ライフレッスン

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パラリンピック

パラリンピックが終わった。

パラリンピックの障がいのクラスというのはコロコロ変わる。

日本には成田さんという水泳のスーパースターがいる。

この成田さんは金メダルを15個獲得している大選手であります。

今回の大会も出場していたのでありますが、残念ながらメダルは取れなかった。

なぜならクラスが変わり、彼女にとってかなり厳しいクラスに編入されたからであります。

彼女頸椎の損傷のある障がいを抱えていて、飛び込みスタートができない。またターンの際にとんぼ返りターンができない。飛び込んだり、とんぼ返りして首に衝撃を受けてしまうと、命に関わるからね。

で、彼女は飛び込みスタートが可能な人たちのクラスになってしまった。

飛び込みスタートができる選手ばかりのクラスで一人だけ飛び込みができない選手を入れるなんて、ちょっとおかしいよなあ・・・・・。

よく調べてみると、成田選手はロンドンパラリンピックに出場していない。

クラス変更により、タイムがはるかに及ばないため、引退を考えていたみたい。

が、今回は再度挑戦することにしたらしい。

しかし、驚くべきことがわかった。

成田選手は45歳ではあるが、今回のほとんどのレースで自己ベストを出しているのであります。以前のクラスでの出場競技での世界記録保持者はこの成田選手であります。

で、自己記録更新した、ということは前のクラスで世界記録を出したことになる。

すごいことやねえ。









アイヒマン拘束の日



今日は、アドルフ・アイヒマンがアルゼンチンでイスラエルの諜報機関モサドに拘束された日。

アイヒマンとは何者ぞ、という話であるけれど、この人はナチスのユダヤ人虐殺の段取りをした人であります。

アウシュビッツだけやなしにあっちこっちの収容所にユダヤ人を送り込むために、トラックやら列車を計画的効率よくに配置した人であります。

ナチに入党後、親衛隊中佐の時にヨーロッパ・ユダヤ人の移送と殺害について分担と連携を討議した会議に議事録作成係として出席。この会議の時は「会議の末席にいただけで何も発言していなかった」と、逮捕後証言している。

この会議後、アイヒマンは、ゲシュタポ・ユダヤ人課課長としてヨーロッパ各地からユダヤ人をポーランドの絶滅収容所へ列車輸送する最高責任者となる。この後の、二度の「ユダヤ人の最終解決(=虐殺)」についての省庁会議はアイヒマンが議長を務めている。

さて、1942年3月から絶滅収容所への移送が始まった。

その移送プロジェクトの中枢こそがアイヒマンやったのね。

ソ連との戦いが行き詰まり、またノルマンディ上陸作戦でドイツの劣勢になるにつれて総力戦体制が強まり、一台でも多くの車両を戦線に動員したい状況の中でも交通省と折衝して輸送列車、トラックを確保し、ユダヤ人の移送に努めた。

アイヒマンは「500万人ものユダヤ人を列車で運んだ」と自慢するように、任務を着実に遂行した。

そういうこもとあって、アイヒマンの実績は評価され、1944年3月には計画の捗らないハンガリーに派遣される。

そして、アイヒマンは直ちにユダヤ人の移送に着手し、40万人ものユダヤ系ハンガリー人を列車輸送してアウシュビッツ収容所のガス室に送った。

1945年にドイツの敗色が濃くなると、親衛隊のトップであるヒムラーはユダヤ人虐殺の停止を命令したが、アイヒマンはそれに従わずハンガリーで任務を続けた。

アイヒマンは自分がユダヤ人虐殺の責任者であることを十分に認識していたことから敗戦が現実味を帯びてくるとともに極度に写真に写ることを嫌った。ある日写真を撮られたことに激怒し、カメラを破壊した後弁償したという。

