映画のボツ脚本・準備稿を訳して読んでみるブログ

海外のSF映画やホラー映画のボツ脚本や準備稿をぼちぼち和訳して読んでみるブログです。

「ブレードランナー」原案

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64 内景 楽屋 夜

かび臭くて狭苦しい。ポータブル・シャワーが一台と化粧台が一台、他にはほとんど何もない。サロメは肩からヘビを下ろして化粧台の上に置く。デッカードはヘビが身をよじってライトの熱の方へ行くのをじっと見ている。

デッカード
こいつは本物なんですか?

サロメ
もちろん本物じゃないわ。本物のヘビを買う余裕があったら、こんなところで働いていると思う?

デッカード
いい仕事だ。

サロメ
ヘビのことを言っているのよね。

デッカードはうなずく。彼女は衣装を脱いでいる…衣装はあまり多くないが。

サロメ
最高の出来よ。

デッカード
餌も食べるんですか?

サロメ
そんな訳ないでしょ。

彼は手を伸ばしてヘビに触れる。指先が触れると電気的なパチッという音がする。彼はショックで手を引っ込める。

サロメ
ちょっと!

デッカード
すいません。

サロメ
ねえ!あたしの仕事を台無しにするんじゃなくて自分の仕事をしてよね?

彼女はついたての向こうへするりと入り込み、シャワーのスイッチを入れる。デッカードはさも壁を調べているかのように、部屋の中をゆっくり歩き回り始める。

デッカード
あいつらには、被害者に何も知られずに汚いことをするやり方があるんですよ。

彼の視線は彼女の持ち物すべての上を動いている。

デッカード
男どもが美しい体を一目見るためにどれだけのことをするか知ったら、あなたは驚くでしょうなあ。

サロメ
そうでしょうね。

デッカード
ゲス野郎どもは女性の着替えを覗けるように、壁に小さな穴を開けるんです。

驚いたことに、彼は実際に穴をひとつ見つける。穴は壁の低い位置に開いている。仕事に背を向けるのは良い考えではないが、彼は誘惑に逆らえない。

サロメ
それで、もし誰かが私を「搾取」しようとしていたら?誰のところへ行けばいいの?

デッカードは穴から、一組の太った脚をのぞき見ている。

デッカード
わたしです。

サロメ
じゃあ、あなたについては誰のところへ行けばいいの?

彼は振り返る。彼女はシャワーを出ていて、しずくの垂れる裸のままだ。彼女は黒いかつらを取る。彼女の髪は短いブロンドだ。

デッカードはモンタージュ写真から即座に彼女が誰かを悟る。彼は彼女をちょっと長く見つめすぎている。

デッカード
えーっと?

デッカードはにっこり笑い、彼女は振り返る。

彼女はテーブルからタオルを取って身体を拭き始める。ヘビは化粧品の間を通って、女主人のところへ帰ろうと舌をちらちらさせている。彼女はヘビを撫でてやろうとぼんやり手を伸ばし、急に笑い出す。

ゾーラ
物事は見た目とは違っているもの、って感じることはある?

彼女の手がヘビの頭をぎゅっと握る。デッカードにはヘビが飛んで来るのが見えたが、間に合わない。彼女はデッカードを強く殴りつけ、彼は吹っ飛んでしまう。彼が床に倒れる前に、彼女が彼の腹を蹴飛ばす。もう一度ヘビがひゅんと宙を切り裂き、デッカードは転がって避ける。激しく叩きつけられ、ヘビは床にぶつかってちぎれてしまう。デッカードはレーザー銃に手を伸ばすが、彼女はもうドアを出ている。


65 内景 通路 夜

デッカードは跳ねるように部屋を出て、ゾーラが通路の突き当りのドアを出て行くのを見る。彼は彼女を追って走り出し、そのドアに取り付いて勢いよく開ける。真っ暗だ。彼女のハイヒールが金属の階段を踏む騒々しい音がする。


66 外景 街路 オペラハウス 夜

ひどい雨が降っている。

最近ではオペラハウスの前は車の通行が禁止され、歩行者しかいない。金曜日の夜には異様な場所で、行商人や売春婦、貧しいが好奇心は旺盛な庶民が歩道や明るく照らされた露天の周りにうごめいている。レインコートだけを身につけたゾーラは、このノミの市の雰囲気になじんでいる。彼女は走らないようにしながら、できるだけ急いで群衆の中をすり抜けていく。デッカードは雨宿りの場所を求めて走る人々の波を避け、かわそうとしながら、それほど引き離されてはいない。

彼女は交差点まで来ると商店街を外れて、もう少し人通りの少ない通りへ曲がる。彼女は肩越しに後をちらりと見る。彼女は急に走り出し、二人の歩行者にまともにぶつかる。三人とも倒れる。

デッカードは群衆の外に出て、彼女がちょうど立ち上がったのを見る。彼女も彼を見て走り出す。二人の歩行者が邪魔になって撃つことはできない。彼は二人のそばを駆け抜けると片膝をついて、レーザー銃を水平に構える。

デッカード
止まれ、撃つぞ!

彼女は止まらない。レーザーの光線が空気を切り裂いて光るが、彼女はもう角を曲っている。

急いで動くと痛む下唇を噛んだままで、デッカードは立ち上がって最初に来た車の前へ飛び出す。車はブレーキ音を上げて停まる。デッカードはドアを開けようとするが、運転席の男は彼を警官だとは考えない。車は猛スピードで行ってしまう。

次に来た車は彼にぶつかるまいとスピードを落としてカーブを切る。デッカードは中の老婦人がロックする前にドアのところへ行き、ドアを引き開けて中に飛び込む。老婦人が悲鳴を上げ、デッカードは彼女を助手席へ押しやると車をスピンさせて正面を向かせる。老婦人は遠心力でドアへ張り付けられ、豚のようにキーキーわめく。

デッカードは角を曲がり、スピードを上げて街路を走らせる。長く人通りのない街路が猛スピートで過ぎていく。老婦人が見たいと思うようなものはない…彼女は手で目を覆ってすすり泣きながら、死ぬ前に気絶したいと願っている。

