自然科学・テクノロジー
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富野由悠季は東京大学工学部でかく語りき東京大学駒場キャンパスで6月14日、同大学工学部主催のイベント「テクノドリームI:工学〜それは夢を実現する体系」が開催された。ゲストには「機動戦士ガンダム」で知られるアニメーション監督の富野由悠季氏が登場し、現役の工学部教員らとともに「工学の未来」について語り合った。
■ ソース ASCII JP&BB Watch&GIZMODE JAPAN いやはや、あの富野監督が、今度は東大の討論会に呼ばれたそうです。なんというか、凄い時代になってきましたね(笑)様々なWebニュースで取り上げられているので、私もそれらを覗いてみたところ、中々面白い内容でした。(特にASCIIの記事が細かく伝えてくれています。)そこで、特に気になった2点を取り上げて、感想を述べてみたいかと。(下記の抜粋は、一部を省略しています) 富野氏 「ロボットの開発なんかやめましょう!」
東京大学というような所でIRTというプロジェクトがあって、実際にホームページを覗いてみましたら、「少子高齢化社会と人を支える基礎技術の創出」という(サイトがあった)。斜め読みしかしていないのですが、基本的に、特にロボット工学というモノを、こういう風に役立てるのか。高齢化社会になっていく中で、若い人が少なくなっていく中で、「高齢者が死に切る間の看護くらいはロボットにやらせようぜ」というのが主旨なのですね。 全部はマンパワーで対応できないからロボットの技術がいるというのは正しいのです。そういうことでロボットを開発してくれれば良いだけの話なのを「東京大学のIR拠点で、プロジェクトとして、ある。こういうテーマによって、ナントカ先生がこういう研究をしております」と言われると、全部分からなくなるのね。 今みたいに言ってくれれば、少しは切実感を持って「あ、東京大学も偉いんだなあ、学生さんも含めて、みんなでがんばってくれよ」と言いたい。だけれどもなかなかそう言う気分に、今日までなれなかったんです。 ということはどういうことかというと、僕よりもずっと若い、現在の中学生、小学生レベルが「東京大学に行って勉強したい」と思えるのか! というお話に繋がるかというと、それは繋がらないだろうと。たとえば僕みたいな民間人はこういう言い方をするわけです「ロボットなんかやっているヤツはバカだよね」って。 どうして? だってさ、人間がやることを全部マネが出来るようなロボットを作るということは、“人間”という我々が、何にもしないで済むような道具を開発しているわけだから、我々は人間としての性能劣化をしてもいいんだよね! っていうことを社会的に認知してくれる工学が、世界中に広がるわけでしょう? だから本来、我々人間自身が支えられている工学論というものをないがしろにして、要するに純然たる理学系の工学の部分でロボットを開発されるのは、それはとんでもない●●●●だろうという言い方をします。 どうして僕がこのことをズバッと言えるかというと、人型のロボットに乗る子供を設定して動かして見たときに、あんなイヤな乗り物乗りたくないよと言うことが演出すればするほど分かってくるからですよ。 あんな上下動のする乗り物なんて、誰が乗るか! 気持ち悪くなるし、だいたい船酔いなんて言うレベルじゃない筈なのね。となったら「四輪車のほうが絶対にいい」って言い切ります。だからロボットの開発なんかやめましょう!(教授陣、会場 大笑い) 流石は富野氏、あいかわらず大胆な発言ですねw 仮に人が乗れる2足歩行の移動体を作れても、インパクトはあるが、本当に意味があるモノなのか判らない。アニメーションという媒体であれ、多くの人にロボットに関する影響を与えてきた富野氏ですら、そうした部分に疑問を感じている。夢を抱く事は重要だが、何時までも子供じみた幼稚な夢を抱いたままで、現実問題に目を向けていないようでは、現実の社会の研究者としては困る。という事でしょうか。