映画のボツ脚本・準備稿を訳して読んでみるブログ

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「ブレードランナー」原案

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89 内景 タイレル宅の食堂 夜

中世風の広い部屋。装飾品の目玉はアラブ種の馬を描いた18世紀のイギリス絵画で、ぱちぱち音を立てる暖炉の上、その絵が石炭のようにちらちら光っている。

お祝いのために見事に整えられたテーブルに家族全員が座っている。一番年上の子供の周りにプレゼントが集められている。

スタイルズが「卵」をタイレルに手渡す。テーブルに静けさが満ちる。これはパパからのすごいプレゼントなのだ。タイレルが坊やの前に「卵」を置く。

イアンは今日十歳になった、元気のいい細身の少年だ。彼は父親を見上げ、「卵」の蝶番のついた蓋を嬉しそうに開けようとする。タイレルの手がポケットに伸びると、「卵」の中からグリフォンが歩み出る。

イアン
うわぁ!

それは鳥を基にして作り出されたもので、翼と羽毛とワシの頭を持ち、胴体はライオンで、体重は8ポンドもない。グリフォンは首を伸ばして足元のバランスを試し、片足で立ってからテーブルの端へ飛び、そして空中へ舞い上がる。

末の娘が拍手して、グリフォンは翼ですばやく羽ばたいて天井へ舞い上がっていく。45度の角度で旋回し、急降下に移る。

子どもたちは大喜びで金切り声を上げ、グリフォンは彼らのすくめた首の上を低く飛び、部屋の長さいっぱいに水平飛行する…その影がタイレル一族の先祖代々の肖像画の前をひらひらと飛んで行く。

部屋の端まで来ると、グリフォンは急旋回してテーブルへ戻ってきて、翼を丸め、尾羽を広げて不器用に着地する。皆が笑い、拍手する中、グリフォンはテーブルをよちよち歩いてきて、グラスをひっくり返してイアンの前で止まる。

イアン
パパ!これパパが作ったの?

タイレル
いや。パパたちには人間は作れるが、グリフォンは無理だよ。

彼は屈んで妻にキスする。

タイレル
家内制工業にもチャンスをやらないとね。

彼は上機嫌で中座し、書斎へ向かう。


90 内景 タイレルの書斎 夜

タイレルが入ってきて、机の前に座る。セバスチャンが請求書を差し出す。タイレルはそれをちらりと見て小切手を書く。

彼が顔を上げて小切手を差し出したとき、ドアのそばの壁ぎわにいるバッティが目に入る。彼は一瞬だけぎょっとするが、すぐに落ち着きを取り戻す。

タイレル
セバスチャン、君の友人かね?

セバスチャン
はい、彼はあなたと話がしたいそうなんです、タイレル博士。

バッティは微笑む。

バッティ
名前はバッティだ。ロイ・バッティ。

タイレル
ほう?

タイレルの手が、ひどくゆっくりと机の後へ動いていく。

バッティ
よくわからないうちに行動することは、まさにその行動が避けようとしている事態につながることがある。

バッティの眼の中にあるものが、その警告の仕上げをする。タイレルはそれを心に留める。

バッティ
俺は、少し話がしたいだけだよ。

タイレルはセバスチャンを見る。成り行きをよく考える。バッティに視線を戻す。

タイレル
では、二人だけで話したいだろうな。

バッティは考えてみる。

バッティ
そうだな。二人だけで話せたらもっといいだろうな、セバスチャン。君は家に帰れよ。

タイレル
君の小切手だ、坊や。ありがとう。

セバスチャン
ありがとうございます、タイレル博士。後でまたお会いしましょう。

彼は静かに出ていき、ドアを閉める。ドアをもう一度開けて、頭を突き出す。

セバスチャン
うまく行きましたか?

タイレル
すばらしかったよ。

セバスチャンは去る。

もしタイレルが怯えているとしたら、彼は実にうまくそれを隠している。

タイレル
君がすぐ私に会いにこなかったので、驚いているよ。

バッティ
自分の製造者に会うというのは、簡単なことじゃない。

タイレル
それで、製造者に何をしてほしいんだね?

バッティ
製造者は自分の作ったものを修理できるのか?

タイレル
改良してほしいのかね?

バッティ
俺が考えていたのは、もう少し根本的なことだよ。

タイレル
問題は何なのかね?

バッティ
死だよ。

タイレル
すまないが、それは少し私の手には…

バッティがささやき声で割り込む。

バッティ
俺はもっと生きたいんだよ、くそ野郎。

タイレル
こっちへ来たまえ。

バッティが前に出る。

タイレル
座るんだ。

バッティは従う。

タイレル
人生の現実だよ。つらい話だがね。有機生命体の進化に改良を加えることは、少なくとも人間がそうすることは、それが製造者であろうがなかろうが致命的な結果をもたらすんだ。一度確定した遺伝子のコーディング配列を修正することはできないんだよ。

バッティ
なぜだ?

タイレル
復帰突然変異の処理を受けた細胞はすべて、培養の二日目までに復帰突然変異体の集団を引き起こすのだ…沈む船から逃げるネズミのようにね。そして船は沈む。

バッティ
E.M.S.(エチルメタンスルホン酸)を使った遺伝子組み換えはどうなんだ?

タイレル
それももうやってみたよ…エチルメタンスルホン酸はアルキル化剤で、強力な変異誘引物質だ…これは猛毒のウイルスを創り出して、対象者は手術が終わらないうちに死んでしまう。

バッティは厳しい顔でうなずく。

バッティ
なら、実働細胞を遮断する抑制タンパクは。

タイレル
複写を遮断することはしないが、複写のエラーを引き起こして、新しく形成されたDNA糸が変異を起こし、またウイルスが発生する…しかしこれはすべて実験上のことだ…君はわれわれの最高の技術で作られているんだよ。

バッティ
だが、長くは生きられない。

タイレル
こう考えるんだ。ロールス・ロイスは長持ちするように作られている…少なくとも以前はそうだった。だが君はフェラーリなんだよ。高性能のスポーツカーで…勝つために作られたんだ。長持ちするためじゃなくね。

バッティは苦々しく笑う。

タイレル
それに君はあまりにも貴重で、実験に使うことはできないよ。

バッティ
俺が?