で、ドイツ敗戦後、アイヒマンはアメリカ軍に拘束されるが、巧みに脱走し、1947年あたりからドイツに潜伏し、1950年にアルゼンチンに渡った。

当時、アルゼンチンはファシストに傾倒していたのね。ドイツが敗けても、親ドイツを貫いていて、ナチの人たちを匿う姿勢を取っていた。

当時の大統領はペロンさんであります。この人は以前からナチスに資金援助を受け、それで権力を握り第二次世界大戦後、その資金で大統領になったのね。ファシストの人であったけど、結構人気があり長期政権となった。

おまけに奥さんがあのエビータことエバ・ペロンだったのも長期政権の一助となった。

そういうこともあって、西ドイツはアルゼンチンでのナチの残党狩りに力を入れた。

アルゼンチンに逃れてから、その後こっそり奥さん、子供を呼び寄せていた。

その子、男の子にガールフレンドができたのであります。しかもユダヤ人の。

その男の子は、ちょこちょとナチの話やお父ちゃんの話を彼女にしていたらしい。

そのようなこともあって、ついに西ドイツはアイヒマンがいるらしい、という情報をつかみ、イスラエルに通報した。通報したのはユダヤ人の西ドイツ検事であった。

さて、アイヒマンが拘束されたのは、奥さんの誕生日やったのね。


仕事の帰りに奥さんの誕生日のプレゼントとして花を買いに行った。イスラエルの諜報機関、モサドは当然のことながら、アイヒマンの誕生日や結婚記念日、その家族の誕生日などは全部押さえていたからね。

奥さんの誕生日が家族とのお別れの日となったのであります。

そして、アイヒマンは極秘に、強引にイスラエルに連行された。

この逮捕および強制的な出国については、イスラエル政府がアルゼンチン政府に対して犯人逮捕および正式な犯罪人引き渡し手続きを行ったものではなかったため、後にアルゼンチンはイスラエルに対して主権侵害だとして抗議している。



アイヒマンの裁判。

アイヒマン裁判はラジオで生中継されたのね。

また、記録映像としてすぐに公開された。

この中継までのプロセスは映画「アイヒマンショー」を観てちょ。

アイヒマンは自分の不利な証言を聞いている人物が小役人的な凡人であったことが、ふてぶてしい大悪人であると予想していた視聴者を戸惑わせた。

裁判を通じてアイヒマンはドイツ政府によるユダヤ人迫害について「大変遺憾に思う」と述べたものの、自身の行為については「命令に従っただけ」だと主張した。

アイヒマンの人間像は人格異常者などではなく、真摯に「職務」に励む一介の平凡で小心な公務員の姿だった。

このことから「アイヒマンはじめ多くの戦争犯罪を実行したナチス戦犯たちは、そもそも特殊な人物であったのか。それとも家族の誕生日に花束を贈るような平凡な愛情を持つ普通の市民であっても、一定の条件下では、誰でもあのような残虐行為を犯すものなのか」という疑問が提起された。

この裁判を傍聴していた政治哲学者ハンナ・アーレン、トさんは、以下のように述べいる。

アイヒマンは、怪物的な悪の権化ではけっしてなく、思考の欠如した官僚である。そしてアイヒマンは、その答弁において、紋切り型の決まり文句や官僚用語をくりかえしていた。アイヒマンの話す能力の不足は、考える能力、「誰か他の人の立場に立って考える能力」の不足、と結びついている、と。

そして、無思考の紋切り型の文句は、現実から身を守ることに役立った、とも述べている。

ナチスによって行われた巨悪な犯罪が、悪魔のような人物ではなく、思考の欠如した人間によって担われた、と彼女は考えた。

また、アーレントさんは彼女は、「悪の表層性」を強調してるのね。悪は「根源的」ではなく、深いものでも悪魔的なものでもなく、菌のように表面にはびこりわたるからこそ、全世界を廃墟にしうるのだ、と述べているのであります。

アーレントさんは、20世紀に起こった現代的な悪が、表層の現象であることの恐ろしさを、述べようとしたのね、たぶん・・・・。

アーレントさんは「底知れない程度の低さ、どぶからうまれでた何か、およそ深さなどまったくない何か」が、ほとんどすべての人びとを支配する力を獲得する。それこそが、全体主義のおそるべき性質である、とアーレントさんは考えた。

