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蒸しますね

孫や次女が東京に戻り、いつもの静寂な年寄り所帯になりました
しかし、天気が悪く、布団も干せないし、タオルケットも洗えません
テレビでは、秋雨前線が、横切っているからだと報じています
あれ程、暑かった日が夢の様に、涼しくなりましたが、雨続きなので湿気がひどく、体のもちが悪いですね

今年も、暑さに負けて、着物を着る機会が極端に少なくて、残念です
それでも一度着た着物を、そのまま放置できませんので、先ほど、呉服屋に持って行きました
たった、三枚です
箪笥のこやしじゃ、着物が可哀想ですが、明日からは単衣ですから、仕方ないですね

と言っても、しばらくは着物を着る予定はありません
夜の外出は、できるだけしない様にしているので、コーヒーを飲みに行く事もないですし・・・

でも、先日、長唄の会を聞きにいきました
その時に感じたのは、プロとアマの違い
歌舞伎の舞台にも立つ方の三味線の音色は、そんな事を言っては申し訳ないのですが、お弟子さん達とは、格段に違うのが、素人目(耳?)にも明らかでした
勿論、私などが批評できるものではないですが・・・

耳の肥やしには、なりましたけど・・・
良いものは、いい・・・
ですね

帰宅

28日の午前中は、お天気も悪いから、室内で遊べる所へ行こう!
何とか言う、施設に行って遊びまくり、昼ご飯は、アパートに戻って、前日、姪③の所で頂いてきた、ナスで、カレーを作って食べて、サーッ!帰らざー!

前回は、別方向行きの電車に乗ってしまう、ミスをしたので、そこは慎重に、駅員に聞き、登戸駅に、無事、到着
その頃には、トイカの使い方も、マスターした孫は、ピッ・ピッと、得意げ
トイレを済ませ、小田急線のホームへ
一応、駅員に「小田原まで行きたいんですけど・・・」とお尋ねして、途中の乗り換えは、間違いの元なので、パスし、無事、急行に乗車

流石の暴れ馬の孫も、疲れたのか、途中、眠ってしまい、私もウトウトして、体を休める事ができました
小田原で、新幹線ホームに上がると、夕飯様の弁当を買いましたが、そこでも、トイカで「ピッ」
楽ですねえ〜

後で解ったのですが、トイカには、子供用があって、それは、年を証明する、保険証などが必要だけど、買えるんだそうです
次に、孫を連れて電車に乗る前には、買いましょう、トイカの子供用
今回は、いちいち、切符を買うのが面倒臭いので、そんな事は知らずに、大人用を使いました

掛川の駅で、お土産にと、「こっこ」を買いました
東京と言っても、稲城には、お土産になるような物は無いし、車ならいざ知らず、電車での移動では、なるべく荷物は少ない方がいいので、何時もは、何処に行っても、私は、お土産は持ち帰らないのですが、何を勘違いしたのか、高校生の孫が、「ばあば、お土産買って来てね」と、ほざいた
まあ〜、しょんない、「これっしかどころ」で、こっこでも買って帰るかね?

疲れた・・・なあ・・・

法事

27日早朝7時、次女の運転で、稲城を出発
途中、首都高と常磐道で、事故渋滞に引っ掛かった
利根川の橋の上で止まってしまい、目の前の茨城県に、中々入れず、お手上げ
それでも、何とか、法事の時間に間に会い、ああー、良かった!、と、胸を撫で下ろす
1か月振りに、姪の子供達と、孫に再会できた

幼い子供達は、すぐに打ち解け、折り紙を折ったりして、仲良く遊んでいる

49日の式は、しめやかに進みました
子供達も、大人しくしていて、良い子だったわねぇ〜と、褒める事を忘れません

式が終わると、場所を変えて食事を頂きましたが、そこへ着くと、「スミマセン、お願いするのを忘れてしまったんですけど、叔母さん、献杯をして頂けますか?」
エエエーーーッ?!わたしが?!
思わず、大きな声で叫んでしまった私
献杯どころか、乾杯だってした事ないのに、どうしよう・・・
辺りを見回せば、一番年かさなのは、私だけ

