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5年。
NSCを含めてやってきた芸歴である。 この5年というのはただ漫然と過ごした大学生活の5年とは違い、 自分の好きなこと 初めて一生懸命やりたいなと思ったこと これをやってきた5年。 とても濃い5年である。 これをフイにしてやめるというやつが現れた。 人形箱・小川耕平 (元、十兵衛→銀兵衛→人形箱、漢字3文字が好きらしい) 彼には才能があった。 NSC在学中、ネタがウケすぎて4階でやってたネタ見せの笑い声が6階の事務室にまでとどろき、それに驚いたゴキブリとネズミがこりゃたまらんと引越しを決意したとかしなかったとまで言われる才能が。 当時、ネタ見せをした作家に 「俺はこの期を見れてよかった。見てなかったら十兵衛に会えてなかった。」 とまでいわしめた。 特筆すべきはそのWord力である。 Word力と言っても、パソコンが上手いわけではない。それぐらいはわかってほしい。 自分もツッコミに言いたいことや例えなんかをよく入れるが、彼の例えというのは完全に雲の上、常識の外であった。 「耳にフジツボつまってんのか!!耳、潮干狩りしろ!!」 「産業革命時の労働者をバカにするな!! 月月火火水木金で働いとんだぞ!!!」 「森公美子を輪切りにして魚肉ソーセージにするような行為じゃねえか!!」 「地蔵の首とるような罰当たりは山犬喰われろー!!!」 筆者では10年頭をひねっても出てこないような奇想天外な例えばかりである。 しかも、このWordにはとんでもない振り付けがつく。 でかい手のひらを振り回しながら、怒声をあげ、舞台を暴れまわり、趣向をこらしたWordをぶち込む様は、漫才歌舞伎と言われた。 「カクテル!カクテル!カクテル!! カクテルの話しをさせろ!!!!!」 この時のジェスチャーはアザラシの求愛行為のようであった。 しかし問題は卒業後。 ウケない。 チビるほどウケない。 時代が彼に追いつかなかった。 それは言い訳かもしれない。 お客さんにもわかるように笑いを提供するのがプロだ。 ただし、袖の芸人はとても笑った。 賞レースでも16期では唯一初年度のザマンザイ一回戦を突破した(その翌々年、我々は認定になるが)。 そう、わかるやつにはわかる。 その様子を見ていたテレビ関係者に見事引っかかり、16期初、ネタでのテレビ出演(新進気鋭という番組)が決まる。 ネタ後のトークでも合コンにくる女あるあるを美空ひばりにのせて歌い上げるという、およそ地上波に似つかわしくない特技でしめくくり、圧倒的センスを見せつけた。 が。 ここで、相方が結婚することになり芸人を辞めてしまう。 今、思うとこれが彼のケチのつきはじめだったのかもしれない。 彼の奇跡的Wordセンスを受け止め、一緒に面白がれる、それがいつか客に伝わると信じれるやつ というのはなかなかいない。 個人的な相方の絶対条件でいうと、 「相方の面白いと思うところをどこまで信じれるか」 がある。 その稀有な存在を彼は失った。 彼は探した。 自分の信じる面白いものを一緒に面白がれる存在を。 探すこと、半年。 同期のくすぶってたやつを見つけて組み直した。 もちろん、前の相方をひきずっていないわけではなかったことは周りにも重々伝わっていた。 しかし、元カノの存在をいつまでも忘れないなどというような女々しいことをいっていては一歩も前に進めない。 彼のそういった悲壮な決意が悪かったのだろうか。 相方がとんだ。 とんだ。 別に鳥人間コンテストに出たのではない。 黙っていなくなってしまったのだ。 芸人としてやっていく自信をなくしたらしい。 一度消えかけた火を灯した瞬間、どしゃぶりの雨が彼を襲った。 それから彼は彷徨った。 色んなライブを見学にいき、 相方もいないのにネタを書き、 先輩の小間使いも呆れるほどやった。 iPhoneの待ち受けにメモ帳が貼ってあった。 「今日やること ツッコミのワードを20個考える。 