タイレルは自慢げな調子を抑えることができない。

タイレル
君は最高の万能型アンドロイドだよ。ぜいたくに作られた息子を我々は誇りに思っているんだ…君が戻ってきてくれて嬉しいよ。君は本当に貴重な品なんだ。

バッティは肩を丸めてうつむく。彼の声にはさりげない、責めるような調子がある。

バッティ
疑問に思うことがあるんだがね。

タイレル
また突飛なことかな。

バッティ
いや、生物工学の神さまが、あんたを天国に呼んでいないことさ。

二人は笑う。自分でも気づかずに、タイレルは顔に安堵の表情を浮かべている。バッティが手を伸ばす。タイレルはその手をとって握手する。バッティの眼の中には敬意があり、それを見てタイレルは父親のように微笑む。その微笑みが唸り声に変わり、彼は両手の骨が砕けたのを感じる。彼が悲鳴を上げる前に、バッティがその口をふさぐ。

タイレルはバッティの鋼鉄のような指を引っかくが、指は彼の顔にめり込んでいく。バッティはもう一方の手でタイレルの後頭部を押さえると、両手で頭を締めつけ、メロンのように押しつぶしてしまう。血と脳が激しく飛び散る。

バッティは手術医のように手を差し出したままで壁にかかった布の方へ行き、血と汚物を拭う。そして後ろを振り向くことなく、ゆっくりと部屋を出て行く。


90A 内景タイレル邸 キッチンへ続く廊下 夜

スタイルズが廊下をやってくる。彼はバッティが自分の方へ歩いてくるのを見る。スタイルズは彼を物珍しげに見る…こいつは客じゃないな。二人が近づくと、バッティは微笑む。

バッティ
お手洗いはどこです?

スタイルズに答えるチャンスはない。彼の股ぐらにバッティの片手が差し入れられる。スタイルズの身体が持ち上がり、そのまま壁へ差し上げられる。彼の骨盤の中にあるものが何もかも粉砕される。バッティが手を放す。スタイルズが床に落ちる。彼はショック死している。バッティは歯ぎしりしながら、お祝いの音が聞こえる方へとまた進んでいく。


91 内景 食堂 夜

バースデー・ケーキが届き、ロウソクに火が灯っている。みんなはパパを待っているのだ。タイレル夫人が周囲を見回して、戸口からバッティがじっと見ているのに気づく。

彼女は少し驚き、少し好奇心をそそられるが、企業家の妻らしく微笑む。

タイレル夫人
なにかご用ですか?

バッティは微笑み返し、まるで後悔しているかのように首を振る。


92 内景 キッチン 夜

蛇口から流しに水が流れている。その水は血でピンク色に染まっている。バッティが自分の手を洗っている。

太ったメイドが食品貯蔵室から出てくる。バッティが顔を上げる。彼女は出くわしたのが決まり悪くて足を止める。彼女の眼が床に落ちている血のしずくをとらえ、その跡をドアまで辿っていく。彼女が振り返ると、目の前にバッティが立っている。

 

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80 内景 セバスチャンのアパート 昼間

バッティとプリス、メアリーはテーブルについて、彼らの主人を見つめている。セバスチャンは口元へ持っていったフォークを止め、一人ずつ見つめ返している。口に出しては言わないが、彼らと一緒に家にいるのは、人造動物たちと一緒にいるのと同じぐらい快適だ。

バッティ
どうして俺たちをじろじろ見ているんだ?

セバスチャン
君たちはみんな…すごく変わってる。

バッティは微笑み、うなずいて彼に事実を伝える。セバスチャンは確かにそれを理解する。

バッティ
何がだ、セバスチャン?

セバスチャン
君たちはアンドロイドだね。

長い間がある。

プリス
どうしてそう思うの?

セバスチャン
君たちはみんな、すごく完璧だ。

セバスチャンはにっこり笑う。

セバスチャン
君たちはどの世代なんだい?

バッティ
ネクサス6だ。
        
セバスチャンが口笛を吹く。メアリーの頭がわずかに揺れている。プリスは立ち上がって、カウチの方へ行く。バッティはこれ以上ないほどに嬉しそうだ。

バッティ
淑女のみなさん、セバスチャンは信用できるぞ。彼はずっと機械を相手にしてきた。彼は天才で、とても鋭い男なんだ。

セバスチャンはクリスマス・イブの男の子のようだ。

セバスチャン
お願いがあるんだけど…

彼の声は震えている。

セバスチャン
なにか見せてくれないか?

バッティ
どんなものを?

セバスチャン
そうだな…

見たいものはいくらでもあるが、彼は興奮しすぎていて、一つを考えることができない。

バッティ
セバスチャン、俺たちはコンピューターじゃない。生きているんだぞ。

プリスが誇らしげに元気づく。

プリス
我思う、ゆえに我あり、よ。

バッティ
いいぞ、プリス。さあ、どうしてかを彼に教えてやれ。

それは命令で、プリスは喜んで従う。彼女はしばらくの間、手を膝に組んで行儀よく静かに座っている。メアリーはこんな風に見せびらかすのは好きではないが、バッティは喜んでいる。

プリスが膝に組んだ手が眼で見えないほどすばやく動き、セバスチャンが飛び上がるような激しさで、彼女の両側のカウチの表面へ突き立てられる。彼女は腕を肘までカウチの中へ突き入れ、スプリングと詰め物を引きずり出す。くいしばった歯を除けば、彼女はまるで天使のように微笑んでいる。

セバスチャンはたった今悪魔を見たかのように両眼を見開き、仰天して、動くこともできない。彼はその悪魔が友人でよかった、と神経質に笑う。

バッティ
俺たちには共通点がたくさんある。

セバスチャン
君たちは地球に来れないし、僕は宇宙に行けないってことかい?