デッカードは急ハンドルで次の角を左に曲がり、車を転覆させそうになる。車は跳ねるように角を曲がり、彼はアクセルを踏み込む。

ゾーラは百ヤード前方、街路の中ほどにいて、人通りの多い商店街へ戻ろうとしている。彼女は脚が速いが、自動車の方が速い。

デッカードは彼女を追い越すとブレーキを踏み、車は70フィートほどスリップして車体を横にして停まる。ドアが勢いよく開き、彼が撃ちながら転がり出てくる。

ゾーラは逃げ場がなく、屈みこんで銃弾を避ける。唯一の逃げ場は…

彼女は自分の左側にあるショーケースを突き破り、ガラスが粉々に砕ける。

ショーケースは商店街に正面を向けた、一つづきになっている店の端にある。デッカードは彼女が開けた穴へ駆け寄り、彼女が開けたぎざぎざのトンネルを通して撃つ。ゾーラは次から次にガラスを突き破り、身体を切り裂かれ、撃たれながらもデッカードのレーザーから逃れようとする。だがそれは叶わない。

デッカードの最後の銃弾が彼女の頭蓋の付根に穴を開ける。彼女は絶命するが、その身体は止まらない。残った身体はそのスピードで最後の二枚のガラスを突き破り、街路へ飛び出す。そこで彼女は駐車している自動車に激突する。車体の側面にめり込んでしまうほどの力で。

背中を丸め、荒い息をしながらデッカードはゆっくりと前へ進む。群衆が集まり始めている。誰もが興味を惹かれ、あらゆる方向から集まってくる。

デッカードはひと目見ようと群衆をかき分けて進む。

あまり良い眺めではない。まるでサロメと自動車が互いを喰らい合ったように見える。金属と肉の、血まみれの饗宴。

デッカードはうんざりし、疲れ果ててうなだれる。周囲の騒ぎが激しく、彼は後ろから警官が三人近づいてくるのに気づかない。

警官
銃を捨てろ!

デッカードは彼らに背中を向けている。警官たちは扇型に広がり、腰を落として銃を構えている。デッカードはレーザー銃を捨てる。警官のうち二人が駆け寄ってきて彼をぐるりと振り向かせ、三人目が彼の身体を探る。

さらに警官が二人到着し、油断のない、怒りの目つきで人々を押し返していく…ここは警官にとって良い所ではないのだ。

身体検査をする警官が、デッカードが足首に付けているレーザー銃を見つける。彼は唸り声を上げながらレーザー銃を取り上げ、この場の責任者である巡査部長に手渡す。

巡査部長
腹ばいになれ!

デッカードはそんなことをする気分ではない。

デッカード
なあいいか、巡査部長…

彼はIDに手を伸ばす。ゴムびきの警棒を持った警官が、デッカードの頭を殴りつける。

スリルからスリルへ。群衆の中の誰かが悲痛な声で叫んでいる。それが、デッカードが倒れながら最後に聞いたものだ。警官は隠している武器があるのだろうとデッカードの上着の中を探るが、その予想は外れで、出てきたのはIDだ。警官はそれをしばらく見て、そして顔を上げる。

警官
ねえ巡査部長、こいつは警官ですよ。

気まずい状況だ。

巡査部長
野次馬を追い払え。

警官たちが群衆を押し戻し始める。わずかな間だが、群衆の一人がレオンによく似ているように見える。

 

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55 外景 俯瞰でとらえた都市 夜

スピナーが都市の建物の間を縫って飛んで行く。デッカードはバケットシートに座って、入り組んだ橋やプラットフォームや通路が眼下を流れていくのを見つめている。ひときわ高いビルの最上部には、広告と天気予報がちらちら光っている。


56 内景 スピナー 都市の上空 夜

デッカードはエスパーの声を聞きながら、都市の上空を低空でゆっくり飛行している。

エスパー
レイチェルと呼ばれるネクサスは試作品です。科学開発規制委員会の特別命令により、社内用に製造されました。寿命は所定の長さで…人間を超える肉体的能力はありません。

デッカード
所定の長さって?

エスパー
四年間です。従って彼女が機能を停止する日付は…

デッカード
それはいいよ。アンドロイドたちはそれを知っているのか?

エスパー
寿命は機密事項となっています。知りません。

仕事に戻って、

デッカード
よし、女性型三人の概要を教えてくれ。

エスパー
メアリーと呼ばれるネクサス。2017年11月1日製造。家庭向けの設定で非好戦的。保育の訓練を受けています。

デッカード
次だ。

エスパー
プリスと呼ばれるネクサス。2017年12月13日製造。好戦的。長期宇宙飛行者の慰安のためのプログラムがされています。

デッカード
三番目を。

エスパー
ゾーラと呼ばれるネクサス。2017年6月13日製造。非常に好戦的で、芸能分野における特殊な能力あり。


57 外景/内景 着陸エリアのスピナー 夜

デッカードがスピナーを降下させる。すでに混み合っている駐車場へスピナーを降ろそうとすると、「満車」の標示が光る。デッカードはその標示を信じず、ともかくも着陸させようとした時、蛍光色のコートを着たメキシコ系の男が走り出てきて、手を降ってデッカードを追い払う。

デッカード
くそっ。

腹を立てながら、デッカードはスピナーの向きを変え、並んだ車の屋根の上を低空でゆっくり旋回する。どこも暗く、混み合っている…この辺りには駐車スペースが少ないのだ。


58 外景 裏道 夜

結局、デッカードはぎりぎりの幅しかない二つの建物の間へスピナーを降下させると、裏道へ入れて地上を走らせ、「駐車禁止」の標示のそばに停める。


59 外景 街路 タフィーのバー 夜

人通りは多くない。風が吹いている。けばけばしい小さな店が集まっている。

その一軒からデッカードが出てきて、別の店へ入っていく。入口の上で「タフィーのバー」というネオンサインが点滅している。


60 内景 タフィーのバー 夜

店の中は混み合っている。ボンゴが演奏されている。デッカードはバーで、太鼓腹に黒い髭の男の隣に座っている。男はビューアーをのぞき込んでいる。後方の小さなステージでは「びっくりラマ僧」が、得意の曲芸の一部である「カミソリの刃喰い」を披露している。

デッカードはバーを離れて、裏にあるドアへと通路を歩いて行く。


61 内景 タフィーのオフィス 夜

タフィーは商売の上では「ニワトリ喰いの鷹」、若い女を漁る男として知られている。

確かにそうにちがいない。ベッドには若い女がひとりいる。タフィーの散らかった小さな部屋には、痩せて顔色の悪い13歳ぐらいの女が額に電線を貼り付け、震えるまぶたの下で白目をむきながら、ベッドに仰向けに横たわっている。

タフィーはでかい尻となで肩の小男で、真っ黒いカツラを付けて、アシカのような顔をしている。だが今は彼の姿は見えない。

ドアにノックの音がして、そしてトイレを流す音が聞こえる。タフィーがポリエステル製のバスローブの下で心臓をどきどきさせながらバスルームから出てきて、いかにもやましい所のあるゲス野郎らしくドアへ近づく。彼は覗き窓から外を見る。

外にはデッカードがいて、IDを突き出している。

デッカード
タフィー・ルイスか?