エエーイ!、女は度胸、やるっきゃない!と、腹をくくった

しどろもどろの、献杯が済み、体中に、どっと汗が噴き出した

孫たちは、ここが法事の食事の席、等とは、関係なさげに、はしゃぎ回っていたな

食事も済んで、帰る時間です
すっかり仲良しになった、4人の子供達は、名残り惜しそうに、「また、会おうね!」と、約束してました
帰りは、姪③を自宅に送り、家に上がって、一休みして、次女は、お米30キロを頂いたり、孫たちは、それぞれお小遣いを頂いたりして、大喜び
8月のお盆が過ぎたら、また、来ます

帰りも、事故渋滞と、自然渋滞に掛かり、ずっと、車の運転をしていた次女は、くさってました
夕飯は、スーパーで自分が食べたい物を買って、楽をしようね
1日、お疲れ様でした

気分が・・・

どうも、上向きの気持ちが、長続きしません
あがったり下がったり、毎日の様に、コロコロ変わり、自分でコントロールできないんです

でも
私の大腸検査の結果は、異状なし
24日に決まっていた、検査結果を聞くのは、キャンセルするから、来なくていいですよ、と、検査をした先生
素人目ですけど、綺麗なもんでしたよ、私の腸は

夫の胃カメラで見つかった「胃潰瘍」も、単なる「胃潰瘍」で、ピロリ菌も無し
投薬治療だけでいいと、お墨付きを頂きました

なのに、上向きが続かない
体が重い
70歳を目前にして、「老い」に押しやられてしまっています

もう、大丈夫です

姪の葬式は、寂しいものでした
親族と、茨城から友人(私の同級生)だけで、たった8人
でも、無事に送り出す事ができました
私は、回数は多くなかったけど、見舞いに行けたからでしょうか、未練や悔いは残りませんでしたが、茨城の姪③は、突然の訃報に、意気消沈して、可哀想な事をしてしまったと、こちらの方は、知らせるべきだったのか、自然と知れるまで放置しておいた方が良かったのか、未だに解りません

葬式の会場で、チョッと驚いた事
それは、昨年の暮れに離婚したばかりの、元、亭主が居た事
誰かは解りませんが、知らせたらしい

ずっと、遺体に手を合わせ、「ごめん・・・ごめん」と、繰り返し言っていた
死んでから謝る位なら、元気な時に謝って欲しかった・・・というのが、偽らざる心境
事を知らない孫が、「そんなに謝らなくてもいいよ○○○○さん」と、言っていたのが、滑稽でした

ご焼香の時、喪主である息子のすぐ後に、別れた亭主がつこうとした時、「お姉ちゃんが先、お姉ちゃんが先」と、息子に咎められ、「うん」と、後ずさりし、結局、最後になった

浮気がバレタ時には、すでに15年もの年月が経っていたのです
同級生で、その人が、自分の夫の事で相談して居る内、同情が愛情に変わってしまった、世間では、よくあるパターン
でも、その事を知った時の姪①のショックは想像を絶するもので、鬱になり地獄を味わいました
長い間の別居生活
その間に、姪は生まれ変わり、完全復活できました
しかし
やっと離婚できた時には、すでに残された命は限りがありましたが、あのこは、精一杯生きました

二人の子供たちは、口々に「お母さんは頑張りました」
そして、叔母さんに「もう、頑張らなくてもいいよ」と言って貰えて、すごく気持ちが楽になったと言ってました・・・と、娘が言ってくれて、少しは、あの子の役に立てたのかな?と、こちらも気持も楽になりました

むくんでいたからでしょうか、ちっとも、やつれた感じがせず、死に化粧の顔は、とっても美しかった

私は、こっちで、もう少し頑張るね

嬉しかった事が一つ
息子が、「父には言わないで」と、口止めして教えてくれた
「私に、縁談があり、多分、結婚する事になると思います」

そうかあ〜、生きてる内に見せられなかった、「孫」の顔を、見せてあげられるといいね

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