史跡 淀殿の墓所・太融寺大阪の北区太融寺町の
弘法大師が創建したと伝わる
太融寺を参拝して境内で
史跡 淀殿の墓所を見ることが出来ました
1615年元和元年5月に大阪城落城によって
秀頼と共に自刃して果てた淀殿の遺骨は
大阪城外鴨野郷の弁天島に一祠を作って埋めらましたが
明治10年11月城東練兵場で現在大阪城公園の
造成に当り移祀されることになつて
豊臣に縁りの深い太融寺に埋められました
初めは九輪の塔だったが戦災で破損して六輪の塔になり
境内西北隅に祀っられました
大阪には、おもろいもんがいっぱい有るんやで〜 史跡 淀殿の墓 史跡 淀殿の墓の碑 淀殿の墓の碑文 史跡 淀殿の墓の近くにあり雌神を祀る白龍大社は
縁結びの神としても信仰を集めております
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大阪散歩・神社寺院
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九山八海庭・太融寺大阪の北区太融寺町の
弘法大師が創建したと伝わる
太融寺を参拝して境内に
九山八海庭を見ることが出来ました
九山八海とは須弥山を中心に
八つの山脈と八つの海がとりまくという
仏教の世界観で石を須弥山に見立て
石砂の波紋が山海を表現しています 九山八海庭の奥には立派な石塔があり
周りには石灯篭や池などがあり
癒しの雰囲気が漂う空間ですね
大阪には、おもろいもんがいっぱい有るんやで〜
太融寺 案内版
太融寺 案内版の九山八海庭 太融寺南門から入って右側にあります
九山八海庭 九山八海庭の奥の石塔 石塔前 石塔へ続く九山八海庭 石と石砂の世界 石灯篭 水が無い池 水が流れる所ですね 水が流てるのを見たかったね
親子かえるの石像 子供のカエルが背中に乗ってます
九山八海
仏教の世界観でいう、須弥山(しゅみせん)を
順に取り囲む九つの山と八つの海。
一小世界のこと。
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太融寺・大阪市大阪の北区太融寺町の
太融寺を参拝しました
太融寺は弘仁12年(821年)に嵯峨天皇の勅願により
弘法大師が創建したと伝わています 嵯峨天皇の皇子で河原左大臣と呼ばれ
光源氏のモデルと云われてる
源融(みなもとの とおる)が七堂伽藍を整えて
中興したと伝えられる寺で西門前には
源融公之旧跡の石碑ありました
太融寺は新西国三十三箇所観音霊場の
第2番札所なので朱印帳を
持ってこなかったを後悔してます
大阪には、おもろいもんがいっぱい有るんやで〜 源融公之旧跡の石碑 本堂 本堂の龍の彫り物 太融寺の鬼瓦 太融寺 案内版 新西国三十三箇所観音霊場第2番
近畿三十六不動尊霊場第6番
摂津国八十八箇所第6番
おおさか十三仏霊場第8番
ぼけ封じ観音霊場第7番
なにわ七幸 大坂三十三箇所観音めぐり第1番
大阪市北区太融寺町3-7
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徳兵衛大明神・大阪駅前第2ビル大阪の北区梅田の
大阪駅前第2ビルの地下で
ランチ探しでうろうろしてたら
偶然見つけた案内板に書かれてたのは
徳兵衛大明神 3階 大阪駅前第2ビルは地上16階あり
その3階に上がってみると屋外に出られる所が有り
一部が駐車場になっていて探してみると
赤い鳥居を見つけて近づくと徳兵衛大明神の祠が有りました
案内の石板を見ると昔に曽根崎蜆川のほとりに
荒れたる祠あり僧(徳兵衛)が修し修行怠りなく
合掌三昧に年ふるうち霊験しきりに起り
参詣者引きもきらず世人その徳を慕いて
徳兵衛大明神と祀られたようです
大阪駅前第2ビルを建てる時に
有志の方々が再復興させたようですね
大阪駅前第2ビル 3階 徳兵衛大明神 徳兵衛大明神は有志の方々の力で再復興されました
徳兵衛さんは慕われてたようですね 徳兵衛大明神 案内石板 住昔、大阪曽根崎蜆川のほとりに長く荒れたる祠あり
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徳兵衛大明神 おみくじ おみくじの自動販売機ですね
徳兵衛大明神
大阪府大阪市北区梅田1-2-2
大阪駅前第2ビル 3階 |
大岩小岩大明神・久保神社大阪市天王寺区勝山の
久保神社で自然信仰の大岩小岩大明神を見ました。
久保神社の久保の地名は窪地の意味で
茶臼山から続く低地であることからきているらしい
久保神社は浪速神楽の家元としても知られ
願成就宮は聖徳太子の崇敬深く
四天王寺の建立を始め諸事御願が遂げられた為
願成就宮であると称えられたという
そんな久保神社境内に最も古い自然信仰の姿を
今に残し岩そのものを御神体とした
頭脳の神様をお祈りしている御神座があります
頭に持病のある方や入試をひかえた学生諸君に至るまで
広くその信仰を集めている御社です
大阪には、おもろいもんがいっぱい有るんやで〜
大岩小岩大明神 大岩小岩大明神 案内板 最も古い自然信仰の姿を今に残し岩そ
のものを御神体とした頭脳の神様をお
祈りしている御神座でございます。
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大岩大明神 小岩大明神 自然信仰の大岩小岩大明神ですね
大阪府大阪市天王寺区勝山2丁目5-14
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