プラグマティックな化学

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シャンプーとリンス

 最近は単純なリンスは少なくなったが、陽イオン界面活性剤が多く含まれていることには変わりはない。シャンプーは、陰イオン界面活性剤で、油汚れをよく落とすだろう。

 25年ほど前、怪しげな「リンス入りシャンプー」というものが発売された。どう考えてもおかしい。早速購入して調べてみると、よく泡の立つ陽イオン界面活性剤であった。ということは油汚れは落ちない。早速頭髪にてんぷら油を少しつけて洗ってみた。油は全体に広がり、落ちなかった。仕方がないから、よく水でそのリンス入りシャンプーを落とし、普通のシャンプーで洗い落とした。

 洗剤メーカーに警告書を送った。このまま売り続けるなら、公正取引委員会に訴えると。その警告書は無視されたので、直ちに訴えた。係官は化学はよく分からないとは言ったが、上記のてんぷら油法を教えてやったら、ひどい目に会ったらしくて、怒って電話を掛けて来た。
 筆者は「あなたが頭に来たことは、全国で起こっていることだ。これは消費者を欺いている。」と伝えると、その二週間後に新聞の第一面に「排除命令」の記事が載った。大手の洗剤メーカーが、軒並み排除命令を受けたのだ。これは大変な事態である。筆者以外に、どこかの大学の先生も訴えたらしい。
 まともな化学者なら、こういうウソはすぐ見破れるものだ。

 結局、しばらくその手のものは売り出されなかったが、最近はシャンプーみたいでリンス効果があるような製品を売っているようだ。
 筆者が理解できないのは、どうしてシャンプーを洗い流してからリンスを付けるのが面倒なのだろうということだ。簡単なことだから、二回に分けてすればよいのだ。一回きりで効果が欲しいという人がいるのは、不思議だ。

 ヒトの皮脂は、多少の水酸基を持ち、親水性がある。即ちシャンプーを使わなくても温水シャワーを使えば落ちるものである。だから、シャンプーは、はっきり言ってしまえば、なくても構わない。そういう論点では、例の怪しい「リンス入りシャンプー」でも何ら問題はなかったのだが、油汚れが付いた人には大問題だったのだ。

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界面活性剤

 先回の話は、高校生にはわかりにくかったようだ。石鹸がどうして陰イオン型でなければならないのかという説明が必要である。

 私たちの身の周りにあるものは、とういう訳か、水中で負電荷を帯びることになっている。衣類も髪の毛も皮膚もである。石鹸で洗うと、なぜ汚れが取れるのであろうか。
 これについて各種の参考書類を見てみると、油汚れは石鹸水中で細かくなって水和する(これを乳化と呼ぶ)とある。それだけではだめだ。

 どんなに細かく分散しても汚れが取れないこともある。逆性石鹸水の中に少量の油を入れて振ると見事に乳化するが、その中に指を突っ込むと手に油がへばりつく。洗っても洗ってもくっつき、這い上がってくる。これは20年ほど前、ある大学で出た問題であるが、高校の教科書、参考書はそれについての説明を付けることが無かった。これもプラグマティック化学を書く原動力の一つになった。
 分散が起きて、その粒子の一つ一つが負電荷を帯びていることが大切だ。私たちの手は負電荷を帯びているから、再付着が不可能なのである。
 事実上、どんな布地も負電荷を持つことが分かっている。したがって洗濯は有効な手段である。

 しかし人類は思わぬものを作りだした。合成繊維の中にはどういう訳か、水中で正電荷を帯びるものがあるのだ。むろん、そういうものは衣類には使えない。洗濯できないからだ。洗えば洗うほど、汚れを吸着してしまう。役立たずでうち捨てられていたが、それを使う用途を開発した人がいる。

 その種の糸で布地を作り、それを使う例を考えるのだ。
 時々起こるタンカーからの油が流出して起こる海洋汚染がある。大変な被害だが、特殊な界面活性剤を撒くと、海水中でも働いて油を乳化する。乳化すると表面積が増え、油を食べる微生物がいつかは処理してくれるだろう。しかし、漏れた油は還って来ることは無い。多大な損失だ。
 そういう時にこの布地を大量に投げ込んで、それを回収する。その布地は正電荷を持っているので、乳化剤に囲まれた油粒子は電気的に結合するだろうから、油でべとべとになった布を回収し、絞れば、いくらでも油が回収されるだろう。

