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憲法記念日
果たして今の憲法って生きているのかしら。
どう考えても死んでまんな。
憲法にはいろんな条文があるけれど、一番大事なのは基本的人権の尊重ではないかとワタシは思うのであります。
これこそが憲法の急所やね。
国家は憲法に基づいて基本的人権を尊重する。基本的人権には自由権やら平等権やらいろいろある。
しかるに今の日本ではどうか、というと重大な問題があるんやね。
北朝鮮による拉致事件やね。
日本国民が突然、「生命、自由に対する権利」を奪われて外国人に拉致され、おまけに被害者の居場所がわかってかっているんやね。
にもかかわらず、日本国政府は「国政上、最大の尊重」をしていない。これこそが重大な憲法違反であります。
悪質な憲法違反であります。九条がどうのこうの、という以上に重大な問題であります。
なのに憲法学者もマスコミも憲法違反を指摘しない。
そんな国がどうして「国民主権」の国と言えるのか。民主主義国家と言えるのか。
拉致被害者のご家族を街頭に立たせてはいけないのであります。結局、政府が動かないから、拉致被害者のご家族が講演会や街頭に立たれて署名運動をされていると思うのであります。
日本国憲法は死んでしまったのであります。
制帽を目深に被り憲法日
憲法日
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俳句
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昨日の9月15日は十五夜だったらしい。
もっとも十五夜と仲秋の名月、すなわち満月とはずれがある。
今年は9月17日とのこと。
晴れるのかしら。
名月や仕事帰りの靴照らす
名月や御堂筋てふ広き道
名月やリオは十二時間遅れ
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昨日は夏至。
「夏至」といっても、「冬至」のように柚子湯をたてるなどの行事や風習も行われない。
なので、昨日に変わらぬ今日でしかない。ボーッとしていると、何の感慨もなく過ぎてしまう。おまけに梅雨の真ん中でもあるので、雨の日、曇の日が多く、完璧に夏に至ったという印象も持ちえない。
その意味では、はなはだ実感に乏しい季語やねえ。
イメージが希薄やから、正面から「夏至」を詠むのではなく、季語の希薄なイメージを補強したり捏ね上げるようにして詠まれる句が多いように思う。したがって、道具立ての多い句になってしまうかもね。
かえって「夏至」については何も言っていないに等しい句のほうがエエように思えてしまう。
さて、今日は沖縄戦が終わった日。
ひどい戦いでありました。
その分だけ記憶も生々しく残り、語り継がれていくのでありましょう。
戦時のドラマで、良く赤紙が来た、といった場面があるけれど、沖縄には青紙なんやね。赤紙は予備役の充員召集が中心であるけど、青紙は防衛召集といって、一定年齢以上の男は全員兵隊になる。もっとも、戦争間近の混乱で、青紙が発行されたかどうかはわからん。というか、無理であったであろう。
もともと、沖縄から1師団を引き抜かれ、兵力が減ってしまい、防衛計画が狂ってしまった。そこで、疎開計画や引き抜かれた兵隊さんをどのようにして配置して、どこを主戦場にして戦うか、戦う方法など練り直さないといけなくなった。
要は、東京の大本営と現地の沖縄軍との意志の疎通が欠けていたことや、現地軍の中でも、持久戦か一撃戦かで参謀同士の対立があった。この対立が住民を巻き込んでしまったところに、不幸を重ねてしまった。
今後の為にも、これらの話をどう伝えていけば、エエんやろか。
ヒントとしては、太田實海軍少将の訣別電報やと思うけど・・・・・・・・。
合掌。
夏至といふ何気なき日の節目かな
地下鉄に旧友の顔沖縄忌
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京都の句会の後、米原で蛍狩に行く話があった。
