今日は、アドルフ・アイヒマンがアルゼンチンでイスラエルの諜報機関モサドに拘束された日。
アイヒマンとは何者ぞ、という話であるけれど、この人はナチスのユダヤ人虐殺の段取りをした人であります。
アウシュビッツだけやなしにあっちこっちの収容所にユダヤ人を送り込むために、トラックやら列車を計画的効率よくに配置した人であります。
ナチに入党後、親衛隊中佐の時にヨーロッパ・ユダヤ人の移送と殺害について分担と連携を討議した会議に議事録作成係として出席。この会議の時は「会議の末席にいただけで何も発言していなかった」と、逮捕後証言している。
この会議後、アイヒマンは、ゲシュタポ・ユダヤ人課課長としてヨーロッパ各地からユダヤ人をポーランドの絶滅収容所へ列車輸送する最高責任者となる。この後の、二度の「ユダヤ人の最終解決(=虐殺)」についての省庁会議はアイヒマンが議長を務めている。
さて、1942年3月から絶滅収容所への移送が始まった。
その移送プロジェクトの中枢こそがアイヒマンやったのね。
ソ連との戦いが行き詰まり、またノルマンディ上陸作戦でドイツの劣勢になるにつれて総力戦体制が強まり、一台でも多くの車両を戦線に動員したい状況の中でも交通省と折衝して輸送列車、トラックを確保し、ユダヤ人の移送に努めた。
アイヒマンは「500万人ものユダヤ人を列車で運んだ」と自慢するように、任務を着実に遂行した。
そういうこもとあって、アイヒマンの実績は評価され、1944年3月には計画の捗らないハンガリーに派遣される。
そして、アイヒマンは直ちにユダヤ人の移送に着手し、40万人ものユダヤ系ハンガリー人を列車輸送してアウシュビッツ収容所のガス室に送った。
1945年にドイツの敗色が濃くなると、親衛隊のトップであるヒムラーはユダヤ人虐殺の停止を命令したが、アイヒマンはそれに従わずハンガリーで任務を続けた。
アイヒマンは自分がユダヤ人虐殺の責任者であることを十分に認識していたことから敗戦が現実味を帯びてくるとともに極度に写真に写ることを嫌った。ある日写真を撮られたことに激怒し、カメラを破壊した後弁償したという。
で、ドイツ敗戦後、アイヒマンはアメリカ軍に拘束されるが、巧みに脱走し、1947年あたりからドイツに潜伏し、1950年にアルゼンチンに渡った。
当時、アルゼンチンはファシストに傾倒していたのね。ドイツが敗けても、親ドイツを貫いていて、ナチの人たちを匿う姿勢を取っていた。
当時の大統領はペロンさんであります。この人は以前からナチスに資金援助を受け、それで権力を握り第二次世界大戦後、その資金で大統領になったのね。ファシストの人であったけど、結構人気があり長期政権となった。
おまけに奥さんがあのエビータことエバ・ペロンだったのも長期政権の一助となった。
そういうこともあって、西ドイツはアルゼンチンでのナチの残党狩りに力を入れた。
アルゼンチンに逃れてから、その後こっそり奥さん、子供を呼び寄せていた。
その子、男の子にガールフレンドができたのであります。しかもユダヤ人の。
その男の子は、ちょこちょとナチの話やお父ちゃんの話を彼女にしていたらしい。
そのようなこともあって、ついに西ドイツはアイヒマンがいるらしい、という情報をつかみ、イスラエルに通報した。通報したのはユダヤ人の西ドイツ検事であった。
さて、アイヒマンが拘束されたのは、奥さんの誕生日やったのね。
仕事の帰りに奥さんの誕生日のプレゼントとして花を買いに行った。イスラエルの諜報機関、モサドは当然のことながら、アイヒマンの誕生日や結婚記念日、その家族の誕生日などは全部押さえていたからね。
奥さんの誕生日が家族とのお別れの日となったのであります。
そして、アイヒマンは極秘に、強引にイスラエルに連行された。
この逮捕および強制的な出国については、イスラエル政府がアルゼンチン政府に対して犯人逮捕および正式な犯罪人引き渡し手続きを行ったものではなかったため、後にアルゼンチンはイスラエルに対して主権侵害だとして抗議している。
アイヒマンの裁判。
アイヒマン裁判はラジオで生中継されたのね。
