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○さようなら「あかつき・なは号」
先月まで2月の3連休初日を利用した「あかつき・なは」の乗車記が中途半端に終わっていたので、まとめておきたいのですが、終点京都駅に降り立つと、外はみぞれまじりの雪が降り出し、「さすがに京都の冬は厳しい」と思わせるに十分な天候でした。
そんな悪条件でも鉄ファンは熱心にひと仕事を終えた夜行列車の姿をフレームにおさめていました。
若い彼らにどの程度の思い入れがあるかはわかりませんが、自分が普通に旅するに利用していた交通機関がにわかに注目されている様子を見ると少し奇異にも感じますが、廃止を目前にしているという現実を突きつけられている証拠でもあるわけです。
この時は廃止まで1ヶ月前だけに感慨もさほどではありませんでしたが、直前になってマスコミも多く取り上げるようになると、何とも言えない寂寥感を憶えるようになりました。
それに加え、地方と中央の格差が拡がるなかで、地方が切り捨てられていく一つの現象なのかもしれません。鉄道による24時間体制による輸送手段の確保が維持できないことは、それだけ地方の衰退や流通の衰退を現している気さえしてきます。
おおげさかもしれませんが、大量の人間移動の選択肢が失われることは衰退以外の何ものでもないことを肝においておくべきでしょう。JRは鉄道事業者として大きな損失を重ねていることを早く自覚しないといよいよ国内で輸送ネットワークを維持できなくなる恐れもあります。
鉄道は道路や空路に比べ輸送の安定性は非常に高いツールなのですから、もう少し社員も勉強して優位性をPRして、客の獲得に努力してもらいたいものです。
利便性を悪化させ、地方の衰退助長をもたらすようでは何のためのJRかわかりません。
思い出の「あかつき・なは」は3月に予定どおり廃止になりました。もう復活の目処は社会構造の変化でも無い限り絶望的です。どこか行くのに不便になり、連休の計画づくりも退屈なものとなりそうです。
仕事を終えて、その足で日常を離れ、夜行列車に乗り込み、夜明と共に違う地域の景色を楽しむ、そんな旅の醍醐味を九州で生活していると味わえなくなる日もそこまで来ています。
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時間をかけて旅をする…。早さを求める現代人にとっては新幹線や飛行機の方が魅力的かもしれませんが、ゆっくりと進むことによって見えてくるものがあると思うんです。寝台特急はそんな考える時間を、そして心に余裕をくれた列車だった気がします。「なは」「あかつき」に次いで、「富士」「はやぶさ」が姿を消して1年になりますが、古き良き旅がどんどん無くなっていくことに寂しさを覚えずにはいられません。
2010/4/1(木) 午前 0:38 [ - ]