もしも本当にロボットを本気で研究開発するのであれば、その目的を明確にする必要がある。本当に意味のある研究、誰でも必要になるであろう大切な研究であるという事を上手にアピールしていく必要がある。という事なのでしょうね。その事は私も強く同意します。 また、便利なモノに囲まれてばかりいると、体や感覚が鈍ってしまうのは事実。もっと現実のニーズや、現実の問題に注目せよという事なのでしょうね。 とはいえ、「ナントカ先生がこういう研究をしています。」っていうPRは私は必要なのではないかと思います。それは何もロボットがどうのこうのではなく、全ての大学の全てのカリキュラムやゼミに対して感じています。というのも、その大学に行って、本当にどのような勉強が出来るのか?という事が公開されているというのはとても重要な事だと思うからです。無論、そのPR方法が、もっと小さな子供でも理解出来るくらい、明確な判りやすさを心がける必要はあると思います。高校生になってから東大を目指すより、小さな子供でもHPを見る事で、夢を抱ける方が良いでしょうからね。 富野氏 「システム工学があるとすると“循環工学”なんだよ」
石油の埋蔵量の問題を心配されるようになった頃が1960年代半ばだったと思います。その頃から考えれば当然なんですが、エネルギー有限論というよりも、地球有限論というものがあって、「本来有限の地球の中で我々は1万年も2万年も、ひょっとしたら10億年くらいは生きていたいんだよね」と言うのが、本来動物の欲望なのではないか。 しかし「資本主義も社会主義も含めてなんですけれども、人間の経済的、行為自体が、地球に対しての悪であるんだから」という論理はなぜこうも…なぜこうも定着しないでエネルギー消費論というところに行っていてしまうのか。 ですから僕は、システム工学という言葉を何十年か前に初めて聞いたときに、システム工学というのは、そういうシステムをどのように永久に運用していくための、永久機関論まで目指している工学かと思っていたのですが、「えー」って、目の前のことを一生懸命やることなのねって。 だったらそれは、みんなで死んでいくぞ、効率よく死んでいくための技術を高めているだけではないかと思っていた。何を言いたいかというと、だからこれから目指すべき事は、今みたいな論法だけでいったら、「ホントにみんな死んじゃえ」って話なんです。 勉強して、ほんとうに、目指すべき、つまりシステム工学があるとするとどういうことかというと、「循環工学」なんだよね。 永久機関論なんていうのがナンセンスというのは承知です。承知のうえで、それをやってみせるよ、という工学というところに行かなくちゃいけないというときに、政治経済論も含めた、つまり循環させるというところにどう行くかと考えていくべきかと。 そういう視点で考えたときに、単純に工学の問題で済まない部分があるわけだから、工学者がいつまでも(教授陣の方向を向いて)「私たちは宣伝がヘタな技術屋だからね」っていう先生だけを野放しにしていくようなことはいけない!(教授陣・会場大笑い) 有限の地球を永遠に使っていくぞと言うための工学論という、“循環工学”という言い方、本当は地球工学で良いんですけれどもね、というものを、目指すべきでははいか、創出するべきではないか。それはなにも地球工学という言い方でなくても、それがもっと一般的に親和性を持った表現が手に入ればいいなと思っているし、そういう言葉遣いを間違いなく投下していかなければいけない時代が来ているのではないかというのが、僕の感触です。 有限なモノは、何もエネルギーだけの話じゃない。それこそ、食料、水に至るまで、全地球的規模で生命が生きていくために必要な環境には自ずと限界というものがある。また、地球温暖化や、環境破壊の問題は、そのツケが後世に延々と残っていってしまうものである。一部の者の利権ばかりが優先され、投機目的の高騰が目立つようになってしまった市場経済を含めて、人類の活動全般のあり方も見直す必要がある。 それこそ、人類は生きているだけで、環境を破壊する生物である。