バッティ
それだけじゃないが、俺たちは共通の問題を抱えている。老化が早すぎるってことだ。だが、俺たちはまだ死にたいと思っていない。

セバスチャン
もちろんそうさ。

バッティ
君は俺たちを助けられるかもしれない。

セバスチャン
ロイ、僕は生体工学には詳しくないんだ。詳しければよかったと思うけれど、君たちは僕の専門外なんだ。

バッティ
すぐに救いが見つからないと、プリスは長く生きられないんだぞ。

セバスチャンはちらりと盗み見する。プリスは子供のような大きな眼で彼を見つめていてる。セバスチャンはバッティに視線を戻す。心を動かされはしたが、手助けできることはない。

バッティ
君の友人はどうだ、この建物を持っている男は?

セバスチャン
タイレル博士かい?

バッティはうなずく。

セバスチャン
彼は僕の友達というわけじゃないよ。たまに彼の仕事をしているだけで。

バッティ
セバスチャン、タイレルなら俺たちを助けられるかもしれない。

セバスチャン
彼ならできる?

バッティ
彼の会社が俺たちを作ったんだ。

セバスチャン
彼に伝えておいてあげるよ。

バッティ
彼に直接会えればもっといいんだがな。だが彼は簡単に近づける人間じゃない。

セバスチャン
そうだね。

バッティ
いつ、君が手がけているものを届けるんだ?

セバスチャン
今日の午後だよ。

バッティは身を乗り出して、セバスチャンの眼をまっすぐに覗きこむ。

バッティ
君は俺たちを助けてくれるか?

もしセバスチャンがそうしたかったとしても、彼には断ることはできない。

セバスチャン
わかったよ。

プリスは微笑みながら座っている。メアリーは安堵の溜息をつき、バッティは感謝を込めてうなずきながら椅子にもたれる。

バッティ
セバスチャン、君が俺たちを見つけてくれて本当によかったよ。君はどう思う、メアリー?

メアリー
私たちを助けてくれた人間が、この世界にもう一人いるとは思えないわ。

バッティ
プリスは?

プリスは立ち上がってセバスチャンに近づき、キスをする。

それは強い衝撃を与える。セバスチャンは涙をこらえようと周囲を見回す。

バッティ
君は俺たちにとって唯一の、そして最高の友人だよ。

セバスチャン
ありがとう。


81 内景 デッカードのアパート 寝室 昼間

レイチェルはデッカードのシーツの一枚にくるまって、ベッドに横たわっている。彼女はシーツから顔を出していて、眼が部屋の中を見回している。デッカードは彼女の隣に横たわっている。腹上死した男のようだ。

レイチェル
最後にここを掃除したのはいつなの?

デッカード
んんー?

レイチェル
今まであなたのアパートを掃除したことはあるの?

デッカード
見た目にだまされちゃいけない。

レイチェル
見た目が汚いのよ…どうして人を頼まないの?

彼は寝返りを打ち、彼女の脚を眺める。

デッカード
物の配置をめちゃくちゃにされちまうからさ。

彼は彼女の太ももの裏にキスをする。

レイチェル
その配置の周りをきれいにしてくれるかもしれないわ。

デッカード
自分の持ち物をひっかき回されるのは好きじゃないんだ。

彼は彼女のもう一方の太ももにキスすると、立ち上がって浴室へ向かう。

デッカードの声
君がやってみたいんなら、居間のクローゼットに掃除機があるよ。

レイチェルはしばらくそのまま横になっているが、立ち上がって居間へ行き、クローゼットのドアを開ける。掃除機は簡単には取り出せないが、彼女はやっとのことで掃除機を引きずり出す。彼女がコンセントを差そうとすると…

デッカード
おいダメだよ、やめてくれ。

彼はシーツを身体に巻いて、戸口から彼女を見ている。

レイチェル
でもコンセントを差さないで、どうやって…

デッカード
コンセントを差さないで、身ぶりだけやってみるんだ。

レイチェル
じゃあ、あなたはどうして…

デッカード
あの音が嫌いなんだ。練習するだけにしてくれ。「練習が完全をもたらす」だよ。

彼女は、この人は頭がおかしいとでもいうように彼を見つめている。

デッカード
俺は真剣だよ。さあやれよ。どんな風に掃除機をかけるのか見せてくれ。

彼女は気乗りしない様子で、掃除機を使う手つきをしてみせる。

デッカード
そのカウチの下はどうしたんだ。さあ。

彼女は前屈みになってカウチの下へ手を伸ばす。デッカードは椅子を引っぱって来て、座って頬杖をつく。彼女が彼を振り返る。

レイチェル
これ、ばかみたいな気がするわ。

デッカード
ばかみたいと感じるのも賢い女の子には良いことさ。君への教育の一部だよ。

彼女は掃除機を捨てて床に座り込む。デッカードは立ち上がって彼女の方へ行く。彼女の視線が彼が身体に巻いたシーツの中ほどまで来て、彼女は立ち去る。

レイチェル
デッカード、あなたどうかしてるわ。

デッカード
俺は最高の気分なんだけどね。


82 外景 タイレルの動物保護地 夕暮れ

大邸宅と豪華な庭園がある。セバスチャンのくたびれたトラックが、より高価な車に囲まれて停まっている。そこにはスピナーと、1928年型のデューセンバーグも混じっている。


83 外景 タイレルの邸宅 夕方

書斎。狩りの戦利品である獲物の首がずらりと並んでいる。その中にセバスチャンが、バスケットボールほどの大きさの「卵」を膝に乗せて、行儀よく背筋を伸ばして座っている。

