「この世はすべて錯覚だ」爆笑問題のニッポンの教養 FILE019■ 放送:2007年11月27日放送 NHK番組公式HP
■ 出演:爆笑問題 / 北岡明佳(きたおかあきよし)1961年生まれ。立命館大学文学部教授。専門は知覚心理学。 色が錯視に重要な役割を果たしていることを自らの錯視デザイン作品を用いて示し、2006年、色についての科学・芸術分野の研究に貢献した人物に贈られる国際的な賞『ロレアル 色の科学と芸術賞』金賞を受賞。「北岡佳明の錯視のページ」はこちら。止まっているはずのものが動き出し、回転し、揺れ、そして、消える…。錯視デザイナー・北岡明佳が生み出すイラストを眺めていると、不思議な感覚に襲われる。その計算し尽くされた線分や曲線、色彩のリズムが、思わぬ錯覚を誘う。北岡は世界的な錯視研究の第一人者。これまで10数年に及ぶ研究で、数々の画期的な錯視現象を発見。『錯視デザイン』という新しい領域を開拓し、2,000以上に及ぶ錯視デザインを発表してきた。まさに『錯視界の魔術師』だ。 『見る』こととは何か? 我々は一体この世界をどう認識しているのか?眺めるだけで思わず脳が揺さぶられてしまう北岡の錯視デザインを手がかりに、この世界を『見る』ことの本質に迫る。 ■ 錯視とは 特定の幾何学的な図形や、マークの組み合わせや、特定の色彩の変化のある模様を見ると、人はその図形の大きさを正しく認識出来なかったり、何でも無い図形から人の顔を想像してしまったり、絵が動いているように錯覚してしまう。それが『錯視』である。 人が物を見る際、コンピュータのような凄い高速処理が出来ているわけではない。パッと見て、大体正しければOKという視覚のメカニズムが働いている。最新のパソコンであれば、1,000,000,000回/秒の演算処理が可能だが、脳はせいぜい1,000回/秒程度。そこで脳は目から得た特定の手がかりを基に、単純化した図形として捕らえるトリックを使っている。また、コントラストの高い所は脳内情報処理が早く、コントラストの低い所は処理が遅い。『脳』は物を見るために(目に)刺激を受けてから、1/10秒位かかっている。その後の処理もあり、色によっても時間差がある。詳しいメカニズムは未だ解明されているとは言い切れないが、こうした生理学的条件や、過去の記憶からの本能的な推察能力が適合すれば常に発生していておかしくはなく、我々は無意識ながら常に錯視が起きている状況であるとも言える。また、これらの現象は個人差が大きい。 いやはや、相変わらず面白い番組ですね。今回は錯視でしたね。そういえば、以前読んだ本『進化しすぎた脳 / 池谷祐二』でも錯視の話題は取り上げられていました。世の中には、光の3原色なる考え方(プリズムを通すと、光が3種類に分解出来る)がある。それはヒトには赤・緑・青の各視細胞(杆体・錐体)が存在し、それぞれが主に赤・緑・青色の光を吸収するからそう見える。本来、光は段階的に別れるものではない。(ヒト以外の生物には世界が白黒で見えたり、ヒトには見えない色調まで見えるというヤツですね)また、その赤・緑・青や明暗を感じる度合いにも個人差があり、複数人数で同じ光景を見ていても、同じ色の度合いで感じれているとは限らないとの事でした。 世の中をどれだけ客観的に見ようとしていても、個人によってモノの見え方が違ってしまう事はいたしかた無いのかもしれませんね。しかも、育ってきた環境によって知識や経験が異なることから、見えたモノに対する評価や価値観が異なる場合もあるわけで。無意識のうちに先入観をもってして物事を受け止めようとするのも、身を守る防衛手段として自然と備わっていても当然なのかもしれませんね。 太田氏は、このような現象を目のあたりにして、下記のような感想を抱いたようでした。(以下、表現の一部を意訳しています)「そうした先入観のようなものは、錯視のみならず、対峙する人の過去の発言やイメージによって、『○○さん、らしい』とか、『○○のくせに、何を出じゃばった発言をするんだ』とか、評価されるケースもある。 逆に、人を好きになってしまった場合は、相手の良い面・理想的な面ばかり見てしまうケースもある。 人は既存のイメージを払拭して、絶対的な客観的なポジションで物事に対峙する事は不可能なのではないか。 世の中に対する評価の基準は全て自らの中にある価値観や生理現象を通して見てしまっていると言える。 それこそ『相手の中に自分を見てしまっているのではないか』」と。また、こうも述べてもいました。「他人と交わっていてもオナニーだなあと。 本当に他人との交流って出来るのかと。 全ては自分の反映か?何でも自分と戦っている気がする。 自分で自分をもてあましている。」 確かにスポーツ・映画・音楽・芸術作品を見ても、それぞれが違う感想を抱いたり、美しいと感じたり、感動する起因となる部分が違いますよね。それこそ、女性を綺麗・美しいと感じる価値基準も違うわけですし。ついつい趣味が合ったりする人との会話が増えるのも、望んでいる回答を返してくれる事を望んでしまっている事と言え、自分の理想を追っている事であり、他人としての主張を望んでいないとも言えるかもしれません。確かに他人とは完全に判り合う事など不可能なのでしょう。大体、自分自身の発言すら、自分の感情の全てを完全に表現出来るわけでは無く、他人の言葉に込められた意思なぞ、100%理解する事など不可能でしょうから。 しかし、そうした価値観にズレがあるものだと理解しているからこそ、自分に近い価値観に出会った時の安堵感があるのと同時に、自分に無い価値観に出会った時に『発見』にちかい大きな感動があるのではないかと感じました。それこそ、来週のテーマはそうした『ことば』のようで、とても楽しみですね。 PS) 今回の放送を見ている際、タイタンさんの『タイタン号の宇宙探検』というブログで拝見した、爆笑問題と、ガンダムの監督である富野由悠季氏との対談の内容が頭を過ぎりました。監督の『富野由悠季』氏によると、『ニュータイプ』なる概念は、『誤解せずに他者の意思がわかる人』と考えているようです。主観とか自分の能力とか自分の好みとか自分の考えはこうだ!っていうのを、全て捨てる事で、客観的に全部が判る能力。結果そのことが相手の考えを読む能力となり、「先読み」が出来る能力となる。という発想のようです。現実社会においては、主観が入る事で、いびつになって物事を間違わせてることってのがすごく多い。本当の意味で我々が獲得しなくちゃいけない能力なんじゃないのかなって思えるようになった。と、富野氏は考えているようです。うむ〜、太田氏の悩みはニュータイプにでもならないと解けない世界なのかもしれませんね?w |

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