中山神社・京都中山神社
京都府京都市中京区岩上町
日曜日は大阪以外の所を記事に載せたいと思います
京都の中京区の中山神社を見ました
延暦13年に桓武天皇の勅命により
素戔鳴尊(すさのおのみこと)を主神としてます
慶長7年に二条城造営から移転してきました
鳥居には岩上宮と書かれてて
岩上神社とも言われてます
本当に京都は神社仏閣が多いですね
京都府です大阪ではありません 鳥居から入って行くと正面に拝殿があります 中山神社は、
この地が鎌倉時代の内大臣中山忠親の邸跡であったためと伝えられる 延暦13年(794)に桓武天皇の勅命により、素戔鳴尊(すさのおのみこと)を主神とし、
朝夕、内裏の門を守護するという櫛石窓神(くしいわまどのかみ)、
豊石窓神(とよいわまどのかみ)の2神を祀る社で、石神(いそがみ)(岩上)神社ともいわれる。
また、嵯峨天皇の冷泉院の鎮守社として崇められたと伝え、
慶長7年(1602)、二条城造営により現在地に移転したが、
天明8年(1788)の火災にかかり、現在の社はその後再建されたといわれる。 清久稲荷大明神(きよひさいなりだいみょうじん) |
京都府
[ リスト | 詳細 ]
中京中の石庭・京都府立中京中学校京都府立中京中学校
中京中の石庭
京都市中京区西ノ京北聖町51 日曜日は大阪以外の所を記事に載せたいと思います
京都の中京区の中京中学校で中京中の石庭を見ました
中京中学校の体育館西側に立派な石庭園があるのです
以前は草木が生い茂っていてゴミが捨てられていました
保健体育を教えいていた元先生と
学校支援ボランティアの方たちや
用務員さんや地域の人もお世話になり
できたのが中京中の石庭です
退職してからも学校のためにゴミが捨てられていた場所に
石庭を作ってくれた先生は凄いですね
京都府です大阪ではありません 中京中の石庭の説明板です
この場所にゴミが捨てられてたとは思えませんね 小川の水の流れを石で表現 石庭の砂紋も素敵ですね 本当に立派な石庭園ですね 他にも色んなものを学校に作っています
本箱・中庭のいす付きテーブル・木製いす・トンボ・掲示板
|
三条台若中会所・京都三条台若中会所
京都市中京区今新在家西町
日曜日は大阪以外の所を記事に載せたいと思います
京都の中京区の三条台若中会所を見ました
元禄頃から有志が三条台若中を組織し
八坂神社の神輿渡御に奉仕していたのですね
天保三年に民家を会所に定めて
文久2年に改築して昭和二年に
現在の物に立て替えられたみたいです
三条台若中の皆様の
神輿渡御に対する愛が感じられますね 京都府です大阪ではありません 明治以前は三条台村と称し現在の三条通りを中心に
北は二条から南は四条まで
東は堀川から西は西大路までの範囲で村を形成していました
村が出来た元禄頃から
村の有志達が三条台若中を組織し神輿渡御にご奉仕して
代々組織作りに関わった家の男子一族で世襲して現在に到っています 三条台若中会所 丸い突き出た玄関灯は なんか懐かしい気がしますね
|
日本近代 医学発祥の地碑・京都日本近代 医学発祥の地碑
平野国臣他勤王志士終焉の跡碑 京都市中京区六角通大宮西入る
日曜日は大阪以外の所を記事に載せたいと思います
京都の中京区で日本近代 医学発祥の地碑と
平野国臣他勤王志士終焉の跡碑を見ました 幕末には 勤皇の志士など多くの人が収容されてた
六角獄舎の跡地でした
ここで山脇東洋らは刑死人をしらべて
日本の近代医学に貢献したんですね
京都府です大阪ではありません ここは 江戸時代中期に設置された六角獄舎の跡地で
幕末には 勤皇の志士などの政治犯が 多く収容されました
明治以降は京都府の監獄となり 後には山科刑務所に移転しました
明治末期になって 甦生保護施設となり 現在に至っています 勤皇の志士らが収容されてた六角牢獄がこんな所に有ったんですね 日本近代医学のああけぼの
山脇東洋観臓之地
1754 宝暦余年閏2月7日
近代医学のあけぼの 観臓の記念に
1754年 宝暦4年閏2月7日に 山脇東洋 (名は 尚徳 1705-1762) は 所司代の官許をえて
この地で日本 最初の人体解屍観臓をおこなった
江戸の杉田玄白らの観臓に先だつこと 17年前であった
この記録は5年後に「蔵志」としてまと められた
これが実証的な科学精神を医学にとり 入れた成果のはじめで
日本の近代医学 がこれからめばえるきっかけとなった
東洋のこの偉業をたたえるとともに 観臓された屈嘉の霊を
なぐさめるため ここに碑をたてて記念とする
1976年3月7日
日本医師会 ・日本医史学会・日本解剖学会・京都府医師会 平野国臣(1828〜64)は,福岡藩出身の尊王攘夷派の志士で脱藩して京都で活躍。
新選組に追われながら生野の変を起こすが失敗,捕えられこの地にあった六角牢獄に入れられた。
元治元(1864)年7月20日,前日の禁門の変で起きた火災が六角牢獄に迫り,
入牢者の破獄を恐れた幕府役人により平野国臣はじめ古高俊太郎・長尾郁三郎等三十数名の志士が斬首された。
この石標は勤王志士等が処刑された六角牢獄の跡を示すものです |
出世稲荷神社・京都出世稲荷神社
京都府京都市上京区千本通旧二条下ル聚楽町
日曜日は大阪以外の所を記事に載せたいと思います
京都の上京区の出世稲荷神社を見ました
元は豊臣秀吉の聚楽第の邸内社として創建されたもので
足軽から関白太政大臣へ出世した豊臣秀吉ゆかりの神社です
秀吉公にあやかる為に多くの人がお参りしてます
この神社では10種類の福を授かる事ができます ができるだしい
凄いですね10種類の福を授かるんですよ
京都にも豊臣秀吉ゆかりのところがあったんですね
京都府です大阪ではありません 開運出生・衣食住・地位名望・衆人愛敬・農工商その他一切の生業に
大繁栄・延命長寿と病気平癒・千客万来・武運長久・善知識・金銀財宝
など10種類の福を授かる事ができます 出世開運祈願したいですね 出世稲荷神社の最盛期には300を超える鳥居があったらしい
出世稲荷神社の本殿です
秀吉公にあやかりたいですね キツネ像の金網には
おみくじが一杯で狐が隠れてしまってますね
出世稲荷神社の境内の中にある三石大神 壽石・福石・禄石・の3つの石のご神体が祀られています 勝石・取り石・打ち出し石・とも呼ばれ
勝負運の神様として沢山の人に信仰されたそうです
|







