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ここに、ふたつの戒名を示します。誰なのか、世俗での名前を知ってますか?
榮傳信女
源達信士
答は最後に。
さて、去年12月にアップした我っちのブログでは、小伝馬町あたりの取材の結果をご披露した。
そのとき、小伝馬町牢屋敷に囚われの身だった吉田松陰は、アメリカへの密出国を図ったことで、死罪になったと思ってた我っちは、それが間違いだったことを知らされたんだった。密出国の件では放免され、一旦、故郷である長州・萩に戻っていた。そして再び、小伝馬町の牢につながれ、結局は死罪になった。
なんでまた、牢に舞い戻ったのかは、取材時に読んだ説明板では触れてなかったと思う。で、いずれ調べてみようと思ってたんだった。
あれから3〜4ヵ月の間に暇をつくって、歩いてみた。世田谷の松陰神社と南千住の回向院だ。松陰神社は、以前にも(かなりの昔)訪れていたんで、新しい発見はなかったけども、回向院ではいろんなことを知ることができたよ。
松陰の2度目の牢入り〜刑死は、黒船来航への幕府の対応力を見限って、倒幕の動きを激しくしたことだったという。実行には至らず、意図していた、ということから死罪へのおそれはなかったようだけども、新たに着任した大老・井伊直弼によって展開された「安政の大獄」といわれる流れのなかで、死罪と決められた。
斬首は小伝馬町牢屋敷でおこなわれた。墓は小塚原刑場にあるというので、南千住まで行ってみたら「小塚原回向院」というお寺さんであった。刑死した罪人の供養のために開かれた寺だそうな。
小塚原刑場や鈴が森刑場は、身分の低い罪人を処刑した場所なので、武家であった松陰は牢中での処刑だったんだろうか。
小塚原回向院には、質素な墓があったよ。また、松陰とともに時代と考えを同じくした、頼三樹三郎(頼山陽の子)や橋本左内なる思想家の墓も並んでいた。
刑場では、処刑後の死体を使って刀の試し切りをしたそうで、ひどい話だ。一方で解剖(腑分け)もおこなわれ、小塚原刑場には、あの杉田玄白が同僚と一緒に腑分けの見学のため通ったらしい。「解体新書」を訳出したのは、刑場での見学がきっかけになっているんだそうだ。
死刑のあり方に、いろんな意見が交わされている今日、我っちももいちど、考えを整理しとくのも悪かないと思った、小塚原回向院行でありました。
ということで、刑場跡らしくここで刑死した罪人の墓も残されていた。そのうちの2つが、冒頭に挙げた戒名の墓なんです。
さあ、答です。
榮傳信女 ==高橋お傳
源達信士 ==鼠小僧
鼠小僧なんて架空の人物かと思ってたけども、びっくりしたなあ!
ちなみに、寺の説明板には”次郎吉”の記入はなかったよ。
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鼠小僧の墓、ちゃんとありました?
