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豪徳寺

曹洞宗 大谿山 豪徳寺
そうとうしゅう だいけいざん ごうとくじ
東京都世田谷区豪徳寺

世田谷城主吉良政忠が、文明12年(1480)に亡くなった伯母の菩提のために臨済宗弘徳院として
創建。高輪泉岳寺初世の門奄宗関が中興開山、寛永10年(1633)世田谷領が彦根藩領となり、
当寺が井伊家の江戸における菩提寺となったことから、寺号を藩主井伊直孝の
法号昌院殿豪徳天英大居士より豪徳寺と改号した。

東京三十三観音霊場11番札所。 招き猫発祥の地

豪徳寺山門
昭和初期に再建され 扁額は 「碧雲閣」

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仏殿
 扁額 「三世佛」    三世は「過去・現在・未来

井伊直孝の娘(掃雲院)が藩主真澄の菩提を弔うために
延宝四年(1676年)に建設を初め、翌年完成。

大権修利菩薩倚・弥勒菩薩・釈迦如来・阿弥陀如来・達磨大師の
木造仏5体が安置されている。

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鐘楼
梵鐘は延宝7年(1679年)に近江大掾藤原正次、通称釜六によって制作された。
施主は井伊直孝の長女・亀姫(掃雲院)で、豪徳寺第4世天極秀道和尚による銘文には
深く仏法に帰依していた掃雲院が、父直孝の冥福のため豪徳寺に多くの浄財を寄進し
伽藍の造営を行ったことが記されている。

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三重塔 平成18年落慶
蟇股には十二支の他に招き猫の彫刻も有ります。

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法堂(本殿) 昭和42年落慶 RC造

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扁額 「豪徳禅寺」
お盆の時期なので卒塔婆が準備されています

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松福庵(招福庵)

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今から400 年ほど前の江戸時代初期、近江彦根藩(現在の滋賀県)藩主・井伊直孝が
鷹狩りに出かけた帰り道、ある小さなお寺の前を通りかかると、一匹の白猫が直孝に
向かって手招きをしました。不思議に思った直孝が招かれるまま寺の中に入ると、
外はたちまち暗くなり雷雨に! この猫のおかげで濡れずに済んだと喜んだ直孝は、
寺を立派に改築し、井伊家の菩提寺としたと伝わっている。

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お堂の中を覗くと、招き猫を前にした招福観音が安置されています。

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滋賀県彦根市の ゆるキャラ 「ひこにゃん」は、
豪徳寺の白猫がモチーフになっているそうです。

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赤門 (高麗門)
松福庵(招福庵)の脇にある

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井伊家の墓所入口に有る六地蔵

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彦根藩主井伊家墓所は広大な敷地に大型の墓石が整然と並ぶ、
2代藩主直孝をはじめ、13代藩主直弼など6人の藩主に加え、
江戸詰めの正室や側室、子息子女らの墓も有る。また、北側の
一角には藩士の墓石も置かれ、合計で303基にのぼる。

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13代藩主 井伊直弼 のお墓

宗観院殿正四位上前羽林中郎将柳暁覚翁大居士

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