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○危なかった山陰旅行記(2011.12.31)
2010年最後の日は、山陰のローカル私鉄「一畑電鉄」で出発です。
さすがに、この地方は雪に慣れているのか、電車は何の影響もないみたいにスイスイと快走していきますが、車窓からの景色は猛吹雪のようで、宍道湖もまるで日本海のような荒波を岸辺に打ちつけています。
真冬の気候はこれが普通なんだろうかと、思い始めていたら、乗り込む地元のお客さんも何か普段とこの日の天候が違うことを物語っているように、やけに落ち着きが無い様子を見せ始めていました。
電車は京王電鉄の譲渡車で寒冷地仕様ではありませんから、扉と車内は直結していて、ドアが空くたび吹雪が車内に入り込みます。
無人駅では、2両目が開きませんから、そこに座れば賢明でしょうけど、一畑口で進行方向が変わるので、そこでまた1両目に戻るということもしなければなりません。
私の目的地大社に行くには、川跡駅で乗り換えなければならないのですが、既に駅には雪が積もり、猛烈な風が吹き付けるため、わずかな電車の乗り換えがこんなにつらいとは思いませんでした。
大社行きに乗り込み、10分程度で終点大社に到着ですが、この時点で、今日の天気がこの地方でも尋常じゃないことは何となくわかってきました。
今日は無事九州まで戻れるのか不安がよぎりはじめたのが、この時でした。
(つづく)
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旅行・温泉・鉄道
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○危なかった山陰旅行記
2010.12.30
吹雪の中、松江駅に遅れて到着。駅構内のショップ街にある「大橋そば」で割子 そばのセットを注文。久々に現地で食べるそばは九州にある「出雲そば」の店とは
風味が違うことを痛感する。
この日は松江市内のRホテルを予約。東町にあるため駅から10分程度歩いて
いく必要があるが、この日の荒天はわずかの徒歩でも相当堪える。
体に寒風がつきささり、手足の感覚がすぐにおかしくなってくる。特に新大橋を渡 る時は宍道湖側からの風をもろに受ける為、橋から落ちそうなほど押し込まれてし
まい、足早に橋を通過した。
ほどなく、ホテルに到着。満室ではなさそうで、フロントもそんなに賑わってはいな かった。
しばらく落ち着いて、小腹もすいていたので近場のカウンターがある居酒屋で、
一人「ミニおでん」と「ぶり刺身」「なまこ酢」「手長エビの唐揚げ」を注文して、小一
時間過ごし、ホテルに戻ろうとすると、雪の勢いは更に増していて、一気に身震い する。
明日朝は大丈夫だろうか?早朝出雲大社に行き、そのまま帰るプランを考えて いたが積雪がひどければ、一刻も早く山陽側に出ないと九州に戻れない。そんな
ことも頭をよぎった。
○2日目(2010.12.31)
翌朝、2010年も最後の日になったこの日、窓の外を見ると意外に積雪はひどく なく、1〜2センチほどしか積もっていなかった。
しんじ松江温泉駅から出雲市駅行きの電車は通常どおり動いているようだった
ので、一安心して徒歩で駅に向かったものの、ここで吹雪がすごく、視界がほとん
ど効かない状況で数百メートルが遠く感じた。
スキー用のネックウォマーとニット帽、更に下着にはヒートテックとフリースでかな
り武装でしていたつもりでも、冷たさが体にしみこんできて、駅についた時は、待合
ベンチにあるストーブに一目散にかじりつくほどでした。
既に3人ほどのお客さんが暖をとっており、2人は格好からして私のような一見さ
んらしく、十分な防備でないことが堪えているようでした。
一畑電車の出雲市行きは京王電車の転用もので、不思議なもので地方に行く
と、そこの雰囲気に溶け込んでいるようですが、寒冷地仕様でないため、ドアと室
内の緩衝エリアが無く、冷気がそのまま室内に入るので、暖房が効きにくいのが
つらいところです。ワンマンカーなので後部車両にいるのが得策です。
一畑電車は、時刻どおり7時29分に吹雪の中、ゆっくりと松江駅を後にしまし
た。(つづく)
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○危なかった山陰旅行記2010.12.30
山口線の鈍行列車は予定では16時に益田駅に到着予定でしたが、行き違い列車の遅れで益田に着いたのは16時09分、本来なら16時08分に発車するはずの「スーパーまつかぜ」には乗車出来なくなるのですが、接続列車であることから、山口線の到着を待っていたのでした。
しかし、特急「スーパーまつかぜ」はわずか2両編成で車内販売も無ければ、
車内販売機も設置されていない!つまり、山口線から乗り継ぐ客は2時間半と終点鳥取にいく人は4時間近く、飲まず食わずで移動しないといけない。