ワタシは参加する予定であったけれど、大阪の実家の用事があり、泣く泣く不参加に。
蛍狩に参加するのは、女将先生と先生が参加されている連句のメンバーのみなさんであった。
連句の方々も句会に出られていて句会終了後、蛍狩に出発までの間に先生を含めていろいろとお話をした。
連句はいろいろと約束事が多い。
句をいくつつなげていくか、というのもいろいろあるけど、大体が歌仙といって36句完結というのが多いらしい。
で、36句を例に取ると、6句までは初折の表、つぎの12句が初折の裏、そして次の12句が名残の表、最後の6句は名残の裏、で36句。スタートの句、発句から始まり、終わりは36句め、挙句で終わる。
で、この場合、二花三月と言って、花の座、月の座が決まっていて、初折の五句めに月、初折の裏の八句めあたりに月、十一句め花、名残の表の十一句めに月、名残の裏の五句めに月と、それに因む句を詠む。
季の句というのがあり、発句(初折の表一句目)、脇(初折の表二句め)、月の座、花の座は季の句にする。
季の句が続くのはかまわないけど、季を戻るのはアカンらしい。初春の句が出たら、季を少し進めて仲春の句とか、季が変わりそうな時(春→夏など)は間に無季の句を入れる、といったルールがある。
また、漢字よっては一度出たら使えない、とか恋の句をどこかに入れないとアカンとか、細かいルールがあるらしい。
女将先生は覚えたらかんたんよ、と仰せであったが、なかなかねえ。
で、七七の句の時も、三四はあかんけど、二五はOKとか訳わからん。七音を二五にするってどういうこと、とか三四に、というのがわからん。
そこまで規定してしまえば、できる句もできまへんがな。
女将先生や連句の先達も不満であるらしい。
女将先生は、何でこんな規定があるんですか、と連句の先生に聞けば、すべて江戸時代の話になってしまうらしい。江戸時代の○○と言う人が考えたルールや、といった話に行きつくとのこと。
子規さんやないけど、連句革新運動が要るかもね。
連句、前身は俳諧と言ってもエエかもしらんけど、俳諧発句、すなわち俳句でんな。
俳句はこの発句を独立させたもんやね。
それを考えると、俳句の性質がわかってくる。
発句に広がりがなければ、後に続く人の句、脇句にも広がりがなくなる。
また、作っただけでは完成でない。他の人に読んでもらって完成。どう捉えるかは、読み手次第。
なかなか難しいもんでんな。
連句の人口は俳句に比べて格段に少ない。まだ、1万人にほど遠いらしい。
女将先生からは、連句どう?と訊かれたけど、・・・。
考えてみれば、蛍狩に行ってたら、押さえ込まれてたかもね。
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5月からバタバタとして、俳句とはほとんど縁のない日々。
したがって、句会は全休。
競馬も真剣に考えることなく、観戦でありました。
ようやく、京都の句会に出ることできた。
といっても、直前まで句がなく、あわてて作る。
東京の句会は席題があって、その場で何句か作ることができるので何とかなるけれど、京都はそういうことはないので、句会の直前までに揃えなければならぬ。
直球を決め球にして業平忌
黴の香やパソコン脇の時刻表
万緑の径に八幡太郎像
後ろ手に閉めて黴の香隠しけり
ソーダ水見え見えの嘘隠しけり
高校生のさらに眩しく更衣
追伸に追伸重ねさくらんぼ
梅雨晴間入口脇の晶子の碑
時の日やごとごとごととローカル線
燕の子想ふ人には想はれず
どくだみの白こそ雨の知らせとす
ワタシは軽度の鉄道オタク、鉄っちゃん、鉄男であります。
時刻表鉄と乗り鉄なのです。軽度やけど。
黴の時刻表なんか捨てなさい、と女将先生からお叱りを受けたのであります。電車の乗継ならパソコンや携帯、スマホでできるでしょ、と。
しかしねえ、時刻表鉄にとって時刻表は調べるモンではなく、読み物なのであります。
わかってほしいなあ・・・・・。
高校生の衣更の句。「高校生ではなくて女子高生でしょう」とか「更衣女子高生の膝頭」でしょうとか、いじめられてしまった・・・苦笑。
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