八尾城址碑・八尾神社八尾城址碑
八尾神社社殿の裏にある。この地一帯を城町と呼び、東方に字木戸がある。
八尾別当顕幸の拠城と伝え、楠木正成の戦死後は、
ほとんど北朝方に占拠され延元2年(1337)10月南朝方の高木遠盛は、
火矢を城内に射込み、学舎、仏閣、矢蔵、役所をことごとく焼いた。戦国末には、
キリシタン大名池田丹後守教正の拠城であった。
天正11年(1583)池田教正は美濃に移封され、城は廃された。
八尾城址碑・八尾神社
大阪府八尾市本町7丁目7-27
戦国時代末期には八尾城は織田信長の家臣となった
切支丹武将の池田丹後守教正の居城であって
その頃の城下には切支丹がいてたらしいですね
八尾城の所在地には2つの説がある
西郷説
常光寺を含む西郷から木戸にかけての地域
現在の八尾市本町附近(八尾神社境内に石碑がある)
八尾座説
別宮から八尾座にかけての地域
現在の八尾市南本町、高美町、安中町などの附近。
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2011年05月09日
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