アーレントさんにとって「思考の欠如」とは、表層性しかないということでもありました。

悪に限らず、世の何とかブームとか、何とか現象というものはそういうものでありましょう。

メディアによって煽られたり、ブームというバスに乗り遅れると損するよ、とかね。



しかし、今は巧みに思考を欠如させるというか思考停止状態にする、洗脳っちゅうモンもあるからねえ。

もっともナチスなんかは、言うこと聞かないと、下手すると殺されるからね。

カルト宗教なんかもそうでありましょう。

そのような集団の中で少しでもアーレントさんの言う、思考というものがあれば、無能を装ったり、のらりくらりとかわしていくのかな。

少なくとも、アイヒマンのように命令に熱心に取り組むということはないと思うけど・・・・・。

たぶん、いちばん危ないのは、大きい権力をかさに着て、小さい権力を振り回す奴やね。こういう連中に限って無責任な奴が多い。


ミルグラムさんという心理学者が、アイヒマン裁判の翌年に、アイヒマン裁判から平凡な一般人がえげつない卑人道的な行為をするかどうか、という疑問を検証しようと実験を行った。

この実験はミルグラムの実験と呼ばれるが、別名「アイヒマン実験」ともいわれる実験であった。

実験の結果は、普通の平凡な市民が一定の条件下では冷酷で非人道的な行為を行うことを証明するものであった。

この実験の再実験を行うとすれば、現代では無理やろなあ・・・。

殺人に関わる結構きわどい実験で、人権侵害の部分もあるし、ドッキリの部分もあるし、下手すると精神を病む可能性もあるしねえ。もちろん、人殺し、傷害にならないように配慮はしているけれど、行きつく先は訴訟にも発展しかねないし。

トランプ現象やフィリピンのトランプ、ドゥテルテさんの登場などを見るにつけ、ふとアイヒマン拘束の日にちょこっと考えたことでありました。

なんか取りとめのないお話でした。





社会勉強

実家の用事&京都の句会で大阪に帰る。

急な事態が発生して、実家に泊まることができずに困る。

泊まろうと思えばどこでも泊まれるけど、何せビンボーなので、あんまりお金を使いたくない。

宿を探す。

大阪には1500円以内で泊まれるホテルがある。

JR、および南海電社の新今宮駅近辺。

あいりん地区、釜ヶ崎やね。ドヤ街やね。

30年前に大阪に住んでいた頃に比べると、ずいぶん落ち着いた感じがする。

それと、外人さんが多いのには驚いた。

ワタシと同様、この近辺のホテルに泊まって大阪観光をしているらしい。安いからねえ。

ワタシは1500円のところがみつかった。とりあえず良かった。

部屋は3畳、テレビと布団。

十分であります。

改めて街を歩く。

生活保護の相談受け付けます、とか生活保護の方無料、福祉の方無料、といった文字が目に入る。

ここから北方向、東の方向に少し行けば、世界のお風呂があつまっている、スパワールド、通天閣、新世界、天王寺動物園、もう少し足を伸ばせば、アベノハルカス、観光スポットに行ける。

そしてちょっと南東に行けば、飛田新地。

ホテルのおじさんに飛田について聞いたら、妖怪ゾーンと青春ゾーンがあるとのこと。

確認せねば(笑)

もっともお金がないので冷やかしで。

飛田新地。

大阪三大新地のひとつ。昔の遊郭でんな。

飛田、松島、今里。

東京の吉原はソープランド街になっているけど、大阪は昔の遊郭の雰囲気のまま。

お店は玄関を開けて、遣り手ばあさんとお姉さんが座ってるんですな。で、遣り手のばあさんが「おにいちゃん遊んでって」と声をかけてくるんですな。

しかし、妖怪ゾーンはともかく、青春ゾーンのおネイさんはホンマにきれいな方ばかりで、お金があればホイホイ入ってしまいそうでありました。話によると、飛田からAVの女優さんにスカウトされて、AV界のトップ女優になった人が何人もいるそうな。確かにわかるような気がする。それぐらいハイレベルであります。

