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2019年7月19日(金)
きのうは、友人に会ってきました。
もともと生徒のお母様でしたが
とてもおやさしい方で、友人関係も築くことができました。
息子さんがヴァイオリンをやめて、お目にかからなくなり
もう4年くらいの月日が流れていたようです。
ひとりで抱え込まない
ということを伝えてくれました。
彼女は私よりももっと年上で、
日本に住んでらっしゃるご両親の介護を考え
アメリカ人のご主人とともに
日本に移住を考えてらっしゃる方です。
分かち合える部分がたくさんあり
とても励みになりました。
絶対に大丈夫。
笑っていいんですよ。
休憩していいんですよ。
愛は大事!
愛がなかったら生きていけない!
たくさんの問題を抱えながらも
彼女はとても輝いていました。
私も少しでも近づきたいと思いました。
1日を感謝ではじめましょう。
そして、聖書の一節を紹介くださいました。
主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
主はわたしを青草の原に休ませ
憩いの水のほとりに伴い
魂を生き返らせてくださる。
主は御名にふさわしく
わたしを正しい道に導かれる。
死の陰の谷を行くときも
わたしは災いを恐れない。
あなたがわたしと共にいてくださる。
あなたの鞭、あなたの杖
それがわたしを力づける。
わたしを苦しめる者を前にしても
あなたはわたしに食卓を整えてくださる。
わたしの頭に香油を注ぎ
わたしの杯を溢れさせてくださる。
命のある限り
恵みと慈しみはいつもわたしを追う。
主の家にわたしは帰り
生涯、そこにとどまるであろう。
詩篇23編より
ヨーガの考え方
聖書の一節
いろいろな考え方に触れて
自分のこころを豊かに
たくさんの問題や困難とともに
希望をもって
歩もう。
みなさん、ありがとう☆
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ヨーガの祖、パタンジェリは『幸福な人に会ったら、その幸福を喜び、不幸な人に会ったらその不幸を哀れみ、有徳な人に会ったら、それをよろこび、おのれの不徳を捨てる。その態度を培うことによって、こころは清澄を保つ』と書いています。こうしたことが4千年ほども前に書かれたということは、当時も幸福な人を見れば妬み、不幸な人を見ても同情できず、有徳な人をみてもけなし、、そういう人がけっこういたに違いありません。そうした中に一種、自分を成長させる『修行』としての、他の人へのかかわり方をパタンジェリは教えたのだと思います。アーユルヴェーダでは、邪悪な人とは関わらない、無視する、というのも健康法のひとつにいれられています。つまり、『食べるべきでない食べ物を食べたような具合』に、人と会っても魂が喜ばない場合がある。その意味からも良き友人にまさるものはありませんね。
2019/7/20(土) 午後 0:06 [ raijin&fuujin ]
R&Fさま、
いつも、本当にすばらしいお言葉をありがとうございます☆☆☆
人間の性というものですね。
パタンジェリの言葉、こころにとめておかなければなりません。
邪悪な人 を どう判断するか...魂がよろこぶかどうか、
というのもとても興味深い、なるほど です。
R&Fさんを含め、周囲のよい方々との交流を大切にしていきたいです。
ありがとうございます。
2019/7/20(土) 午後 4:31