 石鹸で、油の付いた手を洗うときれいになる理由は正しく書けるだろうか。電荷を含めた文章でないと正解とは言い難いのだ。

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陽イオン界面活性剤

 衣類乾燥機がある。昔アメリカで買ったかなり大型の機械だ。出力5.4 kwで、240V仕様である。変圧器で200 Vから昇圧している。電気代が掛かるので、深夜にしか動かさない。深夜電力はかなり安いからだ。柔軟剤を浸み込ませた紙状のものを放り込んでスウィッチを入れる。大出力なので短時間で終わり、衣類の繊維は傷みにくい。日本製のものは2時間以上も廻っていることがある。必要電力量は同じでも、短時間の方が良いに決まっている。

 そのフィルタには衣類のホコリが大量に引っ掛かる。考えてみれば、このゴミは衣類から落ちて、床や家具に散らばる運命にあったものだ。その分、住居内のゴミが減るわけで、当家は掃除の頻度がかなり少ない。

 フィルタに着いたゴミは、洗面台のボウルを濡らしておき、そこにフィルタをはめ込んで表から手で取る。多少のホコリは裏側からボウルに落ちる。あとでそれを洗えばよい。この方法は、室内でホコリを立てずにゴミを外す方法で、なかなかうまく機能する。長年やっているがこれに勝る方法はなかなか見つからない。掃除機に吸わせると、中のフィルターがすぐ詰まるし、ゴミの一部はフィルターを透過して撒き散らされる。濡れたものに吸い付かせるのは、最も簡単にして、確実な方法なのだ。
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 そのホコリには柔軟剤が浸透している。柔軟剤やリンスは陽イオン界面活性剤だ。繊維や我々の身体表面は負電荷を持っているから、陽イオン界面活性剤は吸い付けられて、その表面に膜を作る。この電荷による反発力がファンデルワールス力より大きければ、繊維同士の付着はさまたげられ、滑りが良くなる。即ち柔軟性を感じるようになる。また、髪の毛に着けば、毛の一本一本が、独立して運動できるようになり、さらさらとした感じを与える。さらにもう一つ大きな利点がある。微生物はその表面に負電荷を持つので、陽イオン界面活性剤が集中して覆いつくし、微生物は死んだり、活動が弱まる。夏に柔軟剤をたくさん使えば、汗臭さが抑えられる理屈は、これである。
 フィルタの裏から落ちたホコリはボウル表面の負電荷に吸着されるから全く飛び散らない。
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 問題はそのホコリが洗面台のボウルにくっついて、水で洗っても取れないことだ。非常によく付着している。そこで、石鹸を手の中で少し溶かしてそれを塗りつけると、あっという間に流れて取れる。正電荷が中和されてしまったからだ。おそらく石鹸が取り囲んで負電荷が優ったのだろう。

 乾燥機を動かすたびに、こんな遊びをして楽しんでいる。

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ガス爆発

 札幌のガス爆発の件には驚いた。スプレィのガスを屋内で抜いた。しかもその数200本以上というのだから参る。ガスはDME DiMethyl Etherだそうだ。これは学生時代によく使った。本には麻酔性があると書いてあったので、吸ってみたがそうでもなかった。多分、量が少なかったのだろう。今回はたくさん使っているので、麻酔が効くのではないかと思った。

 新聞の報道は、相も変わらず、科学音痴を晒している。
「音速を超える衝撃波を伴う爆轟が起きた」と書いている。どこかの大学の先生が言ったことをそのまま書いたとすれば、これはやや問題だ

