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お床のお軸と、お花。(たまに香合)
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江上数峯青

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江上数峯青(こうじょうすうほうあおし) 大徳寺黄梅院太玄 筆

悠々と流れる川の流れからふと目を上に遣ると、青々と茂った山々の力強い景色が目に飛び込んできた、そんな場面が思い浮かぶ、初夏の頃の清々しい言葉だと思います。
太玄さんの書も、相変わらずふっくらとして力強いです。
今週のお稽古は少し蒸し暑い日でしたが、お床の書のお陰でちょっぴり爽やかな風が感じられました。


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お花:シモツケ、?ユリ、ヤマブキショウマ

花入れ:潺々(せんせん)籠

暖かくなると、お床には涼しげな籠が登場することが多くなりますね。
潺々(せんせん)籠というのは、「雲片片、水潺潺」などの言葉にあるように、水がさらさらとなんのとらわれもなく、あるがまま無心に流れていく、という意味から名付けられた籠だそうです。
そのような謂われを聞いて見てみると、いかにもさらさらと流れる川の水の音が聞こえてくるような気がするから不思議です。

黄色いユリの花は、先生が何年もかけて咲かせたお花だそうで、かわいらしい姿を見せてくれていました。が、なんというユリなのか、失念されたそうです!!残念…

青山緑水

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青山緑水(せいざんりょくすい)

佐藤朴堂 筆

山は蒼く生い茂り、水は翠に光って流れている。
ありのままの大自然の前では、人はただ感動するのみである。
今の季節にぴったりの、おおらかな気分にさせてくれるお軸です。
最近は山歩きもとんとしなくなりましたが、以前に行った上高地の光景は、まさにこの言葉のように私達を感動させてくれました。
大正池から河童橋、明神池へ連なる川の流れの清らかだったこと!
子供が大きくなったらまた訪れてみたいです。

山といえば、富山県の立山黒部アルペンルートも、大好きな地です。
初夏にかけての新緑がまぶしいブナ林、しぶきが涼しい称名滝、遊歩道の端に可憐に咲く高山植物…
そして今の時期、観光客を一様に驚かせる、雪の大谷。
ああ〜、書いていたらまた登りたくなってしまった。

お花:テッセン、バイカウツギ

もうテッセンが咲く季節なのですね。
お茶を始めてから、鉄線という花があることを知りました。いかにまわりの草木に無関心だったかということですね。(汗)いろんな色のテッセンがありますが、濃い紫色のテッセンが一番好きです。

「空木(うつぎ)」の呼び名は、茎が中空になっていればみな「空木」なのだそうで、ユキノシタ科やスイカズラ科にあるだけでなく、同じユキノシタ科の中にもウツギ属やバイカウツギ属があって、それぞれにいろいろな ウツギの名を持つ花があるそうです。(「茶花の本名」寺田孝重 著より)
ややこしいですね〜!
と、いうことは、このバイカウツギはユキノシタの仲間なのですね。
やさしい白色を咲かせていたバイカウツギでした。

今週のお床

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お軸 千山添翠色(せんざんすいしょくをそう) 前大徳明道老師 筆

お花 黄牡丹

花入 青磁

書のことはよくわからないのですが、部屋に入った時、のびやかで堂々とした風をお軸の字から感じました。
千山添翠色、まさに今の季節を表す山々の様子の事なのだと教わりました。山の緑色は、若葉が萌えいずる「新緑」の色が一年で最も美しいのかもしれません。山々全体が何かを生み出すエネルギーを放出しているような、神々しささえ感じさせる力を持っています。

人間がどんな業を行っても、自然の理は毎年同じように巡ってくる。

なんにつけても、若いということは素晴らしいですね。若さを失ってしまったから余計にそう思うのだけれど…初心忘るべからず、といったところでしょうか。

お花は、黄色い牡丹の花です。お弟子さんが持ってこられたのですが、最初は花びらがほんの少しほころんでいたのが、床に飾られて時間が経つと徐々にふっくらと花開き、まるで日本画のように美しい姿になっていきました。
変化する花の移ろいを眺めているのも、なかなか無い面白い体験でした。

