ちべビア@TIJ blog別館

チベット無駄知識・引っ越しました→ http://www11.atwiki.jp/tij/

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

イメージ 2

 お寺(http://blogs.yahoo.co.jp/ura_lungta/456450.html )もスゴイんですが、ネットで読める読売新聞の記事がまたなんだかスゴいことになってます。既に余所でも言及されてますが、自分用の記録保存としてテキスト化。
 “ちべビア”というより、VOW(バウ)ならぬ“チャウ(Tibet of Wonderland?)”あるいは“トンデモ系”の世界に突入。ちべビアと“チャウ”は厳密には違うジャンルなんでしょうけど、これ以上別館増やすのはムリなのでココで(^^;)。
記事はこちら→http://chubu.yomiuri.co.jp/news_top/050317_6.html
(urlは変わる可能性があるので本文引用しておきます)
 守山に日本初 チベット寺院
 ◆10校40人参加予定
 日本では初めてとなるチベット仏教寺院が名古屋市守山区吉根階子田に建立され、16日、内覧会があった。ユネスコの世界遺産に登録された中国・チベット自治区のポタラ宮殿内にある「大昭寺」を縮小、再現した。23日に落慶法要がある。
 チベットの高僧、故ボミ・チャンバ・ロドロ氏のもとでラマ僧になった森下永敏住職が、日本にチベット仏教を伝えるため、ボミ氏の遺志を受けて建立した。
 寺院名は「強巴林(チャンパリン)」。「強巴」はチベット語で弥勒(みろく)菩薩(ぼさつ)、「林」は寺院を表す。高さ約13メートルで、基礎工事部分以外は、すべてチベットから運ばれた材料を使った。本尊は、釈迦牟尼(むに)仏の成人仏(高さ3・6メートル)と、「十二歳像」(同1・6メートル)の2体。チベット仏教では門外不出とされる「大蔵経」もボミ氏から贈られた。
 森下住職は「4000メートルもの標高があるチベットでの実測など、苦労があった。平和を願い、心のよりどころになるような寺にしたい」と話している。一般公開は4月29日から。入場無料。
 写真=国内初の建立となるチベット寺院の内覧説明をする設計者の望月義伸さん(右)と森下住職
 (読売新聞中部支社 無断転載禁止)
 チベ式の長田さんが既に
http://tibet.cocolog-nifty.com/blog_tibet/2005/03/post_2.html で
★「ポタラ宮」と「大昭寺」はまったくの別モノ(※1)
★「門外不出とされる『大蔵経』」とかよくわかんない(※2)
 ちべ者さんが
http://55tibet.way-nifty.com/tibemono/2005/03/post_6.html で
★世界遺産に認定されているのはあくまでも「ポタラ宮及びその周辺の歴史遺産」(であり大昭寺は“周辺の歴史遺産”)
★ポタラ宮のなかの寺院はナムギャル僧院(現在はダラムサラに亡命チベタンが継承)
★「日本初のチベット仏教僧院」として名乗りを上げた寺院は広島の「龍蔵院デプン寺院ゴマン学堂日本別院」(高野山真言宗牛田山龍蔵院)である(2004年7月28日)
 → http://www.mmba.jp/news/press/tibetmonastery.html
★「10校40人参加予定」というヘッドラインは別の記事につけられたものが混じった編集上のミス
http://tibet.cocolog-nifty.com/blog_tibet/2005/03/post_2.html#comments
……などを指摘しておられますが。
 記事についても細かいことも補足すれば
「ラマ僧」:「ラマ僧」をチベット仏教の出家僧侶全般を指す言葉として使う用法は最近あまり見ません。ラマ(Lama)=師で、チベット仏教各宗派の開祖や高名な(自分が師事する)高僧、自らを直接教え導く仏教上の教師を指すので、記事の読みようによってはこの日本人僧侶が亡くなった高僧よりも高い位置にいると自称しているかのような、かなりマズイ文脈になっております。
「強巴林(チャンバリン)」:チャンバは弥勒、リンは仏堂とか伽藍、てのはその通りだと思うんだけど、わざわざチベット語でつけた名前になぜさらに漢字を当てるかなあ? 強→チャン、とか、音読みにも訓読みにもない中国語読みの当て字で。中国人が来る寺なんだろうか? 聞いた方も、なんでそれを漢字で書こうと思うのかなあ。チベット人はチベット語を表現するのに漢字を使ってる、とでも思ってるんだろうか??