タフィー
そうだけど?

デッカード
入ってもいいか?

タフィーにノーと言うことを考えさせない、長く続く間がある。ドアが開いてデッカードが入ってくる。口の端から垂れてくるよだれと瞼のひくつきを除けば、ベッドに寝ている「絶世の美女」はまったく身動きしない。

タフィー
そこにいるうちの姪のことは気にしないでくれ…試験勉強をしているんだ。

デッカードはポケットからモンタージュ写真を取り出し、ガラクタを押しのけて、テーブルの上に扇状に広げる。

デッカード
この写真を見てほしいんだ。

タフィー
いいとも。

タフィーは前かがみになって、写真から2インチほどの近さで写真をのぞきこむ。

タフィー
二日ばかり前にどこかでコンタクトレンズをなくしてね、ほとんど見えないんだ…俺は何を探せばいいんだ?

デッカード
この中の誰かに見覚えはないか?

ゾーラで彼の動きが止まる。

タフィー
これには見覚えがあるけど、はっきりしないな。わからん。今日来た女が一人いて、これに少しだけ似ているけど…

デッカード
その女の希望は?

タフィー
誰?

デッカード
その女に似ていないという女だよ。

タフィー
何も。彼女は「最低ナイト」について知りたがってたよ。

デッカード
何ナイトだって?

タフィー
その女を使いたいかどうかわからなかったんだ…ヘビ踊りはもういたからね。だけど俺の相棒は、いいのがいたら契約するってオペラハウスの最低ナイトに出かけていったよ。

デッカード
最低ナイトって何だ?

タフィー
商売上の呼び名だよ。誰でも参加できるオーディションで、ほとんどは最低なのさ。でも、そいつはこの女とは違うと思うよ。

デッカード
あんたが言っているのは大通りのオペラハウスだな?

タフィーはうなずく。デッカードは戸口まで行って振り返る。

デッカード
いいのを契約して、どこに出すんだ?

タフィー
あちこちさ。巡業に出したりクラブに出演させたり、内輪のパーティーの「シリコン・ショー」にもね。

デッカード
何ショーだって?

タフィー
シリコン・バレーだよ。あそこから出ようとしない科学者連中ってのは多くてね。俺たちはひと月に二回、あそこで興行をやっているんだ。ああいう大物の技術者や生化学者は絶対にあそこから出たがらないが、芸術に関してはそりゃあ好き者でね。

話が少々ベタつき始めている。デッカードはおやすみ、と会釈をしてドアを出る。


62 内景 古いオペラハウス 夜

ステージではメタリックなジャンプ・スーツを着たメキシコ人のアクロバット芸人が、人間車輪の芸で逆さまになって転がっている。観客の少ない劇場の中に、場内放送からアナウンサーのひび割れた声が響く。

アナウンサーの声
ヘルマノ兄弟でした。

まばらな拍手が起きる。ヘルマノ兄弟は手をつないで深くお辞儀し、小走りでステージを降りる。

アナウンサーの声
続いて登場するのは踊りのパートナーをバスケットに入れた美女です!エキゾチックなカサブランカからはるばるやって来ました。「サロメ」です。

オーケストラ・ボックスにいる年寄りのバンドが「ペルシャの市場」を安っぽく演奏し始める。サロメがステージ上で踊る。彼女は布地が少なめなベリーダンサーの衣装を着た黒髪の美人で、2ポンドほど太りすぎだが、整ったプロポーションをしている。彼女は儀式のようにステージの中央にひざまずき、自分の前にバスケットを置く。慎重にふたを外して中に手を入れ、体長4フィートの、まだら模様のニシキヘビを取り出す。音楽に合わせて尻をくねらせながら彼女は立ち上がり、とぐろを巻いたヘビを捧げ物のように差し上げる。客席から歓声が上がる。彼女の乳房を隠している金貨がチリチリ音を立ててきらめく。彼女は観客の感覚に訴えるようにステージ上を動いていく。


63 内景 楽屋 夜

まばらな拍手と野次、口笛にいらいらしながら、サロメは肩にヘビを掛けたままでステージを降りる。疲れた様子で、自分の楽屋へと狭い通路を歩いて行く。彼女が楽屋に入ろうとしたそのとき、

デッカード
すいません、ミス・サロメ。

彼女は振り返る。デッカードの物腰と態度は卑しくて下品な粘っこさを暗示している。彼はいやらしい笑いを浮かべたまま近づいてくる。

デッカード
よろしければ、ちょっとお話させていただきたいのですが。

サロメはハイヒールを履いていると身長が6フィート近くある…彼女はチンピラの扱い方を知っている女の、傲慢な疑いの目つきで彼を見下ろしている。

サロメ
なによ?

デッカード
私はアメリカ芸能人連盟の者です。

彼は彼女の抗議を止めるかのように手を上げる。

デッカード
心配いりません、あなたを加入させに来たわけじゃありませんよ…それは別の部署がやっているんでね。

彼は、自分はここにいてはまずいのだというようにちらりと周囲を見回す。

デッカード
私は道徳に関する機密委員会の捜査員なんです。

彼女はもう少し真剣になってうなずく。

デッカード
ここには、出演者に対して経営側が性的虐待をしているという報告があるんですよ。

サロメ
私はそんなの何も知らないわよ。

デッカード
どんな方法でも、経営側から搾取されていると感じたことはありませんか?

彼女はすっかり混乱している。

サロメ
「搾取されている」ってどういう意味?

デッカード
ここでの出番を得るために、ですよ。あなたは何か淫らなことや不道徳なこと、もしくは肉体的に不快なことを頼まれたこと、頼まれることはありませんか?

サロメ
あんた、本物なの?

デッカード
ええ、もちろん。ここらで何が起きているか知ったら驚きますよ。よろしければ楽屋を調べたいんですが。

サロメ
いったい何のために?

