万博の元柱祭 元柱・泉殿宮大阪府吹田市西の庄町の
泉殿宮境内の本殿右横に
1本の柱のようなものが植えられてました
何だろうと近づくと立札案内板に
元柱祭 元柱と書かれていて
昭和45年千里丘陵において開催され
6400万人を超える観客を迎えた
人類の進歩と調和をテーマにした
日本万国博覧会の会場の建設に先立ち
昭和43年3月15日に標記の立柱祭が古式ゆかしく斎行され
各施設や展示館のスタートを飾りました
祭儀に使用された元柱(木祖50年杉)は
宮司が斎主を勤めた泉殿宮の境内に奉建して
会期中泉殿宮において日本万国博の無事成功を祈念しました
万博の元柱が泉殿宮にあったんですね
大阪には、おもろいもんがいっぱい有るんやで〜 万博の元柱祭 元柱・・・泉殿宮境内 後ろに見えるのが泉殿宮本殿です
元柱祭 元柱 立札案内板 日本万国博覧会は、「人類の進歩と調和」をテーマに、
昭和四十五年千里丘陵において開催され、百八十三日
の会期中に六千四百万人を超える観客を迎え、盛況の
うちに終了した・・・・・
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元柱(木祖50年杉) 日本万国博覧会の会場で昭和43年3月15日に立柱祭がありました
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大阪散歩・神社寺院
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辛国神社(からくにじんじゃ)・大阪府藤井寺市大阪府藤井寺市の
近鉄ミナミ大阪線の藤井寺駅から
歩いて約5分ぐらいの辛国神社(からくにじんじゃ)を
昨日紹介しましたが境内に末社の
春日天満宮や春日稲荷神社など
他に石の鳥居や田中翁頌徳碑に
伊勢神宮遙拝所などもありました
春日天満宮は平成5年に
北野 天満宮より勧請したもので比較的新しく
石の鳥居は明治41年に長野神社(旧藤井寺村)にあったものが
合祀の際に辛国神社に移築されました
伊勢神宮遙拝所から遠くの
伊勢神宮にむかって拝む事ができますね 大阪には、おもろいもんがいっぱい有るんやで〜 春日天満宮 祭神・・・菅原道真
平成5年・・・北野 天満宮より勧請
春日天満宮 案内板 手水舎 春日稲荷神社の鳥居 春日稲荷神社 祭神・・・宇迦之御魂神
一家の繁栄、商売繁昌
石の鳥居
明治41年に長野神社にあったものが
合祀の際に移築されました 田中翁頌徳碑 伊勢神宮遙拝所 遥拝所から遥かに伊勢の方向を向いて
伊勢神宮を拝む事ができます
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辛国神社(からくにじんじゃ)・大阪府藤井寺市大阪府藤井寺市の
近鉄ミナミ大阪線の藤井寺駅から
歩いて約5分ぐらいの辛国神社(からくにじんじゃ)を
ぶらりと散策してみました
辛国神社は今から約1500年前に
雄略天皇の御代に創建された神社で、
平安時代には官社となり式内社として
人々の尊信を集めてきた神社です
日本書紀に「雄略十三年春三月、餌香長野邑を物部目大連に賜う」とあり
餌香長野邑は旧藤井寺町のあたりと思われる
この地方を治めることになった物部氏は
この祖神を祀って神社をつくり、
その後に辛國氏が祭祀をつとめ
辛國神社と称するようになりました 約1500年前は古墳時代に創建された神社なんですね
大阪には、おもろいもんがいっぱい有るんやで〜 辛国神社の拝殿につづく参道の鳥居 辛国神社 案内板 案内板の地図 河内国南郡岡村絵図(江戸時代)
拝殿 祭神・・・饒速日命・天児屋根命・素盞鳴命・品陀別命・市杵島姫命
大きな絵馬 今から約1500年前の雄略天皇の時代に
創設された式内社の歴史ある辛国神社ですね
大阪府藤井寺市藤井寺1丁目19番14号
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吹田戎神社・泉殿宮大阪府吹田市西の庄町の
泉殿宮で地車が社殿の吹田戎神社を見ました
西宮戎神社の御祭神である蛭子大神を勧請し
昭和35年に泉殿宮境内に遷座してます
宮元(西の庄町)に伝わる天保年間建造の地車の
寄進を受け吹田戎神社の社殿とした
珍しい地車を社殿した戎神社ですね
天保から昭和まで活躍して
今も地域住民を守る戎神社の社殿として
鎮座して地車戎と親しまれていて
福徳円満招福繁栄の守神として
遠近の崇敬を集めています
地車が好きな私としては嬉しいでいね
大阪には、おもろいもんがいっぱい有るんやで〜 吹田戎神社 吹田戎神社 案内板 大事に地車が社殿として保管されてます 宮元(西の庄町)に伝わる天保年間建造の地車 地車が社殿の吹田戎神社 地車に躍動的に動物が彫刻されてます 社殿になった地車です
地車庫地車庫には川面町地車と浜の堂地車 が入ってます
嘉永七年(一八五四)の棟札が残り、
同時に金田町地車も手がけていた吹田の大工
並河長兵衛兼廣によって建造されたことが知られます
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遺跡 泉殿霊泉・泉殿宮JR吹田駅から歩いてぶらぶら
アサヒビール吹田工場付近を散策していて
大阪府吹田市西の庄町の
泉殿宮 を見つけました
古来は宇迦之御魂大神のみを祀っていたが
貞観11年(869年)に雨が降らず干ばつで
草木が枯れ疫病が流行る災害に見舞われた際に
折りしも王城の守護神として平安京に迎えられようとしていた
建速須佐之男大神の神輿が泉殿宮に滞在していました
里人は建速須佐之男大神を相殿とした上で降雨を祈ったところ
たちどころに驟雨がもたらされ災害から免れたそうです
その時に境内で忽然と清水が湧出したという
明治22年(1889年)この清水はミュンヘンにて
ビール醸造に最適と評価されて
東洋初のビール醸造工場(現、アサヒビー吹田工場)建設の逸話がある
大阪には、おもろいもんがいっぱい有るんやで〜 泉殿宮 本殿 泉殿宮 本殿裏 泉殿宮 案内板 手水舎 遺跡 泉殿霊泉 鳥居を築き泉殿霊泉と称え厚く崇敬を集める
清水が湧出したところです
建速須佐之男大神を相殿とした上で降雨を祈ったところ
たちどころに驟雨がもたらされ災害から免れたそうです
境内で忽然と清水が湧出しのがここですね
遺跡 泉殿霊泉 額には泉殿神社と書かれてます
大阪府吹田市西の庄町10-1
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