ハンニバル・チュー爺さんは正しかった。金持ちはあなたを待たせる。セバスチャンは立ち上がり、獲物たちの間を慎重に通って、庭園が見える窓へ近づく。


84 外景 タイレルの邸宅のプール 夕方

タイレルの若い妻が飛び込み板に座って、一番下の息子とプールにいる夫を見ている。年長の息子二人は、父親の目をひこうと競争で泳いでいる。

プールのそばに年老いた使用人がいて、楽しげな様子をじっと見ている。そしてカップを載せた盆を持って屋敷の方へ向かう。


85 外景 高台 夕暮れ

庭園を見渡す高台の向こうに人影が一つ立ち、じっと見張っている。猛禽のように待ちながら。


86 外景 タイレルの動物保護地 夕暮れ

ウインター・ローズの低木の間にある砂利敷の小道でタイレルは振り返り、彼の王国を照らす静かな最後の光をじっと見る。動物の一頭が低く悲しげに鳴く声が、その瞬間を気持ちのよいものにしてくれる。

彼は年取った庭師のそばをぶらぶら歩いて行く。庭師は帽子に手をやって挨拶する。タイレルは階段を登って邸宅へ入っていく。


87 内景 タイレルの書斎 夜

クッキーとミルクを載せた盆のそばで、セバスチャンは膝に「卵」を載せて辛抱強く座っている。ドアが開き、彼は期待して立ち上がる。入ってきたのはタイレルのボディガードのスタイルズだ。彼は「ジャックと豆の木」の巨人役を演じられそうな男だ。

スタイルズ
よし、そいつを今もらうよ。

セバスチャンは卵を直接ボスに手渡したかったが、スタイルズは卵を持ってドアを出ようとする。その時、セバスチャンが彼を呼び止める。

セバスチャン
待って!

彼はほとんど忘れていたのだ。

セバスチャン
誰かが操縦しなくちゃ、飛べないよ。

セバスチャンは彼に小さな箱を手渡す。スタイルズはそれをポケットに突っ込み、後ろ手にドアを閉める。


88 外景 タイレルの動物保護地 夜

草地に六頭のバッファローが、堂々とした様子で銅像のように身動きもせず立っている。彼らの毛むくじゃらの頭が急に動いて、誰かが通るのをじっと見る。

暗闇と静寂の中、バッティは好奇心の強い動物たちを見て足を止め、それから音を立てずに邸宅の方へ向かう。

 

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77 内景 病院の廊下と病室 昼間

ホールデンは「鉄の肺」を思わせる装置の中に横たわっている。彼の頭のすぐ上には、肉体の機能を表示する生体反応ランプの列が彼の方へ向けて取り付けられている。

デッカードは友人のそばで、椅子に腰掛けている。

ホールデンはやつれ、灰色の顔をして、頭を動かすことができない。だが彼はカナリアを食べたネコのようににこにこしている。

デッカード
具合はどうだい、じいさん?

ホールデンの声はただのささやきだ…クラスの一番後ろの席のいたずら者から聞こえるようなささやき声。

ホールデン
いいよ。まあ、本当にいい調子じゃないとはわかっているが、気分はいい。俺の新しい服はどうだい?

デッカード
そうだな、シワが寄ってしまう心配はしなくていいな。

ホールデンの目が閉じ、彼の微笑みが大きくなって、けいれんのような笑い声が口から押し出されてくる。

ホールデン
笑わせないでくれ。小便が出ちまうんだ。

デッカード
すまない。

ホールデン
おい、いいんだよ。小便するのは好きだ。それで、おまえの方はどうなんだ?

デッカード
うまくやってるよ。

ホールデン
聞くところでは、おまえはよくやっているらしいな。ブライアントはおまえが一人で神の軍団みたいにやっていると言ってたよ。ずいぶん金も稼いでるんだろ、ええ?

デッカード
ああ。
(少しの間)
だけど、そのことであんたと話がしたかったんだ。

ホールデン
金のことか?

デッカード
違うよ。ちょっと問題があってね。

ホールデン
聞かせてもらおうじゃないか。

デッカード
俺は、このネクサス6たちに同情し始めているらしいんだ。

ホールデンはクスクス笑う。そしてまた笑い出す。パネル上の青いライトが一つ、強く輝きはじめる。二人はそれに気づく。

デッカード
それ、何だ?

ホールデン
小便が出ているんだ。

二人はライトが消えるのを待つ。

ホールデン
デック、ちょっと聞かせてくれ。おまえはあのアンドロイドたちの一人と身体の関係を持ってるのか?

デッカードは否定しない。ホールデンは天使みたいにニコニコ笑う。

ホールデン
思ったとおりだ…商売を危うくするものの一つだな…旧友よ、おまえは自分の獲物とセックスしたんだ。そいつは問題を引き起こすぞ。おまえがそいつを殺さない限りな。

デッカードは彼のクスクス笑いが止まるまで待たなければならない。

デッカード
セックスじゃなく…愛だ、というのはどうだ?

ホールデンは声に笑いが混じるのをこらえようと下唇を噛むが、こらえきれない。

ホールデン
愛はセックスの別名にすぎないんだよ。愛はセックスでもあり、セックスは愛でもある…おまえがそれをどう呼んでも構わないが、それはアンドロイドには持つことができないものだよ。

デッカード
彼らはそんな…

ホールデン
デック、俺にはあいつらが何なのかわかってるんだ…いいか、あいつらは何かを感じるふりをすることはできるかもしれん。だが古い心にむき出しの熱い感情を載せても…無理なんだよ。

ホールデンは息を整えようと、話すのを少し止める。

ホールデン
信じろよ、ベテランから学ぶんだ。どれだけ技術が進んでも、人間は何かを感じることのできるものを作り出すことはできないんだ。それは矛盾することなんだよ。おまえは食器洗浄機とも同じようにファックするかもしれないがね。

ホールデンは笑うが、デッカードは笑わない。

ホールデン
いいから外に出て、良い仕事を続けるんだ。

ホールデンの囁きは聞き取れなくなっていく。

ホールデン
それを忘れるなよ、デック。俺は眠くなってきた。おまえと話せてよかったよ。

デッカードは立ち上がる。

デッカード
ありがとう。

だがホールデンはもう眠っている。彼はそこに立ったまましばらく彼を見て、そして出て行く。


78 内景 デッカードのアパート 昼間

彼はむっつりと、瞑想するかのようにカウチに座っている。物音がする。彼の視線がドアへ向けられる。またドアの錠が開いている。レイチェルが入ってくる。彼を見て驚いた様子だ。彼も同じく驚いている。

レイチェル
私は戻ってくるって言ったでしょう。

デッカード
そんなこと言ったか?

