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入園料無料の遊園地

生駒山上遊園地 

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日曜日は大阪以外の所を記事に載せたいと思います
奈良県生駒市菜畑
近鉄生駒ケーブルで生駒山上駅下車すぐの
生駒山上遊園地を見ました
入園料無料の遊園地で1929年(昭和4年)に開園した
高さ30メートルの飛行塔が設けられて遊園地のシンボルで
第二次世界大戦中に金属類回収令によって
園内の他の大型遊具が解体搬出された中、
防空監視所として海軍が利用されて飛行塔だけは解体を免れ
現在も稼働中で何度か改修が行われているますが
塔体は現在も開園当時のままで
国内に現存する遊戯施設では最も古いとされてます
奈良県です大阪ではありません
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生駒山上遊園地園内マップ
入園料無料の遊園地

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ペットふれあいの森


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野外劇場

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飛行塔
遊園地の目玉として作られた飛行塔で昭和4年の開業です

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おもしろ自転車

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ぷかぷかパンダ

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お化け屋敷 地獄門

地獄門をくぐれば、そこは恐怖の世界
    
奈良県生駒市菜畑2312-1

采女神社

采女神社  ( うねめじんじゃ)

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日曜日は大阪以外の所を記事に載せたいと思います
奈良市の奈良公園内にある
猿沢池近くで采女神社を見ました
春日大社の末社で帝の寵愛が薄れたことを
嘆き悲しんだ采女が猿沢池に身を投げた
その采女の霊をなぐさめるために采女神社が
建てられたという伝説が残っています
毎年旧暦の8月15日の中秋の名月の夜に
采女祭りが行なわれます
えんむすびのご利益としても有名ですね

奈良県です大阪ではありません
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采女神社説明板
奈良時代、天皇の寵愛が薄れた事を
嘆いた采女(女官)が、猿沢の池に身を投げ、
この霊を慰める為、祀られたのが采女神社の
起こりとされる。入水した池を見るのは忍び
ないと、一夜のうちに御殿が池に背を向けた
と伝えられる。例祭当日は、采女神社本殿にて
祭典が執行され、中秋の名月の月明り
猿沢の池に映る頃、龍頭船に花扇を移し、
鷁首船と共に、二艘の船は幽玄な
雅楽の調べの中、猿沢の池を巡る

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采女は天皇に仕える官女です


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祭神・・言代主命(采女命)

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揺曲「采女」と 采女への哀悼歌の説明看板
采女への哀悼歌
我妹子が寝くたれ髪を猿沢の
池の玉藻と見るぞ悲しき 
柿本人麻呂
(あのいとしい乙女のみだれ髪を猿沢の池の藻と見るのは悲しいことだ。)
猿沢の池もつらしな我妹子が玉藻かつかば水もひなまし
(猿沢の池を見るのは恨めしい。あのいとしい乙女が
 池に沈んで藻の下になってるのならいっそ水が乾いてしまえばよかったのに)
   
采女神社 
奈良県奈良市樽井町

南円堂(重要文化財)

南円堂(重要文化財)・興福寺

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今日は大阪以外の所を記事に載せたいと思います
奈良市の奈良公園内にある
興福寺の南円堂(重要文化財)を見ました
西国三十三所観音霊場の第九番札所で
弘仁4年(813年)に藤原冬嗣が父 内麻呂の
冥福を願って創建された八角円堂です
健在の建物は北円堂を参考にし
寛保元年(1741年)に立柱されました
奈良県です大阪ではありません
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興福寺・南円堂の案内板

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西国三十三所第九番札所

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本尊・不空羂索観音菩薩像(国宝)
法相四天王像(国宝)が安置されています
   
興福寺・南円堂


花乃松の石碑

花乃松の石碑・興福寺

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日曜日は大阪以外の所を記事に載せたいと思います
奈良市の奈良公園内にある
興福寺の東金堂前にある
花乃松の石碑を見ました
弘法大師が東金堂の本尊薬師如来に
永代の花として捧げたという松の子孫が
東金堂の前にそびえておりました
花の松と呼ばれ親しまわれていましたが
松食い虫の被害によって枯れてしまい
2008年頃には撤去されて今は
花乃松の石碑があるだけとなっています
弘法大師が永代の花とし松を植えたのですね
奈良県です大阪ではありません
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花乃松の石碑
花之松ハ世ニ弘法大師ノ手植ト傳ヘ姿態雄偉夙ニ南都ノ一名木タリ・・・

弘法大師が永代の花として捧げた松の子孫らは
松食い虫の被害により枯れて今は花乃松の石碑だけがあります
   
花乃松の石碑

興福寺東金堂(国宝)・奈良公園

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日曜日は大阪以外の所を記事に載せたいと思います
奈良市の奈良公園内にある
興福寺の東金堂を見ました
聖武天皇が伯母にあたる元正天皇の病気平癒を祈願し
薬師三尊を安置する堂として創建した
奈良時代726年創建の東金堂は
その後平家による南都焼打ちなど兵火や
落雷により五回焼失したのですが
その都度再建されました
室町時代の応永22年(1415年)の再建にあたっては
鎌倉時代以降新たな建築様式が開発されているにもかかわらず
古式に則って創建時の様式を忠実に再現したそうです
奈良県です大阪ではありません
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興福寺東金堂の説明板
堂内には重文や国宝の諸仏が安置されてます

東金堂は聖武天皇発願の旧東院仏殿院の中心堂宇でした

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建築様式 和様
桁行七間、梁間四間 一重 寄棟造 本瓦葺
正面一間通り吹放ち

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興福寺の東金堂近くでは鹿も見ました
   
興福寺東金堂

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