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「白虎隊」日本テレビ時代劇スペシャル第2弾
前編 京都動乱
後編 落城の賦
1986年12月30日・31日放送
放映時間 288分
製作総指揮 岩淵康郎
企 画 岡田晋吉、野崎元晴
製 作 日本テレビ
脚 本 杉山義法
監 督 齊藤武市
主 題 歌 「愛しき日々」 堀内孝雄
面白さ ★★★★★ お奨め!
あらすじ
<前編>
雪が舞い散る桜田門外での井伊直弼暗殺から物語は始まる
文久二年の夏、新しく新設される京都守護職に会津松平肥後守容保が
拝命したことに端を発し、会津藩は動乱の京都へと赴く。
一時は薩摩と力を合わせ、長州藩を8月18日の政変、蛤御門の変で
京都から排除したが、坂本龍馬の登場により薩摩と長州は同盟を結ぶ。
時の趨勢は薩長へと急速に傾き、幕府は大政を奉還する。
明けて慶応四年の正月、京都鳥羽伏見において、戊辰戦争の火蓋が切られた
別選隊の佐川官兵衛、新撰組の土方歳三、見廻組の佐々木只三郎が奮闘するも
錦の御旗の出現により、幕府側が総崩れとなる。
会津藩軍事方神保修理より報告を受けた徳川15代将軍慶喜は
会津藩主松平容保を引き連れ、未だ戦っている兵を見捨て江戸へ逃げ帰ってしまう。
神保修理は、容保が将軍とともに江戸へ逃げ帰った責任は自分にあるとし、
会津藩を再び一つにまとめるため、壮絶に切腹して果てる。
会津では軍制改革を進め、白虎隊が結成される。
同じ頃、新政府軍は錦の御旗をたて、一路会津へ向かって来るのであった。
<後編>
仙台、米沢両藩は会津救済のため嘆願書を出すが、
西軍参謀世良修三は取り合わず、薩摩藩参謀大山格之助に宛てた書簡の中に
「奥羽皆敵、弱国(仙台、米沢)二藩恐るるにあらず」の文を読み世良を暗殺する。
会津では白虎隊が出陣を前日に控えていた。
間瀬家では源七郎とさつきの仮祝言を執り行おうとしていたが、
「祝言の翌朝に夫が死んでも良いのか!」と源七郎は反対する。
しかし、さつきは「たとえひと時でも、妻としてそばに座っていたいのです」と答え、
二人は祝言を挙げる。
その翌日、8月22日「母成峠破れる」の早馬が駆けつけ
容保は滝沢本陣へと出馬し、白虎隊は護衛として初陣する。
白虎隊士はそれぞれ出陣の朝を迎えていたが
野村駒四郎宅では、勝ち栗、豆、クルミ、松を供えて、初陣の祝い酒としていた。
「戦に勝ち(勝ち栗)、まめ(豆)で帰って来る身(クルミ)を待つ(松)」
西軍の進軍は予想以上に早く、白虎隊士も塹壕を掘り敵に備ることとなった。
食料調達のため一時隊を離れた隊長日向内記とはぐれた白虎隊士は、
篠田儀三郎を取りまとめ役とし白虎隊は前進する。
戸の口原で薩摩藩兵と交戦し隊士の半数を失い、飯盛山に向かって退却する。
その頃、既に西軍は城下にまで達し、西郷頼母宅では一家親族21人が自刃して果てた。
田中土佐と神保内蔵助は城内に戻る事も叶わず、燃え盛る武家屋敷内で自刃。
これらの火災を飯盛山まで退却してきた白虎隊士はお城の炎上と見間違えた。
「手傷苦しければ、お先にごめん」石田和助がまず腹を切る。
「皆も和助に遅れるな」そういうと、ある者は木に寄りかかり、
ある者はお互いに刀を突き合い、次々に自刃していった。
「生まれ変わったら、また会津で会おうな・・・」
白虎隊士飯沼貞吉はたまたま通りかかった乳母に助けられ1人生還するが、
お城がまだ落ちていないことに愕然とする。
城下では、入城できなかった中野竹子たち婦女が薙刀を以って戦っていた。
泪橋付近での戦闘で中野竹子は銃創を負う。竹子辞世の句
武士(もののふ)の 猛き心に くらぶれば 数にも入らぬ 我が身ながらも
1ヶ月の籠城の末、鶴ヶ城に白旗が掲げられ、会津戦争は終結する。
しかし荒廃した城内で新しい命が生まれ、会津の新しい第1歩を踏み出すのであった。
感 想
この作品は今から20年前の作品です。そして、会津ファンのきっかけの作品です。
見るたびに泪があふれてくる作品で、幕末・明治維新に興味がない人が見ても面白いと言います。
白虎隊が15歳から17歳までの少年。当時は数え年なので、今で言う14歳から16歳
この作品を見たのが中学1年の時でほぼ同世代だったせいか、共鳴してしまいました。
オープニングは「愛しき日々」をバックに、猪苗代湖から磐梯山を望み、
上空から鶴ヶ城をぐるりとみわたす構図もバッチリです!
まだ見たことがない人は、是非見ていただきたい1本です。
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