|
親父が倒れた時、私は小学校5年生、妹は小学校3年生でした。
母は、いつ発作が起きるかもしれない親父の為に、1年以上も病室に寝泊まりしての
完全看護の状態になりました。
家の大黒柱が倒れたわけですから、当然その時点から収入も無く、生命保険にも入ってなかったので
高い完全看護の病院にも移る事も看病の為の人を雇う事も出来ませんでした。
で、自宅に残された私と妹で、家事や食生活をする事になりました。
妹はわずか8歳。 私10歳。
私は、毎日学校から帰宅すると市場へ行き、マルシンのハンバーグやミートボール等の
インスタント食品を買って帰り、自分で米を研いで、妹と二人分の食事を作らなくては
ならなくなりました。
生活の方はその時から生活保護です。
次の支給日まで間があり、お金が無い時には、家中の1円玉や5円玉などを集めても50円にもならず、
動けばお腹が空くので、1日中寝て過ごすという日もありました。
50円あれば、パンの耳が買えたんですけどね。
私も学校から許可をもらってラーメン屋の皿洗いのアルバイトを始めました。
アルバイトで貰ったお金は、小遣いとしては1円も取らず、全部生活費として母親に渡していました。
かと言って、私は不満もなく「家がこんな状態だから仕方無い」と、他人を羨む事もしなかったです。
今にして思えば、「俺、わずか10歳で、なんの文句もなく働いて、給料全部を生活費に渡して、偉かったなぁ」と思います。
親父が倒れた時に母親から(ま、励ます意味でしょうけど)「これからは貴方が、男として、この家の家長なんだから、しっかりしなければいけないのよ」という風な事を言われていて
それを子供ながらに自覚していたからでしょかね。
|
なーんて偉い人なのでしょう!僕もがんばります!
2005/3/20(日) 午前 6:27 [ 日光 ]
スモールhさん : いえいえ、そうするしか無かったというか、子供でしたし、それほど辛いって思った事無かったですよ。生きていれば色んな事が起こってきます。大事なのはいかに「その時」に前向きに進めるかどうかだと思いますね。
2005/3/20(日) 午前 7:25
私の息子が今10歳なんですけど、とてもこんなことはできないでしょうね。OYAJIさんや妹さんも当時は辛かったと思いますが、それより自分の子供に辛い想いをさせるお母様がさぞかし辛かったろうと思うと胸が痛みます。本当に涙が溢れました。OYAJIさんってアバターからは想像できないけど苦労人なんですね。
2005/3/22(火) 午前 4:36 [ らぶ ]
ラブさん : いやぁ、その分まぁ気ぃ強い母親ですよ(苦笑)口うるさいのなんのって・・;; でも苦労もしてきたし、もうええ歳なので、精一杯親孝行はしたいと思います。
2005/3/22(火) 午前 4:47
今頃になってですが読ませてもらいました。・・涙があふれます・・子供心と母親の思いと両方が思われて・・・いろんな思いでいっぱいです。 うまく表現できなくてごめんなさいね。
2005/5/3(火) 午後 3:21 [ ech*t*n1* ]
あっあぁぁ(>_<)かわいそう・・(>_<)何も食べないで寝て過ごしてたなんて!!うえーーん!!
2005/5/19(木) 午後 7:45 [ asu*an*n75 ]
echitan13さん : 重い記事を読んで頂きありがとうございます。
2005/5/19(木) 午後 8:30
明日香ちゃん : まだまだ福祉意識が低い時代でしたからねぇ・・・。 今では懐かしい思い出ですが(笑)
2005/5/19(木) 午後 8:32
10歳で…頭が下がる思いです。。。
2005/5/29(日) 午前 0:43
OYAJIさんの粘り強い性格はここで培われていたのですね・・・ うちの子供にも見習わせたいです、、、(最近の子じゃ無理か・・・)
2005/6/10(金) 午後 1:27
言葉が見つかりません。
2005/8/3(水) 午前 1:41
CHEMYさん : 自分でもよくやったなぁって今でも思います(笑)
2005/8/3(水) 午前 4:03
jucyさん : どうでしょうね。そういう環境になった場合は出来るんじゃないかと思います。
2005/8/3(水) 午前 4:04
とわちゃん : この経験があるからこそ、私は「0ゼロ」になる事を恐れないんですよね。 「1から再スタート」というのを出来ない人が多いようですが、そういう意味ではこの経験は 価値のあるものだと思ってます。
2005/8/3(水) 午前 4:06
生活をするって本当に大変ですね。 本当にそう思います。 実家にいた頃は食事があるのはあたりまえ、 お風呂に入れるのも当たり前 そんなかんじでしたが、一人暮らしになって、 生活をする、と言うことがわかりました。 衣食住は本当に、なんでもないことですが、 なんでもないことにするには苦労しますね。 20歳を過ぎたいまでそう思うのですから、 OYAJIさんは、若くして、かなりの苦労したのだと思います。
2005/8/5(金) 午前 10:08 [ - ]
OYAJIさんを見る目が変わりました。.:♪*:・'(*⌒―⌒*)))きっと苦労された分、優しい人なんでしょうね
2005/11/28(月) 午後 11:47 [ - ]
偉いですね。当たり前のように思うところがすごい!気持ちが大人だったんですね。
2006/9/4(月) 午後 11:26 [ - ]
MOMOさん : たくさんのコメントありがとうございます。やっぱりこのコーナーの記事に返信するのは照れくさいです(苦笑)
2006/9/4(月) 午後 11:56
内緒2007/5/4(金) 午後 0:27さん : コメントありがとうございます。頑張って下さいね。
2007/5/4(金) 午後 4:22
私の家も貧乏農家でしたので父が中途で近くに出来た会社に途中入社して母と祖母で農業をしていました。
父は24時間勤務の仕事で農業と会社勤務と一日交代で働いていました。欲しい物があってもそんな両親を見ていたら何もいえませんでした。妹と二人姉妹でしたが親から何も言われる事無く人の道に外れることなく来れたのも親の後姿を見て育ったからでしょう・・・
でも今は小柄で小さい父は脳梗塞、緑内障で痴呆もあります。
介護認定も受け最近デイサービスに通うようになって母の負担が少しでも軽くそして父が人生の週末を自分らしく送れることを願い、私も
介護ストレスはありますが、でもこれも人生、受け入れて今まで頑張った両親が少しでも生きがいがある人生を全うして欲しいと願ってます。
2009/8/12(水) 午後 5:39 [ sar*n_h*y*40 ]