映画のボツ脚本・準備稿を訳して読んでみるブログ

海外のSF映画やホラー映画のボツ脚本や準備稿をぼちぼち和訳して読んでみるブログです。

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 去る17日にジョージ・A・ロメロ監督が亡くなりましたが、訃報を伝えたロサンゼルス・タイムズ紙の記事(オリジナルはこちら)が更新されていましたので、手早く翻訳してみました。

 実は17日時点の第一報の記事を途中まで翻訳していたのですが、ほぼ全面的に内容が更新されていました。急いで訳したので、意訳・誤訳については平にご容赦。
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1968年4月のある夜のこと、ジョージ・A・ロメロはピッツバーグからニューヨーク・シティへ、ある使命のために車を走らせていた。数日のうちに、彼は彼がトランクに積んでいるホラー映画「ナイト・オブ・フレッシュ・イーターズ」を買い上げてくれるかもしれないスタジオと会うことになっていた。

興味を示すスタジオは一つもなかったが、ロメロはこの年、制作費11万4千ドルの自分の映画をどうにか観客たちへ公開することができた。そして批評家たちの酷評にも関わらず、「ナイト・オブ・ザ・リブングデッド」と改題された作品は映画ファンたちを魅了した。彼らは映画館に詰めかけ、ドライブイン・シアターに列をなし、ロメロをモダン・ソンビ映画の父にした。ロメロの「リビング・デッド」シリーズはホラー映画の一ジャンルを産み出し、その影響は何十年にも渡って続き、「ザ・パージ」のような映画や「ウォーキング・デッド」のようなTVドラマにも見ることができる。

彼の長きに渡るパートナーでありプロデューサーでもあるピーター・グルンウォルドがタイムズ紙に語ったところでは、ロメロは日曜日、「短いが勇敢な肺がんとの戦い」の後、眠ったままこの世を去った。彼は77歳だった。

ロメロは彼のお気に入りの映画「静かなる男」(1952)の曲を聞きながら、妻のスザンヌと娘のティナに看取られて亡くなったと家族は語った。

ロメロは1968年の映画「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」の監督及び共同脚本を担当してゾンビというジャンルを再生させた。この映画はトビー・フーパーやジョン・カーペンターのような未来の映画作家たちに、大きな恐怖を産み出すのに大きな予算は必要ないことを示してみせた。「リビング・デッド」は多くの便乗作品を、そしてロメロ自身による続編、1978年の「ゾンビ」、1985年の「死霊のえじき」、2005年の「ランド・オブ・ザ・デッド」、2007年の「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」、2009年の「サバイバル・オブ・ザ・デッド」を産んだ。

しかしながら最初の映画を制作するため、ロメロは機知に富んだピッツバーグのTVコマーシャル製作者たちに力を借りた。作品の配給のため、この新人映画作家はコンチネンタル・リリーシング社の親会社であるウォルター・リード・オーガニゼーションの助力を得た。同社はジョン・カサベテスの「フェイシズ」のような芸術志向の作品の配給を専門としていた。ロメロ監督と彼のチームは14本のプリントを作り、それぞれに営業活動を行い、14箇所の地元の映画館で公開した。彼らはハロウィンの夜のワールド・プレミアのための資金も出資した。

デイリー・バラエティ紙が「作り手の品位を汚すような、芸のない残酷趣味だ」としたように、ほとんどの批評家はこの映画を酷評した。だが観客たちはこの映画を愛し、ドライブイン・シアターの経営者たちは、大勢の観客が入場できずに帰ったことを謝罪する新聞広告を出した。

ロメロはかつてタイムズ紙に、批評家たちの反応には驚かされたと語った。ロジャー・エドガーは「リビング・デッド」は悪魔が生み出した映画だと批評した、とロメロは言う。

だがこれまで、ファンたちはこう指摘している。ロメロ作品を特徴付ける暴力的な描写を除外すると、そこには最初の「リビングデッド」映画におけるキャスティングを始めとして社会的なメッセージが存在し、それが彼の作品を注目すべきものとしているのだと。

「僕が思うに、この映画が注目を浴びたのは、黒人でなくてもいい役柄に黒人俳優を使い、そして彼が自警団に射殺されたからだ。」ロメロは語った。補足すると、あの役柄は元々は白人俳優を想定して書かれたものだった。ニューヨークへ車を走らせたあの夜のことを彼は語った。「僕らはラジオで、マーチン・ルーサー・キング氏が暗殺されたというニュースを聞いた。それで急に、この映画の持っている力がどんどん大きくなっていったんだ。」

「リビング・デッド」は5千万ドル以上の収益を上げた。

「彼はゾンビを、それまでカリブ人とカリブ文化の一部に根ざしたものだったゾンビを映像化し、アメリカ文化のあらゆるもののメタファーに変えた。」USCの教授で、昨年「ホーンテッド:自然界と超自然界の幽霊、魔女、吸血鬼、ゾンビと怪物たち」を出版したレオ・ブローディは語った。