童貞エピソードを1つまとめる。」 いや、もうちょい考えろや。 とかは言わないであげてほしい。 先の見えない暗闇を照らすロウソク代わりのメモ帳だったのだから。 その間も彼はすべりつづけた。 独特のワードセンスと圧倒的な愛嬌はお客に伝わらなかった。 阿佐ヶ谷ロフトのライブにSLのサカイさん、濱口浜村の浜村さん、僕と一緒に出演したにもかかわらず 出てないことになっていた。 それくらい滑った。 それをいつも僕らはいじった。 そんな雑ないじりも、彼は持ち前のワードセンスと愛嬌で笑いながら返してくれた。 この阿佐ヶ谷のライブの件も 「誰が香取慎吾主演の昔のドラマだ!!」 おそらくドラマ・透明人間のことだろう。 いなかったことにされたことと透明人間をかけたのだろう。 とても面白い。 が伝わるわけもない。 我々はそんな彼に甘えていたし、逆に甘やかしていたのかもしれない。 雑なイジリでののしったかと思えば、 でもお前が一番面白いんだ、などと何の保証もない言葉を投げつけていたが、彼がその間に何を考え、どんな気持ちで芸人を続けていたのかなぞ、考えもしていなかった。 彼の芸人としての野望は確実にすり減っていた。 彼は一期上の先輩と組んだ。 これが最後になるだろうと。 が、結局一年もたず、解散。 彼は芸人を辞めて、実家の呉服屋を継ぐこととなった。 勿論、こんなことは今このブログを書いてる瞬間も東京のどこかで起きているかもしれない。 もともと売れたら奇跡なんて言われるような世界である。こんなことを書くこと自体、彼を甘やかしてるし、なんの心配もされずに辞めていくやつもいただろう。 ただ書かずにはいられなかった。 彼はそれほどのセンスと愛嬌があった。 この世界面白いだけ売れることが難しいのは5年で痛感した。面白いというのは最低条件なのだ。売れるための戦略がいるし、作戦がいる。社会人として器用な立ち振る舞いというのが、サラリーマンより必要かもしれない。 しかし、我々がお笑いの門をたたいた時、 売れる売れないという前提の前に、 おもしろくなりたい、おもしろさへの憧れが大前提があったはずだ。 野球のオーナーしかり、経営以上に野球愛というものは求められる。 異論はあるだろうが、あまりにビジネスライクにお笑いを捉えるならば、その人はお笑いでなくビジネスをやるべきだ。 青臭い夢なしで始める奴はいない。 誰しもがダウンダウンさんに憧れ、 現実を知り、己を知り、 夢は現実に歪まされ、 舞台を主戦場に切り替える者、 一芸でタレントを目論む者、 作家になる者、 闇営業で食う者、、 これを妥協と捉えるか、時代が変わったと捉えるか、捉える方は人様々ではあるが。 が、面白いものへの憧れという一点だけにおいては絶対に皆共通しているはず。 その面白さが彼にはあった。 別にダウンダウンさんと思って彼を見ていたわけではないが。 とても、惜しい。 正直 やめて欲しくない。 お笑いファンですら受け取れぬセンスを、どうやって一般社会で活かすというのだろうか。活かす活かさないの前にやっていけるのだろうか。 最後に送別した時も、皆、憎まれ口しか叩けなかった。 「素人が、話しかけてくんな!」 に対して彼は 「素人?結構だよ!フィリピンパブで天下取ってピチピチのフィリピン人妻もらってやるわい!!」 極めて優秀。 ノータイムでこれが出てくる素人がこの春に誕生する。 それはそれですごいことなのかもしれない。 これから仮に我々が売れることがあっても、彼にはずっと嫉妬するだろう。 ゆえに一刻もはやく彼が社会を体験して挫折してお笑いに戻ってくる奇跡を信じる。 今日のブログは全く面白くない。 彼とのLINEのやり取りの方がよほど面白い。 ただ、一つ全力でムカつけたのは彼が月に仕送りを12万円もらっていたことである。 なおのこと、やめる理由ない。 はあ、勿体無い。 勿体無いなぁ。くそが。 |

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