黄牡丹は急遽持ち込まれたので、その横にももともと用意されていたお花がありました。

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お花 オダマキ、二人静

花入 信州焼

花入れは先生が信州で求められたものだそうですが、深みがかったびいどろ色?のような釉薬が印象的な大きな花入れです。オダマキも二人静も、とても可愛い花です。

今週のお床

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お軸

「白珪尚可磨(はっけいなおみがくべし)」【詩経】  小林太玄 筆

「『白珪』は、上が丸くて下が四角い、、いわゆる上円下方の形をした、見事な玉のこと、それも完全無欠のものを言います。その完璧な玉を、なおかつ磨きなさいというのが、この句の意味です。
 もう磨きようがないほど完全なものを、さらに磨く。その努力が大切なのです。人間もまた、死ぬまで修行です。もうこれでいいと思ったら。それで終わり。それ以上、進歩も発展もありません。」
                       (「茶席の禅語早わかり」主婦の友社 より)

お花 牡丹

花入 古銅耳付

今週は広間でのお稽古でした。

広間の大きなお床に、小林太玄さんの迫力ある文字が。そして下には、まさに今開かんとしている牡丹の鮮やかな赤紫がちらりとワンポイントのようにお床全体を引き締めていました。
牡丹の花は、全部咲ききってしまうとあまりにも艶やかで茶席には向かないけれど、このように開き始めの花びらがほんのちょっとのぞいている状態だと、本当に凛として茶席にぴったりになるんですね。

太玄さん、先日の京都旅行で大徳寺の黄梅院に寄らしてもらいました。
特別拝観をしていたからということもあったのですが、あのすばらしい字を書かれる太玄さんのおつとめさきを見たかったから。残念ながらご住職の太玄さんにはお会いできませんでしたが、黄梅院はさすがに素敵な所でした。

「白珪」とは上円下方の形をしているとは初めて知りましたが、完璧なものも休まず磨き続けていかなければならない、という教えはいつも心にとめておきたいと思います。
白珪なお磨くべし、不完全なものはなおさら磨くべし。

今週のお床

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お軸
 
 「本来無一物(ほんらいむいちもつ)」 長谷川寛州 筆 【六祖壇経(ろくそだんきょう)】

「 これは禅の根本原理ともいうべき言葉で、中国の六祖慧能(えのう)禅師がその悟りの境地を披瀝した偈(げ)の中に出てきます。
  菩提本無樹(ぼだいもとじゅなし)
  明鏡亦非台(めいきょうまただいにあらず)
  本来無一物(ほんらいむいちもつ)
  何処惹塵埃(いずれのところにかじんあいをひかん)
 人間は本来一物も有しない。本来裸であってみれば、汚れはおろか、一塵一埃もない。つまり、人間は生まれながらにして仏である。修行とか、学問とか、そういう意識を持ったとたんに逆に仏からしだいに遠く離れていく。一つの物事に脇目もふらずに一生懸命打ち込むこと、愚かなように見えても、結局それが仏になる近道なのだ。こうした経験や実践を通して人間は仏になれるのだ、というのがこの偈の意味です。」
           (『茶席の禅語早わかり』主婦の友社 より)

お花  牡丹 

花入  古銅耳付

 真のお稽古の日、茶室にはいるとお床には牡丹と「本来無一物」のお軸。格調ある古銅の花入れに、牡丹が凛と入り、寛州の迫力あるお軸が迎えてくれました。
 
 以前、娘が4ヶ月頃の時、ベビーカーに乗せてデパートを歩いていました。その時、見知らぬおばあさんに「かわいいねえ、さわってもいいですか?」と聞かれたので、「どうぞ(^.^)」と言ったら、そのおばあさんは「いいねえ、赤ちゃんは仏様だねえ。ありがたい、ありがたい」と繰り返しながら、自分の指で自分の額と赤ちゃんの額とを交互に触っていかれました。

 赤ちゃんはみんな仏様、なんだろうなあと思います。無邪気、というか無心の体でいるから、周りを和ませ、有り難い気持ちにさせてくれるのでしょう。

 人間は無心でいる時が一番尊いのかも知れません。何も持たずに生まれ落ちてから、成長するに従って無心でいられる時がだんだん少なくなっていく。それは仕方のないことだけれども、せめて時々は無心に何かに打ち込む事を、忘れずにいたいと思います。


    

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