で、冷やかしで遣り手ばあさんに相場を聞いたら、ちょっと高いなあ・・・・。

考えようによったら、それぐらいの値打ちがなるくらいのおネイさんたちであるかも。

目の保養で、何回もまわってたら、遣り手ばあさんに、「あんた、3回もウチの前通ってるで。男やったら、ぱっと決めんかい!!」と怒られてしまった・・・・。

ということで、見学も打ち切って、宿に戻った。

しかし、このあたりの2Km四方に、観光地、ピンク、ドヤ街が凝縮されているところって、ごちゃごちゃして大阪らしい。やっぱりおもろい。



春の宵飛田新地といふところ


エエ勉強になりました。

















ホテルと言っても、3畳くらいでテレビがと布団があるだけ。

十分である。

あと、気づいたのは


言ってみれば、あいりん地区、釜ヶ崎でんな。

ということで、そのあたりのホテルというか、


手術というもの

手術から約3週間、退院から約2週間経った。
 
ワタシは小学生のころから、アレルギー性の鼻炎、結膜炎を持っていて、秋口にはだいたい鼻炎か結膜炎のいずれかを発症していた。
 
そして、去年かかりつけの耳鼻科に行くと、先生が「ありゃ〜、鼻茸できちったねえ」、と。
 
で、先生は「まあ、別に急ぐこともないし、命にも別状ないので、生活に困ったら、来てください。」との仰せであった。
 
アレルギー性の鼻茸は、ホンマに厄介なものであるらしい。
 
ワタシが借りているマンションの管理会社の社長も3回も手術している、とう話をしていたことを思い出した。
 
その時に、日帰りの手術で、その日は痛いけど、まあそんなに大したことはないよ、という話をしていたので、非常に軽く考えていた。鼻茸の手術って。
 
それから1年ぐらい経った。
 
右の鼻が詰まって、いくら鼻をかんでも、その鼻づまりが解消できなかった、ということと、鼻水が水っぽい鼻水でなく、粘着性の青鼻になっていた。そう、毎日鼻づまり。
 
そして、耳鼻科に。
 
すると先生は、「アレルギー性鼻炎をこじらせたねえ。副鼻腔炎になっているなあ、覚悟を決めて手術したほうがいいよ。紹介状書くから」
 
ワタシは「先生が手術してくださるのではないんですか?」と聞いた。
 
すると、先生は「いやあ、そういう話じゃないんだよ・・・・」と。
 
続けて「鼻茸取るだけならできるけど、そういう話じゃ・・・・・」
 
「先生、ワタシは重大な病気なのですか?」と訊くと、「いや、命にかかわるものではないけれど、鼻茸取ってそれでOKというものではないから、設備がそろった病院できちんと診てもらって、その上で適切な手術をしてもらったほうが、いいと思います」と。
 
とにかく、これ持って、大病院に行きなさい、と。
 
先生は、耳鼻科で手術の上手な病院を3つほど紹介してくださった。
 
ワタシは府中市に住んでいるけれど、府中の一番大きな設備の揃った府中の総合メディカルセンターは遠い。
 
府中の南の端に住んでいるワタシは府中総合メディカルセンターに行くよりも、隣の市ではあるけれど、歩いて20〜30分のI市の病院に行った。
 
耳鼻咽喉科の外来で待っていると、名前を呼ばれて診察室に入っていくと、若くてシャキッとした女医さんであった。
 
先生は紹介状を読み終えると、ファイバースコープでワタシの鼻の中を診察し始めた。
 
すると、鼻づまりの原因である右の鼻茸の他に小さな鼻茸が3つ、左の方にも小さな鼻茸が4つできていた。
 
それをしっかりと画像で見せられた。
 
「で、先生、手術なればどれくらいのものになるんでしょうか?」と訊くと、K先生は「手術後4日から1週間ぐらい入院していただくことになります。」
 
手術を非常に楽観的に考えていたワタシは戸惑ってしまった。
 
(つづく)
 
