太閤下水(背割下水)太閤下水は
1583年から始まった豊臣秀吉の大坂城建設に
伴うまちづくりで原型ができたとされる下水溝。
道路と下水道を備えた先駆的なまちづくり手法と評価されている。
太閤秀吉にちなんで名付けられ、
建物と建物が背中合わせになっているところを割るように造られたことから
「背割下水」とも呼ばれる。
当時の下水溝に改良を加え、現在も中央区、西区などで約20kmを使用。 2005年に両区のうち約7kmが市の指定文化財となった
大阪の中央区で太閤下水を見ました
豊臣秀吉による大坂城築城の際に
原型が造られたと言われている石積の下水溝です
この見学施設では、現在でも実際に使われていて
太閤(背割)下水を地上に設置した
のぞき窓から自由に見る事ができたよ
我が国最古の下水道が現役で
今でも約20kmも使われてるて凄いですね
太閤下水の案内板です
大阪市中央区農人橋1-3-3
当時の下水溝に改良を加え、現在も中央区、西区などで約20kmを使用。
2005年に両区のうち約7kmが市の指定文化財となった 太閤下水の案内板の写真です
石積の下水溝
太閤下水を地上に設置したのぞき窓から自由に見れます ガラス越しですが石積の太閤下水が見れました
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2011年05月29日
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