とはいえ、それに甘んじて種としての寿命を積極的に縮めても良いものなのか。黙って見逃しているだけでは問題は解決しない。問題にきちんと目を向ける事こそが、本当の意味で前向きな意思を持つ者と言えるのではないか。という事のようです。 そういえば、先日の爆笑問題のニッポンの教養で大田氏も人類は生きているだけで、環境破壊をしてしまう生物だと言っていましたね。確かにその通りだと思います。 しかし人類に知恵があるというのなら、それこそ、こうした問題を解決する事に向き合ってもらいたい。日本を代表する知能が集まっている東大だからこそ、そうした事に真摯に向き合ってもらいたい。そうした思いを強く感じました。 これ以外にも科学に纏わる様々な問題に触れていました。どれもこれも小気味良いまでに、と言うか、ストレートに自分の思いをぶちまけており、非常に興味深い意見も多かったです。意外だったのが、以前数冊の本を通して読んだ富野氏のインタビューよりも、随分と話の筋が通っていた事です(笑) それだけ、現代の科学に対し真摯に向き合い、現状を懸念をしているという事なのかもしれませんね。ご興味を持たれた方は、リンク先を辿ってみては如何でしょうか。 |
宇宙ステーションのトイレ故障、星出さんのシャトルで修理へ■ ソース5月28日13時19分配信 読売新聞&JAXA 宇宙のトイレはどんな仕組みだろう 国際宇宙ステーション(ISS)に一つしかないトイレが故障したと、AP通信が27日、伝えた。2000年に飛行士の常時滞在が始まって以来、最も深刻な故障。来月1日にISSへ到着する星出彰彦飛行士(39)らスペースシャトル「ディスカバリー」の乗組員にとって、トイレの修理が重要任務として浮上してきた。トイレはロシア製。固形物は処理できるが、液体を集める装置が先週から不調で、現在は袋状の代用装置をトイレにつなげてしのいでいるという。故障原因は分かっていない。米航空宇宙局(NASA)は急きょ、交換用部品をディスカバリーで運ぶ検討を始めたが、今から積み荷を増やすと、31日の打ち上げに向けて綿密に計算された機体の重量バランスを崩す恐れがある。ISSには現在、米露の男性飛行士計3人が滞在している。 たかがトイレ。されどトイレ。って感じでしょうか・・・^^; 火星の北極の風景 米探査機、さっそく写真送信などというニュースを耳にして、すごいなあと思っていたら、今度はこんなニュースが舞い込んできましたね。一般家庭ですらトイレが壊れたら大事だってのに、宇宙ステーションという隔絶された世界での事だったら、その大変さは尚更ですよね。まあ、壊れてしまっているのは(小)の方のみというのが不幸中の幸いなのかもしれませんが・・・。 それにしてもこういう事があると、宇宙ステーションというのが、いかに特殊な世界であるのか良く判りますね。直す部品を運ぶ方法に苦心するくらいですし。将来作ろうとしている月面基地や火星基地でライフラインの故障があったらどうなってしまうんでしょうね・・・。別の言い方をすれば、地球での生活環境を別の場所で再現する事がいかに大変な事なのか。この地球が如何に掛け替えのない存在なのか。という事が良く判りますね。なにはともあれ、宇宙飛行士の方々が安心して使用出来る状況に早くなって欲しいものですね。 |
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先日、ふとした切欠で、ASIMOに関する非常に興味深い動画を見つけました。これは動画共有サイトニコニコ動画 で『ホンダ ASIMO 海外の反応』とタイトルが付けられ、公開されているものです。ASIMO が走ったり、階段を登ったり、女性と手を繋いであるいたり、トレーをもってドリンクを運ぶ様子を映したHONDAの公式PVに対し、海外の一般人が様々なコメントを寄せています。(元ネタは、Youtubeかなにかの動画共有サイトに各国のユーザーが書き込んだコメントを翻訳したものかと思われます) 無論、これらのコメントは、どのような年齢・性格・バックグラウンドを持つ人達が、どんなタイミングで書き込んだのか分かりません。