また、記録映像としてすぐに公開された。
この中継までのプロセスは映画「アイヒマンショー」を観てちょ。
アイヒマンは自分の不利な証言を聞いている人物が小役人的な凡人であったことが、ふてぶてしい大悪人であると予想していた視聴者を戸惑わせた。
裁判を通じてアイヒマンはドイツ政府によるユダヤ人迫害について「大変遺憾に思う」と述べたものの、自身の行為については「命令に従っただけ」だと主張した。
アイヒマンの人間像は人格異常者などではなく、真摯に「職務」に励む一介の平凡で小心な公務員の姿だった。
このことから「アイヒマンはじめ多くの戦争犯罪を実行したナチス戦犯たちは、そもそも特殊な人物であったのか。それとも家族の誕生日に花束を贈るような平凡な愛情を持つ普通の市民であっても、一定の条件下では、誰でもあのような残虐行為を犯すものなのか」という疑問が提起された。
この裁判を傍聴していた政治哲学者ハンナ・アーレン、トさんは、以下のように述べいる。
アイヒマンは、怪物的な悪の権化ではけっしてなく、思考の欠如した官僚である。そしてアイヒマンは、その答弁において、紋切り型の決まり文句や官僚用語をくりかえしていた。アイヒマンの話す能力の不足は、考える能力、「誰か他の人の立場に立って考える能力」の不足、と結びついている、と。
そして、無思考の紋切り型の文句は、現実から身を守ることに役立った、とも述べている。
ナチスによって行われた巨悪な犯罪が、悪魔のような人物ではなく、思考の欠如した人間によって担われた、と彼女は考えた。
また、アーレントさんは彼女は、「悪の表層性」を強調してるのね。悪は「根源的」ではなく、深いものでも悪魔的なものでもなく、菌のように表面にはびこりわたるからこそ、全世界を廃墟にしうるのだ、と述べているのであります。
アーレントさんは、20世紀に起こった現代的な悪が、表層の現象であることの恐ろしさを、述べようとしたのね、たぶん・・・・。
アーレントさんは「底知れない程度の低さ、どぶからうまれでた何か、およそ深さなどまったくない何か」が、ほとんどすべての人びとを支配する力を獲得する。それこそが、全体主義のおそるべき性質である、とアーレントさんは考えた。
アーレントさんにとって「思考の欠如」とは、表層性しかないということでもありました。
悪に限らず、世の何とかブームとか、何とか現象というものはそういうものでありましょう。
メディアによって煽られたり、ブームというバスに乗り遅れると損するよ、とかね。
しかし、今は巧みに思考を欠如させるというか思考停止状態にする、洗脳っちゅうモンもあるからねえ。
もっともナチスなんかは、言うこと聞かないと、下手すると殺されるからね。
カルト宗教なんかもそうでありましょう。
そのような集団の中で少しでもアーレントさんの言う、思考というものがあれば、無能を装ったり、のらりくらりとかわしていくのかな。
少なくとも、アイヒマンのように命令に熱心に取り組むということはないと思うけど・・・・・。
たぶん、いちばん危ないのは、大きい権力をかさに着て、小さい権力を振り回す奴やね。こういう連中に限って無責任な奴が多い。
ミルグラムさんという心理学者が、アイヒマン裁判の翌年に、アイヒマン裁判から平凡な一般人がえげつない卑人道的な行為をするかどうか、という疑問を検証しようと実験を行った。
この実験はミルグラムの実験と呼ばれるが、別名「アイヒマン実験」ともいわれる実験であった。
実験の結果は、普通の平凡な市民が一定の条件下では冷酷で非人道的な行為を行うことを証明するものであった。
この実験の再実験を行うとすれば、現代では無理やろなあ・・・。
殺人に関わる結構きわどい実験で、人権侵害の部分もあるし、ドッキリの部分もあるし、下手すると精神を病む可能性もあるしねえ。もちろん、人殺し、傷害にならないように配慮はしているけれど、行きつく先は訴訟にも発展しかねないし。
トランプ現象やフィリピンのトランプ、ドゥテルテさんの登場などを見るにつけ、ふとアイヒマン拘束の日にちょこっと考えたことでありました。
なんか取りとめのないお話でした。