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ちょうどテレビで医療事故にあって戦っている方の話が特集されていた。
医療事故は本当の「事故」なのか、可能性のあるリスクが現実になった場合はすべて事故なのか?これは非常に難しい。
術前に説明しなかった、予想外の障害が生じた場合、それは事故かもしれない。
ただ、たとえ合併症として説明した内容でも、実際現実となればその大きさによって「事故」と扱われることになる。
手術のリスクは、可能性を言えばきりがない。たとえフツウの痔の手術でも、ちょっとした生検でも、最悪死に至る可能性はゼロとは言い切れない。
「医療の不確実性は、人間の生命の複雑性と有限性、及び各個人の多様性に由来するものであり、低減させることはできても、消滅させることはできません・・・」
これはかつて働いていた病院の上司が作っていた同意書の内容の一部。
タダの生検で「死に至ることがあります」なんて説明するのはどうかな、と正直思っていたけど、最近の社会はそこまで必要なのかもしれない。
つくづく医療は難しい。
僕も正直怖い体験をしたことはある。
術中に「この人、このまま死ぬかもしれない」と思う瞬間。全身に鳥肌が立ち、ホワイトアウトする。ケリーを持つ手が震える。
そこでいかに自分を冷静に保ち、修羅場を切り抜けるか。
幸い、大事に至ったことは無いから言えるけど、あんな経験が医師として一歩成長するのかもしれない。
逆に言えば、そういう怖さを知っていると小さいことでもなにか見落としていることは無いかとか、まあ何とかなるでしょ的な考えは危ないとか、そういうことを考えるようになる。99%問題なくても1%でとんでもないことになると、医師生命が終わってしまうから。
そう考えると患者さんの小さい訴えもけっこう聞き流せない。こっちが安心するためにもいろいろやりすぎなくらい検査などやっておいた方が良いと思う(でもやりすぎると保険で切られるからある程度考えないと行けないけど)。結局「問題ありませんでしたよ」という一言が、患者さんを安心させられるし、納得してもらい、意志の疎通も良くなって信頼関係も得られると思う。
でも、こっちも人間だから、医者の不養生とは言ったもので、体調悪かったり疲れてると思うようにできないことも当然ある。
何とかして欲しいですよ。この医療体制。もうちょっと精神的余裕があると良いんだけど。
まあ、ちょっと時間が空くとビリヤードなんかやって休まないのが悪いと言う意見もあるが・・。
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