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「隆史さん。」 真希が後ろから声を掛けると、若様はゆっくりと振り向いた。 「おう。・・・・悪かったね。急に呼び出して。」 立ち上がってズボンの後ろを軽くポン、と払うと、真希の方へまっすぐ向き合った。 黒いネクタイの根元が少しゆるんでいる。葬儀の後、きっとここで一息ついていたのだろう。 髪を整髪料で整えている若様は、初めて会ったときのようにやっぱり「王子様」というか「若様」という風貌を漂わせ、ダークなスーツにネクタイという出で立ちのせいか、いつもよりも少し大人に見える。 その若様の手が上着の中に入ったかと思うと、細い竹の筒を取り出して真希に差し出した。 「これ。受け取って欲しいんだ。」 「?」 真希が受け取った竹の筒には、「佐保姫」と筆で書かれている。 「さ、ほ、ひめ?」 「そう。佐保姫。春を運んでくる女神様のことだよ。真希ちゃんのイメージに合うような気がして・・・と、いうか・・・」 若様はコホンと空咳を一つした。 「誰かを想って茶杓を削りたいなんて、初めてだったよ。つまり・・・」 真希は、隆史の優しい瞳に見つめられて、隆史の言わんとしている事がどういう事か、気が付いた。 信じられない!! 次の瞬間、真希の頭の中でいろんな場面がぐるぐると浮かんできた。若様を見初めた初めての茶会、よっぱらいに助けられた事、川原での苦い会話、叱られたこと、抱きしめられた(!)事・・・ 隆史さんが、若様が・・私のことを?ええ〜!? 頭の中のぐるぐるはそのうち渦を巻きだした。渦の中にとけていったのは、若様やみんなとの思い出・・・あの後ろ姿は・・誰だったっけ?その背中が振り向くと、どうしてだか細川君の顔が浮かんで消えた。 だけどそのうち自分の中でもう一人の真希が冷静に考えているのを感じた。 どれくらい時間が経っただろう。 「・・・あのね、隆史さん」 真希は、そっとベンチに腰をおろした。 「白状すると、私、隆史さんに一目惚れして、なんとか近づきたくって茶道部に入ったんです。 お茶の世界って、最初はよくわからなくって、堅苦しいものだって思っていたけれど・・・今まで知らなかったことがわかるようになったり、みんなでお茶会を作ったり、お点前させてもらったり。すごく楽しかったんです。 今回も、あんな立派な席でお点前できて・・・すごくいい体験させてもらって、嬉しかったんだけど。」 少し、迷ったけれど真希は言葉を選びながら続けた。 「私、お家元にお茶を点てながら、だんだん自分に腹が立ってきたの。自分の未熟さが、歯がゆくて、もどかしくて。始めて日も浅いんだから当たり前なんだけど。でも、なんでもっともっときれいな動きでおもてなしできないんだろうって思ってた。 吉川師匠に、なんでお点前なんかあるのかねえ、って言われてから自分なりに考えていたんだけど、お点前って、お客様へのおもてなしの一つかなあと思ってたんです。 でも、お点前の姿って、怖いくらい自分自身の現在の姿がさらけ出されるんですよね。だから、みんな一生懸命お稽古するのかもしれない。もしかしたら、完璧な姿なんてないのかもしれないって・・・。 そう思ったら、なんだかいても立ってもいられなくなっちゃって。私、もっともっとお茶の事知りたいって。お稽古したいなあ、って。」 若様は、黙って聞いていてくれた。 「ちょっと前まではね、私、自分に自信がもてなかったんです。自分が人に誇れるものは何かあるかなあって。だから、隆史さんがそう言ってくれて、すっごく嬉しかった…んだけど、だけど、今の自分の気持ちがわからなくなってしまったんです。 もしかしたら、納得するお稽古ができるようになったら・・・胸を張って隆史さんと向き合えるかもしれない。だから・・・それまでこの茶杓、預かっててもらえますか?」 「・・・そうかあ。」 隆史は、ちょっと残念そうな顔をして茶杓を受け取った。真希は慌てて付け加えた。 「もちろん、いつになるかわからないけどそれまで待っててなんて、私には言う権利もないですから!なんだかえらそうなこと言って、ごめんなさい!」 「うん。わかった。今のきみの気持ち。これは預かっておくから・・これからの真希ちゃん、楽しみに見ているよ?」 若様の長い指が、竹筒をきゅっと握りしめた。真希の大好きな細くてきれいな指が、少しかすんで見えた。 ああ、もったいないことしたかも。 真希は木の葉の舞う一本道を、一人でどんどん歩いた。 千恵に話したら、「なんてもったいない!」って怒られるかもしれないなあ。 だって、だって、・・・あれが私の正直な気持ちだったんだもん。 ぴた。と、立ち止まる。 人との出逢いは一期一会、後悔しないように、私らしく! 「がんばるぞお〜っ!!」 自分で自分に気合いを入れて、空に向かって大きく拍手!! チャ!チャ!チャ! 〜終〜
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2007年03月29日
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