デッカード
穴ですよ。

この男はバカ野郎かも知れないが、しかし面白い。

サロメ
こんなの信じられないわ。

彼女は肩をすくめ、二人は中に入る。

 

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44 内景 セバスチャンのアパート 午後遅く

激しく打ち合う二人の軽量級メキシコ選手に遅れまいと、レフェリーがリングを飛び回っている。もし立体映像の音声が消されていなくて、映像がぼやけていなければ、試合会場のリングサイドにいるような気がしたかもしれない。いい試合だが、プリスは映像を見ていない。

彼女はカウチに足を載せて、足の爪にマニキュアを塗っている。部屋はひどく静かで、爪を磨く音が聞こえてきそうだ。四本目の指にとりかかった所で、頭上から物音がして彼女の動きが止まる。

それは床がきしむような音だが、静かで、突然で、現実だったか疑ってしまうほどすぐに消えてしまう。彼女はしばらく天井をじっと見て、そしてセバスチャンをちらりと見る。

部屋の向こうで、セバスチャンは自分の世界に没頭し、拡大鏡を覗きこんで繊細な配線をレーザーで接続している。

プリスは部屋を横切り、戸口を出て静かにドアを閉める。もしも部屋の棚に並んだ人形たちに感覚があるなら、彼らだけはそれに気がついただろう。


45 内景 セバスチャンのアパート 廊下 午後遅く

プリスはいくつものドアの前をするすると通り過ぎる。いくつかのドアは開き、歪んで、中のありさまや物陰や朽ち果てた様子を見せている。


46 内景 セバスチャンのアパート 非常階段 午後遅く

ここは薄暗く、枯れた井戸に日光が差し込んでいるのを思わせる。うつろな静寂の中に、金属の階段を踏む彼女の足音が反響する。


47 内景 セバスチャンのアパートの上階 午後遅く

今では彼女は走っている。廊下を通って、セバスチャンのアパートの真上の部屋で止まり、ドアを開ける。


48 内景 セバスチャンの真上の部屋 午後遅く

プリスが入ってきて、メアリーがそちらへ顔を向ける。彼女は椅子に座っている。部屋にある家具はそれだけだ。その椅子は壊れて、おかしな角度に傾いている。彼女はうなずき、プリスもうなずき返す。

バッティは仰向けに横たわり、まるで凝りをほぐすみたいに、一方から一方へ首を少し回す。

バッティ
下はどうなっている?

プリス
彼はまだ準備ができていないの。

バッティ
いつになるんだ?

プリス
明日だと彼は言ってるわ。

バッティは待ちきれない、とうなずく。プリスはメアリーをちらりと見て、冷淡に小さく微笑む。プリスは部屋を出てドアを閉める。バッティが鼻から息を吹き出す。まるで動物のように。


49 外景 デッカードの車 高速道路 夜

夕暮れの名残が空に縞を描いている。光がデッカードの車の表面に角柱のように光っている。彼は高速を外れて、カーブした傾斜路を降りていく。


50 外景/内景 街路の車 夜

車は暗い街路を走っていく。デッカードは角を曲がり、アクセルを踏んで急な坂を登っていく。


51 外景 街路 デッカードのアパート 夜

坂の頂上で車は私道に入り、高層アパートの地下駐車場に消える。


52 内景 デッカードのアパート 廊下 夜

デッカードがホイルに包まれたプラスチックの皿を手に廊下をやってきて、自室のドアの前で立ち止まる。ドアにはたくさんの錠が付いている。彼はポケットから小さな装置を取り出してドアに向け、錠を開ける。ボルトがスライドして外れる。彼は中に入り、背後のドアを足で蹴って閉める。


53 内景 デッカードのアパート 夜

彼は灯りを点けて居間を横切る。デッカードは様々なものを貯めこむたちだ…引っ越してきたばかりなのか引っ越そうとしているのか、判断がつかない。

キッチンに入っていこうとして、彼は背後にいる誰かの物音を聞き、さっと振り返る。銃がもう抜かれて身体の前に構えられている。レイチェルはもう少しで撃たれるところだった。だが彼女は、顔は少し青いかもしれないが落ち着いていて、今までと同じく率直だ。長い凍りつくような時間が過ぎ、それから彼女はほとんど笑顔になって、床に落ちている皿に目をやる。

レイチェル
それ、あなたの夕食だったの?

デッカードはひっくり返った皿を見下ろして、うなずく。

レイチェル
ごめんなさい。電話して、あなたが帰る途中だって知ったの。これはもう警察に渡してあるけど、あなたもできるだけ早くコピーを持っておくべきだと思ったのよ。

彼女は煙草の箱ほどの大きさのカセットを取り出す。だがその間にデッカードのアドレナリンは引いていく。

レイチェル
あなたが欲しがっていた、ネクサスの情報よ。

彼はカセットを受け取るが、ドアにあれほどの錠をつけている男としては、どうやってそれが簡単に突破されてしまったのかを不思議がっているに違いない。彼は聞く気にもならない。

デッカード
ありがとう。

彼はまだ自分がレイチェルに銃を向けていることに気づいて、銃をベルトに戻し、二人はじっと互いを見つめ合う。二人の立場が気づまりな沈黙を生む…少なくとも彼にとっては。彼女はまるで、話したいけれども話していないことがあるかのように、彼を見ている。

デッカード
他に何かあるのかい?

レイチェル
あなたは仕事が面倒になると思っているんでしょうけど、私は手伝いに来たのよ。

デッカード
もう必要な以上に手助けをしてもらったよ。

レイチェル
あなたは今までしてもらったよりももっと、手助けが必要だと思うわ。

彼にこれ以上の手助けは必要ない。だが彼女は引き下がらない。

レイチェル
人が助けを断る理由は二つあるわ。自分のやっていることについて優秀で助けを必要としないか、自信がなくて受け入れられないかよ。

デッカード
どっちにしろおまえはバカだって言われているように聞こえるな。でもやはり答えはノーだ。

レイチェル
私たち二人の方が、一人よりも効率的だわ。

デッカード
俺は一人でやるんだ。

彼女は微笑む。

レイチェル
いいえ、だめよ。

彼女はその言葉の意味が沁み入るのを待つ。

レイチェル
あなたも自分の道具を使うでしょう?

デッカード
だから?

レイチェル
だから、私も道具の一つよ。私を使って。

二人の間に強い視線が交わされる…長い視線が。もしデッカードが農地を耕している男なら、彼はその申し出に何かをしただろう。だが…

レイチェルが床に屈み込み、デッカードの眼はそれを追う。彼女は床の敷物から食べ物を拾い上げて皿に戻しはじめる。

デッカード
いいよ、俺がやるから…

彼は手伝おうと屈みこむが、もう彼女がほとんど片付けてしまっている。二人の頭は数インチしか離れていない。彼女の眼の中の何かがその距離をさらに縮める。

レイチェル
私といると落ち着かない?