これは、乗客の人権無視だと怒りがこみ上げてきた。
遅れた接続列車到着後すぐに出発するのでなく、駅のキオスクで飲み物を買うための2〜3分時間を設けるのがあたりまえでしょ!と言いたくなるが、文句言っても仕方ないので、わざと車掌さんに「車内販売か自動販売機は無いのか」尋ね、当然両方とも無いと言われたので、「じゃ、次の浜田駅でホームで飲み物を購入しますね。」と言うと車掌さん曰く「列車が遅れているので乗車が済むとすぐに発車しますよ」と言われたが「いや、購入する手段がそれしかないなら、そうしないとしょうがないですから」ということで車掌さんに印象に残しといて、次の浜田駅のホームに降りることにしました。
しかし、そんな手間をかけずとも、浜田駅では行き違いの列車が遅れていたので、結局5分くらい停車したおかげで飲み物も無事購入できました。
しかし、竜巻のような突風が雪とともに吹き荒れ、日本海の波は消波ブロックを乗り越え、係留している漁船に襲い掛からんばかりの猛威を振るっており、海岸沿いを走る列車にも、その魔の手が届きそうな恐怖をおぼえながら、早く海岸から離れた地域に入っていかないかと手を合わせる気持ちで窓の壮絶な景色を眺めていくうちに、冬場の早い日没が訪れ、周辺は山陰独特の暗闇につつまれていきます。それでも、窓には雪の結晶が暗闇から次々にたたきつけてきて、それが一向に収まらない冬の嵐を顕していました。
浜田、江津、大田市などの主要駅に停車し、やがて近代的な市街地が見えてくると、出雲市駅に到着。これで無事に目的地松江には到着できる目処がたった気がして、ここで安堵の胸を下ろせることができました。
15分程度遅れて、松江駅に到着。安心したせいか空腹感を覚え、駅構内のお土産屋フロアの一角にあるそば屋さんに直行。前回訪ねたのと比べフロアも綺麗になっており、「あれ?こんな感じだったかな」と違和感はあったものの、メニューは変わらず割子そばと天ぷらのセットを注文した。
本当は行きつけの松江市内にある「神代そば」に行きたかったけれども、列車が遅れたため、開店時間内に移動できない状況だったので、やむを得ないところではあるけれども、この店もそば自体は遜色ない味で十分満足できるものでした。(つづく)
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○危なかった山陰旅行記
今回の年末年始は天気が荒れて、全国各地で被害が続出しているようです。何とか早期に持ち直して、復旧作業が進んでもらいたいものです。
特に、今回の寒波は西日本の山陰地方に大きな影響を及ぼしていますが、
実は私自身、12月31日の昼まで島根県に滞在しており、猛烈な大雪があっという間に現地を覆いつくすさまに遭遇してしまったのです。
本当にお気楽な気持ちで、年末の2日間を使って、松江の美味しいそば屋さんに年越し蕎麦を食べに行って、出雲大社まで一畑電鉄で移動する旅を満喫して九州に帰る予定にしていました。
寒波が近付いていると聞いていたので、かなり重装備で行ったのですが、それが幸いして、極寒の現地をしのぐことが出来ました。
出発は30日11時頃で、新幹線で「新山口(旧小郡)」に移動し、ここから山口線の鈍行に乗り換え、2時間30分で「益田駅」に到着。
この時点で、周囲は雪化粧していましたが、まだうっすらだったので、そんな雪を意識しなかったのですが、思い出深い旅を経験することになりました。(つづき)
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11月12日(金)の朝、宮崎での出張を終えて、金曜日休日だった私は、鹿児島まで戻って、JR九州ホテルで一泊。電車が鹿児島中央に到着したのは20時過ぎていたので、軽く食事を済ませて、中央駅近くの温泉銭湯でプチ湯治を楽しみました。
その銭湯の名前は「みょうばん温泉」というところで、昭和50年頃に戻ったような、何とも言いようの無い、すごい建物でしたが温泉の泉質はぬめりがあって、気持ちいい温泉でした。
翌朝5時起床し、小雨がぱらつく鹿児島市内を1時間ジョギングした後シャワーを浴びて、8時30分にチエックアウト。
移動1分で鹿児島中央駅の在来線ホームに降り立ち、観光特急「はやての風」の出発を待ちました。
しかし、鹿児島中央駅は昔の西鹿児島駅だから在来線ホームも立派なのですが、発着する列車がその施設に見合わないコンパクトな編成ばかりで、昔日の面影が見られないのが残念です。せめて、宮崎経由で小倉まで行くような時代錯誤の特急でも走ってくれるとうれしいのですが、今時そんな列車を走らせる発想なんて無理なんでしょうね。
「はやとの風」の入線が近付くと、にわかに団体さん達が集まってきました。
観光特急だから、団体利用が多いということでしょう。しかし個人旅行者には肩身のせまい思いをするので少しつらい旅路になりそうです。(つづく)
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