうした批判にも堂々と反論し、それこそ、「ああいう絵を描きたいからかくんだよ」と応える岡本氏。 とは言え、彼は自分以外の全てを否定している訳ではないのです。むしろ、画一的で、格式ばってしまった美術業界による先入観や価値観に縛られる事無く、一般の人たちももっと気軽に美術を愛し、自由に楽しむべきだ。という主張なのです。 それこそ岡本氏は、絵画や文章のみならず、彫刻や、写真、家具などあらゆる媒体に対し、自由に創作活動を行ってきました。それぞれに岡本氏のカラーが見て取れるだけでなく、その活動全てをもってして、芸術家岡本太郎という生きかたであるという主張にも感じます。芸術活動のみならず、生きかたにおいても既存の先入観や、価値観に縛られる必要は無く、「こんな風に自由でいていいんだよ。こんな風に生きてみようよ。大変だけど、充実した人生をすごせるんじゃないかな。」と言いたいかのようです。本当に強い人だと感じさせますね。 |



