|
昭和63年(1988)1月16日 私の父親は、12年に渡る長い長い寝たきり生活・入院・療養生活の幕を 一人静かに病院のベッドの上で閉じました。 ものすごく努力家で、とてもとても追い越せないような 心から尊敬出来る父でした。 最初に父が倒れた当時、私はまだ、たったの10歳、小学5年生でした。 妹は8歳・小学3年生。 母親は24時間、父の病室に詰めていなければならず しばらくは自宅に帰れず 私は私立の中学進学(受験)を断念し、クラブ活動を辞め、 小学校に許可をもらって辛い飲食店のアルバイトを始め、 小学校から帰ると母に預かっているなけなしの生活費で市場へ行き、 インスタントの温めるだけのハンバーグやミートボール、 お惣菜、豆腐などの買い物をして (当時は今のようにレンジ食品などもほとんどありませんでした) 家に帰ってから、お米を洗い、ご飯を炊いて8歳の妹と一緒に食事をし ・・・・って、何十年も前の「お涙ちょうだいの話」をするつもりは無かったのですが(笑) やっぱり、父のことを語る時には どうしても強烈だった「あの生活」を思い出してしまうなぁ・・・(苦笑) それからも、様々な苦労もあり、また良い事もあり・・・。 今日(15日)、小さな母の家で 父の20周忌という事で 母と私と、妹と、その子供2人で ホントにホントにささやかな法要をして 一緒に食事をしました。 父が大好きだった、ビールや焼肉や、どら焼きや、数々の母の手作りのおかずで 中学生にもなった、父が見ることの叶わなかった孫2人と とっても温かいささやかな食事会を行いました。 甥っ子には、おじいちゃんがどんなに多趣味で努力家だったのかを たくさん伝えました。話を聞いていた中学1年の甥っ子は、 幼い頃に両親を亡くして大変な苦労を乗り越え、 社会人になってから2つの夜間大学に入りなおして勉強し 遂には数十人の従業員を抱える社長にまでなり、 そして、本当に多趣味で、ギターやピアノ、バイオリンを弾き 新聞記者時代の経験からカメラが趣味で、たくさんの写真を残し 猟が趣味で、猪狩りやキジ撃ちに連れて行ってもらった話や、 クレー射撃のオリンピック選手強化コーチに選ばれた話や、 新し物好きでメカ好きで、まだビデオも無いあの時代に 当時珍しかった8ミリ映写機で家にスクリーンまであった話 などをしてあげると、 「私のおやじ」・・つまりおじいちゃんの話 を興味津々の顔で話を聞いてくれて、 マジマジと父の遺影を見つめていました。 ★父が亡くなって、はや20年・・・。 家族それぞれに、紆余曲折があり、凄い波乱万丈の20年だったけど・・・ おやじ、こんなにも家族が増えて孫も出来て(ごめん、俺のはちょっと待ってな(汗;) そしてみんな元気で健康で、慎ましながらも幸せに暮らしてるぞ!! そっちの世界で、きっとこの光景を見て晩年は泣き上戸だったおやじは きっとボロボロと涙を流してるんだろうな・・・。(笑) まだまだ、おやじを超えるには未熟に見えるかもしれないけど、 俺も頑張るし、お母さんもまだ元気にしているから まだお母さん呼んだらアカンで(笑) 妹家族共々、温かく天から見守っててや!! 一緒に酒を飲まれへんかったし、物心ついた時には もうおやじとは会話が出来へんかったのがちょっと残念やったけど 今、こうやっておやじの家族が仲良く近くで元気に暮らしています。 あ、別におやじと、このOYAJIっちゅうハンドルネームは無関係やからな(笑) ブログなんぞを始めてしまったもんやから、 おやじの20周忌を節目として、なんか書き残しておきたかったんやけど 結局、とりとめのない記事になってしもたな・・・(笑) まぁ、許してな! 明日からも、またみんなで、家族で元気に頑張って暮らしていくから、 安心して見守ってて下さい。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用









辛い事も良い思いでになったんですね。(涙)
これからも頑張ってください。
2008/1/16(水) 午前 5:53
泣きながら読みました。
今、お父様はきっと見守ってますね。
2008/1/16(水) 午後 0:12 [ - ]
あひろさん : そうですね。辛いこともたくさんありましたが
それも今は良い経験となっています。
コメントありがとうございます。
2008/1/16(水) 午後 7:39
RIRIKAさん : すみません(汗;
そういうノリで書くつもりは無かったのですが、
