日羅公之碑・大阪市北区大阪の北区天満橋の
大阪環状線の桜ノ宮駅から近い
源八橋を渡った大川右岸で
日羅公之碑が見ることができました
日羅は6世紀の宣化天皇の代に朝鮮半島に渡海した
大伴金村に仕えた九州出身の武人で
百済と日本の友好維持に努めていた
百済王から二位達率と極めて高い官位を与えられた
倭系百済官僚であった敏達天皇の要請により
583年日本に帰国し朝鮮半島に対する
政策について朝廷に奏上した
その内容が百済に不利な内容であったため
難波館に滞在中に百済人によって暗殺された
難波小郡の西の丘に埋葬されのがこの地で
後に葦北に移葬されたたとされてます
また日羅公之碑の近くには源八渡し跡碑があり
源八渡し船着場があったが源八橋の架橋により廃止されました
日羅公之碑 碑銘 公爵一條實孝閣下之書 日羅公之碑 案内文
日羅公は肥後国芦北国造の子で敏達帝の御代、久しく百済国に住んで政治の要路にあり
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![]() 源八渡し跡
源八渡しは明治40年に大阪市営となったが
昭和11年6月源八橋の架橋により廃止され橋にその名を残すのみとなりました
俳人与謝蕪村が梅林の情景を句に残しています
源八をわたりて梅の主か
日羅公之碑
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