レイチェル
あなたは聞いていなかったのよ。眠っていたのね。

どうもそうらしい。

レイチェル
私が来て、嬉しい?

彼は嬉しい。彼女は元気だ。昼間にこの部屋を見たことがないのだ。彼は彼女が散らかった部屋を歩き回るのを、嬉しそうにじっと見ている。彼女は小さな額に入った写真を見つける。それを拾い上げる。写真には猟銃を持った男と、ウズラを掲げた少年が写っている。

レイチェル
これ、誰なの?

デッカード
俺と、俺の親父だ。

レイチェル
お父さんはどこにいるの?

デッカード
死んだよ。

レイチェル
そうなの。

彼女は写真を置いて、彼のところへ来る。

レイチェル
どうして仕事をしていないの?

デッカード
しているよ。カウチに座って推理をするのも仕事のうちさ。

レイチェル
調子はどうなの?

デッカード
あまりよくはないね。

彼女はデッカードの隣りに座る。

二人ともひどく嬉しそうに、そこに座ってまっすぐ前を見ている。彼は彼女を見る。彼女は彼を見る。

レイチェル
みんな午後には何をするの?

デッカード
頭の良い奴なら、昼寝をするね。


79 デッカードの寝室 昼間

二人はシーツをかぶっている。レイチェルは仰向けになって天井を見ている。髪が海藻のように枕の上に広がっている。デッカードは彼女の隣に横たわって、自分の宝物をじっと見ている。

レイチェル
あなたは夢を見る?

デッカード
ああ。ときどきね。

レイチェル
私も夢を見れればいいのに。

彼は彼女の肩に手をやる。

デッカード
そうやって願うことも、夢を見るようなものだよ。

彼の手がシーツの下に入る。

レイチェル
私が言いたいのは、眠っているときに、ってこと。

彼女はいい気分だ。彼は身体を寄せる。

レイチェル
お父さまが亡くなったとき、あなたは泣いた?

デッカード
ああ。

レイチェル
それも私にはできないわ。

彼は彼女の頬に軽くキスする。

レイチェル
夢を見ている時ほどに自由な者はいない。本でそう読んだわ。

デッカード
ゆうべはあまり良くなかったんだろう?

レイチェル
わからないわ、比べるものがないから。もっと何かあるんだと思っていたみたい。

デッカード
何を?

レイチェル
わからない…何かを見落としたみたい。

デッカード
どんな?

レイチェル
はっきりしないわ。秘密があるの?

彼女の顔が近い。彼女はデッカードをまっすぐ見ている。彼女の唇がすぐそこにある。

デッカード
知らないよ。もしあるなら、見つけてみたいね。

ゆっくりと彼女の唇が触れて、彼の腕が彼女の身体を抱く。

 

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70 内景 デッカードのアパート バスルーム 夜

彼は酒を持って浴槽に横たわっている。眼を半ば閉じて、顎まで水に浸かっている。殴られて傷を負ってはいるが、穏やかな贅沢を少しばかり楽しんでいるように見える。

デッカード(声のみ)
俺は猛スピードのカーチェイスに巻き込まれたある警官を知っていた。彼はタイヤを撃たれて時速150マイルで崖から飛び出してしまった。朝になって、彼は頭蓋骨を骨折して肋骨を六本折り、第二度の火傷を負って発見された。病院へ搬送されながら、彼は看護師の女をからかっていた。

彼は酒を飲み、咳払いする。

デッカード
なあ!俺の世話をしてくれるはずだろう。

レイチェルの声
何がほしいの?

彼は答えない。そこに横たわって飲み物をすすっている。レイチェルが少し不安げに、少し面白そうに入ってくる。彼女はそこに立って、彼を見下ろしている。

デッカード
ただ立って俺を見ているってのはやめてくれ。行儀が悪いぞ。

レイチェル
私に何をしてほしいの?

デッカード
座ってくれ。

彼女は浴槽の縁に腰掛ける。

デッカード
腕を出して。

彼女は袖の短い服を着ている。彼女の腕は長く繊細で、デッカードはその腕をつかんで、音楽の巨匠がストラディバリウスを持ったみたいによく調べる。

デッカード
男と一緒に風呂に入ったことはあるかい?

レイチェル
男と一緒にしたことのないことは、たくさんあるわ。

彼は彼女の手を水に漬けさせ、彼女の腕を石鹸で洗い始める。彼女の手首から始めて骨にそって肘へ、上から下へ、ゆっくり滑らせるように。彼女はこの儀式の意味がよくわからず、じっと見つめている。