この点についてブローディは、ホラー映画はフランケンシュタインの怪物やジキル博士とハイド氏など個人に焦点を当ててきた、と語った。「ゾンビたちがユニークなのは、群集心理の潜在的な脅威を象徴する集団の一部だからだ。」

ロメロは続編の「ゾンビ」によって、このジャンルの主だという評価を確固たるものにした。この作品はアメリカで1979年に公開され、映画史において独立系制作会社が制作して最も利益を上げた作品の一つとなった。シリーズは最終的に6作が制作され − 最初の4作は一つのストーリーに沿って10年おきに公開された。

「『ナイト・オブ・ザ・リブングデッド』から『ゾンビ』は数週間後、『死霊のえじき』は数カ月後、『ランド・オブ・ザ・デッド』は3年後の物語なんだ」ロメロは語った。「それぞれの作品がそれぞれの十年間について語っていて、表現的には異なっている。『ランド〜』の後、僕は新興メディアと一般人による報道を扱いたくなった。」

「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」は、ベトナム戦争時代の流血を思い出させるもので、黒人男性がある農家に囚われた人々のリーダーになるという内容が、市民権世代のいくぶんヒステリックな反響を呼んだ。「ゾンビ」は盲目的な消費主義に対する可笑しみを誘い、「死霊のえじき」は科学における倫理について言及してみせた。「ランド・オブ・ザ・デッド」では安全と国境について取り組み、恐ろしいゾンビたちに対して防御を固めたコミュニティ、裕福な住民が生き延びる階級社会を描いてみせた。

だがロメロの映画を独特なものにしているのは、疑いなくその容赦のない残酷描写であり、それが彼の映画の多くをアンレーテッド(MPAAによるレーティング不能)にしている。

「僕は(レーティングを)避けているわけじゃないんだ。」2010年のタイムズ紙のインタビューで彼は語った。「昔のDCコミック本はとても、とても生々しかった。古いコミック・コード(漫画倫理基準)で禁止されるまではね。」

「ハードコアなホラー映画ファンはもっともっとと観たがる。それが楽しみなんだ。それはもう終わりさ。ローラー・コースターに乗って滑降していくようなものさ。」

ロメロはしかし、目的のある彼の残酷描写と、彼が「拷問ポルノもの」と定義する新しい映画とは違いがあると考えている。

「それらの作品は結局のところ、卑しいグラン・ギニョールでしかない。」彼は生々しいホラー・ショウで悪名高かったパリの劇場に例えてみせる。「それらの作品の裏には根本となるものが何もない。僕は恐怖を寓話として使いたいんだ。」

ジョージ・アンドリュー・ロメロは1940年2月4日、ニューヨーク市ブロンクスで生まれた。彼はピッツバーグのカーネギー・メロン大学へ進み、1961年に同大学の芸術学部を卒業した。彼は主要な作品のほとんどにおいて、ピッツバーグを拠点としている。

「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」直後の数年間、彼はあまり人気のない作品を制作した。1971年の「ゼアズ・オールウェイズ・バニラ」、1973年の「ザ・クレイジーズ」、1978年の「マーティン」などである。

彼はゾンビシリーズの合間に、1981年の「ナイトライダーズ」と、1988年の「モンキー・シャイン」を監督した。これは彼の初のメジャースタジオ作品であり、この作品で彼はピーター・グルンウォルドに出会っている。そして1990年にはエドガー・アラン・ポーの短編を脚色し、イタリアの映画作家ダリオ・アルジェントと「マスターズ・オブ・ホラー/悪夢の狂宴」を制作した。彼が最後にクレジットされたのは、ヘクター・エルナンデス・ヴィセンズが2017年に監督した「デイ・オブ・ザ・デッド」のキャラクター原案だった。

ロメロ作品に着想を得た映画やテレビドラマ −「ワールド・ウォーZ」や「28日後…」、「ショーン・オブ・ザ・デッド」など− は数えきれないほど多い。TVドラマ「ウォーキング・デッド」のような作品の人気はロメロに対する賛辞となっているように見えるが、彼はかつてこの大人気作品を「ときどきゾンビが出てくるメロドラマだ」と呼んだことがある。

「僕はいつもゾンビを風刺や政治的批判のためのキャラクターとして使った。いま作られている作品では、そういうことが失われている。」彼は2013年に語っている。

だがそこに、ロメロを疎外してきたものがある、とブローディは言う。

「彼は、ハリウッド外の出身という自分の出自に誠実なままでした。」彼は語り、この映画作家を「ハリウッドにいなくても広く観客を魅了する映画を作ったことで、独立系の映画産業にすさまじい影響を与えた。彼は、ハリウッドには外部の、独立系からの刺激を受けることが必要だという考え方の好例であり続けている。」と評した。

ロメロは彼の妻と、ナンシー・ロメロとの間に生まれた長男のジョージ・キャメロン・ロメロ、クリスティーン・ロメロとの間に生まれた息子のアンドリュー・ロメロ、娘のティナ・ロメロを遺している。
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ロメロ監督が亡くなられたことが、まだ残念でなりません。
改めてご冥福をお祈りします。

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