なんでも、墓石の欠片を持っていると博打に勝てるなんて噂があったせいで、削られて砕かれて、すっかり形がなくなってしまった、なんて話を、さっき知りました。
[ 池間 果夫 ]
2012/4/8(日) 午前 4:30
高橋お傳、知りませんでした、ウイキィで調べたら美しい女性だったようですね。。。
写真で見るととてもそんな女性には見えません、やはり奇麗なバラには刺があったのでしょうか…
鼠小僧の墓はその欠片を持ってると、「賭け事に勝つ」「運がつく」で知っていました
ついでに、お墓つながりで〜
先日、長崎は大村に行ったブロ友さんから、「長安寺」という寺に「力道山」のお墓があったとか…
なんでも、戦前大相撲に入る際に、朝鮮半島出身ではまずいので長崎県大村市の農家・百田家の養子となり、
東京都大田区・池上本門寺にお墓はあるんですが、分骨をしてここにも葬られているそうです
2012/4/8(日) 午前 8:09
オタク・池間さん と ノラさん、
どうもね、鼠小僧の墓は、両国回向院にもあるらしくて、そっちの墓は砕かれ持ち去られて、墓石はない、と聞いてますよ。
[ 海比古 ]
2012/4/8(日) 午前 10:42
ノラさんへ
大村は太平洋戦争の後すぐから、朝鮮半島とのつながりがありますね。朝鮮戦争で戦場から日本に逃れてきた韓国人をはじめ、日本の敗戦以前からの在日朝鮮半島出身者を、韓国に送還するために一時収容した施設です。「大村収容所」といってました。
いまは「入国管理センター」ってな、法務省の施設のようですが、いわゆる不法滞在外国人の、一時収容の場所であることに替わりはありません。
ついこの前、日本側に救助された脱北者が、希望する亡命先である韓国に送りだすときも、一時、ここに収容されました。
力道山の養子縁組みのことは、知らなかった。ありがとう。
日本人は触れずにきてることですが、日本統治下の朝鮮出身者が、プロスポーツの世界で活躍する人がたくさん居ます。
[ 海比古 ]
2012/4/8(日) 午前 11:10
花見ならぬ墓見ですか(笑)落語の世界ですね。
先日谷中へ行った時有名人の墓の地図を見ました。
大勢の方がその地図を見て霊園散策をされていたのに驚きました。
東京では「墓見」が流行りですか♪
確かに私も坂本竜馬と中岡慎太郎や高野長英のお墓を見に行った事が有ります。
2012/4/8(日) 午前 11:24
花見=× 墓見=○
しゅうさん、笑わしておくれだね。
もしかしてあなたは「しょう・笑」さんじゃないの?
著名人の墓は観光アイテムとしても、貴重な存在なんでしょう。青山霊園にも「乃木大将通り」てな区画名があるくらいだから。
[ 海比古 ]
2012/4/8(日) 午前 11:48
そういえば、雑司が谷墓地にも漱石初め著名な作家の墓が沢山ありますね。西巣鴨に下宿していたころ、よく墓めぐりをしていました。
[ さくじ ]
2012/4/8(日) 午後 3:08
此処は死罪になった有名人が多いでしょうね。
調べたら沢山出てくるでしょうか?
鼠小僧は実在したんですか?作り話かと思っていました。
高橋お傳は斬首刑に成った最後の女性みたいですが、死んだら
犯罪人でも、皆戒名がつくには、一寸吃驚です。
ポチ
[ pada ]
2012/4/8(日) 午後 6:42
さくじさん、こんばんは。
漱石坊ちゃんは、雑司ヶ谷でお寝むですか。
いつか行ってみようかな。
[ 海比古 ]
2012/4/8(日) 午後 9:11
padapadaさん、こんばんは。
☞☞作り話かと思っていました
◎そうなんですよ。我っちも驚いた。
「義賊」として、いまも生きてるなら、震災被災地に千両箱を
ドン、ドンって送りこんでほしいとこです。
[ 海比古 ]
2012/4/8(日) 午後 9:16
義母の母方のお墓は谷中の天眼寺にあります。
義父が他界した30年前、北九州のお寺と戒名の事で、
ひと騒動あった事を思い出しました! たかが戒名されど戒名・・・・
[ クルミ ]
2012/4/8(日) 午後 9:23
クルミさん、
宗派は同じだろうに、お寺さん同士の確執はあるんでしょうかね?
まあ、故人の人となりをどう読むのか、住職さんの眼違いはあるかな。
[ 海比古 ]
2012/4/8(日) 午後 10:10
寺同士じゃなくて、義母の戒名に対する拘りから、九州のお寺との騒動でした。
[ クルミ ]
2012/4/8(日) 午後 10:39
今晩は
懐かしい記事、覚えていますよ。
PadaはUPする前に、此処にあるはずと探したんですが、見つけれませんでした。
鼠小僧は一度許されて娑婆に出ているんですね。
調子に乗って再犯が命取りでした。
松陰も二度目〜そう言う意味では幕府には温情があったんでしょうか?
早々〜吉信ちゃんの供養の地蔵が有るみたいですね。
もし東京に行ったならば、是非訪れて見たいです。
そう言えば、大相撲の始まりも、この境内で相撲をとってからとネットに書かれていました。
[ pada ]
2014/4/20(日) 午後 9:42