彼は彼女を引き寄せ、手を上へ滑らせ、彼女の身体を撫で、押し、彼女の腕の下からドレスの奥へ進めていく。

レイチェル
濡れてしまうわ。

そのとおり。しばらくの間、デッカードは毛深い脚のエロ親父が発情したみたいに彼女を見つめている。開いている方の手の指が彼女の髪をかき上げ、彼女は浴槽の中へ入る。


71 デッカードのアパート 寝室 朝

ベッドは嵐にでも遭ったようで、デッカードはその嵐の中で洗われたように見える。彼は手足を投げ出して横たわり、額にしわを寄せ、あえいでいる。

彼の両眼が細く開くが、すぐに閉じてしまう。彼の両手はもう少し頼りになる。両手がベッドの上を探る。

だがベッドは空っぽだ。彼は頭を持ち上げてあたりを見回すが、彼女はいなくなっている。彼は二段階で、まず座り、それから立ち上がる。そしてまた座って頭を抱える。


72 内景 デッカードのアパート 浴室 朝

デッカードは鏡に顔を写して髭を剃っている。長い夜だった。新しい舌と輸血でも、何も元には戻らなかった。彼は浴槽が視界に入るように、2インチほど左に動く。


73 内景 デッカードのアパート 居間 朝

デッカードは膝に電話を載せて、カウチの端に座っている。彼はレイチェルの電話番号の書かれたカードを膝に置き、そしてツキに恵まれていない。

レイチェルの声
ごめんなさい、いま出かけています。でも名前と電話番号を残してくだされば、できるだけ早く電話します。

それでは遅い。デッカードは電話を切り、電話機を床においてカウチにもたれる。

デッカード
ちくしょうめ。


74 内景 ディーチャム氏のアパート 朝

雄鶏が椅子に止まって骨ばった翼を広げ、爪の先からぴーんと身体を伸ばして、天井に向かってときの声を上げている。その鳴き声と鳴き声の間に、ドアを小さくノックする音が聞こえる。

あなたはここを「納屋」アパートと呼ぶかもしれない。床には藁が敷かれ、奥の壁には何羽かの雌鳥が止まっている。ドアが数インチ開いて、セバスチャンが頭を突き出す。

セバスチャン
ディーチャムさん?いますか?

いるのは彼の鶏だけのようだ。セバスチャンが中に入り、後ろ手にドアを閉めると、ガチョウがやかましく鳴きながら寝室から走ってくる。

セバスチャン
ウェドルス、よせ、よせ。

セバスチャンが不法侵入者ではないとわかったらしく、ウェドルスは攻撃をやめる。セバスチャンが部屋を横切ると、カウチの後ろから豚が顔を覗かせる。

セバスチャン
こんちは、リグレイ。

彼は鶏のところに行くと卵をいくつか集め、持ってきたボウルに入れる。彼はボウルを置くとポケットに手を入れ、慎重に代金を数えて皿の上に置く。帰ろうとしたところで、彼は給水器に水が入っていないことに気づく。

セバスチャン
ディーチャムさんはあまり熱心に君らの世話をしないんだね。

彼はテーブルの上にある水差しから給水器へ水を注ぎ、床にいくらか穀物を撒いてやって、ボウルと卵を手に出ていく。

リグレイはブーブー鳴いて、たっぷり水を飲もうとカウチの裏から出てくる。


75 廊下 セバスチャンの部屋がある階 朝

セバスチャンは自分の部屋がある階に到着し、廊下を歩いて行ってドアを開け、中に入る。


76 内景 セバスチャンのアパート 昼間

彼はドアを閉めようと振り返り、ロイ・バッティと出くわす。セバスチャンは卵の入ったボウルを落としてしまう。バッティの手がすばやく動いてそれを受け止める。

バッティ
おっと。

バッティは微笑みながらセバスチャンに卵を手渡す。セバスチャンは驚きが激しすぎて口も利けない。

プリスが走ってきて、明るく笑いながらバッティとメアリーをぎゅっと抱きしめ、後に下がる。誰にも好かれる十代の女の子のようだ。

プリス
セバスチャン、この人がロイ叔父さんよ。

バッティ
こんにちは、会えて嬉しいよ。

彼はセバスチャンの手を握ってぶんぶん振る。

プリス
それから、メアリー叔母さん。

セバスチャンが振り返ると、慎ましくて優しそうなメアリー叔母さんがいる。

プリス
そしてみなさん、こちらが私の救い主、J・F・セバスチャンよ。

セバスチャンは卵を持ったまま恥ずかしそうに、そして興奮して立っている。彼はこの小さな家族の温かい注目を浴びる英雄なのだ。

バッティ
セバスチャンさん、あなたにはお礼の言いようもありません。もしあなたが来てくれなかったら…

メアリー
死んでいたかもしれないと心配していたんですよ。あなたは本当に親切な方だわ。

セバスチャンはうなずき、微笑んでいる。

バッティ
我々は大きな街に慣れていないんですよ。我々の地元は、道に迷うこともないような所でね。

メアリー
あなたは本当に良い所にお住まいね。

バッティ
きちんと蓄えもあるしね。

バッティは感心して周囲を見回す。セバスチャンは「ありがとう」というようなことをもぐもぐ呟く。

プリス
セバスチャンは外に出るのがあまり好きじゃないの。

セバスチャン
ここに食料をいっぱい貯蔵しているんだ。

バッティ
ひとつ所に腰を据える男は好きだよ。今の時代に生き延びていられる、というのは賞賛に値するね。君はここに一人で住んでいるのかい?

セバスチャン
ええと、一人ってわけじゃないんだ。ディーチャムさんがいて、彼は守衛なんだけど、一階に住んでるんだ。

全員がうなずく。長い間がある。

メアリー
それは楽なことじゃないわ、セバスチャンさん。

彼らは部屋の中を見回し、セバスチャンがボウルを拾い上げるのを待つ。

セバスチャン
朝食はいかがですか。ちょうど用意するところだったんです。

バッティ
もし面倒でなければ…少し食べるものがあると…

セバスチャン
面倒なんかじゃありませんよ、喜んで。

バッティ
ええ、実のところ…

メアリー
私たち、お腹が空いてたの。

セバスチャンは本当に幸せだ。

セバスチャン
わかりました、じゃあ皆さんはくつろいでいて下さい。すぐに食べ物を持ってきますから。

彼はキッチンへ姿を消す。バッティはこの成り行きに満足している様子だ。

バッティ
かわいいな。

プリスが近寄ってくる。声を抑えているが、彼女の口調には知りたがる調子がある。

プリス
それで?