デッカード
ああ。

レイチェル
ごめんなさい。

彼女も落ち着きをなくしている。そしてデッカードも急に落ち着かなくなる。彼女は皿をデッカードに手渡し、二人は立ち上がる。彼女はなんだか恥ずかしそうに床を見ているが、顔を上げると、デッカードが彼女を見ている。彼女は簡潔に言う。

レイチェル
自分の人生だと思っていたものが、本当は他の誰かの偽物だと急にわかるって不思議なものよ。

デッカードはうなずく。彼は心から理解してはいるが、どうすればいいのかわからない。

デッカード
想像はできるよ。

レイチェル
できるの?私はできなかったわ。

今の言葉はデッカードの失態だ。だが彼女は気にしていないようだ。

レイチェル
私はどこかで嬉しいと感じてもいるの。もっといろいろ感じていると思う。今までの自分は好きじゃないわ。

デッカードはうなずき、節度ある間を置いたあと、ありがたく思いながらキッチンへ皿を持っていく。

ひどく散らかったキッチンで、デッカードは皿を置く場所を探して周囲を見回す。だがここには様々なものが積み重ねられている。彼は冷蔵庫をじっと見る。

デッカード
それで、どうしてあいつらは自分たちの記録を欲しがったんだ?

彼は仕事の話をしている方が気が楽だ。

レイチェル
たぶん、自分たちがいつ製造されたのかを知りたいんだと思うわ。

デッカード
なるほど。

彼は自分の夕食をごみ箱に捨てて戻ってくる。彼女はカードに何かを書いている。

レイチェル
もし長く生きられるようには作られていないと知っていたら、生まれた日はとても重要だと思うわ。

彼がこの話題から逃げる術はない。彼女は顔を上げ、彼にカードを手渡す。

レイチェル
私の電話番号よ。私が必要になった時にね。

彼女は戸口のところに行き、ドアを開けるが、外に出る前にためらう。

レイチェル
もっといい錠に替えた方がいいわよ…私を締め出しておきたいのならね。

彼女はデッカードに振り返って微笑む…その微笑みは、ドアの錠前だけの話をしているのではない、と言っている。デッカードは彼女に帰らないでくれと頼みそうな様子だが…

レイチェル
おやすみなさい。

そして彼女は行ってしまう。

デッカード
おやすみ。

彼は電話番号を見下ろす。それはスナップ写真の裏に書かれている。彼はそれを裏返す。男と女の写真だ。その二人の間にいる小さな女の子は、六歳のころのレイチェルのように見える。


54 内景 デッカードのアパート 夜

デッカードは操作卓の前に座り、製造された時の、無表情で髪もなく、何の特徴もないネクサス6たちの写真をモニターで調べている。

画像合成装置がそれぞれの画像に特徴を付け加えて合成していく。髪の毛、髭、歯、瞳の色、老いた顔、若い顔、眼鏡。おかしなものから似合っているものまで、すべての画像が早送りで表示されていく。

デッカード(声のみ)
可能性は無限にあった。あいつらは外見を変えることはできたが、未来は変えられなかった。レイチェルが言ったとおり、あいつらの寿命は短い。長く生きることがあいつらの目的なのだ。ゴミ拾いの男でさえ過去を求めた。哀れなやつらだ。俺も調べてみたが、彼女は正しかった。需要は売上に影響を与える。いちばん重要なのは、老朽化機能が組み込まれているということだ。それは彼女も同じだ。俺はそのことについてあまり考えたくなかった。

モニターの上には、蓋を開けられてスプーンを突っ込まれた豆の缶詰が載っている。デッカードは煙草を消して、缶詰に手を伸ばす。電話が鳴る。

デッカード
もしもし。

ブライアント
ブライアントだ。おまえが就職希望者について要請した報告書についてだがな、エスパーがタイレル社で不規則な採用をしているのは芸能部門だけだと結論した。急いで行った方がいい。

デッカード
俺は晩飯を食うところなんだよ。

ブライアント
急げば飯が冷める前に帰ってこれる。五分でアパートの屋上にスピナーを回す。幸運を祈るぞ。

デッカードは電話を切り、缶詰の豆を見る。いずれにしろ食べる気はなくなっている。彼は立ち上がって寝室へ歩いて行く。床に積まれた服の中を探して足首に取り付けるレーザー銃を見つけ、足に巻き付ける。

 

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35 ヴォイト・カンプフ装置

レイチェルの片眼がスクリーンいっぱいに映っている。虹彩が輝き、光が当たって瞳孔が収縮する。

デッカードの声
始めるよ。

レイチェル
どうぞ。

柔らかなグリーンに輝く文字盤の中、左右のゲージの針はじっと動かない。レイチェルの向かいに座るデッカードの背後に、タイレル博士がシルエットになって立っている。鉛筆ほどの太さの光がレイチェルの眼に向けられている。彼女の頬には円盤型の金網が取り付けられている。

デッカード
君は誕生日のプレゼントに、子牛皮の財布をもらう。

両方のゲージの針が緑から赤へ激しく振れて、また静まる。

レイチェル
私は受け取らないわ。それに、私にそれをくれた人を警察に通報するでしょうね。

デッカード
君には小さい男の子がいる。その子が君に、蝶のコレクションと殺虫瓶を見せる。

再びゲージが反応するが、それほどではない。

レイチェル
その子を医者に連れて行くわね。

デッカード
君はテレビを見ている。不意に、君の手首に蜂が這っていることに気づく。

レイチェル
殺すわ。

両方の針が赤へ動く。デッカードは記録を取り、コーヒーを一口飲んでテストを続ける。

デッカード
君がふと見つけた雑誌に、裸の女のグラビアが載っている。

レイチェル
これは私がアンドロイドか、それともレズビアンかを調べるテストなの?

デッカード
君は夫に写真を見せる。彼はそれを気に入って、壁にかける。熊の毛皮の上に女が寝そべっている。

レイチェル
私がさせないわ。

デッカード
どうしてさせないんだ?

レイチェル
私がいれば十分なはずよ。

デッカードは眉をひそめ、そして微笑む。彼の微笑みはしかめっ面か何か違うものに見えてしまう。

デッカード
君は妊娠するが、相手の男は君の親友と駆け落ちしてしまい、君は中絶すると決める。

レイチェル
中絶手術なんて絶対に受けないわ。

デッカード
どうして受けないんだ?

