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水屋に戻ると、吉川師匠が席に入ってくださっていた。 相変わらず飄々としたお茶人ぶりのおじいちゃんだ。夏物の薄い着物の上に、透ける羽織(「十徳」と呼ぶのだそうだ)を涼しげに羽織っておられる。 「この茶杓は誰が削ったのかね?」 「はい、ただいまお点前をさせて頂いた細川が削りました。」 「ほう・・・ご銘は何とつけられましたかな?」 「はい。『逢瀬』と。」 「ふむ・・・『逢瀬』・・・。よいご銘だな。削りも初々しく、清々しい姿のよい茶杓ですなあ。このお席は、亭主側の皆が心を込めて懸命にもてなしている。よいお席じゃ。」 師匠はしきりに頷きながら茶杓を手に取って眺めていた。 「お褒めにあずかり、恐縮です。」 浅井部長も、嬉しそうに頬を上気させてにっこりした。 「君たちは、素晴らしい宝を持っているのじゃ。若さというのは、それだけで素晴らしい宝じゃ。今経験できること・・・失敗も成功も、・・・様々な出逢いも・・・別れも。一つ一つが君たちの実に結びつくと心得よ。今日はよい茶を飲ませてもらった。ありがとう。」 吉川師匠はまるで詩を吟ずるように、朗々と、そしてかみ締めるように大きな声でそう言った。 部員達は、その師匠の言葉を水屋の裏でしいんと聞いていた。 結局、一般のお客様はその後も引きを切らず、用意していたお菓子はお昼を過ぎる頃にはなくなり、急いで追加注文をしてやっと間に合うほどの盛況となった。 十分に漉しておいた抹茶も底をつき、水屋で点て出しの茶筅を振っていた部員達の手首は悲鳴をあげていた。バケツの水を替える部員も、校舎と水屋を何往復もしてへとへとになった。 要するに、結果として・・・七夕茶会は大成功を収めたのだった! 茶道部員達は、茶会の後かたづけに追われながら、爽やかな充実感に浸っていた。 たくさんの短冊が飾ってある竹を下ろしながらチラッと見えた赤い短冊には、幼い文字でこう書かれていた。 「ピアノの先生になれますように。」 裏面に、 「おいしかったです。ごちそうさまでした^^」 マジックで几帳面に書かれている文字を見て、真希は一服のお茶を通じて心が通い合う嬉しさを感じられたような気がした。 茶道って、お茶って、なんかいいなあ・・・。 「あ、武田さん。ちょっと。」 吉川奈緒が向こうから手招きをしている。 「何?」 と、そばへ行くと。 「さっきおじいちゃんが持ってきてくれたの。例のお茶碗、金継ぎ仕上がったって。」 奈緒がそうっと風呂敷を開けて、箱の中から茶碗を出して見せてくれた。 静かに座っている牛の絵。その横をつうっと金の曲線が優しく流れている以外は、以前に見たあの絵唐津のお茶碗だ。見事な金継ぎの茶碗になって、真希の前によみがえってきてくれた。 「わぁっ・・ありがとう!吉川さん・・・」 「いえいえ。直したの、私じゃないし・・・」 そう言いながら、奈緒も嬉しそう。 ふと、思いついた。 「ね、このお茶碗、気をつけて持つから、少し借りてもいいかな?」 「?うん・・・大丈夫だと思うけど・・・」 「ありがと!」 真希はそっと茶碗をしまうと、風呂敷ごと抱えて橋の向こうに向かって早足で歩き出した。 若様に、見せたい。 そして、今なら自分の気持ちを打ち明けられるような気がする。 大学席の片づけは、さすが慣れているせいか、殆ど終わっていた。洋服に着替えて自分たちの車に道具を運んでいる人もいる。
「あの・・・すみません。わか・・・開発さんは・・?」 そこら辺にいる人をつかまえて聞くと、橋の下で見かけたという。 真希は下駄をカタカタ言わせながら、橋の下へ向かった。 が、ぴたと立ち止まる。 話し声がする。 ドキン、と心臓が波打った。 男と女の、暗い話し声。 心臓の音がうるさいのに、彼等の話し声だけはエコーがかかったように、真希の耳に届いてくる。 これって・・・この内容は、別れ話じゃない!? 「ごめんなさい。」 涙声が聞こえ、橋の向こうに走って行く後ろ姿。 あれは・・・バンビさんだ! 真希はのろのろと橋の下に視線を移した。 橋の下、階段には若様がうつむいて腰掛けていた。 |

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