(※1)ポタラ宮はダライラマ法王によるチベットの政治活動と宗教活動の中心として17世紀に設営された宮殿。ダライラマ5世の時代に建設され、歴代ダライラマの私室や執務室があった。もちろん寺院(ナムギェル僧院)もあり宗教活動も行なわれていたが1959年以降は閉鎖されているようです(紅宮の2階あたりになるんでしょうか?)。ダラムサラには亡命チベット僧たちによりパレス(王宮)向かいにナムギェル寺院が再建され宗教活動が続けられています。ロサのスピーチやティーチングなどもここで行なわれます。∇大昭寺(ジョカン)は7世紀の創建と伝えられる、ラサの中心ともいえる(なんせラサという地名の由来になった説もある)寺院。吐蕃王ソンツェン・ガンポの死を悼んで建てられたというのが通説。∇とにかく両者はまったくの別モノで、距離も1キロくらい離れている。
(※2)大蔵経とゆーのは仏教経典の叢書であって、チベットにしかないモノではありません。サンスクリット語とかパーリ語とかいろいろあって、チベット語の大蔵経はサンスクリット語から直接訳されてるからてーんで100年くらい前にお坊さんがはるばる貰いに行ったりしているわけです(→大谷探検隊とか)。そんで今や東京大学とか大谷大学とかがちゃんと持っていて研究してたりする訳です。
http://tibet.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/tibet/
http://www.otani.ac.jp/cri/twrp/tibdate/Peking_online_search.html
木も紙も貴重だったチベットで、また経版木を寺院の根幹として守り伝えていた時代は「大蔵経(の版木)は秘蔵のこと」としてただろうとは思うけど、カンギュルテンギュルが活字やパソコンでがんがん印刷出版されている時代に、こんな意味不明な言い方をするのは、まるで「これは特別なものだよ」ってもったいぶって人を騙すみたいで格好ワルイと思いまーす。

☆名古屋では、某大学とチベットの大学との間で学術交流や協力が進みつつあるらしいです。「良貨が悪貨を駆逐する」よう、ビシっと頑張って欲しいです。
☆チベットと日本の大学との交流では、チベット大学&東海大が一緒に山登りしたり。
http://www.pr.tokai.ac.jp/Expedition21/

この記事に

閉じる コメント(7)

顔アイコン

上に引用していただいた私の記事について、「ポタラ宮及びその周辺の歴史遺産」は、正確には「ポタラ宮の歴史地域群」でした。 無論、結論は全く変わりませんが。 ついでに、さらにつっこむと、 ・「基礎工事部分以外は、すべてチベットから運ばれた材料を使った。」 →材木も壁土もチベットからでしょうか?すげー。 ・”釈迦牟尼(むに)仏の成人仏(高さ3・6メートル)と、「十二歳像」(同1・6メートル)の2体。” →ジョカンを「再現」というのであれば、12歳像はJowo Rinpocheになるんでしょうが、”釈迦牟尼(むに)仏の成人仏”って?そんなのあったかなぁ・・・・。 Jowo Rinpocheのお堂(Tsamkhang Uma)では、Jowo Rinpocheの後ろに、以前のジョカンの本尊(Central Image)といわれている仏像があるけど、あれは釈迦牟尼じゃなくて、「燃灯仏」だそうです。 (出所:Dorje,"Tibet Handbook" (3rd Ver,2004), pp76-77 Jowo Rinpocheの写真は、 http://www.ev 削除

2005/3/20(日) 午後 0:40 [ ちべ者 ] 返信する

顔アイコン

>材木も壁土もチベットからでしょうか? チベットから山羊に乗せて日本まで運んだそうです。(笑)

2005/3/21(月) 午後 3:53 [ gog*tib** ] 返信する

顔アイコン

ラサ在住の僧侶…というかチベット人は漢字の当て字を与えられていますので、それを踏襲したのでは? 削除

2005/3/28(月) 午後 8:59 [ 興瑞 ] 返信する

顔アイコン

>興瑞様 まぁ、中国人なら漢字しか読めませんから、桑耶とか甘丹とか日喀則とか、意味不明な当て字の羅列になってもしょーがないかと思うんですが、日本人には(日本語以外の発音を表記するには限界があるにせよ)ひらがなカタカナという表音文字があるわけで。「チャンバ」には強いという意味も巴(ともえ)という意味も関係ないわけで。

2005/3/28(月) 午後 11:14 ura*lun**a 返信する

顔アイコン

たしかに…。 ただ、この住職は自治区に学校を建てたりもしてるそうなので、アヤしくはありますが、悪気はないのかなぁと思ってフォローしました。 申し遅れましたが、私は某仏教系大学の院生です。よろしくお願いします。 削除

2005/4/1(金) 午前 6:24 [ 興瑞 ] 返信する

顔アイコン

今まで記憶の底に封印していたのですが、告白します。 私、かのツクーラーカン屋上の売店でこのチャンバ師であろうお方と 遭遇しました。多分01年の夏ぐらいでした。ガイドらしきお供の方と 沢山の数珠を購入されていらっしゃいました。日本の信者さんの分とか おっしゃっていたのを覚えています。 師から醸し出される雰囲気は周辺から完全に浮いていました。 やはり高貴なおかただったのですね。 高級そうな眼鏡が印象的でした。 削除

2005/4/10(日) 午後 0:41 [ WW ] 返信する

そんなに気になるなら陰でコソコソ言うみたいな根暗なことしてないで直接行ってみりゃあいいのに。
まあここのブログ主からも、口だけで大したことしないくせに、ネットで呟いてヒーロー気分な思想持ちな方々と同じ匂いがしますけどね…間違いを指摘するっていうより、自分が上にいるように見せたいっていう感じがプンプンするもの。ネットが普及してもチベット問題への関心が特定の人達にしか広がらないのって、マスコミのせいとかじゃなくて、こういうのに近づきたくないというのもあるんでしょうね。

2010/3/11(木) 午前 5:07 [ チェン ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(2)


.


みんなの更新記事