レイチェル
それは人殺しだからよ、デッカードさん。

デッカード
君の考えではね。

レイチェル
わたしの子供なのよ。

デッカード
君は過去の経験から話しているようだね。

彼は針の動きを記録する。片方は緑へ動くが、片方は動かないままだ。

デッカード
最後の質問だ。君は古い映画を見ている。宴会のシーンになり、客たちが生牡蠣を食べている。

レイチェル
気持ち悪い。

両方の針がさっと動く。

デッカード
メイン・ディッシュは、米を詰めて茹でた犬だ。

針は先ほどよりも小さく動く。

デッカード
生牡蠣の方が、茹でた犬の料理よりも抵抗があるんだね。

デッカードは粘着式の電極を彼女の頬から外し、光線のスイッチを切る。

デッカード
明かりをお願いします。

照明が灯る。

タイレル
それで?

デッカード
もし彼女がアンドロイドなら、この機械は役に立つということです。

タイレル
その機械は使えるね。彼女はアンドロイドだよ。

レイチェルは静かに座っている。だがその眼だけは…タイレルをじっと見て動かない。タイレルは話しながら見つめ返す。

タイレル
質問はいくつ必要だった?

デッカード
十三です。

レイチェルはじっと椅子に座っている。彼女の存在の根拠が崩れて消え、彼女の大きな、人魚のような眼はタイレルから離れない。タイレルの声は静かで力強く、魅惑的だ。彼女の立場は危うい。

デッカードは口の中に嫌な味を感じながら、彼女をじっと見ている。

デッカード
彼女は知らなかったんですか?

タイレル
記憶の移植だよ。彼女はプログラムされたんだ。だが彼女はその処理を超越していたようだね。彼女は疑い始めていたと思う。

彼女はしっかりとうなずく。自制を失わないよう注意しながら。

タイレル
デッカードさん、普通はいくつぐらい質問が必要なんだね?

デッカード
五つか、六つほどです。

ゆっくり、注意深く、タイレルはレイチェルから視線を外して、デッカードの方を向く。彼は装置を片付け始めている。

タイレル
我が友よ、気をつけなければいけないよ。

デッカードは彼をちらりと見る。

タイレル
これは混みいった問題でね、我々は君に何事も起きてほしくないんだよ。

デッカードに見られればどんな男でも縮み上がるかもしれない。だが、タイレルはそうではない。

タイレル
よかれと思って言うんだが、レイチェルを連れて行ってはどうかね。彼女の特異性を考えれば、彼女がなかなか役に立つことがわかると思うよ。

デッカードはタイレル流の権力の汚さにほとんど微笑みそうだ。彼は背を向けて、ヴォイド・カンプフ装置をしまいはじめる。

デッカード
いりませんよ。

デッカードは帰り支度を終える。

タイレル
それに、そんな広い範囲をどうやって一人でカバーするのかね?

デッカード
慎重にやります。

タイレル
関連情報はすべて、君の機関のコンピューター…エスパー231だったね、そこへ入力されているはずだ…合成画像の情報も一式準備されている。

デッカードはドアを開ける。

タイレル
デッカードさん、私の申し出についてもう一度考え直すのが賢明だと思うよ。

レイチェルは脚をのばし、ひどく青い顔をして表情もなく座っている。ひどく寂しげな様子だ。

怒りをにじませないようにしながら、デッカードはささやくように言う。

デッカード
仕事は一人でやります。

その最後の言葉に、レイチェルは視線を上げてちらりと彼を見る。デッカードは背を向ける。外側のドアがスライドして開き、彼は出て行く。


36 内景 トンネル 夜

運転手側の窓ガラスごしに、年代物のデューセンバーグが見えている。ヘッドライトが闇を切り裂き、山道の狭い路面を光らせている。道は下り坂だ。

標識が流れていく。「注意 前方カーブあり」。右には転落の危険、左には岩の壁があることを考えれば適切なアドヴァイスだ。

絶え間ないエンジンのブーンという音と、タイヤのヒューッという音はそのままに、場面は急に変わる。


37 内景 部屋 夜

柔らかな明かりと家庭的な魅力のある、居心地のいい場所。短いドレスを着た若い女性が絨毯に掃除機をかけている。カウチの下に掃除機を伸ばそうと彼女が前かがみになると、すばらしい尻が丸出しになる。反響する、わずかに疲れた男性の声で警告が聞こえてくる。

デッカード、道路から目を離さないようにな。

デッカードの声
すまない。

場面が突然戻って、


38 内景 トンネル 夜

木々の向こうに月が上り、車の屋根に月光が反射している。道はさらに険しくなり、カーブはさらに鋭くなる。薄い霧が後方へ流れていき、デューセンバーグがスピードを上げていく。わくわくするようなドライブになりつつあるが、運転手の心はどこかへ飛んでいる。


39 外景 森 昼間

頭上で柔らかな雲が流れていく。冷たい陽射しの中、視点の主はカエデとブナの林の中にある道を歩いて行く。すっかり葉の落ちた木々の枝が冷たい陽射しを遮り、足元ではパリパリ音を立てる青白い雪がところどころで溶けて、湿った豊かな茶色の大地がのぞいている。

さあ、機械に集中するんだ。


40 内景 トンネル 夜

デューセンバーグはさらにスピードを上げていて、ヘッドライトが道全体を照らしている。腹わたのよじれるような四輪ドリフトでコーナーに突っ込んでいく。ジェット・コースターが苦手な者にとっては楽しい感覚ではない。

デューセンバーグは車体を滑らせながらカーブを抜け、目の前には次のカーブまで200ヤードほどの直線が開けている。

ひと息つくにはいい所だが、運転者は気を抜かず、ハイ・ギアに入れる。


41 外景 湖 昼間

冷たい灰色の風景。流れは速く波が高い。カヤックの舳先がうねりを切り裂いて進み、視点の主は浜辺へと漕ぎ寄せていく。

ここは寒く人里離れていて、人の手の入っていない土地だ。空は聖母マリアのマントよりも蒼い。カヤックは浜辺に着き、視点の主はカヤックを降りて、砂浜を歩いて小さなキャンプへと向かう。

デッカード、他に気を取られていると、最初からまたすべてやり直しだぞ。集中するんだ。

デッカードの声
俺が集中していないって、どうしてわかるんだ?