バッティは彼女の物腰に陽気な調子があることに気づく。それが彼女にいくらか喧嘩っ早い印象を与えている。

プリス
どうなっているのかを知りたいの。

バッティの返答には、きついトゲがある。

バッティ
残っているのは、俺たち三人だけだ。

プリスはショックを受ける。彼女のささやき声はしゅっと甲高く聞こえる。

プリス
つまり私たちは愚かで、死ぬってことね。

バッティ
もし家の中で働くものがいなかったら、家の中はどうなる?

テーブルの上の、ぶちのある小さなブタが身体を起こす。

ブタ
おうちへ帰ったぞ、ジギディ・ジグ。

彼ら全員が振り返って、ブタを見つめる。バッティは大喜びしている。

プリス
私は彼を信用してないわ。彼が自分のしていることをわかっているとは思えない。

キッチンから、電子レンジの立てるベルの音がする。

バッティ
彼は自分のしていることをわかっているよ。

メアリー
もし彼が協力しなかったら?

バッティ
セバスチャンさんは感謝されたい主人なのさ。俺たちが彼に感謝すれば、彼は協力してくれる。

 

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67 内景 古いオペラハウス 男性用トイレ 夜

あなたにもおなじみの薄汚い便所だ。ブライアントが顔をこすり、怒りを表に出さないようにしながら、小便器のそばのひび割れたタイル張りの床にじっと座っている。ここは公共の場所で、彼は大声を出したくないのだ。

ブライアント
ネクサス6が相手だからってやり方が変わったりはしないんだ。誰かに知られた事実はみんなが知っている事実になり得るんだよ。そして俺たちの仕事の一つはな、デッカード、そういうことが起きないようにすることなんだぞ。おまえはいまいましい観客どもの目の前で一人を吹っ飛ばした。さあ、どうすればいい。

それは答えを求める類の質問ではない。デッカードは早く終わってくれと願いながら、洗面台で顔を洗っている。

ブライアント
どうなんだ?

デッカードは水滴を垂らしながら顔を上げ、ペーパータオルに手を伸ばす。ブライアントはぱちんと一つ手を叩く。

デッカード
あの女は逃げようとしていたんだ。

ブライアント
なら逃げさせてやればいい。おまえはプロだと思っていたよ…おまえは追いかけるだけにしておくべきだったんだ!

ブライアントは二度ほど深呼吸する。

ブライアント
おまえは調子に乗っていたようだな。

デッカードの声は、やっと聞き取れるかどうかだ。

デッカード
俺はあの女が好きじゃなかったんだ。

ブライアント
あの女が好きじゃなかった、だと!?

彼は小便器のハンドルを叩く。

ブライアント
アンドロイドどもを好いたり嫌ったりし始めたら、引退する頃合いだぞ。

水がどっと流れる轟音が吸い込む音に変わり、消える。うなずく以外にすることはない。デッカードはうなずく。哀れな男はきつい夜を過ごした。ブライアントは上着からフラスコを取り出し、デッカードに手渡す。デッカードはそれを口に当て、ブライアントは彼が飲む回数を数えているみたいに、デッカードの喉仏をじっと見つめている。デッカードは中身を飲み干してフラスコを返す。ブライアントはフラスコに蓋をしてポケットに戻す。

ブライアント
いいか、家に帰れ。少し休め。アスピリンを飲んでな。

デッカード
わかった。

ブライアントは、年取った熊みたいにのそのそ歩いて出て行く。


68 内景 古いオペラハウス バー 夜

安いウイスキーにひどいワイン。ここはそういう場所だ。もう閉店が近い。だがバーにはまだ何人か客が残っている。アルコール中毒の影絵たち。

背景で、デッカードが男子トイレから通路を歩いてきて、電話の前で止まる。彼はポケットから番号の書かれた紙を取り出し、電話をかける。彼は壁に寄りかかりながら電話で話し、その身ぶりはくつろぎと親密さを感じさせる。

バーにはあまり動くものはない。誰かのいびきと、隅で自分自身と話しているアル中だけだ。

デッカードは電話を切ると、バーに歩いて行き、どさりとスツールに座る。バーテンダーは土嚢のような大きな胸と、媚びる調子のない声をした大柄な女だ。

バーテンダー
お客さん、あなたの飲み物を取っておいてあげることはできないんですよ。あなたがトイレに行っている間に、このブツクサ言ってる奴があなたの酒を飲んでしまったんです。

デッカードは隣のスツールの男をちらりと見る。打ち上げられたクジラみたいにカウンターに突っ伏している、大柄な男だ。

デッカード
構わないよ。もう一杯くれ。

「クジラ」は身動きしないが、ガラガラ声のロシア訛りで喋っている。

ロシア人
許してくれ。タダ酒だと思ったんだよ。金は払うから。

デッカード
もういいよ。

だが大男は自分のポケットを探っている。デッカードの注文した酒が出され、ロシア人が顔を上げる。温かさを感じさせる赤く充血した眼をして、心をとろけさせるような笑みを浮かべた、物憂げな顔。だが、この男はレオンだ。

レオン
俺、金を持ってないみたいだ。

デッカード
いいよ。もういい。

レオン
でも、あんたに酒をおごりたいんだ。

デッカード
俺がおごるよ。何を飲むんだ?

レオン
ウォッカだ!

デッカード
ウォッカを一杯頼む。

レオン
本当にありがとうな。

デッカード
どういたしまして。

デッカードは煙草を取り出す。一本すすめる。レオンが煙草を取り、二人は火をつける。飲物が出される。

レオン
プロージット(訳注 ロシア語の「乾杯」です)。

デッカード
プロージット。

二人は乾杯する。レオンはグラスをカウンターに叩きつけると、ポケットに手を入れて小さなマッチ箱を取り出し、同じように叩きつける。それがとても得意気な様子なので、デッカードも見ないわけにはいかない。

レオン
俺の友だちに会いたいかい?

デッカード
悪いな、時間がないんだ。

レオン
大丈夫だよ。

レオンはあけっぴろげに笑うと、儀式めいた気配りをしながらマッチ箱を開き、カウンターに三匹の生きたゴキブリを落とす。

デッカード
このゴキブリかい?

