うらくつれづれ

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雨乞い政治いつまで

福田総理が辞任表明した。マスコミでは、無責任という声が支配的だ。そして、誰か快刀乱麻の如く諸問題を解決するリーダーを望む。しかし、これは、ないものねだりだろう。

世の中のすべてのものには原因があると、因果応報を教えたのは、釈迦だ。産業組織論の有名な分析枠組みは、それをちょっと改良した、成果―行動―構造という図式だ。ある成果に対しては、それを生み出した行為があり、その行為を生み出すのは、行為者がおかれた産業構造だという。この枠組みは、経済分析に止まらず、ほとんどすべての社会現象の分析に使えるだろう。

福田首相が、安倍氏と同様、政権を投げ出したのは、「ねじれ」という同じ構造のもとに両氏が置かれており、その構造化で同じ行動をとったにすぎない。福田氏個人の資質、あるいは自民党の無責任体質に責任を帰すのは、見当違いだろう。同じ状況下では、小沢氏であろうと同様の行動をとる可能性は極めて高い。

投げ出しの結果、日本の経済社会の成果は、地に落ちるだろう。これは、生活水準の低下に直結する。外国人は、日本国の統治制度はチャイナ以下であることを再確認しただろう。

ねじれの原因はなにか。これは、あきらかに制度の不備だ。常に安定した政治運営をする制度は、単純小選挙区制プラス衆議院単純多数再議決制度、あるいは、首相公選制しか理論上ありえない。ねじれを解消したければ、制度を変えればいい。

マスコミは、福田総理の態度を他人事のようだと批判している。しかし、他人事という非難は、自身にむけられるべきではないか。原因のない行為は存在しない。原因を探求せずに総理の資質あげつらうのは、民主制下の政治を自己の問題ではなく、他人事と考えている証拠だろう。

日本の政治は、雨乞い政治だ。雨の降らない原因を調査する気がなく、ただ理由もない迷信を信じる。マスコミの振りまく幻想は、有能なリーダーがなんとはなく現われ、すべてを解決してくれることを希求する。雨が降らなければ、自らの不明を反省せず、祈祷師の責任を追及する。

社会の運命を決めるのは、社会のメンバーの意思決定だ。意思決定過程の不備があれば、それを訂正するのもメンバー自身の責務だ。マスコミは、福田総理の言葉に従い、他人事の態度を改め、自分を認識すべきだろう。

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始めまして
カクです
遊びに来ました
何かをすればその報いは来る
の因果応報は釈迦の言葉でしたか
知りませんでして
勉強になりました〜^^♪

2008/9/5(金) 午後 4:00 カクサン

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▼厳しいご意見をどうぞ
■(政治) 自民総裁選 民主代表選 その前に/ 2
この記事のURL: http://blogs.yahoo.co.jp/nasda20_03/56436384.html

2008/9/5(金) 午後 4:46 [ nas*a20*0* ]


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