うらくつれづれ

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介護の改革

9月5日付けの日経新聞に田中直毅が書いている。「たとえば外国人の看護士・介護士の受け入れなど必要ないという個人や団体がいるけれど、全国各地の介護の現場を見れば人手がまったく足りていないのは明らかだ。それはおかしいと声を上げていくことが求められる。既得権に対抗する構図を描けた勢力が政界再編の中心を担い、選挙に勝利することを期待したい」。

田中は、経済評論家とされている。財界人で、その御高説を参考にしている人も多い。しかし、経済学の「いろは」を知らないで、経済評論家の肩書きで生きていけるとは、日本の知的水準の低さを示しているのだろう。

介護の現場は、たしかに人で不足だ。使命に燃えた若い人が、見切りをつけて辞めていくという。なぜか? 賃金が低く、人生計画が立たないからだ。いくら意義深い仕事であろうと、一生ボランティアの生活を送る訳にはいかない。優秀な人ほど仕事にみきりをつける。

つまり、介護の人手不足は、人が足りないのではなく賃金が安いのが原因だ。経済学では、価格が上がれば供給が増え、価格が下がれば供給が減ると最初に教える。どうやら、この経済評論家は、こんなことを知らずに議論を組み立てているようだ。(よく3K職場には、いくらいい給与が出しても、人が集まらないという議論がある。しかし、それは、単に給与がよくないからだ。)

また、低賃金の外国人の流入は、介護分野の競合日本人賃金の低下を招き、更なる日本人の人手不足をまねくであろう。これは、更なる外国人労働の流入に拠らなければ解消できない。そのサイクルは、最終的には、日本人の平均賃金が途上国の賃金水準に下落するまでとまることはない。

介護で人手不足を解消するには、賃金を上げればいい。しかし、それができない理由がある。それは、介護保険が現物給付を志向し、かつ自治体レベルでの介護保険料徴収システムに依存しているからである。自治体は、介護に必要なサービス水準を決定し、その料金を算定し、それを保険料として徴収する。いわば、政府がサービスの需要と供給を決定する社会主義システムで、制度が運営されているからだ。

社会主義では、価格メカニズムひいては効率化メカニズムが働かない。介護の人手不足は、こうしておきている。介護に限らず国民が不安に思っている事象をねたに間違った議論を展開し、外国人流入を宣伝する男は、単に無知に止まらず悪質な恐喝者と言っていいだろう。

良質な介護を実現するにはどうするか。社会主義体制を打破すればいい。

自動車保険と同様、強制制度維持する。しかし、まず、現物給付をやめ、普通の保険のように金銭給付に転換することだ。ある介護事象が発生したらその程度に応じた基準により金銭給付をする。要介護者がそれを何に使おうが自由にする。遊びに使おうが、超高級介護施設に自己資金を足して入ろうが、超格安サービスでお金を浮かそうが関知することはないだろう。当人の不都合をどういう手段で解消するかは当人にまかせるのだ。これは、普通の保険の原理だ。

これにより、介護サービス提供事業体に競争原理が導入される。どのような料金でどのようなサービスを提供するかは、事業者の自由だ。高度な技術をもった高賃金職員により贅沢なサービスを実施する事業者や、高度な機械化をもって生産性を上げる施設、とにかく安さにこだわる事業所、と多様な展開が期待されるだろう。東京の賃金水準では供給不可能なサービスも、青森の賃金水準では可能となる場合もあろう。要介護者は、東京ではなく青森へ行けばいい。

介護労働市場は、正常化され、人気職場になるだろう。なにせ、需要が安定している。もともと介護の供給希望者は潤沢だった。自分の親の介護は誰しも直面する課題で、若いうちからその技術を身につけていくことは有用と考えられたからだ。その人気を打ち砕いたのが、低賃金だった。

さらに、これは介護の技術革新を促すだろう。高賃金労働者で介護を行うからこそ、効率化インセンティブが働く。世界に冠たる日本のロボット技術の出番だろう。低賃金の外国人労働者にたよる体制は、低生産性を国内に温存することを意味し、技術革新を阻害するだろう。

実は、介護保険は社会主義体制でありながら、社会主義の精神に反する部分もある。それは、市町村単位の保険という信じがたい仕組みになっているからだ。そして、本締めは厚生労働省。これは、厚生労働省の封建的地方支配といってもいい。このため、保険料は市町村単位で相当の差がある。日頃差別に反対する人達が、この差別に反対しないのには驚きあきれる。

いうまでもなく、社会福祉は、所得再分配だ。所得再分配をする財源は、所得税しか理論的にありえない。つまり、地方政府に福祉政策を行わせることは、原理上不可能なのだ(これは、世界の常識)。介護保険は、全国一律に、国の責任で行うべきである。

実は、ここで述べたことは医療保険にも当てはまる。いわゆる自由診療問題は、一種の金銭給付類似の問題だ。ただ、医療には、情報の非対称性といわれる問題と、生殺与奪事象をお金にゆだねるのか、という倫理上の問題がある、したがって、ある程度、社会主義的要素を考慮する立論も可能だろう。

しかし、介護には、そういう問題はない。介護サービスは、技術的には誰にでも供給可能な財であり、供給圧力が高く、自由競争化に適した財だ。国民が安心できる介護を実現するため、一刻も早く、厚生労働省の封建的社会主義利権体制を廃絶することが必要だ。また、国民は、田中直毅の言うような悪質な詐議論にひっかからないような判断力を鍛えることが重要だろう。

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介護に外国人労働者を入れれば入れるほど、介護事業の環境が悪くなる。これは、他の産業についてもいえることで、論者の言うことは正しい。

ところで、日本の産業の空洞化。日本人の高労務費回避の結果起きた。残った日本の労働者は、外国(中国)の労働者と競争せねばならなくなったので、賃金はがた下がり。それでも、企業は世界競争はできないと、海外進出を図る。小泉改革はそれを容易にした。しかも、中国で生産する場合は、法人税を4割ほど減額(見なし課税制度)してやった。だから、日本の地方からは火が消えた。その結果が、自民党の敗北。

真に民主政治を行おうとするならば、企業の海外進出を認めつつ、それによる国民への被害に対しては、加害割合に応じて法人税を上げるべきだ。現状は、国民に害を与えるのに比例して所得税を減らしてやっている。いい加減にせよ。

福祉は海外移転できないと言って、外国人を連れてくるのは、アフリカの黒人を米国に連れて行って奴隷労働をさせたのに似ている。頭を冷やして考えよ。

2008/9/5(金) 午後 8:36 [ 出野行男 ]

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一時、福祉だ、介護だといってブームをあおり有能な若者、女性たちを業界に送り込んだ。そして、介護保険と称して高齢者からお金を取り上げ、後期高齢者を別枠扱いとして福祉から切り捨てた政策をとり、そのつけを若者たちに押しつけている。そして今また、日本人にとってもっとも大切な福祉行政の末端部分を外国人に委ねようとする。200万以下の収入で若者たち、女性たちに一生懸命に働け、でなければ外国人だ、と脅しをかけ、自分たちは600万、700万以上の生活を享楽している官僚たち。その政策をこのまま続けようというのが今の自民党の政策で、さすがに気が引けて、俺、ヤーメタと手をあげたのが今度の退陣劇だろう。来るべき選挙にはそのような輩はご退陣を願ってすっきりしたいです。

2008/9/6(土) 午後 5:19 [ - ]


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