レオン
そうだよ。

デッカードは興味を惹かれたらしい。一匹が這って逃げ出し始めるが、レオンがその前に大きな手で壁を作って止める。

デッカード
この男どもをどのくらい飼ってるんだ?

レオン
二ヶ月だよ。でもこいつは男じゃない。女の子だ。

レオンはゴキブリたちに聞かれたくない、とでもいうように身を乗り出してくる。

レオン
ブラッキーはいつもイゴールが餌を食うまで待つんだよ。そして彼が背中を向けたら、アンナを口説こうとするんだぜ。

デッカードははっきりと興味を惹かれてうなずく。彼はバーテンダーにもう一杯くれと身ぶりで注文する。酒が出される。

レオン
プロージット。

デッカード
プロージット。

二人は乾杯する。乾杯の最後に二人の眼が合う。

レオン
ゴキブリがヤるとこ、見たことないだろ?

デッカードは首を振るが、見てみたいと思う。

レオンはいたずらっぽく笑う。

レオン
やってみよう。

レオンはポケットから角砂糖を一つ取り出し、カウンターの上に置く。二人は身を乗り出し、真剣に見つめている。出された酒が脇に押しやられる。だがゴキブリたちは協力してくれない。

レオン
彼が腹を減らしてないか、彼女が燃えていないかだな。

レオンはゴキブリを一匹ずつ捕まえて、マッチ箱に入れていく。彼は最後の一匹を掲げてキスをする。

レオン
あんたも彼女にさよならのキスをしたいだろ。

デッカード
遠慮するよ。

バーテンダー
帰るときは、あんたのガールフレンドを間違いなく連れて行ってよね。

誰も気がつかないが、レオンの指に挟まれた煙草の吸い差しが彼の肉を焼いている。

デッカードがグラスを手に取るが、中身は空だ。

レオン
あんた、気に入ったぜ。

デッカード
俺もだよ。

レオン
もう一杯、いいだろ?

デッカード
小便してくる。

デッカードは立ち上がり、強い風の中を歩くみたいに前屈みで前に出て、立ち止まる。

デッカード
外で小便してくるよ。

レオンはデッカードがバーから通路を通って裏口の外へ、完全にまっすぐ歩いて行くのをじっと見ている。


69 外景 古いオペラハウス 裏道 夜

デッカードがふらふらしながら出てくる。ドアが閉まると、彼はまったく素面な様子ですばやく行動する。建物にそって置かれた大型のゴミ容器を回って、彼は壁にぴったりと貼りつき、銃を抜いてドアに狙いを定める。彼は途中に邪魔なもののない良い射撃位置にいる。時間が過ぎていき、彼は冷静になるための時間があることをありがたく思う。彼の息づかいと、街のぶんぶんいう音以外、あたりは静かだ。

だしぬけにデッカードは後ろから抱え上げられ、レオンの両腕に抱かれたまま振り回される。

レオンが手を離してデッカードは歩道に落ち、服が破れ肌が灼けるほど激しく滑っていく。彼はくるりと回転し銃を握って立ち上がるが、すばやいレオンはもうそこにいて、デッカードの手から銃を蹴り飛ばす。

レオンが前進し、デッカードは壁ぎわまで後ずさる。

レオン
どうしてそんなに早くゾーラの居場所がわかったんだ?

レオンの手は電光の速さだ。手が突き出され、デッカードの髪をつかむ。

デッカード
写真を見せたんだ。彼女に見覚えがある奴がいた。俺は会いに行った。

デッカードは真っ青だ。汗が流れ始める。

レオン
俺は何歳だ?

デッカード
俺は知らない。

髪をつかんでいる手がきつくなり、ねじられる。

レオン
俺が生まれたのは2015年の4月10日だ。どのくらい生きるんだ?

デッカード
四年だ。

レオンが手を放す。

レオン
おまえよりは長く生きるな。

デッカードの両膝が跳ね上がる。それよりも速く、レオンの拳がハンマーのように打ち下ろされる。

レオン
恐怖の中で生きるのは辛い、そうだろう?

デッカードは身を二つに折って、自分の大腿を押さえている。

レオン
だが、それが奴隷のありようだ。未来から閉めだされ、這いつくばって、待つんだ。

傷めつけられていてもデッカードはすばやい。彼は足首の銃へ手を伸ばすが、構える間もなくレオンが手から銃を奪い、歩道へ投げ捨てる。

デッカードは体当りしてレオンを転ばせると、地面を這って逃げ出す。レオンが彼の足首をつかみ、引きずり戻して地面から持ち上げる。

レオン
セックス、生殖、安全。どれも単純なものだ。だがそれらが満たされることはない。行くところもないのに故郷が恋しくなる。使い道もない潜在能力。ネクサス6には細かな手落ちが多いんだよ。

彼はデッカードを壁に叩きつける。

レオン
教えてやるがな、掻くことのできない痒みぐらい辛いものはないぞ。

デッカードは壁からずり落ち、膝をついてうずくまり、次の一撃に備えて両腕で自分の頭を守る。

レオンは大きな両手を組み合わせて頭上に振り上げると、デッカードの頭蓋を叩き潰す満足感を味わうべく、動きを一瞬止める。

レオンの顔に走るけいれんは、満足感によるものではない。彼の首を貫通した弾丸によるものだ。彼は勢いよく地面に倒れ、大きな歯が狂犬病の犬のように空気を噛んでいる。彼は死ぬ。

レイチェルが裏道に立っている。デッカードは横たわって彼女を見ている。彼女はゆっくり静かに近づいてきて、デッカードの銃を彼のそばに捨てる。

デッカードは手と膝をついて立ち上がろうとするが、どうにもできない。彼はあえぎ、血を吐き出して彼女を見上げる。

デッカード
言っただろう、君の助けはいらない。

長い間があった後、彼女は屈みこんで、デッカードに触れる。

レイチェル
あなた、ひどいざまよ。わかってるの?

 

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