 
 
 
 

いただきま〜す

ドキュメンタリー映画「ある精肉店の話」を観る。
 
平成26年度文化庁映画賞 文化記録映画部門 大賞を受賞作。
 
大阪貝塚市にある北出精肉店では、7代にわたり家族で牛を育て、手作業で屠畜を行い、その肉を店で販売、生計を立ててきた。700kgにもなる牛を屠り、見事な手つき、確かな経験と技術により、牛は鮮やかに肉になっていく。
 
職人技。
 
2012年3月、輸入肉や大規模屠場への統合の影響によって、彼らが利用し102年続いてきた公営屠畜場が閉鎖されることになった。
 
そこで、監督さんは北出精肉店の日常を撮ることにした。
 
そのタッチは押しつけがましくなく淡々としていて、非常に良かった。
 
肉。
 
牛にしろ、豚にしろ、鶏にしろ、生きていたものを食しているのは頭の中ではわかっているけれど・・・・。、
 
今日の食卓の豚や鶏はだいたい昨日まで生きていたものなんやね。
 
品川にある食肉センターではある程度は見学させてもらえるけれど、屠るところから最後までの全工程の見学は難しい。それもかなり機械化、オートメーション化、分業化されている。
 
そういう意味で、この北出精肉店のご家族がすべて手で仕上げていくという技は貴重な映像かもしれぬ。
 
牛が屠場に曳かれていく場面があった。ふつう、食肉センターに連れていかれる牛や豚は自分の身の上の異常を感じて、暴れたり抵抗をする。また、屠場でもいざこれから、という場面でも同様に抵抗をする。
 
しかし、このお肉屋さんに曳かれていく牛は、暴れることなく、尻尾をくるくる回しながら、楽しそうに散歩に出かけるように曳かれていた。そして、屠場で最後の瞬間を迎える時までおとなしくしていた。ひょっとしたら、こういうところまで職人技なのかもね。
 
このドキュメンタリーのなかで、店主のお父さんが「(屠畜は)普通の仕事と変わらない。むしろ、その肉を旨い(と評価する)というあなたがたのほうがすごいと思う」と言っていた。
 
これにはドキッとしてしまった。お父さんが何を言いたかったのか、何を意味しているのかは映画では言っていないけど、考えさせられてしまった。
 
おそらく、肉は旨い不味いの評価の外にあるんや、ということだけはわかる。A5ランクの肉であろうが、それより下のランクの肉であろうが、一頭の牛の命から得られたお肉には違いないからねえ。
 
地球の摂理として、基本的に生物は他の生物の命を自力で奪って生きねばならない。人間だけはその過程を他に委ねているんやね。
 
 
この前、幼稚園か小学校で、「給食費を払っているのに、何も『いただきます』って学校にお礼を言わせる必要はない。何で『いただきます』って言わせるのか」と抗議したアホ親がいたらしい。
 
だいたい、お金を払っているから偉いなんて、こんな堕落した考えはどこから出てきたのかしら。
 
基本的に自分ができないことを代行してもらっている対価としてお金を払うものである。
 
自分で秋刀魚を食べようとしたら、自分で港まで行って船を調達し漁に出て・・・・、と考えるとナンボかかるかわからん。
 
「いただきます」と言ってから食事をする。この食事の前の「いただきます」って日本にしかないらしい。
 
食材への感謝、食事に携わってくれた方々への感謝。
 
エエ言葉でんな。
 
映画ではこんな説教臭い話は全くなくて、みなさん屈託がなく、明るい。精肉店の奥さんがキュートな人でした。
 
そして映画が終わった後に拍手をした人がいた。
 
淡々とした描写の中にも、牛を屠る場面などドキッをさせられる場面もサラッを取り入れてあり、いろいろと考えさせられる作品でありました。
 
機会があれば、ご覧くださいませ。
 
 
 
 
 
 
天高くいただきますてふ声響き
 
鶏は絞められ牛豚割られ鰯雲
 
 
 

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