内容をあまり考えずに書き始めてしまったので
こういう記事になっちゃいました(苦笑)
もう20年も経っている事ですし、雰囲気自体は
和気藹々とした楽しい幸せな20周忌でしたよ♪
おやじもきっと感激の涙でウルウルだったと思います。(笑)
ありがとうございます♪
2008/1/16(水) 午後 7:42
OYAJIさんの、お父様への気持ちやご家族を思う愛情がたくさん伝わってきて
読みながら涙が出てきました。
きっとお父様も涙を浮かべつつ笑顔で見守っていてくださってることでしょうね。
これからもご家族の時間を大切にしてください。
2008/1/16(水) 午後 9:17
お父様の写真ってどんな感じだったんだろう。写真はある意味その人の心の風景みたいなところもあるからね。同じ場面に立ち会っても、切り取り方で人それぞれ全く違ってくるし。
音楽的な才能も秀でている上、猟が趣味で射撃の腕も抜群ってかなりワイルドですね♪あこがれちゃいます。
oyajiさんもお父様に似ているのかな。ブログの作りこみ方が超芸術的だもの。まず他人にはまねできません(笑)。
2008/1/16(水) 午後 9:28
とわちゃん : ありがとうです。
最近、あんな風な感じで家族だけで集まった事が無かったので
甥や姪が作った料理をおじいちゃん(おやじ)の遺影にお供え
したり、ワイワイと仲良く皆でつまんでいたりする様子を眺めながら
すごく感慨深いっていうか、何とも言えない気持ちになっていました
コメントありがとう♪
2008/1/16(水) 午後 10:39
chiisaiyoruさん : コメントありがとうございます。
今手元にあるのは、遺影の写真だけなので
ブログに載せるのはさすがにちょっと・・・(笑)って感じですが、
もう名前も判りませんが、30年ほど前のNHK19時のニュース
のアナウンサーにそっくりだったのですが、資料がありません(笑)
ワイルドって感じよりも、すごく貫禄のある社長タイプです。
私はまだまだ似て来ませんね(笑)(容姿は・・ですが)
メカ好きな所や、音楽の才能は受け継いだかもしれません。
それと、昨日母から聞いて内心笑ってたのですが、
おやじが「大のどら焼き好き」だったそうで、親子ともども
甘党だった事ですね(笑)
あ、頑固さや凝り性な点は間違い無く受け継いでいます(爆)
2008/1/16(水) 午後 10:49
おはよう御座います。
いい話をありがとう御座います。感激しました。
お母さんを大切になさってください。
2008/1/17(木) 午前 9:05
今晩は〜〜
ここで質問はしちゃいけないんですが、、何でも質問箱が休止中て書いてありますので,,oyujiさんのブログのトップページのキティちゃんの事です。どのコーナーで質問すればいいんですか。
2008/1/17(木) 午後 10:20
ちょろだいさん(午前 9:05) : ありがとうございます。
2008/1/18(金) 午前 1:13
ちょろだいさん(午後 10:20) : 今晩は。えっと・・・
理由はどうあれ、他の記事が4000記事以上もあるのに、
いくらなんでも「この記事のコメントでその質問」ですか?(汗;
もうちょっと相手の人への思い遣りというか、
どういう気持ちで記事を書いているかを考えたほうが良いと
私は思いますよ。
で、ご質問の疑問に関しては以下の記事を参考にして下さいね。
■ このブログの期間限定背景画像について
http://blogs.yahoo.co.jp/uragoe_2ch/40233889.html
2008/1/18(金) 午前 1:19
申し訳ありませんでした。
2008/1/18(金) 午後 5:39
お父様も妻と幼子のことを想うとお辛い闘病生活だったのではと、ご推察申し上げます。
ご家族が元気に暮らしているのを天国で喜んでいらっしゃると想います。
2008/1/19(土) 午後 9:53
lqojさん : 母いわく「好きな物をたらふく食べて、好きな酒を
たらふく呑んで、女遊びも散々やって好き勝手やって
病気したんだから自業自得で満足やったんちゃうか・・・・」と、
冗談まじりに言ってますが、まぁ豪快な人でした。
一番苦労したのは母ですね。
なので、きちんと親孝行しなければと思います♪
2008/1/19(土) 午後 9:59
拍手喝采です。
サーフィンで、ここにきて、「お気に入り」させていただきましたが、本当によく頑張りましたね。
2009/9/26(土) 午後 6:28 [ *** ]