君は刺激に対して反応していない。計器に出ないからわかるんだ。

デッカードの声
俺はもうくたびれたよ。

もう少しで終わりだ。


42 内景 トンネル 夜

デューセンバーグの車内、運転車が同乗者の方を向く。彼の幽靈じみた顔は物陰になっているが、歯がきらりと光って、彼は笑ったに違いない。そして同乗者はさっと前方を見る。

突然、近づいてくるカーブを一組のヘッドライトが曲がってくる。バスかトラックか、大型車のものだ。眼が眩んで何も見えない。

デューセンバーグはスピードが出すぎていて停まれない。すれ違う余地はない。クラクションが吠える。デューセンバーグはブレーキをかけ、片側にスリップする。同乗者が手を伸ばしてマホガニー製のダッシュボードをつかむ。ブレーキでホイールがロックし、タイヤは悲鳴を上げて滑る。デューセンバーグはガードレールを突き破って空中に飛び出す。同乗者が最後に見たものは目眩だけだ。そして静寂。


43 ホイーラー医師のオフィス 午後

腕のいい医師は、ピンボール・マシンを思わせるガラス張りの机の上に身を乗り出している。その表面の下には、細かくつながったカチカチ動く電子記号と、テストの結果を表示するモニターがある。

デッカードは額から電極をはがす。額には汗が浮かんでいるが、それ以外には疲れた様子もなく、彼は立ち上がって身体を伸ばし、医師の机へ歩み寄る。

デッカード
それで、俺はどうだったんだ?

ホイーラー医師は痩せて骨ばった体格をした男で、ぶっきらぼうだが、落ちくぼんだ眼には確かな思いやりが感じられる。

ホイーラー
鉄の神経だね。

デッカード
錆びてはいない?

ホイーラー
そうは言っていない。動作速度が前回の検査より少し遅くなっているという結果が出ている。

デッカード
つまり?

ホイーラー
つまり、君は昔のようには速く走れないということだ。

デッカードは服を着始める。

ホイーラー
道路でのテストの間…

デッカード
何だい?

ホイーラー
君の心はずっとさまよっていた。困らされたよ。

デッカード
なるほど。

ホイーラー
君の仕事の性質を考えると、これは危険かもしれない。

デッカード
その通りだね。

ホイーラーはしばらく「机」をよく調べ、彼の指がデッカードの情報を表示している箇所を指す。

ホイーラー
君はもうすぐ誕生日だな。

デッカードは屈みこんで靴を履いている。ホイーラーは心配そうな表情で顔を上げる。

ホイーラー
だが君は移住の申し込みをしていないな。

デッカード
しないよ。

ホイーラー
年齢の制限を超えてしまうぞ。

デッカード
なあいいかい、このくそったれの街に対する不満を長いリストにしてやってもいいが、それでも俺は宇宙よりもここにいたいんだ。

ホイーラー
もし気が変わったらどうするんだ?

デッカード
俺の気が変わる前に、年齢制限の方が変わるよ。

ホイーラー
確かにかね?

デッカード
俺の人生でこれ以上に確かなことはないね。

デッカードは帰り支度を終える。心配してくれていることに少し心を打たれて、ホイーラーを見る。

デッカード
あなたはどうして行かなかったんだ?

ホイーラー
歳を取り過ぎていてね。

デッカード
でも、もし行けたとしたら?

ホイーラーは少し考えてから、微笑んで首を振る。

ホイーラー
私の仕事があるのは、ここなんだ。

デッカード
俺もだよ。

二人は握手して、デッカードは立ち去る。

 

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29 内景 デッカードのアパート 夜

端末からの光をのぞけば、部屋に明かりはない。疲れた様子のデッカードが端末の前に座っている。エスパーの声は何時間も話し続けているように聞こえる。

エスパー
2015年4月10日に製造され、レオンと呼ばれるネクサスは、深宇宙における超代謝機能を測定する軍の実験に使用される予定でした。
2015年4月10日に製造され、バッティと呼ばれるネクサスは、戦闘用モデルで最高の自己充足性を備えています。

長い間がある。

エスパー
あなたが興味を持たれるかもしれない事項があります。彼らはあらゆる面において人間を模倣するように作られていますが、感情面はそうではありません。ですがしばらくすると、あくまで論理上ですが、その「機構」が憎悪、愛、恐怖、怒り、嫉妬など彼ら独自の感情を産み出すのです。

デッカード
ぜんぶ知ってることだな。

エスパー
では概要にしましょうか。

デッカード
一晩がかりになっちまうよ。

デッカードはパネルに手を伸ばそうとする。

エスパー
デッカードさん。

ためらいがある。

デッカード
何だ?

エスパー
科学がお嫌いなんですか?

デッカード
役に立つなら嫌いじゃないよ。

エスパー
それに、あなたの意見が通るなら、ですか?

デッカード
傘だな。

デッカードは傘を手に取り、エスパーが反応する前にそれを使ってOFFのボタンを押す。端末の電源が切れる。彼はしばらくそこに座ったままで、それから明かりを点ける。彼の前にはレオンが持っていた何枚もの写真が散らばっている。


30 内景 スピナー 昼間

警察の標識のある一台のスピナーが機体を傾けて急旋回し、タイレル・コーポレーション目指して飛んで行く。

デッカード(声のみ)
そうすることが可能なあらゆる政府が、競って自分たちの植民地への移住を進めてきた。だが人を移住させるには動機が必要だ。人口過剰と温室効果だけでは十分な動機ではなかったらしいが、人間に似たものを所有できる、というのは大きな動機になったらしい。こいつはとても大きな産業で、競争も少なく、そしてタイレル社がその頂点にあった。


31 外景 タイレル・コーポレーション 昼間

スピナーがゆっくりと着陸する。ハッチが開いて、デッカードが降りてくる。

デッカード(声のみ)
タイレルのご自慢は人間よりも人間的な製品を作ったことで、その「よりも」がときどき問題になった。こいつは単に逃げたアンドロイドが持ち主の腕を折った、という話ではなかった…28人の死人が出ていて、圧力がかかっていたんだ。


32 内景 タイレル・コーポレーション 昼間

デッカードは机に近づき、自分のIDを守衛に手渡す。守衛はスクリーンに映ったリストとIDを照合する。

デッカード(声のみ)
だが今まで、どうにか連中は騒ぎが起きないようにしてきた。ときおり悪い報道がなかったわけじゃない。アンドロイドの人権にうるさいイカれた野郎や、ロボットは植民地の人間から仕事を奪う非アメリカ的な存在だ、と宣言する労働組合もあった。