それこそ、いかにもヲタクっぽい人のコメントも。(いや、7割はそんな人かもw)ヘンテコなコメントも多くて、大笑いしてしまうものもありますよw でも、ところどころで垣間見える国民性や、日本の科学技術に対する諸外国の受け止め方がどんなものなのか見えてくるものがあります。素晴らしい先進技術であるとする賛辞もあれば、脅威として捕らえる意見も。また、ロボット=兵器として捕らえがちなアメリカの国民性、またそんなアメリカに対する諸外国の鋭い意見もあり、色々と考えさせられるものもあります。さらにそうしたコメントに対して、日本人がニコニコ動画上でコメントしている内容もなかなか興味深いものがありました。原文を翻訳し、動画を編集した方に対して、賛辞を送りたいですね。 ただ、ニコニコ動画はユーザー登録(無料)を行っていないと見れないんですよね・・・。そこで、同じ動画がYoutubeにUPされているので、そちらのリンクを貼っておきます。(こちらだと、ニコニコ動画特有のユーザーコメント機能は見れないので、興味ある方は、是非ニコニコ動画でご覧になる事をオススメします) もしかすると、この映像の3曲目に退く方もいるかもしれません。(私は退きました^^;)念のために、音量にはご注意を・・・ |
ASIMOが米国でのオーケストラコンサートに出演、楽曲を指揮■ ソースMSN産経ニュース&ImpressRobotWatch 人間そっくりの動きをするホンダの二足歩行ロボット「ASIMO」(アシモ)が5月13日夜、米ミシガン州デトロイトでのクラシックコンサートに指揮者として登場。約90人編成のオーケストラを従えた本格的な「指揮者デビュー」となった。アシモは冒頭の約3分間、ミュージカル「ラ・マンチャの男」の有名な楽曲「見果てぬ夢」で、両手を振りながら、安定感のある指揮者ぶりを披露。コンサートは、デトロイト交響楽団が世界的なチェロ奏者のヨーヨー・マ氏を招いて開催した。ホンダが同楽団の若者向けの音楽教育支援プログラムに協力していることから、アシモの晴れ舞台が実現した。 以前、ニューヨークの証券取引所のモーニングベルを史上初めて人間以外のモノが鳴らしたと報道されていたアシモですが、今度はコンサートの指揮者まで勤めたそうです。トヨタの楽器演奏ロボット路線を多少なりとも意識したプロモーションとも言えなくもありません。(ホンダ自身のアイデアか、広告代理店のアイデアかは判りませんが・・・。ちなみに、この動画はHONDA自身がyoutube上に公式にUPしたもの。ホンダはそうした分野への理解も先進的と言えるのかもしれません) 正直いって、指揮そのものの動きがそれ程凄い訳ではないと思います。でも、ロボットというものが、今後人間社会にどのような形で溶け込んでいける可能性があるのか?また、我々人間側も、どのように受け入れる事が出来るのか?という点を探るうえで、面白いプロモーションであったのではないでしょうか。それこそ、モーニングベルを鳴らすという行為も、コンサートの指揮をする行為も、本来は名誉と地位が求められるものであり、誰それと出来るものではないわけです。それを特別なイベントとは言え、アシモはそれ行う事を認められたという事実に注目したいと思うのです。 正直な話、アシモに人間と同等以上の能力や、高い専門機能があるわけではありません。にもかかわらず、これらの行為を受け入れられるという事は、その概観や再現性を通じてマニアでなくとも擬人化して見る事が出来るという証拠であるわけです。そう、トータルパッケージとして、あくまで人に近いものを作り出しているという事に素直に感動と驚きを覚えているわけで。トヨタとは開発の向性の違いというか、スピリットの違いを感じさせます。 そういえばそんなアシモもtypeR以降の新型バージョンの発表がそんなに進んでませんよね。もしかして、アシモの次に来る次世代ロボットの発表が密かに控えているのではないか?と期待しているのは私だけではないはず。一体どような技術で我々を驚かせてくれるか楽しみですね。 |