 爆発により音速を超えて圧力が伝わると、その波面は高度に断熱圧縮される。急速に着火されて全体が燃焼する。このような現象を爆轟と呼ぶのだ。衝撃波は下線部で生じる。もちろん断熱圧縮されて急速燃焼することによってさらに衝撃波は強いものが生じるだろう。衝撃波は音速を超えているに決まっている。爆轟は衝撃波を生じているに決まっているのだ。馬から落ちて落馬しているわけだ。いや落馬して馬から落ちているのかな。
 一般論を言うと、このようなガス爆発では爆轟は生じない。爆燃が起きるはずだ。炭化水素で爆轟が起きるなら、自動車のエンジン内でガソリン蒸気に点火すれば、エンジンは一瞬で壊れる。水素の時は爆轟が起きることがある。だから水素自動車はいろいろと工夫が要るはずだ。

 筆者は爆轟detonationを実際に起こす場面を何度か見ている。コネティカット大学の先生が見せてくれた。その先生は火薬の研究をしていた。面白い実験室があって床、天井、壁が全て硬い樫(カシ)の木で覆われている。小さな覗き窓から様子を見るが、それもテレビカメラを通してだ。爆発によって飛び散る破片は樫の木の厚板に突き刺さる。

 ガスと言えば、年末はドライアイスの消費量が多いらしい。ドライアイスで冷やした食品を配達してくる業者は、その危険性を知っているのだろうか。保冷車の中にドライアイスがたくさんあると換気をよくしないと危ない。ドアを開けると下の方に溜まったガスは流れ出し、新しい空気が上に入るから、立っていれば安全だが、しゃがむと危ないと思う。

 我が国は国を挙げて二酸化炭素排出削減に取り組んでいるそうだが、ドライアイスは野放しだ。もっとも二酸化炭素濃度は地球温暖化には寄与していないから、どうでもいいのだけど。そろそろ、気が付いても良い時期に来ているのだが、なかなか難しそうだ。
 15年ほど前に買った本によると、ドライアイスは石油を燃やして生じる二酸化炭素を冷やしながら圧縮して作る、と図とともに説明してあった。信じられなかったが、どうも正しいことだったらしい。最近は発電所の排気ガスから回収しているらしい。回収方法は拙著プラグマティック化学の p.260 にあるので、お読み戴きたい。

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5員環と6員環

 自然界には5員環(five-membered ring)が多い。単結合だけで環を作ろうと思うと、結合角が108度に近いので、自然にそうなる。キレートも同じだ。金属元素を含んで五角になるものが大半だ。
 6員環はベンゼンがあるから有名だが、単結合なら平面構造は無理である。キレートを作るときに一部に二重結合を持てば、自然に六角の平面ができるだろう。しかし六角は少ない。
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 多座配位子を英語ではpolydentateという。"dent"は歯医者に関係がある。噛み付くという意味だ。単座(二座) 配位子はmonodentate (bidentate)だ。30年ほど前だが、入れ歯を安定させて外れにくくする補助材が売り出されたとき、ポリデントという商品名を聞いて混乱したことを覚えている。

 EDTAという薬品は六座配位子だ。酒石酸イオンは二座ないし四座配位子となる。アルカリ性の条件ではアルコールも解離して配位したくなるからだ。ここでは絵を描かないが、自分で調べて形を知っておかねばならない。配位結合を作るときには立体的に対称的な形を作り易いのだ。

 10年以上も前になるが、ある参考書を生徒さんが持って来て、筆者に示す。説明してくれというのだ。その絵を見て仰天した。よく売れている参考書だそうだが、あまりにひどい。その一部をコピーする。赤いバツ印は無視して戴きたい。
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 ありえない構造をしている。この著者は全くの素人であることがすぐ分かった。何も理解していない。推定とは書いてあるが、能力ある人の推定は当たるが、そうでないと悲惨なことになる実例である。
 実はこの絵が、筆者にプラグマティック化学を執筆させる原動力になったのである。そういう意味では感謝している。最近の本は調べていないが、きっと直っているだろう。

 プラグマティック化学のコバルトのところ(p.237) にこれに関した設問がある。筆者の予備校講師時代に作問した約2千題中、最良の問題と自負しているものである。問題だけ読んでじっくり答を出して戴きたい。自力で解ければ、頭の中のすべてがつながるはずである。解くのに、2週間掛かったという話はよく聞く。それで良いのだ。

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