守衛がデッカードにIDを返してボタンを押し、デッカードは歩いて行く。

デッカード(声のみ)
しかし古き良き「需要と供給」よりもアメリカ的なものがあるだろうか?政府にはアンドロイドが必要で、企業はアンドロイドを作り、教会もそれを支持した。宗教界のお偉いさんたちは、いかに人間に近くてもアンドロイドは物であり、人間を作れるのは神だけだと発表した。俺は信心深い人間じゃなかったが、それには賛成する気になった。そうでなければ俺は失業していただろう。

エレベーターのドアがスライドして開く。中にいる若い女性は、19世紀の絵の中で、崖の上に立って髪を風に吹かれながら海を眺めているようにも見える。

レイチェル
こんにちは、デッカードさん。私の名前はレイチェルです。

デッカードは彼女に軽く会釈して、エレベーターに乗り込む。


33 内景 タイレル・コーポレーションのエレベーター 昼間

すべての男性の好みに完全に合う女性はいない。だがレイチェルは誰よりもそれに近い。唯一の問題は彼女が完全に事務的な態度だということだ。やってみなくても手強いのがわかる。避けた方がいい美女というのもいるもので、デッカードはまっすぐ前を見ている。


33A 内景 タイレル・コーポレーションの廊下 昼間

ドアがスライドして開き、二人はそのまま廊下を歩いて行く。

レイチェル
あなたの所属する機関は、当社の新しい製品が社会の利益になると考えていないようですね。

デッカード
人間型ロボットはほかの機械と同じように、利益にも災いにもなりうる。それが利益なら、俺たちの問題じゃない。

レイチェル
でもあなたの機関に、逃亡中の少数を見つけ出す十分な働きができないとしたら、それは問題ですわね。そうでしょう、デッカードさん?


33B 内景 タイレル・コーポレーション 空気清浄システムの廊下

二人は透明な天蓋のついた、空気清浄システムを備えている廊下を通って行く。デッカードは動物たちを見ているので、レイチェルの質問には答えない。北部地方に住む小動物たちが、清潔な「環境調整」檻に入っている。彼はウサギやタヌキ、リスを見る。だが止まり木で眠っているフクロウで彼は足を止める。出口にいる武装した守衛は、動物たちから目を離さない。

レイチェル
私たちのフクロウ、気に入りました?

デッカードはうなずく。レイチェルがぱちんと手を叩く。フクロウが黄色の目を開き、二人に瞬きする。

デッカード
あれは人造なのかい?

レイチェル
もちろん違いますわ。

両手をポケットに突っ込むと、彼女は後ろを振り返らずに大股で出口へ向かう。

出口はまたチューブ状の通路になっている。二人でぎりぎりの大きさだ。余分な隙間はない。デッカードは彼女が冷たく、値踏みするように見つめてくるのを無視しようと努める。

レイチェル
あなたはとても面白い立場にいるのね、デッカードさん。あなたがちょっとしたテストをうまくやれるかどうかで、この会社全体に影響を及ぼすかもしれない。

デッカードは何も言うことがない。

レイチェル
あなた、不安なの?

デッカード
どうして不安になる必要があるんだ?

レイチェル
自分が持っている力に対する責任のためよ。組織の言いなりの警察官でいることで、あなたは役割以上のものを与えられている。

ドアがスライドして開く。デッカードは彼女を見下ろす。

デッカード
お嬢さん、あんたは勘違いしてるよ。俺は警察の仕事をしてはいるが、警察のためにやっているんじゃない。

彼は彼女がその言葉を飲み込むのを待つ。

デッカード
俺の仕事は故障したアンドロイドを見つけることじゃなく、そいつらを殺すことだ。多けりゃ多いほどいい。

彼は先にエレベーターを出る。


34 内景 タイレル博士の私室

部屋は薄暗いが、アンティーク家具の光沢が光を反射している。まるで暗い鉱山に光る金のきらめきのようだ。タイレル博士は「若々しい」外見をステロイドと整形手術で得ている、ひ弱な印象の権力者だ。小ざっぱりした服装をして、彼は机に屈みこんで古い懐中時計に見入っている。背景でパーコレーターがコーヒーを淹れる密やかな音以外は何も聞こえない。

タイレルが机の上にあるセンサーに指先で触れる。デッカードとレイチェルの前のドアがスライドして開く。二人が玄関ロビーに入ると正面に別のドアがあり、こちらはこの部屋にふさわしい装飾が施されている。二人が入ってきて、タイレルは時計をポケットに滑りこませる。

レイチェル
デッカードさん。エルドン・タイレル博士です。

タイレル
デッカードさん、ごきげんいかがですか。どうぞ掛けてください。コーヒーはいかがですか?

デッカード
いただきます。

タイレル
ブラックで?

デッカード
結構です。

タイレルは年代物のサイレックスから、中国陶器の小さなカップにコーヒーを注ぎ、デッカードに手渡す。彼の眼にある友好的な光は、ほとんど温かさと言えるかもしれない…激情家の温かさだ。

タイレル
どうしてだか私は、汚れ仕事をする人間を技術的な仕事をする人間だとは思っていませんでしたよ。さあどうぞ、デッカードさん。

彼はデッカードにコーヒーを手渡す。

タイレル
これは感情移入のテストになりますか?

デッカード
そうです。

タイレル
いわゆる赤面反応における毛細血管の膨張を?それに瞳孔の変動と、無意識の虹彩の拡大を?

デッカードはうなずく。

タイレル
個人的な質問をしてもいいですか?

デッカード
どうぞ。

タイレル
これまでに、誤って人間を「引退」させたことがありますか?

デッカード
ありません。

タイレル
だが、あなたの仕事にはそういう危険がありますね。

デッカード
絶対に失敗のないものはありません。ですが今までのところ、ヴォイト・カンプフ検査機に間違いはありませんよ。

タイレル
デッカードさん、あなたが言ったとおり、機械は災厄にもなり得るものです。ヴォイト・カンプフ検査機も機械ではありませんか?

デッカード
人間がどう解釈するかによりますね。検査の対象者はどこです?

タイレル
あなたのとなりに座っていますよ。

デッカードはレイチェルをじっと見つめ、それからタイレルに視線を戻す。タイレルは嬉しそうにコーヒーを飲む。

デッカードはその挑戦を受け入れ、ブリーフケースを開いて装置を取り出し始める。

 

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